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8月 30 2010

異次元の世界(意識界)

10:12 AM ブログ

唯物論の人たちが、人はこの世限りと言い張るのは、死後の世界が信じられないということと、生まれてくる前の世界が皆目分からない、ということが理由にあると思います。

しかし、(少数ではありますが)科学でも死後の世界(意識界)を認め始めた現代、人はこの世限りなどという単純な意見は、二十世紀の遺物でしかなく、そんな考えをいつまでも持っている人は、進歩向上していかないということを知るべきでしょう。

あの世とはどんな世界なのか、高橋先生と園頭先生の本を参考に少し書いてみましょう。

心の段階によっていくつもの世界に分かれているようですが、仏教的に書いてみます。()内はキリスト教的な呼び方です。

<如来界(光の大指導霊の世界)

光一元の光明の世界。仏教界では金剛界とも言われておりますが、この世とあの世を支配し神と一体(慈悲と愛の塊)の心を持たれ、万象を大調和させる使命を持たれた如来が住んでいられる世界で、この最上界に釈尊、キリスト、モーゼがいられる。常春(とこはる)のような和らぎのある美しい調和した世界で、万国人民共存の社会生活が営まれています。

菩薩界(光の指導霊の世界)

如来界に続く光の世界。ここに住む人たちは如来と同じように、智慧と慈悲の心を備えていますが如来ほどではありません。如来界とほとんど変わらない社会生活が営まれ、この世で言えば、中央都市とその近郊のような感じです。大自然の美しさはこの世の比ではないほど美しく、その文明の高さは想像を絶します。ここに住む人たちは如来の補佐をし、この世とあの世の指導もしながら自分自身も生活の中で修行をしています。

神界(光の天使の世界)

さらに一段低い霊域の世界が光の天使が住む神界です。哲学者や学者や科学者のように頭で知的に悟った人の住む世界で、頭では人間神の子で智慧と慈悲の存在であることを知っているので、ここに住む人がこの世に出てきますと、如来や菩薩と同じようなことを言いますが、しかし、それは頭で知っているだけで心全体で自覚しているわけではないので、立派なことを言っているわりには行動が伴っていません。専門的な研究者が多く、また現在の宗教の教祖になっているような人たちも、この世界から下の世界に住む人たちが多いのです。

霊界(天使の世界)

神界のさらに段階の下りた世界。芸術家やスポーツ選手、または人道的な思想集団にいた人たちが多く住んでいる世界で、世界は一つで人類皆兄弟、国境や人種差別があってはいけないことをよく自覚しています。この世界に来られる人たちは、自分の心を見つめて反省できる人たちで、偶像崇拝、すなわち形あるものを神仏として礼拝などしていなかった人たちです。普通ではこの霊界の世界に昇ることも、並大抵のことではないのです。

幽界

この世界はこの世と同様に、国や人種差別、宗教、思想の差別などのいろいろな差別があり、自分自身が望んだ人々の集団によって各国が存在しています。この世と異なるところは戦争がなく、各集団は調和された社会組織を形成しており、各自皆、足ることをよく知っています。現在のこの世の、戦争がなくて調和された世界が幽界であると考えればいいわけです。

地獄界

この世界はこの世で人を恨んだり、騙したり、争ったりして、常に心に安らぎがなかった人や、色情が強く、金や物ばかりほしがる欲望の強い人や、自殺した人が行く世界。この世界は怒りや愚痴、そしり、暴力が渦巻いている世界で、常に安らぐことはなく、この世が苦しいからと自殺してもさらに苦しい世界があの世では待っています。楽しさ、喜びなどはまったく無縁の世界で、まさに想像を絶する恐怖の世界です。この地獄界も無間、餓鬼、畜生、修羅などのいくつもの世界に分かれ、その人の心の程度によりそれぞれの世界で、自分の間違いに気づくまで苦しい修行をするのです。>

簡単にあの世の世界を書きましたが、それぞれの世界でもたくさんの段階があり、いくつもの世界に分かれているとのことです。

キリストがサタンとか、穢れし霊よ、といわれているのは、地獄界の霊たちのことで、この世で悪いことをして(または悪い思いをずっと持ち続けている人も)地獄に堕ちた霊たちが、自分たちと同じ心を持った人間に憑いて、悪さをしているのをキリストは見破り、その霊をアッというまに祓われるのですが、キリストがこの世に出ていられる二千年前のイスラエルは、穢れた霊に憑かれている人が非常に多かったということです。

心は異次元の世界につながっています。その人の心のあり方によっては、天上界(幽界以上の世界)から地獄界まで、さまざま世界につながります。少々のことですぐ腹を立てたり、人のことを妬んだりひがんだりそしったりばかりしている人は、常に心が地獄と同通していることになり、自分の心とよく似た地獄霊を引き寄せてしまうことになります。

特に法も知らず、心をきれいにしたわけでもないのに、不思議な現象が起きてきたときは気をつけてください。それは地獄霊が起こしている現象かもしれないからです。(キリストが不思議な現象ばかりに惑わされてはならない、といわれたのは、その不思議な現象は地獄霊が起こしているかも知れないからです。地獄霊も不思議な現象を起こせる力があるのです)

感謝と調和した明るい心でいつもいれば、その心は天上界に通じ、おかしな霊や不幸なことからも守られ、いろいろな指導が心の内からなされます。外面をどれだけ磨いても、心が怒りや妬みやひがみに満ちていれば、その心は地獄に通じおかしな霊に憑かれ不幸な道を進むことになります。

心を磨くことこそ肝要で、心をきれいに磨いていくならば、今生の運命を良くするだけではなく、死んだその後の幸せな生活も保障されることになるのです。

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