1月 31 2021
神は職を選ばず 道理
昨日ああいうブログを書いているにもかかわらずです。昨日でも、私が歩いているといきなりガンガンガンガンガンとやってきたところがありました。
そのガンガンやって来た連中はマンションの外壁の塗装か何かするのでしょう。その足場の鉄骨を組んでいる連中でした。実は四、五日前にも一度そこを私は通っているのです。
その時もその連中はガンガンやって来たのです。だから私はその時に散々いったのです。そういうことをしてはいけないと、したら必ず罰が当たるからやるなと、しかし、そのガンガンやってくる連中はやめませんでした。
だから、なら病気になっても知らないぞと、病気になったからとこちらのせいにはするなよと、それも何度もいったのです。
にもかかわらずこれです。私の顔を見たら、急にガンガンやり出してこの前より怒っているのがいます。
それで「病気になったのがいるんだろう」ときくと、よけい怒ってガンガンやってきます。だからいったのです。病気になるからするなとです。
「そんなことしているとお前も病気になるぞ」とか「お前らが嫌がらせをして来たから悪いんだろうが」とかいろいろいったんですが、もう怒りまくってガンガンやっています。
「だから嫌がらせをするなと何度もいったんだ。それをきかずに嫌がらせをして来たのはそっちの方だろう。なのに何で俺が悪いんだよ」というと、急に静かになりました。
少しはきいたかなと思って「感謝して布施しろ、そうしないとまた起きるぞ」と続けていうと、また怒り出しました。
ならもう知らんわと思い「じゃあ、この後どれだけ天罰がくだっても知らないからな」といって歩いていきました。いつまでもバカを相手にしていても仕方ないからです。本当にそんな態度のままならそうなるのにです。
何でこうなんですかね。この連中はです。私のいうことをきこうとしなかった自分たちが悪いのに、そういう自分たちがしたことを忘れたかのように悪いことは全部私のせいです。
昨日書いたブログの通りのことをしているのですから、本当にバカ丸出しです。
何で分からないのでしょう。こういう連中は自分たちが悪いとです。まあ、そんな人ばかりですが、こちらはです。
しかし、もうこんなことは次々に起こります。どれだけいっても私のいうことを誰もきこうとしないからです。これだけ正しいことをいっているのにです。
その正しいことを多くの人たちが平気で無視しているのです。それではいいことが起きてくるわけがありません。まだこれから多くの人たちに多くの災いが起きるのです。
神理を説いている者のいうことを、多くの人たちがいつまでたっても真剣にきこうとしないからです。それほどの悪もないからです。
このような現象はどのような職業の人にでも同じように起きて来ます。神は職業で人を選ぶわけではないからです。
昨日その後のことです。ある場所を通るとそこにも前にあった人たちがいました。
その前にあった人たちとは警察の人たちです。
その場所で(多分)車のシートベルトの取り締まりをしているのでしょう。その二、三週間前にも、その人たちはそこで取り締まりをしていたのです。
その時に、少し前で走ってくる車のドライバーのシートベルトをチェックしているお巡りさんがいたのですが、その人の横を私が歩いていくと、その人が急にゴホゴホ咳をし出したのです。
それで「病気になるで、そんなことしていると」と声をかけて歩いていきました。あまりお巡りさんに文句をいって逮捕されてもいけないからです。(苦笑)
そうして昨日またその同じところで取り締まりをしていたお巡りさんらとあったのですが、その時もまた少し前でチェックしていたお巡りさんがいました。
しかし、この前の人とはどうも違うようでした。
マスクをしていたのではっきりとは分かりませでしたが(前回の時もマスクをしていましたので)しかし、こちらはもう分かっていました。そんなことをした人に何も起きないわけがないからです。
だから絶対に違う人だと思って、その人の横を通る時に「お巡りさん、病気になったお巡りさんにいっといて。感謝して布施しないといいこと起きないって」といいながら、歩いていきました。
そうしたらそのお巡りさんは少しビクッとしたようでした。
その向こうにも旗を持った(「止まれ」というです)お巡りさんがいたのですが、もう態度に落着きがありません。明らかに何か起きたのが分かります。
だから「現代の人たちは何で神理に感謝できないのか、ほんと不思議ですよね」みたいなことをブツブツいいながら、その人の横を私は歩いていきました。
オドオドしていましたね。そのお巡りさんはです。(苦笑)
そういえばこのお巡りさんは前回もいた人で、私は前回この人に「あの人、病気になるから」といっておいたのでした。その通りのことが起きたのですからオドオドもするでしょう。
残念ではありますが、警察だからと気を使ってはくれないからです。天はです。
たとえ警察であろうと、医者であろうと、消防士であろうとです。そういう職業に関係なく、誰であろうと神理を説いている者に感謝もせず嫌がらせをするなら、即座に罰が当たるのです。
自分たちの職業と人格は別であるからです。
神はその人の心しか観ません。だから神に逆らう心があるなら(神理を説いている私に嫌がらせをするということは、神に逆らっていることと同じですから)誰であろうと同じように裁かれるのです。
そのような心を直さない限りはです。
特にこういう命懸けの仕事をしている人たちは(警察だけでなく、先ほど書いた医者や消防士などもです)この神理を信仰した方がいいのです。
そうすれば自分の命も守られ奇跡も起きるからです。
例えば医者に次々に奇跡が起きるなら、どれだけ多くの人たちの命が救われるか知れないのです。
本当にもったいない話です。このように本当に奇跡が起きる、本物の神の教えがここにあるのに、それを知っていながら多くの人たちが無視し、逆らい、なんと奇跡ではなく災いを現しているというのですから。
なんで逆のことをしているのでしょう。逆らうならこれだけ天罰がくだる教えもないのにです。しかし、従うなら、これだけ奇跡が起きる教えもありません。
いつまでも多くの人たちが(左翼思想である)悪魔の虜となっていてはいけないのです。悪魔の思想から抜け出せず、正しい教えが目の前にあることに気づいていながら、それでも、その教えに逆らい続けている。これだけ哀れな話もありません。
そのせいで多くの人がドンドン不幸になっているからです。しかし、それを全部こちらのせいに(責任転嫁)している。多くの人たちが悪魔の思想の虜となっているからです。
だから、自分が悪いと分からないのです。自分が先に悪いことをしているのにです。しかし、それには全然気づかない。悪魔の思想に化かされているからです。
だから自分が悪いことをしていると全然分からない。悪魔の思想がそう教えているからです。悪いのは全部他人であり自分は一つも悪くないとです。
しかし、それは違うのです。悪いことをした人に悪いことが起きるのです。
それが道理なのです。しかし、その道理さえも分からなくなっているのです。多くの人たちがおかしな左翼思想に(悪魔の思想に)騙されているからです。
だから悪いことはすべて人のせい。しかし、そんなことはあり得ないのです。悪いことをした人に悪いことが起きているからです。
そのような正しいことを教えるのが、この正法神理なのであり、だから奇跡が起きてくるのです。
本当に正しいことを説いているからです。
間違ったことを信じていれば悪いことが、正しいことを信じているなら奇跡が、起きてくることが道理なのであって、その道理の通りにしか世の中はならないのであって、その道理を正しく説いているのがこの正法神理なのであり、間違ったことを説いているのが左翼思想であるということです。
だから、周りに悪いことが起きてくるのです。間違った悪魔の(左翼)思想を多くの人たちが信じているからです。
だから、そのような思想を早く捨てないと、まだこれからどれだけ多くの不幸が起きてくるか知れませんよといっているのです。
現に目の前に、その不幸がドンドン現れて来ているからです。その不幸をみな責任転嫁しているだけであるからです。多くの左翼思想に侵された多くの人たちがです。
それで幸せになろうとしても無理なのです。間違った考えのままでいては幸せになれるわけがないからです。
だから、もう私の話を(この神理を)真剣にきいてくれといっているのです。そうすれば多くの人が幸せになれるからです。
正法神理こそ正しいものであるからです。
それがまだ分かりませんか。しかし、その証拠が(神理が正しいというです)次々に現れて来ているのです。
だからこればかりは否定出来ないのです。
私に嫌がらせなどすればすぐに天罰がくだるからです。そのようなことこそなによりの証拠であるからです。悪いことをすれば悪いことが起きるというなによりのです。
そうではないでしょうか。その人たちは私に悪いことをしなければ(嫌がらせ)そんな悪いことは(病気になるような)起きなかったのです。
しかし、その人たちは私に対し嫌がらせをした(悪いことをした)それが病気になるという結果をもたらしたのです。すぐにそれが現れて来ているのですから、これだけ分かりやすい証拠もないわけです。
悪いことをした人に悪いことが起きるというです。
そのような事実をいい加減ご理解ください。こういう事実は神理を実践しない限り分からないからです。
だから非常に分かりやすいということです。この神理を実践するなら、よいことをしていても悪いことをしていてもすぐに結果が現れてくるからです。
だからどちらが正しくて、どちらが間違っているのかはすぐに分かるということです。
だからいっているのです。いつまでも悪魔の思想の虜となっていては、絶対によいことは起きては来ないとです。
それと分かる結果が、こちでは次々に現れて来ているからです。
よいことを自ら行わねば、よいことは自分に起きては来ません。
これだけ結果が早くよく分かる教えが目の前にあるのです。いつまでそれをほっておくつもりですか。
何度もいいますが、これだけもったいない話もないのです。



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