7月 26 2013
災いが起きている意味
前回書きましたように、人間の小ざかしい知恵の産物である科学など、どれだけ発達しようと神の力の前にはまるで無力なのです。所詮私たち人間は、お釈迦様の手のひらで踊る孫悟空でしかないからです。であるならば、もう少し謙虚な心を持つべきではないでしょうか。
起きた現象に素直になる。悪いことが起きれば「何か自分が悪いことをしているのではないか」と思い反省し、よいことが起きれば「このような心と行いは大事なんだな」と思い、それを続ければよいのであって、それを悪い現象が起きていても、一向に自分の心と行いを反省しようとせず、そのような行いを続けているから、同じような悪いことが続けて起きるのです。
昔は「そんな悪いことばかりしていると罰があたる」とよくいわれました。現在の多くの人がそれは迷信だと思っているようですが、そうではありません。実際にそのようなことは起きるのであり(正確には罰ではなく気づきの現象ですが)昔から起きていたことなのです。だから、そのようなことをいわれるのであって、ただそれが起きるのが早くなった、そのような時代となったということです。
ここ二、三日のことですが、この辺りの救急車のサイレンが、少し減ったように感じますがいかがでしょうか?(一日十回も聞こえませんよね…それでも十分多いのですが)なぜだかお分かりですか?
実は、この二、三日急に嫌がらせが減ったのです。(あの「心の変化」を書いた後くらいからです)半分以下くらいになったんじゃないですか(トラックやバスなどの)嫌がらせが。
それでもやる人はやるのですが、不思議な話ですが、その嫌がらせが減ると同時に救急車のサイレンも減ったのです。(ちょっとゾッとするくらいのタイミングです)
このようなことからでも分かりませんか、恐ろしい現象が起きている意味が。
私は何も態度を変えていません。しかし、周りの態度が変わったら状況が変わったのです。なんでこのようになるのでしょうか?
このような状況を見ても分かります。なぜ、こんなことが起きだしたのか、そうして、なぜいつまでもこの状況が変わらないのか。
やはり私が反省するより、皆様方が反省されないと、この状況は収まらないということです。
しかし、反省するといってもできる人は限られるでしょう。できない人はできないのです。(私に嫌がらせを続ける人は続けるということです)ですから、救急車のサイレンはそう簡単にはなくなりません。(今日も前の会社の連中など相変わらずこのブログを書くのを邪魔してますし)そのような人たちの罪を帳消しにするには、やはり反省できた人がこの神の運動に協力してもらうしかないのです。
そのように協力する人たちが出てきてようやく、そのような人たちの罪が相殺され、災いが起きなくなるのです。そうして、そのように神の運動に協力される人が増えてくれば、そこに奇跡が起きはじめるのです。
それはこの辺りの人たちだけではありません。関東の人たちでもそうですが、東京にはこのブログを読んでいる人はたくさんいるはずです。しかし、誰一人私に協力しようとしないのです。それでいてこのブログだけは平気で読み続けています。
東京の人たちが協力して動いてくれるなら、この法は(日本だけでなく)世界に拡がるのです。それなのに一向にやろうとしないのです。それではいいこと起きません。(大きな罪をつくっていることと同じだからです)
だからそのようになるのです。(水不足って、たしか去年からいってませんでしたっけ)
東京の人たちがそれに気づき私に協力してくれるなら、一変にダムの辺りに雨は降るでしょう。しかし、いつまでも気づかないふりを続ければ、苦しみは続くことになります。
特別、関東だけではありませんが、全国に起きている異常気象は、全国にこの法に気づいている人がいるにもかかわらず、一向にこの法を勉強しようとせず、また協力もしようとしないため起こされているものです。(つまり、このような異常現象が起きる原因は、そのような人たちにあるということです)
ここに書いたことが嘘か本当かは、私に協力してもらえれば分かることです。
次々に皆様の心が現象として現れ始めました。
いつまでも眠っているふりなどしていては、災いは止まらないのです。



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