6月 25 2013
真の宗教家とは
これまで書いてきましたように、日本の多くの人が現在信仰だと思ってやっていたことは、実は全然信仰になっていなかったのです。(お年寄りの方々にとっては超衝撃の事実だったでしょう。しかし、よかったのではないでしょうか、死ぬ前に本当のことが分かって)
檀家制度にせよ(幕府の強制)お寺参り(僧が金儲けのために始めた)や仏像を拝むことにせよ(偶像崇拝)始まった理由が理由なのです。正しい信仰のわけがありません。
だから坊さんたち宗教家がいっていることは矛盾だらけなのです。
「先祖供養をしなさい、先祖にお経を上げ祈れば功徳があります」といいつつ「霊は存在しません」といい(何も存在しないものに、お経を上げて供養をして一体何の功徳があるのでしょうか?)「性は煩悩です」といいながら、自分ではせっせと子供をつくり「人はなんのために生まれてきたのか」という疑問や人生の悩みに対しては、何の解決策も持たず、ただ葬式があればお経を上げ引導を渡しているようなそぶりだけして(実は全然死者に引導など渡していないのですが)布施をもらっているのです。
よく考えてみれば、こんなカッコだけ(お経を上げたり、引導を渡すようなそぶりだけしている)なら、誰でもやれます。(それにたいしたこといってるわけではないし)これでは詐欺に遭っているようなものではないでしょうか。
私がこれだけボロカス書くのは、このような坊さんたちが無能になってしまったため(宗教的に無能ですよね、もう宗教的な意義などまるで分からないのですから。ただ昔からそうしているからそうしている、と何一つ疑問を持たず同じことを繰り返しているに過ぎないのですから)多くの危険が巷に溢れていても、それに気づかず危険なことをし続けている人が増えたからです。
私のことでもそうでしょう。私の周りでどれだけ恐ろしいことが起きていても、坊さんなどの他の宗教家はそれに対し、何の解決策も持たないのです。他の人と同じように傍観しているか、同じように私に嫌がらせすることしかできないのです。(これでは普通の人と変わりません)多くの人に何かアドバイスをするわけでもなければ、祈るわけでもないのです。(祈った人もいるかもしれませんが、私には何の効き目もないようです)
それに今年のような雨不足で、空梅雨でも他の人と同じように「なかなか雨が降りませんな」といってるだけ。この前の集団パニックがあった学校でも、それでお祓いにいくとかしようともせず、これも傍観しているだけ話になりませんね。
その集団パニックの話ですが、その場にいて被害に遭った生徒たちが口々に「霊を見た」とか「何かにとり憑かれた」と証言しているのです。そのような証言をまるで無視していてよいのでしょうか?(このような証言は私が前に書いたこと〔霊の憑依〕を裏づけています)現在はまだ霊の存在が認められていませんので、霊を認めようがないのでしょうが、精神科医など、その霊を無視して治療しようとしています。これは危険極まりないことで、だから精神科医に同じような病気になる人が多いのです。心の世界をまったく無視して、そのような憑依された人にかかわるからです。(自分も同じようにおかしな霊に憑依されるということです。どのような心ならおかしな霊に憑かれないのか、その心のあり方が分からないのです)
それもこれも、坊さん始め現在いる宗教家がだらしがないからです。そういう人たちがしっかり法を説いているのであれば、このような状況にはなっていないのです。(現在起きているおかしな現象すべて、法を知っているのであれば解決できるということです)
異常気象が繰り返し起きているのであれば、皆さん心を変えましょうと、正しい心のあり方を説き、そうして祈ってそのようなおかしな天気を変え、人が悩んでいるのであれば、その解決方法を教え、おかしくなっている人がいれば、霊の存在を教えてその霊の作用を教え、どうすればそのような霊に憑かれなくなるのか、その心のあり方を教え、そうして死ぬ間際の人がいれば、死は怖くはないのである、と死後の世界を教え死ぬ間際にその人がしなければいけないことを教え(自分の一生を振り返っての反省)死後の世界(あの世、実在界)に導く(引導を渡す)これが真の宗教家のすることであり、釈尊、キリスト他、これまでの預言者といわれる人たちが皆してきたことなのです。
そのようなことを、現在ある坊さん始め宗教家といわれる人たちは、何もやっていないのです。そのような人たちが、布施をもらっているということであれば、それはもう詐欺といわれても仕方がないのではないでしょうか。(何も宗教家としての使命を果たしていないからです。布施をもらう資格などないのではないでしょうか)
現在の混迷は、宗教家が果たさなければいけない自分の使命を、何も果たしていない結果であるのです。
このようなことを考えるのであれば、そのような結果を果たしているのは(祈って次々に奇跡が起き、現在の宗教の間違いを教え、人の正しい心のあり方を説く)私だけではないかと思われます。
信仰とは、お経を上げたり、仏像に祈ったりすることではありません。神の心を知り、それを実践することなのです。(お経を上げたり祈っているだけでは自分の心は変わらないからです。自分の心を広く大きくしようと思えば、そのような実践をしないと変わらないのです。このようにしなければいけない、このようなところは直さなければいけない、それを繰り返し思い実践するしかないのです。そのようなことをなぜしなければいけないか、それも法〔神の心〕を知らないと分からないのです)
そのことを知っているのは私だけです。だから私に協力しないといけないのです。(それこそが本当の信仰だからです)
本当の教えを説いているのは誰で、本当の信仰とは何か、今の日本の現状を見れば、一刻も早く、それに気づかなければいけないのではないでしょうか。(そうしないと天気もそうですし、例えば精神科の病院など危なくて仕方ありませんよ。霊の存在を認めないのですから)
追伸…今日は高橋先生が昇天された日です。このような日に、心を変えられ本当の信仰を始められてはいかがでしょうか?それこそ法の縁がより深まるのではないでしょうか。



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