2月 12 2013
法を拡げることの大切さ
最近はいろいろなことが起きて、世の中が変わりつつあるように感じますが、世の多くの人々の心はなかなか変わらないようです。
そういえば、例の体罰問題で自殺した生徒が出た学校の生徒が、ずいぶん嫌がらせを受けているそうですがなぜでしょうか?
いじめで自殺した生徒が出た学校の生徒が嫌がらせを受ける、というならまだ話も分かりますが、何で体罰で自殺した生徒が出た学校の生徒が嫌がらせを受けているんでしょうか? 体罰で自殺した生徒は学校の先生と問題があったのであって、その学校の他の生徒は関係ないはずでしょう。それなのになぜ、その学校の生徒は嫌がらせを受けているのでしょう?
まったく意味が分かりませんが、どちらにしても、あの傲慢市長が、八つ当たりで必要以上のことをしてしまったために起きていることです。傲慢市長に責任を取ってもらうほかありませんね。
なんなら私が嫌がらせを受けている生徒たちに、そういう嫌がらせする人たちにはどういう思いで、どういう祈りをすればいいのか教えましょうか。そうすれば大阪もいろいろなことが起きてきて、わけの分からない嫌がらせをする連中も、反省せざるを得ない状況になります。名古屋のように…。(アレッなってませんか?)
あの傲慢市長ともども、皆で祈ってとっちめてやるというのはどうでしょう。そういうこともしないと世の中変わりません。
それには一にも二にも、この法を拡げるしかないのですが、この状況ではどうしようもありませんね。誰も協力してくれないのですから。
それにしても、これだけいろいろ起きてて、まだ誰も何もしようとしないのですから呆れますね。(他の地域の人も対岸の火事ですか…そういうこともいっていられなくなると思うんですが)しかし、ここまでこの世のことだけに執着しますかね、何でこれだけのことが起きていて、少しは神のことも思えないんでしょうか?(本当にこれだけ神に不誠実な人たちも珍しいです)
まったく不思議で仕方ありませんが、このまま帰ったら皆さん、ど叱られますよ「何でこれほどのチャンスにしっかり勉強してこなかったのか」と。(実在界には自分の縁に繋がる方たくさんみえますから)
この世のことばかりいっていてもいけないし、どこかのおかしな宗教のように、あの世のことばかりいっていてもいけません。
この世に肉体を持って修行しているのですから、この世のことを主にいうのは当然のことですが、あの世のことをぜんぜん無視してしまっては、この世に生まれた本当の目的が分からなくなります。
人の嫌がることや間違ったことをしていれば、死んだら地獄に堕ちなければいけない、ということは、それは事実としてあるのですし、すべて自分のしたことは自分自身にいずれは帰ってくるのですから(釈尊がいわれた“因果応報”ですが、もちろんこれは法です)やはり、そんなことをしていれば自分が損をするのですから、そんなことはやらない方がいいし、そのようなもろもろのことがすべてわかるのが、如来の言葉(それはすなわち神の心)である法なのです。
私がここに書いていることが法であり、それを実証するような現象が次々に起きています。
ここに書かれた法に、逆らうから恐ろしいことが現象として起きてくるのであって、素直に従うのであれば奇跡が起きるのです。
この法が全世界に拡がらないと本当の平和にはなりません。それにはまず、この日本に法が拡がらないと、世界には拡がりません。
今私のブログを読んでる人の使命の重要さを知ってください。



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