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6月 17 2013

歴史の見方

11:02 AM ブログ

檀家制度が始まる頃の時代背景をもう少し詳しく書いておきましょう。

園頭先生のご著書である「正法と現代宗教」から抜粋します。

<日本人は総合的に判断する能力に欠けている。その一つが歴史の見方である。たとえば、徳川家康が天下を取った時、隣の中国はどういう状態であったか、西洋はどうであったか、という見方、教え方はされてこなかった。

日本の学者と西洋の学者の、ものの見方がどんなに大きく違うかということを、見事に教えてくれる本がある。『アメリカ人のみた徳川家康』(マイケル・アームストロング著、宮崎正弘訳、日新報道出版)、この本は、当時の国際状勢の理解の上に立って、なぜ徳川幕府が檀家制度をつくらせるに至ったかということを、明確に示してくれている。

まず、アームストロング氏は、日本人の歴史観の欠陥が何に起因しているかを次のように述べている。

〔結局、日本人が日本の歴史を客観的にみることができないのは、日教組偏向の歴史教育もさることながら、教科書を「日本史」と「世界史」とに分けているからである。この二つを分けて教えては、日本人に鎖国根性があったと思い、未だにそれが残るのは当たり前である。世界史の中での日本史を教えてこそ、客観的な日本の歴史について、虚心に学ぶことができる。〕

この見解は大いに注目する必要がある。

日本が鎖国した理由

さて、1479年(文明十一年、蓮如上人が山科に本願寺を建立した頃)イスパニヤ(以後スペインと書く)とポルトガルは、ローマ法王の仲裁によってアルソバァス条約を結ぶが、この時のローマ法王は、ポルトガルに対して、日本を植民地にするよう許可を与えた。これを機に、スペインとポルトガルは、片手に聖書を、片手に鉄砲を持って、侵略を開始した。

スペインはアフリカから中南米へ、そうしてフィリッピンへと侵略の手を伸ばし始めた。

それぞれの民族が、数千年の歴史の下に築きあげた、大切な独自の文明と文化を破壊した。キリスト教の猛威は、すべてを破壊し尽くし、現地住民を否応なく、ヨーロッパの風習に従わせた。マヤやインカの文明は消滅し、スペインはこの国の財宝をことごとく本国に持ち帰った。

フィリッピンにカトリック信者が多いのも、約三百年間スペインが統治したからである。

ポルトガルはアフリカからインド洋へ出て各地を植民地にし日本侵略の拠点を中国のマカオ、寧波に置き、そこからまずカトリックの宣教師を送り込んだ。

ポルトガル人たちは、猫なで声で異文化の贈り物を持ち込んで大名をオルグした。その結果平戸、天草、大分から山口をはじめとし、キリスト教は、はしかのように日本中に伝染していく。

それ以前にもポルトガルとの接触はあった。種子島に漂着したポルトガル人が持っていた銃が、日本に初めて鉄砲を伝来させたことである。この銃を見て、薩摩で鉄砲をつくり、さらに織田信長も鉄砲をつくらせた。

豊臣秀吉は最初堺の商人に海外貿易を許していた。当時、内地で志を得なかった武士達が海外で貿易したり、時には略奪したりしたが、彼らが集めた情報が秀吉の耳に入った。

日本の歴史家は、秀吉の朝鮮出兵は、老いぼれの権力支配欲が引き起こしたものだといっているが、フィリッピンを占領したスペインは、明の侵略を狙い、明はまた朝鮮半島の支配を狙っていた。当時の朝鮮は少しもその危機に気づいていない。秀吉が明に修好の使節を送っても受け付けずに、追い帰した。朝鮮出兵は、当時の日本としての自衛戦争、祖国防衛のための戦争であったのである>

最近は、グローバルということをよくいわれますが、歴史の見方こそ、そのような感覚が必要であり、日本史、世界史と分けて考えてしまうと、正しい歴史認識はできないのです。

秀吉や家康が天下を取った戦国時代でさえ、西洋からこれだけの侵略の魔の手が伸びていたのです。(キリスト教の牧師を先に侵略する国に送り、そうしてその国の国民にキリスト教を説いて、武器を捨てさせたあと侵略する、というのは西洋諸国の侵略する時の常套手段でした。だから秀吉、家康はキリスト教を禁止したのです)

このように考えるのであれば、あの大東亜戦争を行った時の昭和の時代はどうだったでしょう。この戦国時代からの、西洋のアジア侵略の構図は変わっていませんでした。この当時も次々に、アジアの国々は西洋諸国に植民地化されていたのです。

そんな時に日本だけが西洋の植民地化を逃れることができるでしょうか?できるわけがないのです。その当時の世界情勢を少し勉強すれば、日本はやむにやまれずたったということは、誰でも分かることなのです。

この当時の、世界の歴史と日本の歴史を同時に勉強するのであれば、日本が侵略国家であったのか、それとも西洋諸国が侵略国家であったのかは、おのずと答えが出てきます。

歴史を見る時には、世界史と日本史を同時に知らなければ真実は分からないのです。

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