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7月 15 2020

陋習(ろうしゅう)を破る

また、昨日、一昨日の大雨で川の氾濫や土砂崩れ、冠水が相次いだようですね。(それで亡くなった人もいるようですが)

まだこの大雨は(いったんは上がるようですが)週末にかけて続くようです。一体どれだけ悪いことが続けば気がつくのでしょう。自分たちの間違いにです。

前回のようなブログを書けばずいぶん怒っていますね。ダメな大人たちがです。(苦笑)

しかし、ダメなものはダメだから仕方がありません。だから日本は滅びかけているのです。ダメな人が多いからです。しかしそれは大人だけではありませんね。

ああいうブログを書けば子供らまで意識して、昨日歩いていて会った小学生などふてくされた態度で嫌がらせをしてきましたし(いかにも「お前のいうことなどきけるか」という態度でです)女子高校生や中学生、数人とも行き合ったのですが、急におどおどしたり、わざと私を無視したり、意識しているのが丸分かりで、ずいぶん多くの学生がこのブログを見ているのだなと改めて思いました。

昨日はわずか数人の学生と会っただけでしたが、その全員が私のブログを読んでいるようであったからです。

神理恐るべしといったところでしょうか。(笑)この辺りは大人から子供まで多くの人が私のブログを読んでいるようです。

しかし、大人はともかく学生など素直に私のいうことをきけばいいのにね。そうすれば奇跡も現れて来て(心が大人より素直な分)その後の人生は本当に実のあるものとなるのにです。

神理の実践次第で、信じられないくらいよい人生を送る人も出てくるのにです。

しかし、今のまま皆が神理を見るだけ見て、一切実践しようとしなければ、このように日本が滅びかねないほどの災いも現れて来ます。

神理は実践してこそ生命が宿るからです。まったく実践しないでは、それは神理を知らないのと同じであるのです。

だから神も怒るのです。神理を知っている人がこれだけいるのに(特にこちらの人たちなどは)実践している人がほとんどいないからです。

では、それだけ無駄なことはありません。やる気がない者は神理を知るべきではないと神も思っていられるのでしょう。神理を実践する気がない者が神理を見ていても、その神理が活きないばかりか、おかしなとらえ方をされて神理を曲げられてもかなわないからです。

神理は実践しなければ正しさは分からないからです。

昨日も午後から堀川から六番町の辺りを辻説法してきましたが、怒っている人ばかりで呆れましたね。少しも反省する人も感謝する人もいなかったからです。

怒って嫌がらせをしてくる人ばかりです。しかし、もうそういう不遜な人たちに次々に災いが起きているのです。どれだけ天罰を食らえば自分が悪いと分かるのでしょう。

そうして、神の恐ろしさもです。

もうこの辺りだけではなく日本全体が滅びかけているというのにです。

それなのに現代の人たちは神理を真剣に理解しようとしません。どれだけ奇跡が起きても、どれだけ天罰を食らっても、神理のすばらしさも恐ろしさも何も理解しないのです。

これでは神も怒るでしょう。冷やかしもいいとこだからです。他のことはともかく神理の冷やかしは神を怒らせるだけです。

神理を面白半分に知るだけ知って何も実践しないほど恐ろしい行為もありません。いい加減それに気づくべきでしょう。

そのような(中途半端な)人たちのせいで日本は滅びかけているからです。

そういう人たちを相手にするのに疲れて少々神社で休んでいたのですが、そこに一人のオバちゃんがお参りに来ました。

賽銭を上げ、一生懸命祈っているようでしたので「オバちゃん、そんなことしてそれで奇跡が起きたことがあるのか」と声をかけました。

思いっきり無視されましたが(苦笑)まだ分からないのでしょうか?そういうことをいくらしても無駄でしかないとです。

これだけそのようなことをしている人たちにまで災いが起きているのです。こちらなど特にですが、すでに日本中でです。

もし、そのような信仰が正しいのであれば日本全体にこれほどの災いは起きて来ないでしょう。そのような信仰をしている人たちは日本中の至るところにたくさんいるからです。

しかし、そのような信仰などいくらしたところで日本に起きる災いは止まらないのです。止まらないどころか増えているのです。

では、もういい加減理解しないといけないでしょう。

そのような信仰は神の心に叶っていないとです。だから災いが止まらないのである、とです。

そういう信仰をいくらしたところで救われるわけがないのです。その信仰は間違っているからです。

だから、そういう信仰をどれだけしても災いが降りかかってくるのであるし、何の奇跡も起きて来ないのです。

そのような信仰は間違っていたからです。

そういうことに気づかないといけないということです。もうです。どれだけそれを認めたくなくてもです。それが事実であるからです。

だから、これほどの災いが日本中に次々に起きて来ているのです。そのような間違った信仰を多くの人たちがいつまでたっても無神経に続けているからです。

それが神の怒りを買っているということです。だからこれほどの災いも起きるのです。その(これまでの)信仰が正しいのであれば神から守られ、これほどの災いが日本に起きることはないはずだからです。

しかし、ドンドン災いが増えているということは、それだけ神の怒りを買っていることを日本の人たちがしているということであるのです。

その神の怒りを買っている最たる行いが間違った信仰であるということです。(そうして正しい信仰の無視であるということです)

特にこちらの人たちはもうそのことに気づくべきでしょう。身近に次々に奇跡が現れている正しい教えがあるからです。

その教えを目の敵にしている人たちも多いのですが(そういう人たちばかりですが。〔苦笑〕)しかし、その目の敵にしている教えの中に気づきがあるのです。

自分たちの信仰が間違っているという気づきがです。

認めたくはないのでしょうが、自分たちの信仰が間違っているから災いが降りかかってくるのであり、奇跡も起きないのです。その信仰は正しいものではないからです。

目の敵にしている(あるいは無視している)私の信仰が正しいから、私には災いが起きないのであり奇跡も起きてくるのです。

私がしている信仰こそ本当の正しい信仰であるからです。

だから、災いも現れないし、次々に奇跡も現れてくるのです。そうして、その信仰にまともに逆らう人には天罰もくだるのです。

私のしている信仰こそ真実の神の教えであるからです。

そのことにいい加減気づくべきなのです。こちらの人たちはです。いつまでも旧来の陋習に縛られていないでです。

その陋習を破らないといけないのです。そうしない限り、真実の神の教えにはたどり着けないからです。

特にお年寄りなど、その陋習から抜け出ることは至難の業でしょう。もう何十年もそのような信仰を続けて来ているからです。それが正しい信仰であると信じ込んでいるからです。

しかし、もう時代は変わったのです。

そのような間違った信仰をしている人たちに次々に災いが降りかかっているのです。では、もうそんな信仰をいつまでも続けている場合ではないのではないですか。

そんな信仰を続けていれば、いずれ自分にも災いは降りかかってくるからです。

そのような正しい信仰に目覚める時代(正法の世)がもう来ているからです。

だから、こういうことも起き出したのです。間違った信仰をし続けている人たちに次々に災いが降りかかり、ドンドン不幸になっていくという、そのようなことがです。

だからいま現在、多くの人たちに不幸が起き出したのです。多くの人たちがいつまでたっても間違った信仰をし続けているからです。(そのような間違った信仰はもう時代と合わないということです)

これまでの陋習を打ち破り、正しい信仰に目覚めなければいけない時が来ています。

そのような時に陋習を打ち破ることが出来ない者たちは滅びていくしかないのです。

目覚めませんか。正しい信仰であるこの正法神理にです。

神理に目覚めるのなら次々に奇跡が現れて来ます。そのような人たちだけがこれからは救われていくのです。

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7月 14 2020

神理を無視する危なさ

九州や広島などまた激しい雨が降っているようですね。(こちらも〔岐阜など特に〕降っていますが)

広島など土砂崩れが起きて人が巻き込まれているようですが、しかし、大丈夫なんでしょうか。このブログを見ている大方の人が面白半分に見ているだけで、ブログに書かれてあることをこれだけ無視し続けていてです。

ここに書かれてあることは神理なんですが、まあ、あまり大丈夫じゃないからこれだけのことが起きているのです。

最近は小学生などもずいぶん引いています。頭を下げていく小学生も段々増えて来ました。さすがにもう分かるのでしょう。小学生であってもです。

これだけ神理を無視していては日本が危ないとです。だから神理を無視している自分たちが悪いとです。だからこんなことが起きているんだとです。

これだけ日本に災いが続いていては、このブログを見ているのであればもう誰だって分かるでしょう。

神理を無視し続ける危なさはです。

明らかにおかしいからです。これほど災いが続くのはです。そうして、その起きている災いが私のいうことと不思議と一致している。

ではもう私のいうことが正しいと認めざるを得ないでしょう。

だから、いうことが当たるのであるし、だから、私に逆らう人たちには天罰がくだっているのであるし、だから、私には奇跡が起きるのです。

ここに書いていることが本当の神理であるからです。それが本当の神の教え(神理)であるなら従わなければ災いが起きてくるのも道理であるからです。

それが小学生でも分かりだした。そうであるなら小学生とはいえ、これまでのような横柄な態度を反省せざるを得ないのでしょう。

神理の偉大さはこれまで起きた数々の奇跡を見るなら分かるはずであるからです。

またそれが分かるから態度が変わってきたのです。多くの小学生たちもです。

だから頭を下げる小学生が増えて来た。これ以上、間違った(神理に逆らう)態度を続けていては(自分だけではなく)日本が危ないと、もう小学生でも分かり始めているからです。

しかし、小学生でも分かることが、大人に分からないというのもずいぶん情けない話なのですが、そういう情けない大人たちはともかくです。

では、その気づき始めた小学生たちにいっておきます。自分のこれまでの行いは間違いであったと、悪かったと気づいて素直に反省出来る小学生は、これから私の顔を見たら頭ぐらい下げていくことです。

そういう態度を取ることが出来れば、その小学生たちは救われていくからです。

しかし、相も変わらず「悪いのはお前」と、私の顔を見れば無視するか、怒って嫌がらせをして、自分の間違いを認めないような、そんな(大人と同じような)傲慢な小学生はどこかで天罰がくだり地獄に堕ちるのです。

そういう態度は間違っているからです。

だから、不幸になりたくなければ、そういう謙虚な態度を私に対し小学生は取るべきでしょう。それが正しい態度であるからです。(正確にいうなら不幸になりたくなければというのではなく、正しい態度を取りなさいと私はいっているのです。正しい態度を取るなら、その人に災いは起きないからです)

もし、そのような小学生たちがこのブログ(神理)を読んでいるのならです。心から感謝して頭を下げるべきなのです。

これだけ有難い(巡り合うことが難しい)教えと、すでに小学生の時に巡り合えるほどの幸運もないからです。

それほど幸運であるということです。このブログを読み続けている小学生たちはです。ほぼ巡り合うことが不可能な神理と(そのことはこれまで何度書いてきたか知れません)すでに小学生の時点で巡り合っているからです。(それだけで超幸運であり、その教え〔神理〕の価値が分かって神理を読み続けている。一体どれだけ幸運なのでしょう。そのような小学生はです。それは少し大げさに書くなら、自分たちが将来、釈尊やキリストになれるかもしれない教えを小学生の時から学んでいるということになるからです。それだけ幸運な話もないのではないでしょうか)

どれだけ書いても書き足りない、それほど有難い教えである正法神理と巡り合った感謝の心は、たとえ小学生であっても、ちゃんと示さないといけないのです。

それが(私ではなく)神に対する正しい態度であるからです。

それは小学生だけではなく、中学生も、高校生も同じであるのです。このブログを見ているのなら、そういう謙虚な態度は取るべきなのです。神理を説いている私に対してです。

それは何度もいいますが、これだけ有難い教えもないのであり、それが神に対する正しい態度であるからです。(だいたい、行えば奇跡が起きてくる教えなど一体どこにあるのでしょう。この世のどこを探してもそんな教えなどないのです。その一点だけ見てもこの神理の有難さがよく分かります)

神の導きがなければ、この神理とは巡り合ってはいなかったはずであるからです。

それだけ有難い教えを伝えてもらえることは(しかも学生のうちから)これだけ有難い話もないのです。

それは、生きている間はもちろんですが自分が死んだ後、もっとよく分かることなのです。この教えと巡り合い、そうして読み続けていることがどれだけ有難いことであるのかはです。(だから死んだ後まで救われるということです。この教えを死ぬまで感謝して読むことが出来ればです)

だから、子供らは特にです。バカな(傲慢な)大人たちのマネは決してしないことです。それだけ不幸もないからです。

もう分かるでしょう。小学生でも分かるのですから、中学生や高校生はなおのこと分かるはずです。

このままでは日本が危ないとです。それはバカな大人たちのせいなのです。大人たちはそれが分かっているのに、それでもまだ神理に従おうとはしないのです。

災いが起きるのが分かっていて、それでも神理に逆らい続けているのです。

そういう愚かなことをし続けているからこういう結果が現れてくるのです。すさまじく悪い結果がです。

神理に逆らう(無視する)ということは神に逆らっていることと同じであるからです。

だからこれほどの災いも現されるのですが、しかし、それが分かっていても、それでどれだけ多くの人が(それこそあなたたちのような子供も含めたです)不幸になっても、それでも反省しない。

本当に無責任そのものなんですが、それだけ大人は頑なであるということです。それだけ心が固く小さくなっているのです。多くの大人たちはです。

そういう大人たちのマネをしていては自分たちもダメになるのです。実際ダメになっているでしょう。そういうダメ大人のマネをしている者たちはです。

それをみな私のせいにしていますが、そういういい加減な話を信じるよりもです。

奇跡が現れている私のいうことを信じることです。そうすれば自分たちもいずれ奇跡が起きてくるようになるからです。(子供らはなるでしょうね。若いうちから神理を知って少しずつでも実践していくならです)

そうして、私のいっていることを素直に行うことです。そうすれば自分たちは(バカな大人たちと違って)幸せになれるからです。

私のいうことを行うなら(ここに書かれた神理を実践していくなら)自分たちが大人になる頃には今の日本は、今ほどの災害は起きなくなり、奇跡も起きてくるような、そんな日本になるはずだからです。

神理に従う人が増えれば、もっと平和で豊かな国に日本は変わっていくのです。神がそのように導いていかれるからです。正法神理が出現したこの日本をです。

だから、せっかく学生の頃にこの神理と巡り合う幸運をいただけたのなら、この神理を信じ行うことです。

そうすれば、驚くくらい、その後の人生は変わってくるからです。

実際、その神理を実践し人生が大きく変わった正しい大人もいます。(ウナッシーさんです。この方、すでに五十を過ぎています)

大人でも変わるのです。では、これから長い人生を歩むことになる学生らが何で変わらないことがありましょう。

学生のうちから神理を実践するなら、大きく自分の人生は(運命は)変わるのです。すさまじいくらいよい方にです。(神理に逆らったばかりにすさまじいくらい悪い方に人生が変わった人たちがたくさんいます。では従うならどれだけよい方に変わるか知れないのです)

もう日本が滅びかけています。ダメな大人たちがダメなことをし続けているからです。

このままダメな(いつまでも神を信じない)大人に任せていては日本はつぶれてしまいます。(神による天罰によってです)

せめて学生たちから信じませんか。私のいうことを(神理を)です。

そうすれば、神はその学生たちの心をくんでくださり、日本に起きる災いも(天罰も)和らいでいくことになるからです。

とにかく今のままでは日本は確実にダメになります。あまりに神の心に逆らう人たちが多いからです。

学生たちからまず信じませんか。この神理をです。

そういう人たちが出て来ない限り、日本に起きている災いは(天罰は)増えることはあっても決して減ることはないからです。

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7月 13 2020

天罰大国 表と裏

また今日から各地で大雨になるようですね。

また多くの被害が出るんでしょうね。あちこちでです。ドンドン災いが起きて来ます。どうするのでしょう。このブログを見ているだけの人たちはです。

どれだけとぼけて、自分は知らぬ存ぜぬを通しても、そんなものはこの世で通用するだけであり、あの世に帰れば、というより帰る前から天罰がくだって嫌でも分かるのです。

神理を無視した人たちの罪の重さはです。現れる天罰でです。(というか、これだけ現れているのになぜまだ分からない?)

その天罰をいくら責任転嫁しても(あるいは私のせいにしても)悪いのはそちらの方なのであり、だから自分たちの運命が段々悪くなっていくのです。

神理を知らされているのに、その神理を無視し逆らい続けているからです。この世で(あの世も含めてですが)これ以上の罰当たりな行為もないからです。

その天罰が自分たちにくだるのは仕方のないことですが(自業自得で)しかし、神理を知らない人たちにまでドンドン災いが現れて来ます。神理が唯一日本に現れているのに、その神理にいつまでたっても気づかないのもまた罪であるからです。

現れた神理は一刻も早く世界に伝えなければいけないからです。その現れた国の人々はです。そういう使命を持って(神理が唯一現れた)その国の人たちは、その国に生まれて来ているからです。

つまり、それを承知で生まれて来ているということです。神理が出現した国に生まれて来ている人たちはです。

だから、それを(生まれてくる前の約束を)いい加減理解しないといけないのです。それがどれだけ現実離れのした話であったとしてもです。信じるしかないのです。

そのいった通りのことがこれだけ起きているからです。

そうしないと現在の日本のようにすさまじいことになるからです。災害大国などと呼ばれるような、次々に災いが(天罰が)現れてくる天罰大国にです。

日本はその天罰大国の典型なのです。

そうではないでしょうか。日本はそのような使命に気づいている人がたくさんいるのに(私がくどいほどいっているから)それにもかかわらず、神を無視し、神理も無視して、私がどれだけ神理の使命を伝えても、そうして神理の大事さを伝えても、それでも無視を続け、自分のことばかりしている人たちばかりであるのです。

それだけ不遜な態度を多くの人たちが(このブログを見ているだけの人たちが)平気でするなら、それは自分たちにも、日本にもドンドン天罰がくだるでしょう。

それだけ日本に生まれてきている人たちの使命は大きいからです。それだけ日本に生まれた人たちが、自分の本当の使命を悟る(神理を知って世に伝える)ということは大事なことであるからです。

それを多くの人が(といってもこのブログを見ている人だけの限定ですが)知っていながら無視し続けるなら、それは多くの天罰もくだるでしょう。

それだけ神の心に背く行為もないからです。

それでもう日本自体が滅びかけているというのに、それでもまだ温暖化だの、自然現象だから仕方がないだの白々しいことをいい続け、こちらの人たちはこちらの人たちで自分たちの罪を私になすりつけ続け、神理の無視を続けて自分たちのことだけして、あとのことは知らないという態度を取り続けているというのですから、どれだけ無責任で恐ろしい態度を続けているのでしょう。

このブログを見ているだけの人たちはです。

その結果が、これほどの異常事態を呼んでいるというのにです。

何度もいいますが、もう日本が滅びかけているのです。この大雨がもう一~二週間も続けば、本当につぶれるところが出てくるのです。それだけ瀕死の状況のところが日本にはたくさんあるからです。

いま現在の日本には災いに次ぐ災いが現れて来ているのです。これは一体誰のせいなんですか。いい加減、自分たちの罪を認めるべきでしょう。

そういう罪を負っている人たちが、その罪を認めて反省しない限り、この現れてくる天罰は止まらないからです。

天罰とは元々そういうものであるからです。だから日本は災害大国などと呼ばれるようになったのです。

罰当たりな人が多かったからです。その災害とは天罰であったからです。

いつまでも物質面(表面)だけしか見ていないと分からないのです。その本当の原因はです。

そのような現象を現している精神面(内面の意志、エネルギー)を観ないと(認めないと)正しいことは分からないからです。

そのような目に見えない意志であり、エネルギーがそのようなことを起こしているからです。

何でもそうですが、現象が起きるには起きるだけの理由と(意志と)力が(エネルギーが)必ず必要なのです。

いま現在日本に起きている災害などは(例えばいま起きている大雨でもそうですが)何か、自然発生的に強力な雨雲が勝手に現れて来て、それが運悪く日本に流れて来ているだけみたいな言い方を気象庁などしていますが、気象庁などはそういう言い方をするしかないのでしょう。

表面的にはそう見えるからです。

しかし、そういうことが起きるには起きるだけの理由(意志)と力(エネルギー)が必ず必要になるのですから、その起きるだけの意志とエネルギーの表面的部分だけではなく、内面的部分も知らないといけないということです。

すべてのものには表があるなら必ず裏もあるからです。表だけのものとか、裏だけのものなどないのです。表があるなら必ず裏もあるのです。

では、今回の大雨など表面的理由はそういうことですが(気象庁などがいっている理由)では裏の理由は何なんでしょう。

その裏の理由が私が前からいっている天が起こしている天罰であるということです。

そのような大きな目に見えない意志と力を、いつまでも無視していては本当の理由がいつまでたっても分からないということです。

その私がいっていることが正しいという証明が、私の周りに起きてくる奇跡であり、私に嫌がらせをしている人たちに起きる天罰であるということです。

同じことが起きているだけなのです。こちらの人たちは、その天罰を私のせいにし続けていますが、その天罰のすさまじい規模のものが、いま現在日本に起きている今回のような大雨も含めた様々な災害であるということです。

規模の大小は、天罰のくだる人の大小で(数で)違ってくるのであって、しかし、どちらも同じ天罰であり、その規模が大きいか小さいかで起きてくる天罰は違ってくるということです。

ただそれだけのことで起きる天罰には変わりがないということです。

ここまで証明し(様々な現象を通し)ここまで説明しても(もう十年以上もかけて)それでもまだ認めませんか。

神と、神の力と、私が書き続けているこの正法神理をです。

このブログを見ているだけの人たちはです。

しかし、このブログを見ているだけの人たちが、そのことを認めて頭を下げて、神理を実践しないことには、この災いは止まらないのです。

いま日本中に起きている災いのほとんどは、神理を無視し続けている人たちが原因で起きている天罰であるからです。

日本をいつまで天罰大国にしているつもりですか。

しかし、これほど多くの天罰がくだされている責任は、当然、その天罰をくだされている人たちが負うことになるのです。

モタモタしていては、凄い責任を負わされることになりますよ。(何しろ日本が壊れかけていますから)このブログを見ているだけの人たちはです。

早く反省し行いませんか。この正法神理をです。

とにもかくにもです。このブログを見ているだけの人たちがまずそれを(神理を)しないことには何も始まらないからです。

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7月 12 2020

驚くほど変わる運命と神理を無視した責任

昨日はまた九州やこちらの岐阜や長野などで大雨になったようですね。

その大雨で九州の熊本などまた球磨川が氾濫しそうで、こちらの岐阜でも飛騨川がまた氾濫しそうであるとか。(木曽川も危ないようですが)

まずいですよね。これ以上の雨はです。しかし、そのような思いとは裏腹にまだこの先も、このような地域には多くの雨が降る予報が出ています。

よいのですか。いつまでもこの正法神理を無視し続けていてです。特に岐阜の人たちなどこのブログを見ている人もいるはずです。今のまま何もしないでいてはまず飛騨川の氾濫は止めらないでしょう。

今度飛騨川が氾濫したならば大きな被害が出るかもしませんよ。この前、氾濫した時はそれほどの被害も出なかったようですが。(川が氾濫してそれほどの被害が出なかった…何でですかね?不思議といえば不思議ですよね。普通は川が氾濫したら大きな被害が出るのが当たり前なのにです。しかし、この前の飛騨川の氾濫では大した被害が出なかったようです。案外、このブログを見ている人が岐阜県にはソコソコいたからかも知れません。私は岐阜県にいったことがありますが、ずいぶん多くの人から嫌がらせを受けましたから。〔苦笑〕ということは、このブログを見ている人が多いということですから。その神理のお蔭で氾濫被害が出なかった、違いますかね)

しかし、一度助かったからとはいえ二度も助かるとはとても思えませんが、それでも無視しますか。

この正法神理をです。

神理を実践する人が多ければ確実に岐阜は救われるのにです。そのような大きな被害からです。

それともまだ私のいうことが信じられませんか。岐阜の人たちはです。これだけの現象が私の周りには起きているにもかかわらずです。(もう知ってますよね。岐阜の人たちなら私の周りに何が起きているのかはです。だいたいはです)

神理を実践している者たちが一人や二人で祈ったところで、このような大きな災いは止められないのです。

最低、十人ほどの神理の実践者が心を一つにして祈らないと、そのような大きな災いは止めることが出来ないでしょう。(高橋先生が十人の心がきれいな人がいたなら日本は救われる、といわれたことを基準にしています)

では、少なくとも十人はこのブログを見ている人たちの中から感謝の布施をしてくださり、私のいう通り心を一つにして祈れる人が出てこないと、災いは止められないということになります。

今のところ、そういう祈りを確実にしてくれると思われる人はウナッシーさんくらいなものでしょう。

ではどちらにしてもあと十人近くの人が感謝の布施をされて、いわれた通り祈りますと誓ってくれないことには(神にです)大きな災いは止めることが出来ないということになります。

それくらいの人、出て来ないのでしょうか。もういつ川が氾濫してもおかしくないところがいま現在の日本にはいくつもあるからです。(特に熊本は危ない)

岐阜の人たちなどどうでしょう。それくらいしないと最悪岐阜は(特に下呂の辺りなど)グチャグチャになるかもしれないからです。他の地域の川が氾濫したところと同様にです。普通はそうなるからです。川が氾濫すればです。

よいのですか、そんな悲惨なことになってもです。別に脅しではありません。これだけ日本のいたるところで大雨が降っているのです。では、危ないところなど、どこにそのような甚大な被害が出ても不思議ではないからです。

本気でこの正法神理を信じ祈るのであればです。そういう人が多い地域はまず救われるのです。それが本当の神の教えのお蔭であるからです。

もういい加減分かりませんか。この神理を信じ行う人と、神理を見ていてもちゃんと信じもしなければ行いもしない人とではです。

すでに驚くほど運命が変わっているということがです。

そうではないでしょうか。例えば、この神理を信じ行っているウナッシーさんなど、仕事は忙しくなるわ、短時間で仕事が倍出来るようになるわ、給料は増えるわ、祈れば病気が治るわ、などなど次々に周りに奇跡が起きているのです。

それに対し(神理を見ているだけでまったく神理を実践しない)私に嫌がらせをしている人たちなど、癌になる人は出るわ、コロッと逝く人は出るわ、あるいは新型コロナに感染した人もいるのではないでしょうか。

それに大雨被害や台風被害に遭った人もいるでしょう。

そういう人たちは、どの人もろくなことが起きていないのです。

結局、自分にそういうことが起きなくても、周りに(家族や仲間に)そういうことが起きただけで自分も不幸なのです。家族や仲間が不幸になって、自分が幸せなどという人もいないからです。家族や自分たちの仲間が不幸なら自分も同じように不幸であるからです。

では、このブログを見ているだけの人たちの多くはずいぶん不幸なのではないですか。多くの不幸が自分や周りには現れているはずだからです。それはこの辺りだけではなく日本全体を見ていても分かるからです。

こういうことを知れば分かるのではないでしょうか。神理を実践するとしないとでは、そういう人たちの運命がどれだけ変わって(違って)いるかはです。

この神理を信じ行っている人は、これだけ不幸が多い中であってもちゃんと奇跡が起き、幸福の道を進んでいるのです。それに対し、神理をただ見ているだけで何も実践しない人たちなど、神理を知らない人たちと同様に不幸が起き、また神理を知らない人たち以上に不幸になっている人までいるということです。

それはそうでしょう。神理をただ見ているだけの人たちなど、自分さえよければそれでいいという最たる人たちであり、それプラス神理に逆らい神理を拡げるのをじゃまし続けている人たちまでいるのです。

この神理を実践している私たちにはこれだけの奇跡が起きて、幸福の道を進んでいるのです。そういう道があるのに、それを進もうともせず、あろうことかその神理を拡げるじゃままでしている。

そうであるなら、これだけ神の心に逆らう行いもありません。

何で奇跡が起きて、幸せになる教えをわざわざ無視して、その教えを拡げるじゃままでしているのでしょう。

それでは自分だけでなく、多くの人たちをも不幸にしていることと同じであるのです。

だから、普通の人以上に不幸になるのです。このブログをただ見ているだけの人たちなどはです。

それだけ神の心に逆らう行いもなく、それだけ神の怒りを買う行いもないからです。

また神だけではなく、そんなことをしているのなら、後々、そのことを知った多くの人たちも怒ることになるでしょう。

だって、奇跡が次々に現れている教えを、自分だけ知って人に知らせようとしないというのです。そうして、その奇跡が起きる教えを拡げるのを(協力しないばかりか)じゃままでしているというのです。

それでは多くの人々が幸せになるのをわざとじゃましているのと同じです。

では、神も人も怒るのではないでしょうか。そういう態度はあまりに人の道から外れているからです。

だから、このブログをただ見ているだけで無視している(または逆らっている)人たちの責任は本当に大きいのです。その人たちの行い次第で多くの人を幸せにも出来れば不幸にも出来るからです。

それだけ神理を知るということは大きな責任を与えられるのです。その神理を知った人、一人一人にです。(私は前からいっていますが、そういうことをです)

そういう人たちは、自分の運命はもちろんですが、人の運命まで支配しているからです。この神理を知ることによってです。

こういうことを知るなら、分かりませんか。このブログをただ見ているだけの人たちの罪は計り知れないということがです。

その罪がドンドン増えていっているのです。神理を見ているだけの人たちが頑なにこの神理を人々に知らせようとしないからです。自分が見ているだけでそれで満足し、その神理を拡げるのをじゃままでしている者たちまでいるからです。

だから、日本の運命もドンドン悪くなり、日本が滅びかけているのです。

世界を救える正法神理が唯一日本に出現しているにもかかわらず、日本の人々の多くが、その神理を拡げるのを拒否し、なくそうとまでしているからです。

では、それほど大きな罪もないからです。(だから世界で一番重い罪を日本は負っているということです。世界の人々を救える教えを日本の人々は世界に伝えようとしないのですから)

だから、日本の人々の運命が驚くほど悪くなっているのです。だから、日本にこれほどの災いが起きるのです。

日本の運命がドンドン悪くなる方向へ、このブログを見ている多くの人たちが日本を導いていっているからです。

だから、神理を無視している人たちの責任は計り知れないというのです。そういう人たちは、どれだけ多くの人たちの幸せを潰しているか知れないからです。

奇跡が起きる教えをやらない、拡げないということは、自分だけではなく、そうして日本の人々だけではなく、世界中の人々を不幸にしていることと同じであるのです。

そういう大変なことを、このブログを見ている多くの人たちいつまでたっても理解しないのです。ただ、自分たちはこのブログを見ているだけとしか思わないのです。

その、ただ、自分たちはこのブログを見ているだけということは実は大変な罪を負っているのにです。

しかし、その大変なことに気づかない限り多くの禍が日本に起きてくることは必然なのです。それだけ多くの(大きな)罪を、このブログをただ見ているだけの人たちはつくり続けているからです。

こうしている間にも、その罪は増え続け、多くの人たちが不幸になっています。(まだ九州辺りは雨も降り続いているらしいですし)

自分たちの運命がいかに悪くなっているのか、そうして自分たちの責任はいかに大きいのかをもう少し認識された方がいいでしょう。

このブログをただ見ているだけの人たちはです。

その人たちが心を変えない限り、そうして自分たちの大きな罪に気づかない限り、日本はもとより、世界中で起きている禍は止まらないからです。

このブログを(神理を)見ている責任の大きさに早く気づいてください。ただ、自分はこのブログを見ているだけでは済まないのです。そのような行いがどれだけ神の怒りを買い、多くの人々の不幸を招いているか知れないからです。

何度でもいいますが、神理を知ったことの責任の大きさに気づいて早く実践されませんか。

そうすれば自分の運命は(そうして世界の運命も)驚くほど変わってくるからです。

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7月 10 2020

神理を無視する愚かさ

昨日の東京の一日の新型コロナの感染者が過去最多だったそうですね。(二百二十四人)

雨がそれほどでもない時は今度はコロナの感染者が最多ですか。どう転んでも災いは止まらないようです。

皆さん方のその頑なさを反省するまではです。(苦笑)

今日はまた九州や四国、中国地方、そうして、こちら東海地方の岐阜県や静岡県などで激しい雨が降る予報が出ています。せめてこちらの人たちだけでも心を入れ替えたらどうでしょう。(岐阜の人たちなどいるでしょう。このブログを見ている人もです)

そうすればこちらの激しい雨は止められるからです。

しかし、神理を見ているにもかかわらず感謝もせず逆恨みして嫌がらせしているようでは、降る雨はよけい激しくなります。岐阜などこれ以上雨が降るなら、どれだけひどい被害が出るか知れないのです。

もう私のいうことを信じ頭を下げませんか。私が説くこの正法神理にです。そうすれば多くの人が救われるからです。

どちらにしても、もう神理に帰依するしかないのです。

そうは思いませんか。すでにこれだけ全国的にひどい雨になっているのです。そのひどい雨がまだこれからどれだけ続くか分からないと天気予報でいっているのです。

ゾッとしませんか。

それでは、全国各地にまだこれからどれだけひどい大雨被害が出るか分からないと、天気予報がいっているようなものだからです。

天気予報でそんなこといわれたらねぇ、さすがに恐ろしくはないですか。すでにすさまじい量の雨が九州をはじめとした各地域には降っているからです。

それで川の氾濫や冠水被害、土砂崩れ被害などが続出しているのです。この上まだその川の氾濫や冠水、土砂崩れがこれからも続くといわれて(まだこれからどれだけ雨が降るか分からないといわれているのですから)それがいつまで続くか分からないといわれては、それでは日本は(自分たちの生活は)一体どうなってしまうのかともうお先真っ暗にしかならないからです。

この大雨プラス先ほど書いたコロナ禍、そうして地震でしょう。最近は岐阜県など地震が多いですし(飛騨の辺りなどです…そのうちでかいのくるんじゃないですか。〔怖〕)それプラスこちらではコロッと逝く人や癌が多発しています。(…どこかの会社など相変らずアホみたいにお怒りです)

さすがにこのブログを見ている(度胸のいい)人たちでもです。

先に何の楽しみも見出せず、自殺したくなる人も出るのではないでしょうか。このような状況のままではです。

だからもう神理に帰依するしかないといっているのです。

さすがにこの状況では、もし本当の神の教えがあるなら(本当にあります)その本当の神の教えに頼りたくもなるのが人情であるからです。まともな人ならです。

異常に頑なな人たちならそれも分かりませんが(苦笑)しかし、その神理を知らない人たちがいま現在の日本で次々に滅ぼされています。(この異常な大雨やコロナ禍などでです)

また滅ぼされるまではいかなくてもです。例えば、大雨が降って川が氾濫し、家や働く場所などがグチャグチャになってしまった人たちなど、その後どうするのでしょう。

そうなっていない人たちは、命があるだけよかったなどと簡単にいいますが、しかし、そんな何もかもなくしてしまった人たちのその後の生活はどうなるか知れないのです。

家も働く場所もなくして、その人たちはその後どうやって暮らしていくのですか?命があるだけよかったといっている人たちが、そのような不幸に遭った人たちのその後の生活の面倒をみてくれるのでしょうか?

そんなことは絶対にしないでしょう。その命拾(いのちびろ)いした人たちは、その後の生活は自分たち次第ということになります。

自分一人ならまだしも、何人も家族がいて(小さい子もいるかもしれませんし)そこからまた一から生活を立て直していくなど大変な苦労なのです。

もしかしたらその川の氾濫から助かった人たちなど、その後の生活は、その時に死んだ方がよかったと思えるほどの苦しい生活が続くかもしれないのです。

だから、そんなに軽々しくいえるものではないのです。命があるだけよかったなどとです。川の氾濫などで(あるいは冠水や土砂崩れなどで)何もかもなくした人たちに対してはです。

そういう人たちは、その後の生活などどんな地獄が待っているか知れないからです。

そういう人がすでにあふれているということです。いま現在の日本にはです。このような大雨被害などどれだけ起きているか知れないからです。現在の日本にはです。

神理を知らない人があまりに多いからです。

そうして、その神理を知っていてもです。知っているだけで、神理を無視したり逆らったりしている人たちには同じように災いは現れ(逆らっている人たちなどさらにひどい)やはり滅ぼされていっているということです。(そういう人たちは自業自得なんですが)

そういう中で相変わらず奇跡が起き続けているのは、その神理を実践している者たちだけなのです。

昨日私は金山の辺りを回ってきましたが(辻説法をしにです)その帰りにナゴヤ球場の横を通るとすずめたちがバタバタ降りて来て、そのナゴヤ球場のすぐわきでそのすずめたちとしばらく戯れていました。

数十羽(鳩も合わせれば二~三十羽くらいいたんではないですか)は降りてきていたからです。私の足下近くにです。

そこでしばらくその鳥たちに声をかけ、そうして私が「じゃあ、またな」といこうとすると、私が歩いていく先、いく先にすずめたちが先回りして飛んで来て、騒いでいました。

私の周りなど、そのような愛ある現象が常に起き続けています。

ということは、私の周りには(正法神理を実践している者の周りには)常に愛のエネルギーがあふれ心が安らぐということになります。

ずいぶん違うのではないでしょうか。周りにいつ病気が現れるか、またはいつ天変地変が現れるかとヒヤヒヤしている人たちとはです。

その心と周りに起きてくる現象がです。

神理を実践している私のような愛があふれている心で祈るなら、奇跡も起きて来ますが(それは正しい心であるからです)いつ病気になるか知れない、いつ災害が起きるか知れないなどという心で常にいるなら、どんな祈りをしたところで、その祈りがきかれることはないでしょう。

そのような心は間違っているからです。

それでは周りに何が起きてくるか知れません。そんな心では決してよいことは起きて来ないのです。

そのような安らぎのない心で常にいるなら、その心の通りのことしか周りには現れて来ないからです。では、安らぎのない不幸な現象しか現れないということになります。そういう心の人にはです。

だからいっているのです。もう正法神理に帰依するしかないとです。

そのような間違った心のままではもうよいことは起きて来ないからです。だからよいことが起きて来ないのです。日本中にです。日本中のほとんどの人々がそのような間違った心の持ち主であるからです。

しかし、神理を活かした心になるなら奇跡と安らぎが現れてくるのです。それでもまだ無視を続けるのですか。この正法神理のです。

しかし、その結果が、これほどの現象を日本に現しているということです。多くの人たちの心が変わらぬばかりにです。

もはやこの状況では正法神理に依って心を変える以外、救われる道はないのです。これ以上、神理を無視するなら(今のような心のままなら)滅ぼされていくことは誰の目にも明らかであるからです。

それでもまだ神に手を合わせ神理に帰依することはしないのですか。傲慢な皆さん方はです。

まだ頑なに突っ張りますか。子供のごとくです。

しかし、今のままでは多くの人たちがドンドン不幸になり、その不幸が止まることはないのです。

いい加減、私のいうことを真剣にききませんか。この正法神理は多くの人々を救うことが出来るからです。

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