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6月 03 2021

不思議な態度

しかし、マジでです。マジでよく怒っていますね。どこもです。

「あれ、ここも怒ってんの」「え、ここも」って感じですかね。最近静かだったところがどこも怒りだしているからです。逆に怒っていたところがドン引きしているところもあるんですが、もう相当いろんなところに出ているようです。災いがです。

どこかの会社も昨日とはえらい違いです。昨日はあれだけ怒っていたのに、今日はドン引きしています。では一体どれだけ出ているのかという話にもなります。この(筋金入りの)会社が一日で態度をころりと変えてしまうくらいであるからです。

だからもうすさまじい勢いで現れだしているようです。恐ろしい災いがです。くだらない嫌がらせなどしているところにはです。

どちらにしても、そのようなところは皆そんな(くだらない)嫌がらせをしていたところばかりです。それでその嫌がらせをやめたからそれで終わりという話にはならないでしょう。

そのことに対し、しっかり詫びを入れ、感謝の布施をするまでは止まらないということです。その災い(天罰)はです。

だから反省するまでその天罰はくだり続けるのですから、早く反省して感謝の布施をされてはどうかといっているのです。

それをしない限り、これではまだこれからどれだけ出るか(どれだけ勢いを増すか)知れないからです。その天罰(災い)がです。もうその天罰はそこらじゅうで凄い勢いで出ているようであるからです。決して大袈裟な言い方ではなくです。

神理をきいたのなら、それをするのが(感謝の布施を)はるか昔からの当たり前の行為であるのです。それを現代の人たちだけは頑なにしようとしない。

「一体なぜ?」と本当に不思議ですね。(苦笑)

それが原因でこれほどのことも起きているからです。もうそれが分かりきっているはずなのに、それでも布施をしようとしない。本当に不思議ですね。そのような態度はです。

愚かというには度が過ぎているからです。

いくらなんでもそこまで逆らわなくてもいいだろうと逆に不思議であるからです。そこまで逆らう意味が分からないのです。神理に対してです。この辺りの大人から子供までがです。(本当にこの辺りは多くの人が神理に感謝一つせず逆らっていますから)

しかし、それではこういう恐ろしいこともたくさん起きてくるでしょう。それだけ神を怒らせる態度もないからです。それでは最後には滅ぼされるからです。そこまで神理に逆らい神を怒らせてはです。

本当にその通りのことがこの辺りでは起きだしたようです。しかも次々とです。

だからもういい加減、神理を説いている私のいうこと無視するのはやめた方がいいということです。特にこの辺りで私のいうことを無視し逆らっている(大人から子供までの)人たちはです。そういう人たちに次々に天罰がくだり始めたようであるからです。

それだけ大事なことを神理を説いている者はいっているということです。この辺りの多くの人たちがどれだけそれを認めなくてもです。

それだけ大事なことをいっているのに、それを無視しているから、こういう恐ろしいことも起きてくるのです。特にこの辺りなどです。(あの…口だけではなくて本当に起きているんですが…)

昨日私はまた買物がてら今度は庄内川にいっていたのですが、川岸を歩いていくと例の鳥がまた飛んできました。(あの急降下する鳥です)それで私の近くまで飛んできたので「ようまたあれを…」といいかけたんですが、そうしたらそういっている最中に急に急降下して川に突っ込んでいました。

私がいわなくても、その鳥はよくそのことが分かっているようで「おお凄いな」と声をかけるとしばらく飛んでいってからまた急降下して川に突っ込んでいました。私がいるとサービス満点のようです。その鳥はです。(笑)

そうしてしばらく歩いて川岸で座っていると、前の川面がザワザワしだして、ピチャピチャ始まりました。また小魚たちが来たようです。(笑)

「おう、お前ら来たのか」と声をかけるとよけいピチャピチャ騒いでいます。「もっといないのか」などと声をかけていると、川底からずいぶんまた小魚が上がってきました。

昨日の庄内川もたくさんいましたよ。小魚たちがです。この時期は本当に続々と出てきます。凄い数の小魚たちがです。

春から初夏にかけては魚たちも続々と生まれてくるのでしょうが、その生まれてくる魚たちはみな神理に従っています。(私のいうことをよくききますから)もちろん鳥たちも同様ですが、しかし、愚かな人々は神理に逆らうだけ逆らい次々に滅ぼされていっています。

起きていることが正反対ですね。生まれると滅ぶではです。していることが正反対であるからです。

しかし、せめてです。せめて、動物くらいの愛は出しませんか。現代の人々もです。そうすれば滅ぼされることもないからです。

いま現在、ずいぶん多くの人たちが滅ぼされ始めています。その多くの人があまりに神理に対し愛のない態度を取り続けているからです。

そんな愚かな態度はいい加減改め、神理を見ているのならです。感謝の布施くらいされませんか。

何度もいいますが、昔の人は誰でもそのようなことはされて(そのくらいの愛は出して)いたからです。

追伸…あの大村知事リコールの不正署名問題は、ずいぶんいろいろな話が出て来ているようですね。

最近は、あの捕まった事務局長が大村知事側の工作員ではなかったのかという話まで出てきているそうですが(やはりといえばやはりですね。何か最初から疑わしかったですからね。そういのがです。だからそれらしいことも書いたのだし)どちらにしても私もこの大村知事のリコール署名はしているのですから、今回の事件の被害者の一人です。

真相をきっちりあばいてしっかり公表してもらいたいものです。警察にはです。

そうしてもらえるようしっかり祈っておきます。それでごまかしなどしたら、それをしている人たちに天罰がくだるからです。

またこういう問題はしっかり世に出して、何でこういうことが起きたのかということもしっかり議論してもらいたいからです。

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6月 02 2021

幸せのみの人生

本当に半端ないくらい怒り出しましたね。多くのところがです。

今日などどこかの会社もすさまじい怒りようです。しかし、大丈夫ですか。怒っているだけでです。メチャメチャ増えてきましたよ。怒っているところがです。凄い勢いで出だしたんじゃないんですか。天罰がです。

しかし、一人として頭を下げる人はいません。知りませんよ。次々に滅ぼされていってもです。次々に災いが現れているのに、そんな怒っている人たちなどいませんから。過去の人たちにはです。

昔の人たちなら皆そんなことが起きてきたら、その起きてくる現象を恐れ、素直に自分たちが悪かったと頭を下げたのです。それが現代の人たちは皆が皆、起きてくる現象を恐れもせず、お前が悪いの(責任転嫁の)一点張りです。

本当によいのですか。そういう傲慢な態度を取り続けていてです。謙虚に反省しなくてです。死んだ後まで祟りますよ。天罰に対し、そういう傲慢な態度を取れば取るだけ神を怒らせるからです。

過去それだけ神を怒らせる態度を取った(取り続けた)人たちなどいないからです。

しかし、尋常じゃないくらい怒っているとこもあるんですが(バカじゃないかと思いますが。こちらとしてはです。自分たちが悪いくせにです)まあ、そう怒っていても仕方ないでしょう。怒れば怒るだけ現れてくるからです。災いはです。

いい加減、昔の人たち同様、神の業を恐れ頭を下げませんか。(いつまでも無理をせずにです)それが正しい態度であるからです。

昨日も布施をもらいましたが、そのように神理に対し感謝の布施をするなら、神のご加護もあって心も安らぎ災いも止まるのです。それどころか奇跡まで起きてくるかもしれません。これだけよいこともないでしょう。

感謝の布施をするだけで自分も助かり心も安らぐからです。では、それだけ有難い話もないはずです。神理のご加護は本物だからです。

しかし、今のような傲慢な態度を取り続けるなら、心は怒りの炎で燃え盛り、災いは起き続け、最後は地獄に堕ちるというのですから、これだけ悪い話もありません。

どちらがよいのかは考えるまでもないでしょう。だから、昔の人たちは皆、そんなことが起きてくるなら頭を下げたのです。そちらの方が正しいやり方であると分かっていたからです。

そこでいつまでも突っ張っているほど愚かな態度もないと知っていたからです。

しかし、そのような事実を現代の人たちはいつまでたっても理解しようとしない。それはお前のせいなどといつまでもいっている。だから愚かだといっているのです。そんなことをいっている間にもドンドン災いは起きてくるからです。

しかし、そういう災いがドンドン起きているにもかかわらずいつまたっても自分たちの態度を変えようとしない。

それではまるで目の前で自分の家が燃えているのに、家が火事になったのはお前のせいと人に責任転嫁しているようなものなのです。

その火事が誰のせいであってもです。今一番先にしなくてはいけないのはなんなのですか? それはもちろんまず自分の家の火を消すことなのです。

それをしていない。つまりピントがずれているということです。だから愚かだといっているのです。現代の人たちはです。一番先にしなければいけないことをいつまでたってもしようとしないからです。

それでいつまでそんな愚かな態度を取り続けるのですか? そのような態度を反省しない限り災いはドンドン増え止まることはないのです。

私など昨日はまた買物がてら堀川の方にいっていましたが、昨日もたくさん出てきていましたよ。細かい魚たちがです。

その魚たちに声をかけていると大喜びして泳ぎ回っているのもいます。

しかし、昨日気づいたんですけどね。私一人だけなんですよね。それだけ一生懸命に川の中をのぞいて声をかけているのはです。後の川岸を歩いている人はみな川など見ようともせずスタスタ歩いていきます。

「何でみんなこれだけたくさん魚たちが出てきているのに川を見ようとしないのだろう?」と不思議だったんですが、その時に気づきました。そういえば自分も数年前までは川岸など歩いていても川など見ながら歩かなかったなとです。

だって、数年前までは川など見ていても何もいないんですからわざわざ川など見ながら歩くわけがありません。川を見ながら歩いていってもただ川が流れているだけだからです。そんな川の流れだけをひたすら見ていても、それは面白くも何ともないからです。(笑)

「だからみな川など見ないのか」と昨日気づいたわけですが、それを考えればです。ずいぶん変わりましたね。私自身はです。だって、変わらざるを得ないんですから。これだけ魚たちが出てくるようになってはです。

今の私が川岸など歩いているならです。川を見ながら歩いた方が断然面白いからです。いろいろな魚が出てきたり跳ねたりしてです。(たまに鵜とかがガバッと出てくる時もありますが。〔苦笑〕)

だから、それを考えるとです。ずいぶん楽しみも増えたということでしょうね。歩いているだけでいろいろな鳥やら魚やら寄ってきて、楽しいことを(愛ある行いを)たくさんしてくれるからです。

よく考えてみれば何か漫画のような人生ですよね。歩いていると鳥やら魚やら寄ってきて愛ある行いをたくさんしてくれるなどです。

歩いているだけでそれです。では、どれだけ楽しい人生なのかということになりませんか。歩いているだけで楽しいからです。様々な動物たちと様々な愛あるふれ合いが出来てです。

たくさんの愛を歩いているだけでもらえるからです。(しかし私は、歩いているだけで人間からたくさんの怒りももらっています。だから今のところは差し引きゼロくらいなんですが。〔苦笑〕)

どうせならです。このような楽しい人生を送りませんか。怒りの人生など送っているのではなくです。(または、金儲けだけの人生を送っているのではなくです。〔苦笑〕)

楽しいですよ。この正法神理を行うならです。ただ、神理に心を合わせていくだけで、ドンドン楽しいことが(愛あることが)周りに起きてくるからです。

この神理を無視している間はもう悪いことしか起きてきません。(申し訳ありませんがもうそういう時代に入っています)そんな人生が楽しいのでしょうか? また、そういう人生がすべてではありません。

もっと楽しい人生が、すべてのことが(つらいことも苦しいことも)楽しくやれる、そういうやり方があるのです。神理を知るならです。

もっと神理をよく知りませんか。そうすれば少しずつでも見えてくるからです。

幸せのみの、そのような楽しい人生がです。

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6月 01 2021

滅ぼされないと分からない人たち

いやはやまたどえらい怒りようでしたね。昨日など多くのところでです。

何であんなに怒っているんですかね。相当出ているんでしょうか。多くのところで多くの天罰がです。そうでなければあれだけ多くのところが怒ってはいないはずだからです。

だったらもう頭を下げてはどうでしょう。それ以外、その起きてくる災いは止めようがないからです。神理をきいていて感謝もせず嫌がらせをしている人たちに天罰がくだらないわけがないからです。

そのまま私のいうことの無視を続けるなら滅びますよ。そのような(愚かな)人たちはです。そのような態度はもう天罰を待っているようなものであるからです。

天罰を食らって、そうして、そんな傲慢な態度のまま死んでいくなら、苦しい世界に堕ちていかなくてはいけなくなるのです。これは本当のことなのです。神理に傲慢な態度のまま死んでいくなら、それは死んだ後まで祟ります。

だから神理を読んでいるのなら、感謝の布施くらいしないといけないと何度もいっているのです。そのままでは本当に地獄行きであるからです。

もうきくしかないのです。これだけ有難い(出会うことが難しい)教えもないからです。だから、奇跡も起きれば災いも現れる。それだけ稀有な教えと(そのような不思議な現象が次々に現れる)巡り合っているからです。このブログを見ている人たちはです。

そういう自覚をいい加減持たないと、大変なことになるのです。そのような傲慢な態度を続けるなら、そのような人のところにはまだこれからすさまじい数の天罰がくだるからです。

しかし、この神理に従うなら多くの奇跡が現れてきます。まだこれからいくらでもです。奇跡と災い、一体どちらがいいのでしょうか。

しかし、こちらの人たちなどどうしてもそのような神の業は認めたくないようで、悪いことはみな私のせい、そうして私に起きている奇跡は一切見ないようにしているようです。

しかし、そういう態度を取り続けている人たちにもうボンボン出だしたようです。たくさんの災いがです。

この辺りの人たちなど残念ではありますが、滅ぼされないと分からない、そういう人が多いからです。

本当に残念な人たちなんですが、そういえば今日の中日新聞にまだLGBT(理解増進)法案のことが書いてありましたが(中日新聞はよほどこの法案を進めたいらしいです。〔苦笑〕)こういう法案を進めるなら、これもまた最後には人類は滅ぶのです。

いずこも同じなんですかね。今のことしか考えない先のことなど考えようともしない、そのような短絡的な人が多いようです。

何度もいいますが、こういうLGBTの人たちがドンドン増えだしたら人類は滅ぶのです。それがなぜ分からないんでしょう。こういうLGBTの人たちは病気なんですよ。なんでその病気を放置して、そのような病人を増やそうとする法案に賛成するのでしょう。

こんな病気が広がったら(同性愛などという病気がです)本当に人類は滅ぶのにです。

だからコロナ禍と同じようにこのLGBT禍も同じ禍には変わりがないということです。そのように見ないといけないのです。新型コロナウイルス同様、同性愛病など広がるなら子供が生まれなくなるからです。

そうして当然精神的にもおかしくなるのです。(同性を愛するというのですからそれはそうでしょう)しかし、そういうことにまるで気づかない。だから怖いのです。このLGBT禍はです。

このような思想が広がるなら、それがおかしいと気づかない、それを病気とも思わない、それが正常であると、そう思う人たちが増えて、それこそ人類が滅びるまで、そのことが間違った悪いことであると分からないからです。

そういうことになるのです。このLGBT禍が広がればです。それが怖いところなのです。この病のです。コロナ禍はまだ症状が現れるので病気であると分かりますが、このLGBT禍は何の症状も出ずにいつのまにか精神も肉体も蝕(むしばんで)いくのです。

いつのまにか自分が(異性ではなく)同性を愛するようになり、そうしてドンドン人口が減っていくなどということになるからです。

実際、今のアメリカやヨーロッパなどがそうではないですか。多様性、多様性などといって(こういう言葉にごまかされ)LGBTに寛容なばかりに同性愛者などドンドン増えているんですよね。

では、そのうちに頭打ちになりませんか。自分の国の人口などです。そういう同性愛者が増えてくるならです。(すでにそうなっているでしょう。そういうLGBTや同性婚など認めている国々はどこも人口がそれほど増えていないんではないですか)

そうして性向までおかしくなる。いつのまにか同性を愛するようになってしまうからです。

それは明らかに精神がおかしくなっているのですが(それはそうでしょう。普通は異性を愛さないといけないのですから)それに気づかない。周りにそういう人が増えてくるならです。

だから、このLBGT禍は深刻だといっているのです。肉体に症状が出るわけではないからです。知らぬ間に精神を蝕んで(異常にして)そうして人類を滅ぼしていくからです。

だから、こちらの人たちも、そうしてこのLGBT法案に賛成しているような人たちもそうなのです。どちらも同じように自分たちが滅びないと分からない人たちなのです。

そこまでいかないと自分たちの間違いに気づかない、そういう愚かな人たちなのです。過去のことも先のことも考えない、今のことだけしか考えない。そういう短絡的な人たちであるからです。こういう人たちはです。

そうでないなら、もうとっくにこの正法神理に従っていたでしょうし、LGBT法案など賛成するはずがないからです。

過去を(歴史を)よく知り、先の(未来の)ことまで考えているのであればです。

しかし、そんなことまで考えない。今のことだけしか考えない。だから、いま現在、逆らう人が多ければ、賛成する人が多ければ、それに従う。どれだけそれで不幸になっていてもです。

そういうことをしていれば不幸になると分かっていても、それでもその不幸になることを続けるのです。そういう人たちはです。

そのような人たちは正しい判断が出来ない、自分が滅ぼされないと分からない、そういう人たちであるからです。

しかし、もうこれだけ多くの災いが現れています。そうして本当に滅ぼされる人たちがボンボン出てきているのです。日本はもちろん、もう世界的にもです。

善因善果、悪因悪果、今なぜこれほど多くの災いが現れているのでしょうか? もうそのことに正しく気づかないといけないのです。

自分たちが滅ぼされてからでは遅いからです。

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5月 31 2021

中道と足るを知るということ

1980年、四月号より抜粋

<正法によって「ふるい」にかける

民主主義、自由、平等という言葉が実際には内容のないなんら根拠のないものであったとしても、これらの言葉によって日本人がバラ色の夢を持ったのも事実であった。例えば、男女平等ということによって女性の地位が認められることになったのは女性には幸せであった。戦前は女性は準禁治産者として扱われていた。準禁治産者というのは、一人前の人格者として自分の言動に責任を持つことが出来ない者に準ずるということで、女性には選挙権はなく社会的な発言権は全然認められていなかった。終戦後生まれ女の人たちは、戦前の女性には選挙権はなかったのであるということは信じられないと思う人が多いのではなかろうか。封建的な男尊女卑の風があり、女性は男性の従属物みたいに扱われていた面もあった。夫の姦通は社会的に認められて罪にならなかったが、妻には姦通罪があった。これらが全部あやまりであるということで、女性にも男性と同じように人格、地位、発言権が認められたことは正しかった。しかし、それが行き過ぎて弊害が出てきている。特に女が女の役割と女らしさを捨てることが男女平等だと思う人が出てきたのは遺憾なことである。

家族制度そのものは世界に誇っていい制度であるが、戸主(こしゅ)である男子の横暴、無理解によって家族間の対話もなく、女子や子供たちの発言は認められず不幸であるというようなことがあった。そのような家族制度の苦しみに悩んでいた人たちにとっては戦後は幸せであった。戦後、家庭の中で女性と子供たちの人権、発言権が認められたことはよかったが、これもまた行き過ぎて今度は逆に、夫が弱くなってしまった。そのために非行少年やノイローゼが増加しているのであるといって最近は「亭主よ強くなれ」「父親よ戦前のように強くなれ」という意見が出てきている。

教師が自由、平等ということで「先生も生徒も平等である」といったことは逆に教師に暴行する生徒の増加となって教師自身が困っている。

戦前は、お上(かみ)即ち政府や官公庁は、住民の意見は無視して公共事業を強行したが、戦後は民主主義ということで一人でも反対者があるとなかなか公共事業は推進出来ない。その上、多額の補償金を要求してごね得の風が生じ、年々公共事業はむつかしいという状態が出てきて困っている。

ごねてもらわなければ損だという風潮はストにも現れて、毎年のことながら国民大衆の利益をまったく無視した交通ストが年中行事のように行われている。

地域社会においては、社会秩序を乱すような利己主義者がいても、プライバシーの尊重、人格尊重ということで取り締まるわけにもいかないということになってしまった。例えば、学校の近くにラブホテル、連れ込み宿の建設が計画され、父兄が教育上よろしくないと反対運動をしても、人が営業をしようとする権利を認めないわけにはいかないということで知事は許可する。こういうことはなんとかしなければならないとは誰もが思っていても、さてどうするかということになるとなにも具体策はない。結局はその人の良心に待つしかないということになる。その人がやめるといわない限り父兄や子供たちはその被害をもろに受けることになる。

戦前は雇用主のいいなりに低賃金で働いて貧しかった人たちが、戦後、労働権、団結権を主張して自由に発言出来るようになったことはよいことであった。しかし、それが行き過ぎて「昔軍隊、今総評」といわれるようになり、組織労働者が全国的なストを年中行事のようにやって国民に損害をかけるようになった。

中でも戦前は先生として尊敬されていた人たちが、自ら先生という聖なる立場を放棄して一介の労働者となり、父兄の反対を無視し、生徒を人質にしてストをやるという日教組のあり方はあまりにひどい。この日教組の問題は早く修正しないといけない。

偏狭な国粋主義者たちは、日本精神を外国人に植え付け、天皇陛下を仰がせることが八紘一宇であり世界統一への道であると考えてきた。日本内地でも「非国民」といわれることは致命傷で、少しでも意見をいって「非国民」といわれると村八分にあって生活が出来なかった。占領政策によってそのような強制がなくなり解放されたことはよかったが、今度は逆に国はどうなってもかまわないという人たちが出てきた。

極端と極端は正法ではない。戦前の右寄りの極端を修正し、戦後の唯物論的な左寄りの極端は修正しなければならない。なにによって修正するか、それは正法による中道の道しかない。右か左かという二者択一理論は間違いである。

戦後の日本人は、○×式解答にならされてしまって、出されてある答えの中からどれか一つを選ぼうとして、それ以外の答えを考えようとしない傾向がある。国を愛するか、愛しないかのどちらかという問題の出し方も間違っていれば、その二つの答えの中からどれか一つを選ぼうとするのも間違いである。戦前の愛国心は、日本の国を愛するということが日本は神国ですばらしいが外国は神国でないから日本より劣っているという外国蔑視の愛国心であった。

正法による愛国心は、日本の国を愛することが同時に世界の国々をも愛するということになる愛国心である。日本人を愛すると同じように外国の人々をも愛する道である。すべての人を物も、すべて愛によって包摂(ほうせつ)してすべてを愛していく道、それが正法による中道の道である。

だから正法が家庭で生かされる時、家族全体が明るく調和してくるし、正法が官公庁で生かされるならば国民や住民の税金の上にあぐらをかいて、奉仕を怠って自分の懐だけを肥やすという悪徳官公吏は一人もいなくなるし、労働組合の集団的利己主義によって国民全体に迷惑をかけるストもなくなる。

それにもまして、正法は唯物論と進化論という虚構の理論によって精神的に呪縛されて、間違った思想の奴隷になっている人たちを、精神的に解放して真の人間性に目覚めさせることが出来るし、宗教的には、間違った教義の奴隷になっている各宗教団体の信者たちの心を解放させることが出来る。

アメリカ占領政策が進めた唯物論、共産主義を基盤とした自由は、結局は唯物論、共産主義の呪縛に陥ってどこにも自由はない。

資本主義は、共産主義に対置して人間を金の奴隷とする思想であるから、資本主義の下においても完全な自由はない。資本主義も共産主義もどちらも唯物論であって虚構である。日本人は明治以来、資本主義か共産主義かという二者択一の中で思想的に翻弄(ほんろう)されてきた。なんのことはない、一つのお椀の中で白い石と赤い石が、あっちにいったりこっちにいったりしてきただけにすぎないのである。我々の世界は一つのお椀の中だけではない、宇宙は無限の広さを持っているのである。椀の外に出て、唯物論による資本主義か共産主義かという二者択一の考え方を捨てて、人間の原点に立った新しい経済政策を立てなければいけない。あえて名づけるならば「正法奉仕経済主義」である。

経済は肉体を維持し、霊の向上を図るための文化文明を維持すれば足りるのであるから、世界各国は資源を有無相通じ、人的資源の交流と物的資源の流通を調和させれば足りるのである>(多少、分かりやすく書き直した部分あり)

以上、正法誌より抜粋しました。

園頭先生は大正生まれの方であり、大東亜戦争前後の、戦前、戦中、戦後を(昭和の時代までですが)よくご存知の方でありました。

その園頭先生から見た戦前と戦後の違いを、そうして、では正しいものとは何であるのかということが分かる部分を正法誌より抜粋しておきました。

いま現在は戦後といわれた昭和の時代より、さらに偏った人が(悪魔の左翼主義に洗脳された人が)増えてきて、もっと危ない時代になっています。(なんせ世界を滅ぼすLGBT法案など通そうとしているのですから)

そういう時代にあって、では、正しい基準とは何かと、何を基準にすれば正しく生きられるのかとそれを思い書いた次第です。

このような混迷の時代に正しく生きるには、この正法神理を基準とするしかないということをよく知ってください。

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5月 30 2021

LGBT法案の恐ろしさ

LGBT法案がとりあえず今国会は見送りとなったようですね。

こんな法案見送りではなく廃案にしないといけないのですが、どうもこの法案が人類を滅ぼすとは誰も考えないようです。そんな大袈裟なものではないだろうと誰も軽く考えているようです。

今日の中日新聞にLGBT法案に対する自民党議員の種の保存発言に対し明らかな誤りなどと、また左翼の生物学者の意見など取り上げられていましたが、哀れですね。自らを滅ぼす法案を推進しているなど自分たちで自分たちの首を絞めているのと同じであるからです。

何度も書きますが、少し物事を軽く見すぎているのではないでしょうか。現代の人たちは軽く見てはいけないものをです。

神のことももちろんそうですが、今回の中日新聞の生物学者の意見でも「生物学を根拠に、子供を産み人口を増やすことが社会への貢献と考えることは誤り」だとか「出産は一つの選択肢」だとか、なんでこう機械的な言い方するんでしょうね。こういう左翼の連中はです。

なんで精子と卵子が結合して子供となるのかとか、なんで赤ちゃんは母親の身体の中に十月十日(とつきとうか)もいて、そうしてこの世に出てくるのかとか、そのような生命の不思議さ、神秘さにもっと思いを馳せるということはしないんでしょうか。こういう学者たちはです。(中日新聞もそうでけどね。〔苦笑〕)

特に生物学者ならよけいそう思いますけどね。そのような生命の不思議さにもっと敬意を表さねば生物学など出来ないでしょう。そんな機械的に考えていたらです。

だから生物学者には何の奇跡も起きてこないのです。特に私に起きているような動物たちの愛ある奇跡などです。そういう物事を何でも機械的にしか見ないからです。

そうではなく、そのような生命の不思議さに深く思いをめぐらし(生物学者であるなら、そのようなことは人一倍感じているはずですから)神の面まで思いを馳せるなら、生物学者には次々に奇跡が起きてきて、それこそこれまで分かっていなかった生命の神秘が次々に解明されてくるのです。

そのような謙虚な心が神に通じて様々な天啓も降りてくるからです。そのような謙虚な人々にはです。

しかし、そういう学者がいそうもないと、そこは本当に残念なんですが、しかし、それはそれとして(そこは今日の本題ではないので)先ほども書きましたが、こんなLGBT法案など廃案にした方がいいのです。

だって考えてもみてください。もうすでに現時点でもです。そういうLGBTなどの性的少数者の意見など大きく取り上げられ世間に認められ始めているのです。(新聞だけではなくテレビのニュースでもよく取り上げられていますしね。LGBTの人たちの差別反対などともてはやされてです)

これでLGBT法案などを通して、もっとLGBTの人たちのいうことを優先し、こういう人が増えてくるならどういうことになると思いますか?

もっと世の中がおかしくなるということです。だってこの人たち。元々おかしい(異常な)人たちであるからです。

そういう人たちの意見をきくというのですから、それはおかしくもなるでしょう。世の中もです。だってそれでは精神異常者のいうことをそのままきくということと同じであるからです。

精神病院に入院している人たちの意見をそのままきくなら、当然世の中はもっとおかしくなり混乱します。LGBTの人たちの意見をそのままきくということは、それと同じことをしているのです。

だって、精神病で入院している人たちもLGBTの人たちも精神の病ということでは同じであるからです。

同じことでしょう。だって、男なのに女の心を持っているとか、女なのに男の心を持っているとか、明らかに異常ではないですか。なんでそんな異常な人たちの意見をそのままきくのですか? そんなことしたら、おかしくなりますよね。世の中もです。だから、ドンドンおかしくなっている。いま現在はです。そんな異常な人たちの意見までそのままきいているからです。

よく考えてみてください。先ほども書きましたがLGBTの人たちの意見などすでにずいぶん世の中に影響を与えているのです。では、こういう人たちが増えて市民権を持つようになったらどうなると思いますか?

それこそ今度は、異性で結婚するなどおかしいといわれ出すのですよ。だってこの人たちは同性婚が正しいと思っている人たちだからです。では、異性で結婚するなどおかしいだろうと、結婚するなら同性だろうと、そういう話が(今度は)普通になるのです。LGBTの人が増えきたらです。

そういうことになりかねないから、こういう人たちが少ないうちにこういう人たちを正常に戻してあげないといけないといっているのです。私はです。

異常な人が増えてきてからではどうにもならなくなるからです。まだ少ない現時点でもすでにどうにもならなくなってきつつあるからです。こういう異常な人たちを正常に戻そうとする人たちを差別などという言葉で非難してです。

何で差別なんでしょう。これでは精神異常者を、あなたのいっていることは正しいと認めているようなものだからです。そんなこと認めないでしょう。普通はです。

では同じことではないですか。男のくせに女の心を持っているとか、女のくせに男の心を持っているなど、そんな人はおかしからです。

また、そのような心は直せるものなのです。この世で回りの人たちに強くいわれるならです。そういう人たちは、心が前世の影響を少し強く受けているだけであるからです。

だから、そのような心は今生で直せるのです。生活していくうちにです。正常に戻せるのです。自分と回りの努力があるならです。

しかし、それをしようとしない。(させようとしない)異常な心を異常なままにしておく。

だから異常さが増し、先々の滅びの道まで見えてくるのです。間違いを間違いのままほっておくからです。ほっておくどころか、間違いを助長させているからです。

だから、こういうことを甘く見てはならないといっているのです。オカマちゃんなど面白いとか、LGBTの人たちを差別するなとかいっている間にです。こういう人たちが市民権を得てドンドン増え出したら、もう取り返しがつかなくなるからです。

今度は正常な人たちがおかしいといわれるようになり、排除されるようになるかもしれないからです。(というか、すでになっていますもんね。こういう人たちをおかしいといえば〔本当におかしいのに〕それは差別だなどといわれてです)

だから、LGBT法案など廃案にしないといけないと私は主張しているわけです。この法案の先を見るなら、恐ろしい未来が待っているのはもう明らかであるからです。

そのような現実を踏まえて、このような法案はよくよく議論してもらいたいものです。政治家の方々にはです。なんでもかんでも世界がしているからと浮ついた気持ちでやるのではなくです。

このようなLGBT法案だけでなく、最近は特におかしな法案がよく出てきます。だから私たちのような一般市民もです。政治のことはよく知っておかないといけないのです。

そうしないと、このような後々自分たちを滅ぼしてしまうような(そこまでいかなくても大きな不利益をこうむる)そのような法案も平気で出てくるからです。

最近は自分のことしか考えない、そのような政治家が(それは政治家だけに限ったことではありませんが)特に増えてきているからです。

何でもそうですが、軽く見ていると後で大やけどするということはよくあることです。特にこのLGBT法案は甘く見ていてはいけないのです。世界がそうであるからとです。

(だから、日本が防波堤にならないといけないということです。このような〔同性愛などの〕危険な思想のです)

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