3月 29 2013
偽の神仏
昨日あんなブログを書いたら皆さん反応がいい、バスの運転手や、どこかの全国区の運送会社のドライバーにまでシュシュやられました。たくさんの方が私のブログ読んでいるようです。(笑)
その全国区の運送会社の中で、西濃運輸という会社がありますが(そこのドライバーにされたとは申しませんが…されてないとも申しませんが…どっち?)その西濃運輸の創業者の方の過去世を、高橋先生がいわれたことがあります。
その方は昔中国に生まれ、大きな馬賊の頭目をされていたそうです。馬賊の頭目として中国を走り回っていた人が、今度は日本に生まれて、トラックで日本全国を走り回らせるというのも不思議な縁ですね。過去世の業が今生にも現れています。
それはともかく、嫌がらせはされますが相変わらず布施はいただけません。先ほど坊さんが来てお経を上げていきましたが、あの人たち楽なものです。お経を十分程度上げるだけで布施してもらえるのですから。
それで、死んだ人が成仏しているのかといえば、まったくしていません。
それは少し考えてもらえば分かると思います。死んでも意識はそのまま残っているのです。その意識体が地獄に堕ちているのに、お経を聞いているだけで救われるでしょうか? お経を聞いているだけで、その霊が救われるわけありません。だって、その霊はお経の意味を知らないのですから。(お経の意味を知ってる人などほとんどいませんからね)
これが心が広い人が上げるのであれば、その祈りは天に届きますから、その波動に乗って天上界に昇るということも、まったく無理ではありませんが(しかしそれも、本人が自分が悪かったと反省しないといけませんが)今の坊さんが上げるお経では、せいぜいそこらへんをぐるぐる回ってそれで終わりです。地獄界をぐるぐる回るくらいが関の山でしょう。
ということは、そのようなことをいくらしてもらっても(お経をいくら上げても)まったく意味がないということです。
このようなことを考えていただいても分かりますように、多くの人々は(寺や神社などの参詣も含めてですが)偽の神仏を拝み、偽の神仏に布施しているということです。(本物を無視し嫌がらせしているのですから、それはいいこと起きません)
日本の人々は無神論とはいえ、まだ神仏を大切にする心は残っています。(ご先祖様への信仰や参詣など)しかし、残念ではありますが、そのようなところにもはや本物はないのです。(だから、そんなものを拝んでもなんのご利益もありません)
本物は別のところに現れています。(それが高橋先生であり園頭先生であり私です)
それが分かるような現象が、今次々に現れ、それを認めようとしない人々に多くの災いが降りかかっています。その災いを止めるには、その本物を拝み(別に拝んでもらう必要はありませんが、話を理解してもらえればそれでいいのです)布施するより他にありません。それが神仏に対する正しい態度であるからです。
それに反する態度を取り続けている限り、災いは次々に起きてきます。(現実に起きていますが)しかし、本物を本物と認め、正しい態度を取られるのであれば、奇跡の現象が次々に現れるのです。(当然そうなるでしょう。今と逆の現象が現れるわけですから)
災いばかり起こる世の中がいいのか、それとも奇跡が次々に起きる世の中がいいのかは、論ずるまでもないでしょう。
本物と偽者を間違えてはならないのです。



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