6月 07 2013
善因善果、悪因悪果
水不足は関東の方でも深刻なようです。(埼玉などでダムの水が、これまでで最低になったところもあるようですし)
一週間くらい後には高気圧も強くなり、梅雨前線が上がってきて雨も降り出す予報は出ていますが、それも分かりませんね、最近気象庁はよく予報をはずしますから。
どちらにしても、このまま一週間、十日先にしか雨が降らなければ、軒並み農家はやられてしまいます。少しでも早く雨は降った方がいいでしょう。
しかし、こればかりはどうにもなりません……かね?
どうにもならないことはないと思いますが、皆さん方(私のことを知ってる人たち)が心を変えていただかねば、どうにもならないでしょうね。
最近、私のことを知った人がずいぶん多いのですが、どうですかそのような人たち、日本のため一肌脱ぐ人はいませんか?(それほど大げさな話ではないのですが)
最近、私のことを知った人たちにいっておきますが、このブログを前から見ている人たちってひどい人が多いのです。だって、このままでは大雨になりますとか、台風が直撃しますとか、私がどれだけいっても、皆平然とそれを見ていて何もしようとしなかったのです。(そういうことが一度や二度ではありません。何度もあったのです)
ひどいでしょう。そればかりか、そのような人たちの中で、そのようなことを(大雨が降ったり、台風が直撃し被害が出たりしたことを)全部私のせいにして、私に嫌がらせしている人もいるのです。(さらにひどい人たちでしょう)
そのような人たち、それが私のせいと本気で思っているなら、私のいうことを聞けば、そういうことは起きなかった、とは考えないのでしょうか?自分たちが、私のいうことを聞かなかったために、そのような惨事になったとは誰も考えないのでしょうか?そのようなことが起きたのが私のせいと、もし本気で考えている人がいるなら、ずいぶん一方的な考えしかしない人が多いということになります。
どちらにしても、そのような惨事が私のせいか、それとも私のいうことを聞かなかった人たちのせいなのかは、いずれ一人一人がいやでも知ることになります。(遅くとも死ねば分かります)
しかし、釈尊がいわれた“善因善果、悪因悪果”という言葉があります。
当然この言葉の意味は皆さんご存知だと思いますが(よいことをすればよいことが、悪いことをすれば悪いことが、自分に返ってくるという意味です)もちろんこの言葉は神理です。
この言葉を知るならば、そのようなことを全部私のせいにして、私に嫌がらせしている人たちに、不幸な現象が続けて起きているということを、悪いことを皆私のせいにしている皆さんはどのように考えるのでしょうか?
マァ、この話はいいでしょう、どこまでいっても平行線でしかないからです。
それよりも現状を何とかしないといけません。
私はニュースなど観ていて、困っている人がいると本当に心が痛み、何とかできるのであれば、何とかしてあげたいとよく思うのですが、最近私を知った人たちはどう思われますか?(前から、このブログを読んでる人たちはダメですね。皆、人がどうなろうと関係ないという人たちばかりですからね)
もし、最近私を知った人たちに、心の優しい人がいたら、ぜひ私にご協力ください。もしかしたら雨が早く降り出すかもしれません。お気持ちだけで結構です。ご寄付ください。
私に協力してくだされば、早く雨を降らせることができるといっているのです。
最近私を知った人たちは、それをまったく信じないわけではありませんよね。(どういう噂になっているかだいたい想像できますし)そのような噂が嘘か本当かお試しください。仮にその噂が嘘だとしても、お気持ちだけ寄付してくださいといっているだけなのです。損をしてもしれたものでしょう。(百万も二百万も寄付してくれる人がいれば別ですが)
もし雨が早く降らなかったら、騙されたと思って諦めてください。バカだアホだ、あいつは詐欺師だといってくだされば結構です。雨が降らなくて私が何をいわれようが、私は全然かまいません。(それは自分が悪いんですから)そんな小さなことより、雨が少しでも早く降れば多くの人が助かるのです。私が少々恥をかくよりそちらの方がよほど重要です。自分が恥をかくことを恐れ、できるかもしれないことをやらずにいるより、やって失敗した方がよほどましです。
私のことを信じてくださる方がいたら、ぜひご協力ください。(このようなことは何度もやっていますので…ほとんど成功していますが)
このようなことも含めてですが、よいことをすればよいことが(自分の心が正しければ奇跡も起きるということです)悪いことをすれば悪いことが、自分に返ってきます。
自分が悪いことをしていて、自分に悪いことが起きたのを、人のせいにしていても決してよいことは起きてきません。(そのような心では、よい運命にはならないということです)
善因善果、悪因悪果は神理なのです。(私に協力するのは、もちろんよいことです。それも大変なです。逆に悪いことをするのは悪いことです。それも大変なです)



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