4月 24 2013
座談会に参加する意義
とりあえず座談会は決めましたが、しかし、これから座談会など始めていてそれで間にあうのか?という疑問がないでもありません。
世の中を見ると、どこをどうとっても危なくて仕方なさそうにしか見えないからです。
地震など多発して、東南海大地震や、首都直下型大地震やら起きるかもしれないので、その対策を急げといわれていても、相変わらず同じようなこと(周期を調べたり地質を調べたり)しかしていませんし、異常な集中豪雨や超大型台風などが直撃しても、これもやはり防災減災をいうだけで、実際にやることといえば、堤防を高くしたり、避難をもっと早くしろとかいってるだけです。
誰も彼も物質面からしか物を見ずに、精神面(心)をまるで無視しています。何時になったら気づくのでしょう。それがどれだけピントが外れたことであるのか。そのようなことをどれだけやっても、真の救いにはならないということを。
ほとんどの人が、それでは救われないということを、一生懸命救われると思ってやっているのです。哀れというほかありません。
そうではないでしょうか。地震など、周期や地質をいくら調べても、もう予知も防ぐこともできないということは分かっていますし、堤防を高くし、避難をどれだけ早くしようと、その堤防を越えて水がくるかもしれないし、安全な避難場所といっても、その避難場所まで災害にあうかもしれないのです。(避難したところまで水がくるかもしれないし、地震が起きてその場所が崩れるかもしれません)災害からいくら逃げようとしたところで無駄なのです。(だからといって、そんなこと一切やらなくてもいい、という極端なことをいっているわけではありませんが)
そのような災害を起きなくすることを、もっと真剣に考えるべきではないでしょうか。
これだけ大きな災害が起きていても、そういうことを誰一人真剣に考えようとしないから(多くの人が、頭からそんなことできないと思っていますので)私は今から(そういうことは、すべて人々の心が原因で起きているということを知らせる)法の座談会など始めても遅いのではないか、と思うのです。
私が座談会など呼びかけても、何人集まるか分からないし(この辺りで私の評判だけは知られたようですが、ずいぶんその評判が悪いようですし)ヘタしたら誰も来ないかもしれません。(評判が評判ですので)
仮に五人でも十人でも来てくれる人があって、その人たちが私のいうことを信じてくれたとしても、その程度の人数では、多くの人が法を信じて拡がるには、どれだけ時間がかかるか分かりません。逆に座談会などいくらしていたところで、爆発的に法が拡がるわけがありません。しかし、現在の日本の状況を見るならば、爆発的に法が拡がらないと、とても救われる状況ではないのです。
現在日本に起きている異常現象は、天変地変だけでありません。原発事故も収束のメドがたたず、汚染水の問題も解決策がありません。(私は解決策がゼロではないと思いますが)風疹やインフルエンザなど、異常な流行り方をしていますし、おかしな犯罪(例えば、多くの無差別殺傷事件や薬物犯罪、ストーカー犯罪、その他)も多発しています。
しかしそれに対し、こんなに日本中で異常なことが続出しているにもかかわらず、誰一人それにあわてることなく、相変わらず自分の生活を同じように続けているのです。まるで異常なことなどなかったかのように、普通に生活しているのです。
このような人たちに、今異常なことが次々に日本に起きているが、その原因はすべて自分の心にある、などといっても誰が理解するでしょうか?(もっと異常なことが次々に起きている、この辺りの人でさえ悪いことが起きても、それを全部人のせいにして、まったく反省しようとせず、一切自分の考えを変えようとしない人が多いのに)
このように考えるのであれば、今から座談会など始めたところで、とても間にあいそうもないと思えますが、しかし、天がそれをしろといわれるならするしかありませんし、座談会でも始めてそれを続けていれば、また奇跡が起きてくるかもしれません。
この状況ではとても無理だろうと思っても、何もやらなかったら何も始まりません。やるより他に道はないと思っています。
だから、やるしかないと思ってやるのですが、どこかの調子の悪い野球選手も顔を出されたらどうでしょうか?調子がよくなるかもしれません。(あくまで、かも、ですけどね)
しかし、例えば野球選手など、高橋先生がアドバイスして急によくなった選手がいる、という話を前に書きましたが、園頭先生の時も実はそのようなことが起きたことがあるのです。
その時は選手ではありません。そのチームがということですが、それはある高校に園頭先生が講演にいかれたことがあるのですが、その後から、その高校の野球部が急に強くなったのです。
その高校の野球部とは、常時甲子園に顔を出す現在も強豪校として知られている“大阪桐蔭高校”です。
この大阪桐蔭は二十年ほど前までは、それほど野球が強い高校ではありませんでした。それが、園頭先生がその大阪桐蔭に講演にいかれたその少し後のことです。大阪桐蔭が甲子園で初優勝を果たしたのです。
その時、園頭先生は「あの優勝は私があの高校で講演をしたからです」といわれていました。
大阪桐蔭が強くなったのはその時からです。
法を直接聞いて心を変えると、そのような奇跡が起きるのです。(神の光が直に通るからです)
特別野球だけではありませんが、法を知るのであれば、そのような奇跡は起きるのであるし、そのような奇跡は、私のブログを読んでいるだけでなく、私と直接話をするという、そのような積極的な行いがなければ起きてきません。(では、私と話せば誰にでも奇跡が起きるのかというえば、もちろんそうではありません。そのような〔神の光を受け入れるだけの〕心になっていなければ無理ですが、それでも積極的な行いは自分の心を大きく前進させます)
どちらにしても、ここから始めなければ始まりません。多くの人の座談会へのご参加、お待ちしています。



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