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3月 16 2013

続、大調和の世界

11:23 AM ブログ

前に大調和の世界を書いてから、間を空けましたが、それも何かこの辺りで起きていたようでしたので、この辺りで何か起きているのに、そのことを無視していてもいけないと思い、それに関連したことを書いていたのですが、さて、そこでです。

その今この辺りで起きていることを、私は、現在の名古屋には時代の最先端の現象が起きている、と書きました。ということは、近未来に現れることになるであろう大調和の世界(ユートピア)とは、まさにそのような(ことが起きる)世界であるということです。

意味お分かりですか? つまり悪いことをすれば悪いことが、よいことをすればよいことが、すぐに現れてくる世界であるということです。

これまでのこの世の世界(末法の世)は比較的波動が荒い世界であり、これだと、その波動が荒い分、自分でしていたことが、よいことか悪いことかのお返しがすぐには現れてきませんでした。ですから釈尊がいわれた“因果応報”(よいことをすればよいことが、悪いことをすれば悪いことが、自分に返ってくる)の意味がよく分からなかったのです。(その返ってくることが、あまりに時間がかかったからです。自分が何かして、そのお返しが一年も二年も先に返ってきても、一体それが何のお返しなのかさっぱり分かりません。ですからこれまでは、釈尊がいわれていた因果応報という意味も、もう一つ理解できなかったのです)

しかし、これからは正法の世となりますので波動が精妙になってまいります。そうなれば当然、因果応報の現象が早く現れてまいりますので、よいことをしても悪いことをしても、それがよく分かるということです。

そうして、天からの啓示も受けやすくなり、祈りもきかれやすくなるというわけです。(そのようなあの世の意識も、この世の意識も、波動が精妙になれば通りやすくなるからです)

つまり、現在の私に起きていること、名古屋に起きていることが、近い将来そのまま日本に住む多くの人に起き、日本に起きるということになるのです。まさに今、私に起きていること、その周辺に起きていることが、近未来の町ではこのようになるというよい見本なのです。

そうなると恐ろしい世界になるのではないか、と勘違いされる人も出てくるかもしれませんが(現在の私の周りでは、ずいぶん恐ろしいことが起きていると思っている人も多いですからね)とんでもありません。逆です。これが本当の神の心を表すユートピアの世界なのです。

よく考えてみてください、このような世界は、因果応報の現象が早く現れる世界であると先ほど私は書きました。ということは、現在の私の周辺に、もし恐ろしいことが立て続けに起きているとしたら、それはそのような恐ろしいことをしている人が、この周辺には多いということになりませんか? (だから、恐ろしいことが即座に自分たちに返ってきて、恐ろしいことが起きている)

であるならば、その恐ろしいことをしなければ、恐ろしいことは返ってこなくなるのであり、逆によいことをするのであれば、よいことが即座に返ってくるのですから、よいことばかり起きるということになります。

では、この辺りの人はどのような恐ろしいことをしているのでしょうか? ということですが、もう、それをここでクドクドいってもしょうがないでしょう。(分かっている人が多いと思いますし)

そのことは、実際に恐ろしいことが起きているのであれば(私は何も起きていませんので)その起きている人たちが考えればいいことですから、ここでは近未来に現れるであろう、大調和されたユートピアの世界のことを書いておきましょう。

その大調和の世界では、天の啓示を受けて自分の本当の使命を果たす人が増えますので、そうなれば科学の発達はこれまでの比ではありません。(これまでもずいぶん科学は発達しましたが、この程度ではないということです)今の世では考えられないような、大自然と共生されたすばらしい世界が生まれるのです。(大自然も科学もすべてを生かす、そのような世界は、すでにあの世の菩薩界に存在しています)科学が飛躍的に発達すれば、当然医療もそれに続きますので、体の健康もしっかり確保しつつ、経済も社会生活も今とは比較にならないほど発達し、楽に仕事も生活もできて、平和で安定した生活が営まれるというわけです。(因果応報がすぐに現れるため、悪いことができなくなります。必然的によいことをしようという人が増えます。よいことをした方が自分にもよいからです)

それに天(天上界)とツーツーになりますので、何か悩みがあっても、その解決方法を天が教えてくれます。(私のように心の奥から思いが上がってきたり、あるいは天啓を受けるような人もいるでしょう)従って心の悩みもなくなります。心身ともに健康でいられ、祈りもきかれますので、雨がほしいと思えば雨を降らせることもできますし、体がどこか悪いということになれば(医学が発達していますので、病院に行けばいいのですが)少々のことなら、天に祈って天の光をその悪い箇所に与えれば、その悪いところも癒されます。

そして死ぬ間際まで健康にいられ、しかも自分が死ぬ時には、その死ぬ日を天から教えられ(実際に高橋先生が指導していられた時のGLAではこのような人がいたそうですが)回りの人々に「何月何日に私はあの世に帰ることになりました。いろいろお世話になりました」と挨拶をされ、そうして自分の身の回りのものを自分で整理して、回りの人に見守られながら、大往生することができるのです。(このようになれば、もう死の恐怖はなくなります。死はこの世のただの卒業式であり、またあの世に生まれて新しい勉強が始まる、と思えるからです。このような人の往く先は当然天上界です)

どうですか、この世に生まれて死ぬ間際まで、幸せな生活ができて、死の恐怖もなくなるというのですから、これ以上の幸せはないはずです。

このような話は決して夢物語でも、作り話でもありません。実際にこのような世界は存在していたのでありますし(またその話は書きます)祈りでも、天からの教えでも今現在、私に起きていることばかりですし、いくらでもこのくらいのことは起きるのであり、実現するのです。

皆様方の心のあり方一つでです。

幸せな大調和の世界を早く現すのも、遅く現すのも、現在の人々の心次第です。

しかし、どれだけそんな世界など必要ないと思っていても、もうそのような世界に移行しつつあります。ですから、そのような大調和の世界に合う心に私たちはならないといけないのです。

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