5月 08 2013
天使を撮るか悪魔を撮るか
昨夜はまたスーパーなど行くと、私にちょっかいをかけてくる人多かったですね、大丈夫ですか?そんなよけいなことして。(私の相手などしなければいいのに…と思うのですが)
最近は何も起きていないんですかね、この辺り。あまり態度が急変する人いないように感じますが。
よかったですね、何も起きなくなって…それでよけいなことやる人が多いんでしょうか?(私をなめてしまって)
今何も起きていないからと、そんなことしていると恐ろしいと思うんですが、そういう現象がこれで終わったと思われますか?
何度もいいますが、この辺りの人たちの心がよほど変わったのならともかく、そうでないのに現象が終わっているわけありません。天が反省する時を与えているのです。この時を無駄にするとまた恐ろしい現象が始まります。せっかく神のことを知られたのです。今のうちに心を変えることです。(何度同じことが起きれば分かるのでしょうか)
とりあえず座談会までは大丈夫だと思いますよ。(だって、座談会前に次々に現象が起きたら、誰も座談会来なくなるでしょう)それまでに少し反省されたらいかがでしょう。そうしないとまた恐ろしい現象が起きてくるかもしれません。
傲慢な人が多そうですんで、どのような態度が反省したという態度なのか、お教えしますね。(また、こんなこと書いてると嫌がらせされます)
例えば、いよいよ法の流布が再開されるのですから(園頭先生が倒れられて以来の出来事です。記念すべき出来事でしょう。〔笑〕)それを記念して寄付するとか、多くの人にこの座談会のことを教えてあげるとか、いろいろやることはあります。
そのように私に協力しないといけないのです。本当ですよ、私にどれだけ嫌がらせしても自分の損になるだけで一つも得しません。そのように私に協力するなら、どれだけ自分の徳になるか分かりません。この世に生まれ自分の徳になることほど得なことはないのです。(だから、このブログを書くのを邪魔したり、私に嫌がらせしたりなどしている人は、どれだけ損をしているか分からないのです)
悪いこといいません協力してください、神の使いに協力することが神の子としての、すべての人の使命なのです。
逆に今度の座談会の邪魔をしたり、誰も参加しなかったりしてみなさい。その邪魔した人はもちろんのこと(一族郎党が末代まで祟られます)誰も来なかったというのであれば、この辺り、また来週からどんな恐ろしいことが起きるか分かったものではありません。(別に脅してるわけではありません。私は一人でやっているのです。多くの人から脅されることはあっても、多くの人を脅せるわけありません。何かあってもいけないと心配して書いているのです。やさしいですから私)
少しでもいいですから、私に嫌がらせした人は協力された方がいいです。じゃないと、その人たち全員地獄往きです。(これは本当のことです)
口でいっただけで素直に従ってくれれば、悪いこと起きませんが、それができないから悪いことも起きるのでしょう。一人でも多くの人が早く気づかれることを願うばかりです。
前置きが長くなりすぎましたね(何せ、いろいろ事件が起きるものですから)昨日の続きをもう少し書いておきましょう。
先ほど祟ると書きましたが、その祟りの映画の定番で夏になると、四谷怪談のお岩さんの映画などよく上映されますが(最近はそうでもないですかね、私たちの小さい頃は定番でしたが)この四谷怪談のお岩さんなど実在した人ではありません。(四谷怪談などただの創作ですからね)実在した人ではありませんが、なぜかお岩さんのお墓があります。(そのお岩さんのお墓〔お岩稲荷〕は別の人のお墓だそうですが)
そのお岩稲荷に、この四谷怪談の映画などを撮る時には、必ず関係者はお参りしてから撮影を始めるそうです。そうしないと祟るからです。(現実にお岩稲荷にお参りしないで、四谷怪談の映画や芝居などやって、おかしな事故や事件が多発したそうです)
しかし、何で実在しないお岩さんが祟るのでしょうか?
それは次のような理由があるからです。
これはお岩さんが祟っているのではないのです。(それはそうでしょう、実在しなかった人が祟れるわけありません)お岩さんではなく、そんな四谷怪談などの恐ろしい映画を撮れば、そのような地獄霊をいっぱい引き寄せるのです。その地獄霊が祟るのです。
だから、その地獄霊を鎮めるため、お岩稲荷にお参りするというわけです。
それでも、それでおさまらない地獄霊もいるので、そのような霊がおかしなことをするということはあるのでしょうが、それでもお参りするとしないのとでは、全然違います。(そのようなところにお参りしておけば、一応地獄霊も納得しますので)
おかしな映画を撮る時は、そのような参拝はしておいた方がいいのです。
例えば、殺人鬼の映画とか悪魔の映画とか撮る時など、そんなおかしな霊がいっぱい寄り集まって来ているのです。だから、おかしな事件がよく起きるのではないでしょうか?(よく起きませんか、奇怪な事件が)それは皆そのような地獄霊の作用です。
だから、恐ろしい映画などあまり撮らない方がいいのですが(ということは、そんな映画が上映されている映画館など、地獄霊がいっぱい来ています。おまけにそんな映画を観ている間は、それと同じような地獄界に観ている人の心は同通しているのです…ゾッとしませんか)不思議なことに、世の中そのような悪魔を題材にした映画が多く、神や天使を題材にした映画は非常に少ないのです。(キリストや釈尊の映画などないとはいいませんが、ほんと少ないですもんね)
殺人鬼や悪魔を題材にした映画など撮れば、撮っている人たちの心にも悪影響を与え、観ている人にも同じように悪影響を与えます。しかも、本物の悪魔まで呼び寄せているのです。
その反対に神や天使の映画を撮るならば、撮っている人はもちろんのこと、その映画を観ている人の心にもいい影響を与え、しかも光の天使たちがたくさん来られて協力してくれますので、奇跡まで起きることになります。
売れる売れないではなく、人の心によい影響を与えるか与えないか、それをこれから考えて、映画をつくられたらどうでしょうか。光の天使の映画をたくさんつくるのであれば、多くの奇跡が起きるようになります。(それでも売れないと仕方ありませんが、売れるようにつくればいいのです。そんなストリーいくらでもできるでしょう)
祟られる映画などつくるよりは、奇跡が起きる映画をつくられた方がよほどよいと思います。
映画やテレビのドラマなども、これから少しは、神の心を生かしたものをつくられたらいかがでしょうか。(裏切りやら殺人やら不倫やら、これまでのものはあまり神の心を現しているとは思えませんが)
その方が結局得(徳)になるからです。



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