3月 13 2013
神の世の始まり
今日のブログは、昨日の続きを書こうと思ったのですが…やめておきます。
どうもまた何か起きたようですね。連日ですか? 何も聞いてないので分かりませんが、本当に次々と何か起き始めたようです。
繰り返しいっておきますが、神の使いは畏れないといけないのです。
もし、それを聞かず、嫌がらせなど続けていれば恐ろしい現象が起きてきます。それは(聖書などの)過去の書物を見ても分かるはずです。
私を神の使いと認めたくなければ、認めなくていいのですが、それなら何が起きても、それはたまたま起きたとか、そういうことも起きるだろうと軽く考え、私のことなど相手にしなければいいのです。それを、私の書くものを勝手に読んで、それで自分勝手に判断し、あのようなことが起きたのもおまえのせい、このようなことが起きたのもおまえのせい、と悪いことが起きたことをすべて私のせいにしていては、それはいいこと起きません。
それはそうでしょう、人に濡れ衣をかぶせていていいこと起きるわけがありません。
もう、中途半端な態度はやめられたらいかがでしょうか。私のいうことを信じるのであればすべて信じる。信じないのであればすべて信じない。
そうしないと悪いことが次々に起きるのではないですか、どれだけ認めたくなくても、私が本物の神の使いなのですから。(でなければ、私に嫌がらせなどしている町に、恐ろしい現象が次々に現れるという説明がつかないでしょう)
何度もいっていますが、嫌がらせをする人はいても、協力してくれる人はいません。神の使いに協力するのであれば、これほど徳を得る行為はありません。嫌がらせなどされるより、協力された方がいいのではないしょうか。(逆にいえば、神の使いに嫌がらせするのは、これほどの不徳の行為はありません。だから、恐ろしい現象が次々に現れるのです)
そのような徳の得る人が増えれば、恐ろしい現象も収まっていくでしょうが、徳を得ようとする人が一向に現れないというのであれば、恐ろしい現象は続くでしょう。(多くの人が神を冒涜し続けているからです。神の運動をやらないという行為は、神を冒涜していることと同じことなのです)
マァ、私は誰からも何も聞いていません。ただの妄想ならそれでいいのであって、嫌がらせを続けたい人は続ければいいのです。態度を変えようとしなければ、今と同じ状態が続くでしょうからね。(何も起きていなければ同じ状態が続いた方がいいですもんね)
今回、何か気になったので書いておきました。
ついでに(ついでですけどね)書いておきますが、立川のオバちゃんと福岡のオジちゃんのコメントがピタリと止まりました。
これでは自ら、私は立川に住んでいます、私は福岡に住んでいます、と認めているようなものでしょう。(笑)
コメント送ってこないならこないで結構ですが、あなたたちが住んでるところも分かったことだし、これまでやったことの反省など、とてもあなたたちがするとは思えませんので、はっきり住んでる場所が分かり次第、警察が行くかファンレター(内容証明)がいくか分かりませんが、何かあなたたちのところに届くかもしれませんので、それは楽しみにお待ちください。
これ以上あなたたちの相手をしていても、時間の無駄ですから、もう相手にしません。それにしても、最後の最後まで無責任でいい加減な人たちでした。
何か次々に起きているようです。もちろん正法の世が深まれば深まるほど、神の心が世に表れますから、それにふさわしいことが起きてきます。だから、ついてこれない人はもうついてこなくていいのです。ついてこれた人だけが、神の世を見ることができるのです。
何をいっても、誰も聞かず行おうとしません。
ならば一人で進むだけです。
しかし、確実に神の世が始まり始めたように感じます。



人目の訪問者です。
