1月 22 2013
勘違いの愚かさ
あの自殺者が出た高校の体育科の募集が中止されました。傲慢市長の傲慢な主張が通ったということになります。世も末ですね、教育委員会の存在意義ゼロです。あの市長のいうことなど無視して、普通に入試を行えばよかったのです。そうすればあの市長、予算を減らすとかいってるだけで、実際はそんなことしなかったんですから。
やれませんよ、だって今回のこの高校の入試中止など、ただの傲慢市長の憂さ晴らしだったんですからね。憂さ晴らしで予算を減らすことなどできないでしょう。
考えてみてください、今回のこの傲慢市長の異常な態度、おかしいと思われなかったでしょうか。いつもなら、これだけ大騒ぎになれば、さすがに傲慢市長も引くはずですが、まったく引こうとしませんでした。そればかりか世論の反対の声が高まれば高まるほど、よけい強硬な態度にでてきたのです。(おまけに間違っているなら選挙で落とせなどと開き直るし)いくらなんでもこのような態度おかしいでしょう。
おかしいはずです、このような態度は学校を思ってしたわけでも、生徒のことを思ってしたわけでもないからです。八つ当たりしただけだからです。(本人はそれが分かっていますからね、さすがに予算を減らすことなどできないでしょう。脅していただけです)
最近は安部総理ばかり目立っていましたからね、自分がほとんど相手にされてなくて面白くなかったところに、私がこの傲慢市長のことを少々批判しました。それで切れてしまったのです。
傲慢市長が、自殺した子の両親のところに詫びに行ったのを、私が批判したすぐ後くらいからでしょう、あの傲慢市長が強硬な態度に出始めたのは。(十五日くらいでしたっけ?)
この人、私には言い返せないものですから(過去に私に文句をいって何度もおかしな現象が起きたものですから、また何か起きるのが怖くて私には言い返せないのです)それでくやしいので自分に逆らえない人たちに、無理難題をいって八つ当たりしたのです。
だから、あのような異常な強硬姿勢を続けたのです。(そのような理由でもなければあんな強硬な態度とらないでしょう)
私はそれが分かっていましたので必要以上に怒ったのです。あまりにもやってることが幼稚だったからです。
しかし、無駄でしたね。それどころか、私が何かいえばいうほど強硬な態度をとるのですからガキ丸出しです。
この人、自分が間違っているなら選挙で落とせばいいといっていましたが、当然そうなるでしょう、こんなことをしては人心も離れるからです。
この人、一時は光も出ていたのですがやはり長続きしませんでした。一時は神の心に近くとも、それを持続することがいかに難しいか、この人を見ていてもそれがよく分かります。この人も最初は大阪を何とかしたい、日本を何とかしたいと本気で考えていたと思います。しかし、時を経るうちに大阪や日本のことより、自分が、自分がという、自分を一とする心に変わっていってしまったのです。
そうなってしまうと、もう周りの声は聞かない、自分の意見(我)は通すという、現在のこの人そのままの勘違いした増上慢な市長ができあがるわけです。
仕方ありません、このようになるのも世の常です。こうなってしまっては誰が何をいおうと聞きません。いずれこの人から人心は離れ政治家ではいられなくなるでしょう。それもこの人が選んだ道です。どのような道を進まれようがそれはその人の勝手ですからね。このような人祈るまでもありません、どうせ死んでも自分の考えを変えようとしないのですから、もうほっておきましょう。(そういう人、私の周りでもたくさんいます)
こういう人を見ますと、本当に世の中勘違いした人が多いなと改めて思います。(途中で勘違いしてしまう人も多いのですが)
そのような立場になっただけで(例えば国会議員でもそうですが)もうそうなったと勘違いしてしまい、謙虚さや向上心を忘れて、人の意見を素直に聞くとか、一生懸命勉強するとかいう心を忘れてしまうのです。そのような立場になっただけで、その人がその立場どうりの人になったわけではなく、そこから努力向上して、はじめてその立場の人になったと皆が認めるのであり、それまでは誰もその人を認めてなどいないのです。(単にその立場にあるというだけに過ぎないのです)
最初は謙虚で一生懸命勉強していても、それでもこの市長のように、途中で傲慢に変わってしまう人がいくらでもいるのです。
立場が変わっただけで、即傲慢になっていては話になりません。最初の何年間は便所掃除くらいやって、黙って一から勉強するくらいの謙虚な気持ちがなくて、どうしてその世界で成功するでしょうか。(高橋先生など、あれだけ偉大な力をもたれ、多くの人の師となられた後も、まだ便所掃除を続けていられたくらいですから)
勘違いしてしまえば、その人の人生はそこで終わってしまいます。(それではもう心の成長がなくなりますからね)謙虚な心を持ち続けてこそ、その人のよりよい人生は続き心の成長もあるのです。
謙虚な心を忘れないようにしたいものです。



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