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7月 02 2021

幸せへの道

またどこかの会社、滅びた人が出たみたいですね。(怖)

今日は朝も早くからガンとかしていましたし、今ドン引き中です。態度で分かりますね。もう何が起きているのかはです。

朝起きたら誰か亡くなっていたんでしょうか?

しかし、よくそんなことが起きていて怒っていられるものです。本当にこの辺りの人たちの行動は謎ですね。普通であるなら、こんなことが起きてきたのならビビりまくって当たり前であるからです。しかし、この辺りは誰も怖がらないからです。

こういう不幸な話ばかりでなく、たまには幸せな話も書きたいんですが、それで何かないかと考えていたら、最近は有名人の結婚が多いんですよね。これは幸せな話だなと思うんですが、しかし、その反面、離婚も多い。(苦笑)

それだと結局これも不幸な話ということになるのですが、しかし、昨日など、またそんなニュースが流れていましたからね。(昨日は有名アナウンサーの離婚ですか)

園頭先生は芸能人の離婚など問題外だといわれていましたが、まあ、有名芸能人など外見もよければ金もたくさんあります。

例えば、そういう嫁さんなどもらえばです。全然いうことなどきかないでしょうね。自己中が凄くてです。(苦笑)自分はきれいで金まで持っているとなるときく理由がないからです。旦那のいうことなどです。では、そういう嫁と長く一緒にいられるわけがありません。

だから園頭先生は芸能人の離婚など問題外といわれていたのでしょうが、そう考えると有名芸能人で死ぬまで仲よくいられる夫婦って、一体どれだけ人間が出来ているのかということにもなるのでしょうが(笑)それはともかくです。

昨日、流れていた有名人の離婚のニュースでも不倫か何かが原因のようですが(もちろんそれだけが原因ではないのでしょうが)そういう有名人のマネだけは決してしないようにということで、正法誌から園頭先生が離婚危機の人(妻)に対してされた指導の例を一つ二つ抜粋しておきます。

1980年、六月号より抜粋

<ある県で今、自動車学校を経営しておられる人は、四人の女の人が出来ていた。その人が本妻の家に帰られることはほとんどなかった。その本妻の人から相談を受けた。

「夫に裏切られた。夫を騙した女がひどいといわれますが、では、あなたは妻として、どれだけ夫のために尽くしたというのですか。愛は求めるものでもあるがまたより多く与えるべきものなのです。あなたは夫の愛を奪うだけで与えることをしなかった。だが、四人の女の人たちは与えているのです。女としてあなたは負けたのです。あなたが夫の心を満たしてやっていたら、そのような女の人たちと関係が出来ることもなかったのです。その点からいうならば、その四人の女の人たちは、あなたが夫を愛し夫に愛を与えることをせずに夫をさびしがらせた結果の被害者です。あなたが妻として完全であったら、そんなことにならずにすんだのです。自分の思い至らぬ結果が、その女の人たちをそのようにしてしまって、それでいてなお、その人たちを憎むというのは筋違いです。女としてあなたは成長すべきです。愛は与えるものです。愛して放つものです。夫がその方が幸せだと思うのであったら、あなたが本当に夫を愛しているというのであったら、愛する夫が幸せになるという道を夫に選ばせなさい。あなたが愛さなければならない夫に、あなたの夫を愛してきたその四人の女の人たちにも感謝すべきです」といった。

その人は女から母に成長した。夫を愛するからこそ放つ心になった。その人がそういう心になると、夫は段々その人のところに帰ってくる日が多くなってきた。そうして四人の女の人も自然に別れていって、それから自動車学校の経営を始められたのであった。

(中  略)

ある人は七才になる小児麻痺(しょうにまひ)の女の子を背負ってこられた。それは昭和二十八年頃のことである。その女の子は生まれつき小児麻痺で足が立たないのである。同じ年頃の子供が学校へ行き始めると、わが子もなんとかしてと思って相談されたが、医者はどこもその子の足は立つようにはならないといったという。

その人のご主人というのは小学校の同級生であった。その夫は満州で結婚しておられたが、終戦直前になって召集されソ連へ抑留された。妻は早く引き上げてくれているであろうと、シベリアの冬のきびしさにも飢えにも耐えて復員してみたら妻は満州から帰っていなかった。

手を尽くして調べたが妻の消息は分からなかった。復員してきて二年待っていられたが妻は帰ってこない。そこで妻は死んだものと諦めて、まだ独身であったその人と結婚されたのであった。そうして、その子供さんを妊娠された時に、その妻であった人がひょっこり帰ってこられたのである。

自分一人を頼りに家内はあの満州から苦労して帰ってきたのかと思うと、その夫たる人は妻であった人を慰めないわけにはいかなかった。

それが分かるとその人は「子供まで出来ているのになんですか」と夫とケンカする日が多くなった。板ばさみになって苦しむ夫の心はそっちのけに、その人は夫を自分のものにしようと夫を責めるのであった。しかし、責めれば責めるだけ夫の心はその人から離れ、逆にその夫たる人は妻であった人と東京に逃げてしまった。

そうして生まれてきた子供が先天的な小児麻痺であったのである。先天的な小児麻痺は妊娠中の心のあり方に問題があるのであって、先祖の祟りでもなければ本人の業でもない。

「その人を愛されるならば、その人を赦しなさい。憎んで恨んでいても問題は絶対によくならないのである。悪くなるばかりである。この子供さんを幸せにしようと思われるのなら赦しなさい。愛とは放つことです。人間は霊を成長させるために生まれてきたのです。東京へ行かれた二人が幸せになるよう祈りなさい。それによってあなたは成長するのです」

その人がそういう心になりきれるまでにはまだまだ泣かれる日が多いことは分かっていたが、しかし、そういう心になる以外に解決の道はないのである。

しばらくしてその人は心の落着きを取り戻されると、心静かに東京の二人のために祈り始めた。母親の心が変わると同時に、これまで座らせたら座りきりであったその子供さんがお尻を上げてつかまって立とうとし始めた。立つことが出来るようになるとタンスにつかまって伝え歩きをするようになった。七年間、座ったままであったから足は細くて歩みは遅かったが、少しずつ歩くようになられた>(分かりにくい部分は意味が変わらない程度に書き直しました)

尽くす愛、放つ愛、赦す愛、愛の心を出せば出すだけ奇跡が起こり幸せになっていきます。

だから自分が幸せになりたいのであればです。愛を出すことです。愛を出すなら、出した分だけ幸せになれるからです。

今なぜこれだけ不幸な人が多いのか? それは愛を出す人が少ないからです。

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7月 01 2021

不吉な予感 不運に不運が重なる

今日も朝からどこかの会社の人たちは大変お怒りのようなんですが、しかし、怒りながらもドン引きしています。本当に複雑な態度です。

それだけ複雑なことが起きているのでしょう。本当に哀れです。少し態度を変えれば(当人たちからすれば少しではないのかも知れませんが)そんな複雑なことも起きないのにです。

しかし、こちらの人たちは本当に凄い人たちばかりですね。

何が凄いかって、こちらの人たちなど昨日のようなブログを書いても全然ビビらないからです。大人から子供までです。ああいうブログを書いても平気で怒って嫌がらせをしてくるのです。昨日でもそうだったからです。

昨日など、急死する人が出ているところでもそうなのです。そこは大きな現場なんですが、その現場は急死した人が出たことを教えてくれたところで(ガンガンガンとかしてきて「なんだ、死ぬ奴が出たのか」ときいたらシーンとなってです)そういうところが、昨日でも私が歩いていると平気で怒ってゴンゴンやってきて、そのままではまた急死する人が出るといくらいっても怒っているだけなのです。

もうやけくそなんですかね。しかし、やけくそで死んでいては割があわないと思うんですが、本当に怖くはないのでしょうか。次は自分が急死するかもしれないのにです。そのままでは絶対に、そのような恐ろしい現象は止まらないのにです。

昔の人たちなら、こんなことが次々に起き出したのなら、みな恐れおののき頭を下げ布施したのです。だから、そのような恐ろしい災いも止まった。そのような謙虚な態度が正しかったからです。

しかし、現代の人たちは、どれだけそのような恐ろしい現象が出ていても、誰一人そのような正しい態度を取る人はいません。責任転嫁してただ怒っているだけです。

本当に恐ろしいことです。それでは、恐ろしい現象は止まることはなく激しくなる一方であるからです。それではまだこれからどれだけ多くの人が急死していくか知れないからです。

そうしてその急死した人の行き先は、みな地獄なのです。そのような形で亡くなっていく人たちは、死んだ後は今以上の苦しみが待っているということです。死後の世界でです。

しかし、それをどれだけいっても、恐れもしなければ反省もしない。

もうどうしようもないですね。こういう人たちはです。よほど多くの人たちが滅ぼされてからでないと理解しないのかもしれません。こういう(愚かな)人たちは自分の危なさをです。

しかし、ほっておくならまだこれからドンドン急死していく人が出てきます。どうしたら少しでも早く自分の間違いに気づくのか、模索(もさく)しながらやっていくしかないですね。

これだけ神の恐ろしさも、神理の正しさも、認めようとしない人たちなど歴史上初めてであるはずだからです。

これだけのことが起きていて(災いだけではなく奇跡も)それでも一つも神理を認めようとしない、そんな人たちなどこれまで存在しなかったはずであるからです。

ということは、多分これまで起きたことがないようなことがすでに起きているということになります。(少なくともこの辺りは起きていると思いますよ。この辺りで起きている天罰も、私に起きている奇跡もです)

それだとまだこれから怖いですね。それでも理解しない人たちばかりであるのです。では、まだこれからどんな恐ろしい現象が現れてくるか知れないからです。

だから、例えば、今回、東京オリンピックなどやる方に向かって突き進んでいますが、なんか危なそうですよね。あの東京オリンピックもです。何か不吉な予感がしてならないからです。

そう思いませんか。その東京オリンピックが近づくとともに、また新型コロナの感染者が東京(関東)だけ増え始めているのです。

ほんと不吉ですよね。何でよりにもよって、東京オリンピックが始まる直前になって、その東京オリンピックが開催される東京(関東)だけ、感染者がドンドン増え始めなければいけないのでしょう。

これではまるで今度の東京オリンピックでまた感染者が増えてくると、神が教えてくれているようなものだからです。

それで、今度の東京オリンピックを境としてまた新型コロナの感染者が(日本はもとより)世界に再拡大するようなことにでもなってみなさい。もうボロカスいわれるでしょうね。日本はです。

普通ではそんなこと考えられないのですが(東京オリンピックは感染対策をしっかり取るでしょうから)しかし、今回は日本の多くの人たちが神をまともに敵に回しています。(神理を平気で無視して)

すると、不思議とそういう超がつくほどの悪いことも起きてくるということです。不運に不運が重なってです。

だから今回、また急に関東だけ感染者が増えだしているのかもしれないし、それに、数日前まであれほど大丈夫だといわれていた新型コロナのワクチンが、これもまた急に足りなくなりましたよね。

あれも不思議といえば不思議ですよね。何で急にそんなことになったのかということです。

だって、普通ならこんなこと分かるでしょう。ワクチンの数くらいです。数日前まで、日本の全国民が打ってもまだ余るくらいのワクチンがあったはずなのにです。それがまるで消えてしまったかのようになくなった。

頭から数を間違えていたのかもしれませんが、しかし、一人や二人でワクチンの数を調べているわけではないのです。国が責任を持ってやっているわけでしょう。何でこんなこと(ワクチンが足りないなどと)急に言い出すのかという話になりませんか。

日本ほど数にうるさい国もないはずだからです。それがどこかの後進国と変わらないようなワクチンの数の出し方。(そうして足りなくなって大騒ぎ)明らかにおかしいですよね。こちら同様、何かおかしな(運の悪い)ことばかりが起きてきます。日本全体を見てもです。

もし、このまま(希望者)皆にワクチンが行きわたらないままオリンピックに突入していくなら、それこそ、どこでどれだけ感染者が増えるか知れないのです。やはりオリンピックなど日本で開催するなら、多くの人たちは興奮し、高揚し、あちこちで騒いでしまうと思うからです。

それは外国人も同じであると思うからです。(オリンピック選手から関係者、そうしてボランティアに至るまで)

そうすると先ほど書きました、この東京オリンピックを境にしてまた新型コロナのパンデミックが始まるということがないとはいいきれません。ワクチンはまだ世界に行きわたっているわけではないからです。

そうしてこの新型コロナウイルスは、変異をくり返しながら感染スピードをグングン上げて広がっているからです。

だから、そのような最悪な事態も起きかねないということです。神を敵に回すなら不運に不運が重なるからです。

そのような不運に不運が重なることが日本にはすでにたくさん起きているからです。

しかし、この神理を多くの人が認めて、実践するなら、このような現象は段々減っていき、あちこちで奇跡が現れてきます。

それはもうこちらに起きている現象で明らかだからです。こちらでは、その通りのことが起きているからです。

それはこちらだけではなく、日本全体でももちろんそうなのです。それを(こちらの人たち同様)日本のあちこちでこのブログを見ている誰も認めようとはしませんが、似たようなことは起きているはずです。どこにいてもです。

だから、日本全体でもこれだけ不運に不運が重なるようなことが起きているのです。日本のあちこちでこのブログを見ている人たちの多くが、こちらの人たち同様の(神理を無視し逆らう)態度しか取っていないからです。

だから、日本全体でも同じことが起きてくる。日本全体でこのブログを見ている人たちが同じ不遜な態度を神理に対し取り続けているからです。(それは世界でも同じでしょうが)

だから、そういう神理に対する不遜な態度を改めない限り、このような現象は止まらないのですが、それでもまだ無視を続けるのですか? このブログを見ている多くの人たちは、この正法神理のです。

しかし、こちらはです。そのような事実を分かってもらえるまでいい続けるしかないのです。

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6月 30 2021

次々に滅ぼされていく人々 正しい判断

本当に大丈夫なんですかね。いつまでも私のいうことを無視して(感謝の布施をしなくて)いてです。

というのも、昨日でも一週間前と同じところを回っていたんですが、もう極端に違っていましたからね。一週間前と昨日とではです。ほとんどのところの態度がです。

やたら怒っていたところはドン引きし、逆にドン引きしていたところがやたら怒っている。この前も怒っていたが、昨日はさらに怒っていたところもあり、そういうやたら怒っているところに「死んでいるのが出ているのか?」などときこうものならです。

さらに激しく怒り出すところがいくつもあるのです。明らかに態度がおかしいのです。

そういうやたら怒っているところなど止まらなくなったんではないでしょうか。滅ぼされていく人がです。

二、三週間前に激しく怒っていた大きな現場があるんですが、そこは先週通った時はドン引きしていたのです。それが昨日通るとまた激しく怒っています。だから「また死んだのが出たのか」ときいたのです。そうしたら皆がやたら怒り出してガンガンやっています。

そこなどもう、その激しく怒っていた二、三週間前から止まらないんではないですか。急死する人がです。だから、先週はドン引きしていた。しかし、それでもまだ急死する人が出るので、それで今回は私が通ったらまた激しく怒っていた。

どうやっても滅びていく人が止まらないからです。

家の近くに大手ディーラーがあるんですが、そこなど昨日は前回通った時よりさらに激しく怒っていました。そこはもう現場の人間がずいぶん減ってしまったところなんですが、昨日など現場だけではなく、営業の連中まで怒っていたみたいですから(車のエンジンをガンガン吹かせてです)もう現場の連中だけではなく、営業から事務員から皆に出だしたんではないのでしょうか。

滅びていく人がです。

そのような予想が出来るんですが、だからもう感謝の布施をしなくて(神理に帰依しなくて)大丈夫かといっているのです。

そういうところを見ていると、本当に凄い勢いで出だしているようであるからです。滅びていく人がです。

そのように思えてならないんですが、違いますかね。私がここに書いているところなどです。

それ以外でも明らかに態度がおかしいところがいくつもあるんですが、もしかしてメチャメチャ出ていませんか。急死している人がです。どう考えても態度がおかしなところがたくさんあるからです。

例えば、金山にいく途中の会社でも、最近はずっと怒りまくっていたと思ったら、この前通った時などドン引きしていましたし、ずーと静かだったところが急に激しく怒り出す(ほんと烈火のごとくです)などというところもいくつもあるし、どう考えても変でしょう。そういう態度はです。

そういうところすべてに急死している人が出ているのだとしたらもはや相当の数になります。メチャメチャ急死している人が出ているといっても、決して大袈裟な言い方ではないと思いますよ。私はそういう態度のおかしい会社をたくさん見ているからです。見ているどころか、そういう会社がドンドン増えてきているからです。

しかし、もしです。もし、私の予想が当たっているのなら、それだけ激しく滅びる人が出始めたということになりますので、そういう急死している人が出ているところは、それこそもう一刻も早く頭を下げないと(それこそもう一刻も早くこの本当の神の教えである正法神理に依らないと)もういつ自分の心臓も止まるか分からないということになります。

そのままでは自分もそうなる確率が高いからです。だから、そのような人が周りに現れているはずだからです。(同じような心の人が同じところに集まる。類は類を呼ぶ、波長共鳴の法則です。同じ心の人が集まっているところには同じことが起きるのです)

よいのですか? それでもです。これは脅しでもなんでもなく、本当に危ない状況なのですよ。今はです。私はそれを目の前で見ているからです。

こういう時にお前のせいだとか、あるいはこれまで通りの信仰などしていたら(お経を上げたり、お寺や神社にお参りなどいっているだけでは)次々に急死していくかもしれませんが、それでもよいのでしょうか?

そういう人たちが、ずいぶん急死しているようであるからです。あちこちのところでです。よく考えてみてください。もうこの辺りは、ずいぶん奇妙なことがたくさん起きているようであるからです。

今日は、いま現在、私の目の前で起きていて、そうして私が感じていることだけを書いておきました。

あとはこのブログを読んでいる人が判断してください。今のままで本当のよいのか、それともこの正法神理に帰依した方がいいのかはです。

もう私のいうことを無視したり、一笑に付すような状況ではないように思いますが、そう思うのは私だけかもしれません。しかし、かなり奇妙なことがこちらではすでにたくさん起きていることだけは確かです。だから、それだけはお知らせしておきます。

どちらにしても、最後に判断するのは自分自身です。多くの人が正しい判断をしてくださることを願ってやみません。

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6月 29 2021

神理に対する感謝と報恩の行為 天の証明

昨日も夜まで騒いでいましたね。どこかのバカ会社の連中がです。

夜になってもガンガンやってくるもんですからね。それで「お前ら夜まで騒いで周りじゅう迷惑だぞ」と叱りつけてやったんですが、そういうとよけい怒ってガンガンやってくるのがいて、それからしばらくしてからでしょうか。

また急に怒りだしたのがいて、その後、怒りまくっているものですからね。ああ、また何か起きたんだなと思って「ザマーミロ、そんなことばかりしとるからだわ」といってやったんですが、そんなこといったらよけい怒って、もうガンガンやっているのがいます。

ほんと迷惑極まりないですね。この連中はです。自分たちがそんなことしているからそうなっているのにです。これだけ分かりやすい天罰もないのにです。

それなのに、それを全部責任転嫁しています。こんな態度で止まるわけがないのです。そのように次々にくだる天罰がです。そのような傲慢な態度がその天罰を呼んでいるからです。

そんなだから今日の朝はさぞ怒っているだろうと思えば、ドン引き状態です。(ところどころで怒ってはいますが)もう止まらないんでしょうね。災いが(天罰が)です。

悪因悪果の典型ですね。

自分たちが悪いことの原因をつくっているから、自分たちに起きてくる災いが止まらないのです。いい加減それを認め反省しない限り、その災いはそういう連中がみな滅びてしまうまで出続けるのです。そういう現象がすでにこちらではあちこちに現れています。

本当に恐ろしいことなんですが、その恐ろしさを全然認めようとしない。怒ってごまかし続けている。本当に哀れとしかいいようがありません。そんな態度をし続けていればやがてはみな滅びてしまうからです。

素直に頭を下げ反省することです。それ以外、助かる道はないからです。

などといくら書いても、このブログを書き出すと始めますからね。書くじゃまをです。またやっています。本当に哀れです。今さらやめられるかとかなり無理してやっているんでしょうが、そういう態度を取るならまた今日もこの会社の連中にこれから天罰がくだることでしょう。必ずです。

もう頭を下げるしかないのです。その災いを止めたいのであればです。それ以外でその災いを止める方法は絶対にないからです。

しかし、こういうことをしてくる連中はたくさんいます。大丈夫なんですかね。工事現場や工場などずいぶん引いているところも増えてきて(やたら怒っているところも多いんですが)トラックもずいぶん減ってしまい、すれ違っていく人など嫌がらせをしていっても後々どうなっているか分からない。

この感じではもうずいぶん出ているんではないですか。災いがです。この辺りなど(このブログを読んでいる人が多いのに)誰一人感謝の布施などしようとしないからです。布施どころか、嫌がらせをしていく人ばかりであるからです。もう何年にもわたってです。

こんなことを何年も続けていれば、さぞ災いもあちこちで起きているんだろうなと思うんですが(それだけ罰当りな態度もないからです)その通りのことが起きているんではないですか。しかも次々とです。

こちらの状況を見ればそれはもう自明であるからです。

だからもうどこかの会社だけではなく、そういう罰当りな人たちはいい加減、頭を下げ(自分たちが悪かったとです)感謝の布施をされませんか。昔の人たちは神理などきけば皆そうしていたからです。

だから救われる人も多かったのであり、そうしない限り、その周りに起きている(起き続けている)災いは止まることはないからです。いつ自分に現れてくるか知れないからです。

だから分かるまで書き続けます。そういうことを(感謝の布施を)行う人が出てこない限り、この辺りに起きている災いは止まることはないからです。止まるどころか、増えていく一方であるからです。

どちらにしても、日本中で起きている災いを止める方法はそれしかないのです。

『神理に対する感謝の心と報恩の行為』そのような徳ある行いを多くの人がすることによって災いはおさまっていくからです。(善因善果)

では、やってもらうしかありません。この神理を見ている人たちがそれをです。だから、やってもらえるまでしつこくいい続けます。それをしてもらうことが、これだけたくさんの災いが起きている日本を救うことにもなるからです。

そう書いていることが嘘ではないということは私に起きている奇跡で証明出来るのです。

昨日でも買物がてらしばらく庄内川にいましたが、川岸を歩いていればあこちこの草むらからすずめが飛び出してきて、私の回りを飛び回り中には足下近くに降りてくるものまでいます。

バッと数羽のすずめが私の回りを囲んだかと思ったら、それがみな小すずめばかりで「何だお前ら元気がいいな」などと声をかければ喜んで飛び回っています。

小すずめだけにピィピィ鳴きながら飛び回り動き回り本当に元気がいいのです。

そういうすずめたちと戯れながら、川の水面近くで少々休んでいると、昨日などは(いつもは細かい魚たちがたくさん上がってくるのですが)大きなのがすぐ近くでガボっとかしてくるので(背びれとかしっぽとか水面から急に出してきて)「何だいるのか」などといいながら、近くの水面をキョロキョロながめていると、ずいぶん大きくてごっついのが(鯉か何かですかね。そのわりには身体がごつかったんですが)水面近くをスっーと泳いでいきました。

あんなごっついのがいるのか、などと思っていると、あっちでバシャン、こっちでバシャンとこれまた大きな魚が跳ねています。(四~五十センチクラスだと思います)

こういう不思議で愛ある奇跡が私には次々に起きてくるのです。しばらく休んでいるだけでもです。

こういうことが(奇跡が)起きる人がいますか? こういう奇跡が次々に起きてくることが、私のいっていることが正しいという何よりの証拠なのです。口からでまかせをいっている者にこんな愛ある奇跡が起きてくることなど絶対にないからです。

正しいことをいっているから、正しいことが起きているからです。

だからそれだけ大事なことであるということです。神理に対する感謝と報恩の行為はです。

それをきちんとする人には奇跡が、それに逆らっている人には災いがこれだけ起きているのです。

それをやらないでいることが、一体どれほどの罪なのかはいい加減理解してください。それをずっと無視しているばかりに、これほど多くの災いが、この辺りなど、これだけたくさん現れているからです。

ということは、私に起きる奇跡だけではなく、その私のいっていることに逆らっている人たちに起きている災いも、私がいっていることの正しさを証明しているのです。

これだけ奇跡も災いも現れていて、それもまだ観念しないのですか? まだ認めずに(自分の)罪を私に擦りつけ続けるのでしょうか。このブログを見ている多くの人たちはです。

それではあまりに情けなく見苦しいのではないでしょうか。ここまで起きてくることが違い、私のいうことが正しいと天が証明までしてくれているのにです。

天が証明してくれているから、これだけ起きてくるのです。奇跡も災いもです。私の周りにはです。その起きる奇跡と災いが何よりの天の証明だからです。

その天の証明をいつまで無視し続けるつもりなんでしょうか。このブログを見ている多くの人たちはです。

このブログを見ている多くの人たちが、神理に対し感謝と報恩の行為を行わない限り、たくさんの災いはまだこれから現れ出続けるのです。

私は口だけではなく、天の証明までもらっています。ただ単に怒り狂って責任転嫁しているだけの人たちとは違うのです。

ここまでしていることが正しいと証明されているにもかかわらず、それをいつまでも認めようとしないのはあまりに見苦しく、人の道からも外れています。

もう潔く自分たちのこれまでの間違いを認め、素直に感謝の布施をしてもらえませんか。神理に対してです。

そうすることこそ、人としての正しい道であり、またそうすることが人として当たり前のことであるからです。

(こちらは人間として当たり前のことを当たり前にしてくださいといっているだけなのです。何でそれが分からないんですか? いつまでたってもです。これほどのことが起きているのにです)

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6月 28 2021

良縁と悪縁

もうオリンピックは決定ですかね。

ここまできたらよほどのことがない限りやるのでしょうが、しかし、東京(関東)だけまた新型コロナの感染者が増えだしましたよね。東京オリンピック開催まで一ヶ月をきったこの時点でです。

ほんと間が悪いといいましょうか、なんといいましょうか、それに今年の夏は特に暑くなるという予報がすでに出ています。

何か運がよくありませんよね。他の地域は感染者が減っているというのにです。それに冷夏の夏もあるのにです。しかし、東京でオリンピックをやる時に限って、減っていた新型コロナの感染者が関東だけ増えだして、今年もまた二重高気圧か何かで特に夏は暑いとのこと。

これだけ運が悪いということはやはり天は望んでいないんでしょうね。この東京オリンピックをです。(ということはこの後また何か悪いことが起きそうです。〔怖〕)

しかし、そんな天の気持ちなど考えもしない人たちがオリンピック開催に突き進んでいます。そうして、そのオリンピックの予選会でも内定だの絶望だのいわれて騒いでいますが、しかし、こういうところでもありますよね。運がいい人と悪い人がです。

ずっとオリンピックを目標にやってきたのに、その直前になってけがをしてしまうとか、調子を落としてしまうとか、それでオリンピック出場がダメになってしまう人もいれば、急に調子がよくなって、それまでは夢でしかなかったオリンピックに出場出来ることになった人もいる。

それを運という言葉だけですましてしまうのは、あまりに酷(こく)と思われる人もたくさんいるのですが(何せオリンピックは四年に一度ですから)表面上だけ見ていればこういうことは偶然起きたように見えますが、しかし、もちろんこれも偶然ではありません。

必然でそのようになっているということです。それはこのブログを見ている人たちなら分かるはずです。

つまり、このようなこともすべて正しい心と行いをしているのなら叶うべきことは叶ったということです。

だから、オリンピックに出るほどの力を持った人であるならばです。心と行いさえ間違わなければ少なくともオリンピックに出場は出来ていたということです。だから、そういう力のある人が直前まできて出場が出来なくなるのは、それは、それまでの心と行いのどこかに問題があったということです。

出場出来なくなるような問題がです。それはもちろんトレーニングの仕方とかもありますが、そればかりでなく、普段の自分の行いや心のあり方のどこかにです。

釈尊は「すべてのことは縁によって生じ縁によって滅する、苦しみもその人がつくりだした縁である」といわれていました。

だから、そのような苦しみに巡り合うのも、またよいことに巡り合うのも、すべて自分がつくる縁によるものなのです。

それはこちらの人たちなど見ているとよく分かるはずです。こちらの人たちの多くが神理に逆らい神理を説いている私に感謝もせず嫌がらせをし続けています。(もうどこかの会社などほんとまめですよ。そういうところはです。今日も朝から一生懸命じゃましていますから。このブログを書くのをです。〔苦笑〕これで悪いことが起きると私のせいですから。ほんと勝手すぎて言葉もありません。〔苦笑〕)

その結果どうなっているのか? ということですが、それは、ここに書いている通り、そういう人たちの周りにはドンドン災いが現れ苦しみが続いているのです。

しかし、それも、その人たちがつくった縁なのであって(もちろん悪縁です)私に感謝して布施してくれる例えばウナッシーさんなどちゃんと奇跡が起きています。

それはウナッシーさんがつくった良縁なのであり、つまり、このような同じブログを見ているのも、それは縁によって生じ、しかし、仮に同じような縁を得たとしても、自分の心と行い次第で起きてくることはずいぶん変わってくるということです。

特にこのブログは(神理は)その悪縁と良縁を得られる典型であるからです。

このブログに従えば良縁を得、逆らうなら悪縁を得ます。その通りのことが起きているのですからこれだけ正しい話もないのですが、だから悪縁を得ている人たちは(このブログに逆らい災いが現れ苦しみ続けている人たちは)自分でそうしているということです。

実際そうではないですか。自分の行いを変えるなら、そのような悪縁は断ち切れるからです。しかし、変えようとしない。だから苦しみが次々に現れてくる。自分たちが悪縁を断ち切る努力(反省して行いを変える)をしようとしないからです。

だから、悪縁を得るのも、良縁を得るのも、すべて自分次第であり、特にいま現在ほど悪縁も良縁もよく得られる時代はないのです。神理が現れている時代とはそういうものであるからです。

まあ、苦しみが好きな人たちは悪縁を得ていればそれでいいのでしょうが、もし良縁を得たいのならばです。

この神理に従うことです。神理に従えば従うだけ良縁が得られるからです。私がその典型だからです。(私などずいぶん多くの良縁をいただいていますから。私が一番この神理に従っていますから)

その結果がこれだけ分かりやすく現れている時代はありません。こういう時にです。みすみす良縁を見逃すくらいもったいない話もないのです。

いま良縁を得るならです。(いま神理を得るならです)その得た良縁は(神理は)この先どれだけ自分自身を幸福に導いていくか知れないのです。

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