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1月 15 2013

責任転嫁と人の心

10:57 AM ブログ

せっかく新しいパソコンを買ったのに、メール設定がうまくいかず、未だ古いパソコンでブログを書かなければいけない、自分の機械音痴さがつらいです。(今週中には何とかしたいです〔涙〕)

昨日は東京は、十年ぶりの大雪になったようで都内は大混乱でしたね、今日もまだ雪の影響は出そうで、東京の皆さんは気をつけていただかねばいけませんが、何か低気圧が急に発達して、今回こんな荒れた天気になったようです。

この天気は気象庁も予想外で、これだけ急激に低気圧が発達し、関東がこんな大荒れの天気になるとは誰も思わなかったようです。

何で関東は今回こんな天気になったんでしょうか?

残念ですね、やはり東京のきれいなオネエサマ方私をなめてますね、どうもそのような心が影響したようです。(前に、残念なオネエチャンの時も、似たようなこと起こりましたし)

だって、前回や前々回のようなブログを私が書いたら、もうこの辺の人ピリピリですよ(針のむしろ状態ですね私)まだ、怒って嫌がらせしてくる人いますから。(かわいそうです、そのような人)

そんなにピリピリするなら、神の運動を手伝えばいいのにそれはしないのです。(今日も朝から救急車のサイレン聞こえてるんですが…)ただ、ピリピリして怒っているだけなのです。不思議でしょう。しかし、そういう人たちが多いのです。

もちろん、私のいうことをなめて聞いてる人もいけなければ、ピリピリして聞いているだけの人もいけません。私が神の運動を手伝ってほしいというのであれば、その言葉に従い神の運動を手伝わないといけないのです。(それが神の心だからです)素直に、神の運動を手伝わない自分たちが悪いのだと反省しなければならないのです。

まず、自分たちが悪いと思わなければいけないのですが、絶対思いませんね、この人たち、だから恐ろしい現象が続くのです。いつまでもおまえが悪いと思っているから、こんな状況が続くのです。(それにしてもよく聞こえてきますね、救急車のサイレン、何かこのようなブログ書き出すとよく聞こえてきます…こんなこと書いてるとまた評判悪くなります)

責任転嫁ばかりしている人が悪いのですが、世の中、責任転嫁するのが好きな人が多いようです。

どうせ、こんなブログ書いたらまた評判悪くなりますので、評判が悪くなるついでに、もう一つ評判が悪くなるようなこと書きますが、今ずいぶん話題になっている、大阪の高校の生徒が教師の体罰を苦に自殺した事件がありますが、あれなど責任転嫁の最たる事件ではないでしょうか。

世間では、その生徒は先生から毎日体罰を受け、それで自殺した、生徒にそんなひどい体罰を加えた先生が悪いの一点張りですが、そうでしょうか?先生が悪いだけなのでしょうか?

そうではなく、学校も悪ければ行政も悪い、だから橋下市長が両親に詫びに行ったのだ、といわれる人もいるでしょうが、何で橋下市長が、わざわざ両親に詫びに行ったのでしょうか?まったく意味が分かりません。

その自殺した生徒は、バスケット部のキャプテンだったといいます。では、そのような人にお聞きしますが、何でこれまでの、その高校のバスケット部のキャプテンは自殺せずに、この生徒だけ自殺したのでしょう?特別その生徒だけに、その先生は体罰を加えていたのではなく、歴代のキャプテンに同じように加えていたはずです。(それがその先生の方針のようですので)

それなのに、これまでキャプテンを務めた生徒は自殺せずに、なぜ、今回の生徒だけ自殺したのでしょうか?

なぜだかお分かりですか?学校での教育の仕方は同じだったはずです。では、この自殺した生徒と、これまで同じような体罰を受けて自殺しなかった生徒では、一体何が違っているのでしょうか?

それは親の教育方法が違っている、ということです。

つまり親の教育が悪かったから、この生徒は自殺したのです。そうではないですか、親がもっと厳しくしつけているのであれば、この自殺した子は少々殴られようが、それに耐えてキャプテンを続けられたであろうし、もし、仮にそのキャプテンを続けるのがどうしても無理である、とその子に親が打ち明けられたら、その責任は親が取るのであるから、おまえは気にせずその部を辞めろといえたはずです。

しかし、そのようなことを子供が親にいえず、先生の体罰(私はこういう言い方も変だと思いますが)にも耐え切れなくなって、その子はもう行き場がないと思い自殺したのです。

そんなことはない、現に親に宛てて「育ててくれてありがとう」という遺書まで残しているではないか、といわれる人もいるかもしれませんが、この生徒は自殺する前日に、親に先生から三、四十発も殴られたといっているのです。その時この親はどういう態度をその子に取ったのでしょうか?

少なくとも子供が納得する態度は取らなかったと思います。しかし、それが子供が親に対する最後のシグナルだったのです。「自分がこれだけ殴られているのだから助けてほしい、そうでないと自分はもう死ぬしかない」そう思って母親に思いを打ち明けたのです。

しかし、母親はそんな子供の必死の心が分からなかったのです。子供が死ぬほど悩んでいることに気づかなかったのです。そんな母親は親として失格なのです。それなのになんでそんな母親失格の人のところへ、橋下市長は詫びに行ったのか本当に意味が分かりません。

この自殺した子は、そのような母への自分に対する愛のない不満はありましたが、そのような心を一切隠し、遺書には「育ててくれてありがとう」と書いて自殺したのです。そのように書くことで、自分が死んでも、少しでも親から愛してもらいたいと思ってそう書いたのです。つまりこの子は親からの愛をほしがっていたのです。

この子は親の愛が足りなかった、だから自殺したのです。

それなのに、この子の両親は、そのような子供の愛の心に気づかず、先生が悪いの学校が悪いの責任転嫁をしているのです。子供が死んでも、その子の心が分からない親のバカさかげんに、その自殺した子の心を思うと、その子が不憫でなりません。

しかし、この親もそうですし、世の皆さん方もそうです。責任転嫁ばかりしていても、心は成長していかないのです。

親が子の心を知り、子が親の心を知り、夫婦が互いの心を知った時に、その家庭は調和します。

世の人々も、その親である神の心を知った時に、初めてこの世は調和するのです。

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