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6月 10 2013

信仰とは

10:52 AM ブログ

昨夜も、たくさんの皆さんが私の帰り道に待っていてくださり、ありがとうございました。ずいぶん嫌がらせのようなことを、あちこちでされましたが、今日はお体大丈夫ですか?

そのような人たちは、もう七大天使に逆らうと決められたようですのでお体が心配です。健康診断などマメにされた方がよいのではないでしょうか。お気をつけください。(これではまた今週も、いろいろ起きるのではないかと心配です。神に従順になられる方っていないのでしょうか?)

最近の私のこの辺りでの人気は、AKBをも凌ぐのではないかと思われます。(笑)この辺り一帯の人、それこそ小さな子から年老いた人まで皆私のことを知っているのですから。

しかし、よく考えれば、これほどのチャンスはありませんね(法の流布のです。小さな子供から、年寄りにまですべての人に伝わるのですから)正しいことを書けるだけ書いておきましょう。

普通はあまり極端なことを書くと、多くの人は「そんなバカな」とまったく聞こうとしなくなりますが、これだけ評判が広がればそれもなくなりますね、信じがたいことも、聞く耳だけは持つようになるでしょう。(すぐそのことを信じなくても疑問くらい持つようになるはずです。それが大きいのです)

そこで、最大のタブーでもある“信仰”のことなども、これから書いておかないといけないと思っています。(一番大事なことですからね)

これまでの信仰がいかに間違いか、それを少しずつ書いていきたいと思います。お年寄りの皆さん楽しみにしていてください。

よくお年寄りには、そんな本当のことをいわなくても、今信じている信仰を、そのままさせておけばいいではないか、もうあまり先もないのだし、などという人がいますが、こういうことがすでに間違いなのです。年寄りは先がないといいますが、それはあくまで今生の肉体だけの話です。人は死んでも意識(霊体)は残り、また輪廻転生して生まれ変わるわけですから、それこそ、死ぬ寸前の人にも間違いは間違い、正しいことは正しいと教えた方がいいのです。

先々勉強は続くのです。この世で真実を知ることは(その人の心の成長を思えば)本当に大きな出来事なのです。

ですから、明日死ぬかもしれないお年寄りに「あなたのやっている信仰は間違いです」ということは(それが正しければ)一見残酷そうに見えますが、実は非常によいことをしているということになるのです。

はっきりいっておきますが、これまで皆さんがやってきた信仰は間違いです。これはしっかりいっておきます。(火に油ですね、ますます年寄りを含む皆に嫌われます。仕方ありません、それが皆さんのためなのですから)

せっかくですから、少しだけ今の信仰のおかしい部分を書いておきましょう。(それこそ明日死ぬかもしれない人がいるかもしれませんから。一分一秒でも無駄にできません)

例えば、坊さん連中はよく「先祖供養をしなさい」とか「先祖にお経を上げると功徳になります」とかいいますが、そういっていながら「霊」の存在は認めていないのです。

おかしいと思いませんか。霊が存在しないのなら、一体何に対してお経を上げ、先祖供養をするのでしょうか?何もないところに祈っても意味がないのではないでしょうか?(先祖の霊にお経を上げ供養するというのなら、まだ話も分かりますが)

こういうおかしなことを平気で坊さん連中はいっているのです。それは現在の日本の仏教はただの葬式仏教、観光仏教でしかないからです。つまり、本当の仏教(お釈迦様の教え)ではないのです。

いかにそのような信仰が間違いか、これから、詳しく書いていくことにします。

何せ多くのお年寄りが私のことを知ってくれたのです。(いやよくお年寄りにも嫌がらせされますから)せっかくですから、そのような人たちの一番興味があること(信仰)を主に、これからこのブログを書いていきたいと思っています。先ほどもいいましたが、そのような人たちはもうあまり先がありません。(あくまでこの世の肉体の、という意味です)先にそのような人たちに最低限伝えておかなければいけないことは、伝えておかなければいけないからです。(若い人たちはまだ時間があります。これからいくらでも正しいことは自分で勉強できます。しかし、年寄りはそうもいきませんから)

したがって、若い人たちには、これから少しの間あまり面白くないブログになるかもしれませんが、それはご了承ください。

これまで信じてきた信仰がいかに間違いか、事実を知ると、それがショックで、それこそお年寄りの寿命がさらに縮むかもしれませんが、そんなこの世の寿命より、正しいことを知ることの方がよほど大事なことです。寿命が縮もうが血圧が上がろうが、本当の正しい教えとは何かをよく知ってください。

それが、真にその人のためになるからです。

追伸…昨日の未明に、愛知県で五人の死傷者が出た車の事故がありましたが、心霊スポットに肝試しをしに行く途中の事故だったそうです。(こんなことしようとするから、いいこと起きません)その事故を起こした運転手が、名古屋市中川区の人とかいっていましたが、まさか、私に嫌がらせした人ではないですよね。それはないと思いますが、近くの人がこういう事故を起こすとドキッとしますね、下手すればまた私のせいになりますからね。(何せ、そこらじゅうの人に知られてますから、私)

私のせいにされてもいけませんので断っておきますが、こういう事故が起きるのはやはり自分の責任です。心が神の方に向いているなら、このような事故は起きないからです。ですから、心を神に向ける(それはすなわち法を知る)ということは、どのような面から見ても大事なことなのです。

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