>>ブログトップへ

12月 01 2025

正しい人生と本当の幸せ

今日から12月です。いよいよ師走に入りました。(なんかあまり寒くないのでそんな感じ全然しませんが)

今年も今月で終わりです。最後に目覚めませんか。そうしてこれからの一ヶ月、これまでの自分の人生を反省し、来年からは神理に目覚め神理の実践と流布にまい進しませんか。

そうすれば奇跡が起きてくるからです。こんな災いばかりではなくです。

そんな災いに怒っているばかりでなく、前回も書きましたが、自分の欠点に目をそらすことなく勇気をもって(勇気もいりますからね。自分の欠点をしっかり見つめるのはです。その勇気がない人は全部自分の欠点をスルーしてしまいます)真正面から欠点を見つめ反省してみませんか。

そうすれば起きてくることは変わってくるからです。

それが正しい方法なのです。自分の人生を(よい方に)変えるです。そんなどこかのパワースポットとか、有名神社や寺にいって祈りなどしたところで、それでパワーをもらえたり、人生が変わったりすることはないのです。

そんな他力本願で変わるわけがないからです。自分の人生がです。

自分の人生は自分で変えていくしかないのです。しかし、その人生を変えるにしてもただ頭だけで考え変えていくのではなく、自分の欠点を修正し、そうして変えていくなら、これほどよい方に変わる人生もありません。

そのような欠点の修正もせずに変わろうとするから、なかなかよい方にいかないのです。もっと悪くなるか、あるいはよいことも悪いことも起きてきて人生とはこんなものと、なかばあきらめたような人生を送ることにもなるのです。

そこに「反省」がないからです。正しく反省出来るならよい方にもいけるからです。

しかし、それをしない。ただやり方を変えるだけ。これではよいことは起きてはきません。

自分の欠点を修正し、それを直すことが出来るなら、知らない間に人生はよい方へと変わっていきます。他力本願ではなくて自力で自分の悪いところを修正していきませんか。

そうすれば、本当にパワーがもらえ(天から)そうして人生もよくなっていくからです。それが正しく人生を変える方法であるからです。

そのような正しい方法をしないから救われないのです。そんな詐欺のパワースポットだの神社などいって喜んでいるだけだから、人生がよくなるどころか、逆に悪くなっていくのです。

だって詐欺に騙されている人など不幸でしょう。そういう場所がただの詐欺をされる場所であるなら、そういうところへいく人は詐欺に騙されにいくということになります。

そんな人が幸せになれると思いますか?

よく考えてみてください。ここはこういうご利益がありますとか、ああいうご利益がありますとかいわれてです。そこでお参りなどして、そのご利益通りのことが起きた人などはたしてどれくらいいるのでしょう。ゼロとはいいませんが、ずいぶん少ないのではないですか。

もし、そこの神社かお寺か知りませんが、そこにいって、そのご利益通りの人がボンボン出るなら、もはやすさまじい評判になるはずだからです。少し出るだけでもずいぶん評判になるからです。

例えば、ここの神社にお参りすると宝くじがよく当たるとか、開運成就でよくお金が入ってくるようになったとか(そういうご利益って、ずいぶん世俗的で宗教には当てはまらないような気がするんですがね。それでは金に対する執着が強くなって、逆に神の心からは離れていくように思うからです)そういうところでもです。

お参りにくる人の一割にもいかないでしょう。そんなご利益があった人などです。

せいぜいこれまででそんな人が何人かいるとか、何十人いるとか、その程度でしょう。そこにお参りにきた人など、それまでどれほどいるのかしれないのにです。そんな噂があるなら、さぞ多くの人がそこにはお参りにきているはずなのにです。

そんなたくさんの人がお参りにきているにもかかわらず(何年か、何十年か、あるいはもっとの間か知りませんが)わずか、数人か数十人、ご利益があった人が出たというだけで評判になるのです。テレビでも取り上げられるのです。

それでは詐欺といっても過言ではないのではないですか。あまりに少ないからです。そのご利益通りになる人がです。

ご利益がある人がそんなに少ないのに(あるいはそんなご利益など全然現れないところもあるのに)それでも胸を張って、ここにはそういうご利益がありますと、そこにいる坊さんや神主など堂々と主張しているのだから、えらいものです。

一体、神への信仰とはなんなんだと、ただのはったりと詐欺ということなのかと、中身をよく見ている私など思ってしまいますが、そういうところに喜んでいっているわけです。いま現在、神への信仰と称することをしている人たちはです。

しかし、それは信仰なのではなく、詐欺に遭っているということを自覚してください。だからそのようなところでお参りしてもなにもいいことがないのです。ほとんどの人たちがです。

詐欺に騙されていてはどんなご利益も現れてはこないからです。

そのような現実をいい加減知ることです。このブログを(神理を)見ている人たちはです。

その通りのことが起きているからです。なんのご利益もないのに、いつまでも、ここはこんなご利益がある、あそこはこんなご利益があると騙されている人たちがあまりに多いからです。

しかし、この正法神理はそんなご利益が確実に現れています。天罰もご利益であるからです。

そのようなご利益はもはやどれだけ現れているかしれないのです。

本当のご利益がある神の教えとはこのようなものをいうのです。いい加減目覚めませんか。そうして進歩しませんか。神のことに関してもです。

そうすれば、本当の神の教えが観えてきて、その価値も分かるようになるからです。本当の神の教えである、この正法神理がどれだけ偉大であるのかということもです。

それが分かるようになるなら、来年からは(早い人は今年から)様々なご利益が現れ、正しい人生に導かれてもいくのです。

神理にはそのようなご利益が本当にあるからです。

物が(お金が)たくさんあるのが幸せな人生ではなく、正しい正しくないがよく分かって、心が安らぎ周りにたくさんの奇跡が現われてくる、そういう人生こそ、本当の幸せな人生であるのです。

それが現れてくるのはこの正法神理だけです。いい加減目覚め、そのような(神の子の人間として)正しい人生を歩みませんか。

それこそ、この世に出てきた意味もあるからです。この世で神理に巡り合い、なにもしないではあまりにもったいないからです。

これほどご利益がある教えもありません。よく観てください。今あなたが読んでいるものをです。

その書かれていることを実践するなら、確実に奇跡が現れてくるからです。

0コメント

11月 30 2025

善い行いと悪い行い 神理の実践

クマだけでなく今度はイノシシが大暴れして3人の人がけがをしたらしいですね。

動物禍がどんどんひどくなるようですが、大丈夫なんでしょうか。いつまでも神理を無視していてです。

無視どころか、最近は神理のじゃまがひどいんですけどね。昨夜など祈りまでじゃましてきましたから。本当に恐ろしいことをし続けています。現代の人たちはです。

これまでもちょこちょこ祈りのじゃまをしてくるのがいたんですが、昨夜はそんなのが多かったようです。

私の祈りは夜の10時前後から始めます。そんな時間にゴホゴホ、ガハガハ、でかい声で咳をしていれば私だけでなく近所にも迷惑でしょう。そういう人たちになにが起きているのか知りませんが、そういうところを直した方がいいのではないですか。

そのような周りの迷惑など考えもしない、そんな自己中な性格をまずです。

そうすれば、そんな悪いことも起きてはこないはずであるからです。そのような悪いことは、私がどうこうではなく、そのような性格の悪い人に降りてくるからです。(そこが一番の基本ですから。そこはお間違いなく。〔苦笑〕)

そのような自分の性格は行いに出ます。私に嫌がらせをしてくる人は、そういう悪い性格なのです。少し気に食わないと、普段から人に嫌がらせをしている狭量で自己中なです。ご本人がそれに気づいているかどうかは知りませんが。

そういう性格の人にまず天罰は降りてきます。そういうところをまず直せとです。

天罰は天の導きなのです。それを私にせいにしているのではなく、自分の悪いところを勇気をもって反省してみることです。目をそらさずにです。そうすればその天罰はひどくはならないからです。

止まるとまではいえませんが。神理に感謝もせず嫌がらせをしているようではです。そのような行いを変えないことには、もはや一度出てしまった天罰は止まらないからです。

そこは仕方がないでしょう。神理など、そうそうきけるものではないのです。そんな稀有な教えをきかせてもらっているにもかかわらず、それに感謝もせず嫌がらせをしているのです。

それほど不遜な行いもないからです。

それをどれだけご本人が認めなくても、そういう有難い教えだから、その教えに対し悪いことをするなら、すぐに天罰が降りてくるのです。

他の悪いことをして、そんな天罰が降りてきますか。殺人や盗みや強盗などしたところで、その犯人にすぐに天罰など降りないのです。しかし、神理に悪いことをするとすぐに天罰が降りてくるのです。そういう人が多いのです。

それはなぜか? ということです。

それは何度でもいいますが、それだけ神理は有難い(有ることがむつかしい)価値ある教えであるということです。

だから、そんなあり得ないことも起きてくるということです。

そんな稀有な教えによいことをしようともせず、黙って見ているだけとか、あろうことか嫌がらせまでしてしまったとか、そんなことをしていればです。いいことが起きるわけもなく、その典型がどこかの会社であるということです。

もはや毎日ように天罰がくだり、それが当たり前のようになっているのです。(ほんと起きえないことが起きているんですが、誰もそれを理解しません)

だから逆に考えればです。それだけ毎日天罰がくだるなら、毎日のように奇跡も起きるようになると思いませんか。そんな稀有な教えを実践出来るならです。実際、私がそうだからです。なにか奇跡的なことが毎日起きてくるからです。

昨日でもそうです。歩いていると周りにたくさんスズメたちが寄ってきたり、あっちからこっちから鳥が飛んできてギャーギャー鳴いたり(ムクドリ、ヒヨドリ、カラスなどが)嫌がらせしてくる人たちにすぐに天罰が降りたり(昨日もまた出ていって帰ってくるとどこかの会社がおお怒りしていました。神理流布のじゃまなどせず感謝すればいいのにです)普通の人では起きないようなことが、次々に起きてくるのです。

だから、やるかやらないかだけなのです。よい実践をするならよいことが、そしてもっとよい実践をするなら、もっとよいことが、そうして悪い実践をするなら悪いことが、そしてもっと悪いことをするなら、もっと悪いことが起きてくるということです。

それがこの世界の法則であるからです。(善因善果、悪因悪果)

ただ、その法則がいまいちよく分からないのは、この世はその法則がすぐには現れてこないからです。(波動の荒い世界だから)しかし、あの世では、そのような法則はすぐに現れてきます。それだけあの世は波動の精妙な世界であるからです。

神理の周りはその波動が精妙になります。(つまり、神理の実践を行う人の周りには天上界が現れているということです)だからすぐに天罰も奇跡も現れてくるのです。

回りの波動が精妙になればなるだけ心で思ったことが起きてくるのは早いからです。あの世はそうだからです。

もちろん、神理を実践する人の中にも、その実践の程度があります。だからあまり実践が出来ていない人はあまり奇跡も現れず、神理の実践が進めば進むだけ、多くの奇跡が現れてくるということです。神理の実践の度合いにより、周りに現れてくる波動の精妙さは違ってくるからです。

天上界にも段階があるからです。(一番下の幽界から〔幽界の下が地獄界であり、幽界のもう一つ上の心の段階が霊界といわれる世界です〕一番上の如来界まで何段階もありますし、その幽界や霊界などと呼ばれる世界の中にもたくさんの段階の世界があるのです)

だから、その人の神理の実践のレベルにより、自分の周りに現れてくる天上界は違うということです。

だから、神理を知っているだけでは奇跡が現れないのです。神理は行わないと、神の力は現れてはこないからです。神理は(神の心は)実践してはじめて生命が宿るからです。

だから、ただ神理を見ているだけの人にはなんの奇跡も現れてはこないのです。逆に悪いことも起きてくるのです。いつまでも神理を見ているだけでは、それは悪であるからです。神理と巡り合いそれを行はないでは、それは善ではないからです。

だから、私に感謝の布施をしてくれている人はなにかいいことが起きているでしょう。そのような方々が、もっといいことが起きてくる方法は、もっと神理を実践すればいいということです。そうすればもっといいことも起きてくるからです。

しかし、そういう人でも神理の実践の方はあまり出来ずに悪い行いの方が多ければ、そういう人にも悪いことは起きてくるのです。

神理の実践とは、正しく良心に従うということだからです。それがどれだけ出来るかどうかで、周りに起きてくることは違ってくるのです。

善い行いをすれば善いことが、悪い行いをすれば悪いことが確実に現れてきます。

それが最もよく分かるのが神理の実践であるということです。

0コメント

11月 29 2025

国内外の難問 神を一とする

土曜日だというのに今日もお怒りなんでしょうか。なんか遠くで音が響いています。

もはや、どこかの怒りの軍団も大きな音で怒ることも出来なくなったようです。こうも天罰が次々に降りてきてはでかい音も立てられないのでしょう。

だからといって、それで天罰が止まるわけではありません。一刻も早く詫びを入れ神理に感謝することです。

こんな現象まで現わして自分たちの間違いを教えてくれる教えなど、この正法神理をおいて他にはないからです。

これほどの現象が現れているのです。いい加減神に頭を下げ、そんな正しいことを教えてくれている神理に感謝しませんか。そうすれば、そのような災いもどんどん減っていくからです。

何度でもいいますが、そうしない限り、その天罰は増えることはあっても減ることはないからです。

しかし、こちらの災いもなくなりませんね。昨日でもクマの出没が相次いだとか。昨日など青森でしたか、駅前のトイレでクマに遭遇して襲われた人がいたとか。こんな時期にです。

もう11月末になり、クマなど山に帰って冬眠の準備に入らないといけないはずなのに、この辺りなどまだ町中をクマがウロウロしているようですね。

もうこれが日常になってしまったとなげいていた人もいましたが、クマが町中をウロウロするのが日常になってしまったのなら、危なくて外も歩けないでしょうね。

考えてみてください。駅前にクマがいるんですよ。電車に乗って降りてきて駅を出たら、そこにクマがいる。

それが日常。

どうします。そんなことになったらです。危なくて電車にも乗れない。遠くえもいけない。本当に困るのですよ。そんなところに住んでいる人たちはです。

そうしてそれは、そこに住む人たちの問題だけではすまなくなるのです。だって、電車の駅にクマがいるのなら、電車でそちら方面にいく人も怖いではないですか。

そんなところにクマがしょっちゅう出没するなら、遠方からくる人もこられなくなるということです。そんなところにはです。

だから、恐ろしいことなのです。このクマ禍はです。なにも出来なくなるからです。クマがこうもあちこち出没するならです。

それで政府など、今回の補正予算でこのクマ対策に多くの予算をつけるようですが、果たしてそれで解決しますかね。このクマ禍がです。

しかし、高市政府になったとたん、あちこちにすぐに予算がつくようになりましたよね。そこも凄いですよね。とにかく高市総理はやることが早いからです。

その勢いで、ロシアウクライナの争いも止めてほしいものです。もはやこちらもいい加減にやめないと、この両国だけでなく世界も困るからです。

それでトランプ大統領がずいぶん汗をかいていられるようですが、それなのになんで高市総理は、そのトランプ大統領に協力されないのですか。逆のヨーロッパの方につくのでしょう。そこは間違っていませんか。

ヨーロッパは表向きはともかく、裏ではロシアウクライナの戦争継続派であるからです。だからまた、トランプ大統領の和平案に対し、とてもロシア側が納得しそうもない和平案を出してきて、それを主張している。

そちらの和平案をトランプ大統領が飲むなら(まずそれはありませんが)そんな和平案はロシアが納得するはずもなく、それならまだロシアウクライナ戦争は(ロ、ウの紛争はもはや戦争レベルですから。ほぼ一方的にウクライナがやられているです)続くことになるからです。

それがヨーロッパ側の狙いであるからです。

「力による現状変更は認められない」といくらいったところでです。どこかの中国はともかくロシアの場合は違いますよね。NATOの問題でウクライナを通して散々ロシアを挑発し、そうして、そのウクライナを使ってロシアを怒りに怒らせたのはヨーロッパの方ではありませんか。(その時はアメリカもいましたが。トランプ大統領以外の大統領の時のです)

それなのに、そこを一切無視して、すべてヨーロッパのいいなりでは日本を間違った方に導くだけです。

まあ、そういう指示をどこかからか受けているのかもしれませんが(多分そうでしょう)そこはほどほどにされてはどうでしょう。トランプ大統領につけないのであれば、せめてそれはヨーロッパの問題であると、中立的な立場を維持されたらどうなんでしょう。

ヨーロッパ側について、ロシアまで敵に回しては日本が勝てる道理がないからです。アジアには中国、北朝鮮もあるからです。(まともに敵国の。今も難癖つけられているし)

しかし、ロシアを敵に回さないのなら、そちらの国ともうまくやれる目も出てきます。

前も書きましたが、ヨーロッパの悪友たちとは手を切れないまでも、少しずつでも離れてはどうでしょう。そちらとあまりにくっつかれてはご自身ばかりでなく、日本まで危なくなるからです。

来年一月にイタリアのメローニ首相が来日されるそうですね。それはよかった。

そうであるなら高市総理はメローニ首相とよく話してみることです。建前でなく、腹を割って本音でよくです。そうすれば、ロシアウクライナのことはよく分かるはずであるからです。

メローニ首相はよく知っていられるはずであるからです。ウクライナのことも、そうしてロシアのこともです。

どちらにしても、せっかく国内の物価高対策や外国人問題などロケットスタートを決めていられるのです。そうであるなら国外の問題の方もよろしくお願いします。

総理が進む方向を間違えるなら、国内問題以上に国外の問題は日本を滅ぼすリスクが高いからです。

しかし、どのような問題も神に祈りながら行うのであれば、これほど確かなこともありません。

なにを置いても神なのです。神を一とするなら間違いはないのです。

早くそのことを理解してもらいたいものです。総理はもちろん日本の人たちにです。

そうしないといま現在の日本はあまりに危ないからです。国内問題にせよ、国外問題にせよです。

0コメント

11月 28 2025

数々降りてくる天罰と災いを祓うには

今日もお怒りのようです。どこかの怒りの軍団はです。

昨日もそんなところがありました。やたら怒っているところがです。しかし、いい加減、現実を理解することです。そんな恐ろしい現実をです。

だいたい怒りの軍団でもそうでしょう。最近はずいぶん引きながら怒っていますが(どんどん天罰の激しさが増しているのでしょう)もう止まるわけがないのです。その天罰がです。

それが現実ですよね。だってもう15年以上も降り続けているのです。その天罰はです。

それが突然止まりますか? 自然になくなっていくのでしょうか? もし、それが突然止まったり、自然になくなっていくのなら、そんなに続かないでしょう。

それに、そのような現象がなくなっていくのなら、それらしい現象も起きてこないといけない。つまり、そのような現象が起きてくる頻度がだんだん減ってこないといけない。

それがまったく逆なのです。減るどころか、どんどん増えているのです。この怒りの軍団に(どこかの会社に)降りてくる天罰はです。

そういう状況で止まるのですか? その現象(天罰)がです。

だから、そのような恐ろしい現実を自覚しないといけないといっているのです。もはやこの現象(天罰)が止まることはないからです。

止まるならもうとっくに止まっていないといけないはずだからです。しかし、実際は、そのような現象がもう15年以上にわたって続き、どんどん増えているからです。

それはこの会社だけではなく、この辺りの多くのところでです。

それで止まると思いますか。止まる気配どころか、どんどんどんどん増える一方であるのです。そこらじゅうでその天罰はです。

だからやたら怒っているところが多い。しかし、いい加減そういうところも気づくことです。

もうその現象は止まらないということにです。

それが現実だからです。止まるなら、もうとうの昔に止まっていないといけないはずだからです。

しかし、止まらない。少し時間を置いたらまた出てくる。それがもうその現象は止まらないというなによりの証拠であるのです。どこかの会社がよい例だからです。

それは神が起こされていることであるからです。

もし、私がそれをしているというのなら、そんな私にもう嫌がらせをしてこないところにまで天罰を降ろすことはないでしょう。

よけいな恨みなど買いたくはないからです。しかし、いつまでたってもおかまいなしに天罰が降りてくる。それこそ神がそれを行っている証拠なのです。

その人の心が変わるまで、その天罰は止まらないからです。

これでもまだ神理を無視しますか? 神理に(神の心に)従おうとはしないのですか?

では、その恐ろしい現象は止まらないでしょう。そのような心の人たちがいなくなるまでです。

こういうのを見ていると本当に現代の人たちは哀れなんですが、しかし、そんな天罰同様こちらの恐ろしい現象も止まりませんね。昨日もまたクマに襲われた人がいたからです。

もうあちこちで本当にひどいものです。今年は京都などでも凄いらしいですね。クマの出没がです。

それではおちおち京都観光も出来ませんが、あそこは寺や神社が多いんですから、そんなクマ禍を祓える坊さんくらいいないんでしょうか。

いないというなら、それもまた情けない話です。あんなところは、そんな生臭坊主や観光坊主しかいないというなによりの証拠であるからです。

徳の高い坊さんがいるのなら、そのくらいの災いは祓えて当然であるからです。

だって今年のクマの出没現象は明らかに災いですよね。そうではないでしょうか。急にこれだけ降りてきだしたんですよ。クマが人里にです。去年までの何倍も何十倍もです。

そればかりか、これまで向かってこなかったクマが人間ばかりか、車や列車にまで衝突してくる。(クマの衝突事故も今年は最多)明らかにおかしいのです。クマたちの態度がです。

それにそんなクマばかりでなく、サルなども急に人間に向かってくるようになったそうですね。それもまた今年から。

だから明らかにおかしいのです。動物たちの態度がです。これまでは山から下りてこなかった動物たちがたくさん人里に現れ(それも町中まで)そうして人間には向かわなかった動物たちが急には向かいだして、人間の物を(農作物など)食べだすなど、これは動物たちの本能というより、なにかの災いとしか思えないからです。

これは動物禍としかいえないからです。

そう思いませんか。このような今年から急に変わった動物たちの異常行動はです。災いとしか思えないのです。

だから、それが災いであるなら祓えるでしょう、と私はいっているのです。

その災いの分はです。ある程度、動物たちが人里に降りてくるのは仕方ないにしても、たくさん降りてきたり、人間を襲ったり、車に突っ込んできたり、そういう明らかにおかしな部分は動物の本能ではなく災いであるのだから、それは祓えるのではないですか。

神に祈るならです。

だから私はそれをいっているわけです。神理の祈りなら、そこは祓えますよとです。

よく考えてみてください。いま起きてきている恐ろしいことをです。(異常な大雨、猛暑などもそうですが)明らかに異常なのです。日本に起きている多くの現象の中に、その異常な現象がたくさんあるのです。

その異常な部分は災いといってもおかしくはないのです。というか、それが災いなのです。

それが災いであるのなら祓うことは出来ます。

しかし、本当の災いを祓うことは本当の神の教えにしか出来ないのです。

その本当の神の教えを(正法神理)いつまでも無視していてよいのですか? だからこれほど多くの災いも起きてくるということを知ってください。

0コメント

11月 27 2025

実在するあの世 大きな罪

また朝一でお怒りのようです。どこかの怒りの軍団はです。朝もはよからガシャーンとかしていたからです。

だから今もお怒りのようなんですがずいぶん引き気味ではありますね。(なにか遠くの方でガンガンやっています)そんなに怖いのならやめておけばいいのにです。

今日の中日新聞の中日春秋の欄に最近の首長たちの往生際(おうじょうぎわ)の悪さ(学歴詐称、不倫、セクハラ、それでも首長をやめようとしない)が書いてありますが、それにしてもこちらも往生際が悪い。

これだけ一方的にそちらに悪いことが起きているのです。それが教えているではないですか。自分たちが悪いということをです。それなのになんでいつまでもそれを私のせいにし続けて怒っているのでしょう。

怒りの軍団の往生際の悪さは、そんな(市民からひんしゅくを買っている)首長たちの比ではありませんね。もう15年以上も、そういう態度を取り続けているからです。

今日の中日春秋には「往生は仏教の言葉で極楽浄土(ごくらくじょうど)に生まれ変わること。往生際とはすなわち死に際である」と書いてあります。つまりそれは往生際があまりに悪ければ極楽浄土には生まれ変わることが出来ないということであり、そのような往生際が悪い人は死ねば地獄に堕ちるということです。

今の怒りの軍団など本当にその往生際にいるのです。それだけ神理流布のじゃまをしていては、もういつあちらに(あの世に)引き取られてもおかしくはないからです。だから、それだけ(もう毎日)天罰もくだっているからです。

この世はこの世だけでなく、あちらの世界もあるのです。それは死ぬ間際になれば分かります。多くの天使たちが(自分の守護、指導霊)あなたの周りに現れてくるからです。

それが観えるようになるのです。そのような世界(あの世)があるということを、もう近いうちに死ぬことになる(あの世にいくことになる)あなたに知らせておくためにです。

死んでいきなり、あの世の天使たちを観ても驚くだけであるからです。すると自分が死んだことも、自分が今いる状況もなかなか理解出来ないからです。

だから死ぬ数日前くらいから、その人の心の目を開かせあの世の天使たちやあの世のことを知らせるのです。

だから死ぬ間際になるとおかしなことをいいだす人が多いのです。

誰もいないところを指さして「あの人は誰だ」とか、周りをぐるりと見渡して「この周りにいる人たちは誰だ」とか、あるいは「昨夜は死んだ爺さん婆さんと話してきた」とか、そういうことをいいだす人がいるのです。

それは、その人が嘘をいっているわけでも、幻覚(げんかく)を観ているわけでもなく、実際にそういうことが起きているということです。

知らせているのです。もう死んでいくその人に、あの世の天使たちがあの世があるということをです。

まあ、そうなる前にコロリといかないことです。(苦笑)あまりに往生際が悪いと、そういう順序も持たずして、いきなりあの世に引きあげられるということにもなるからです。急死した人などそうだからです。

そういう人はいきなりあの世に帰るのです。焦るでしょうね。いきなりあの世の天使たちが観えるようになり、あの世の存在が分かるなら、そこでまた心筋梗塞を起こしそうなくらい驚くのでしょうが(苦笑)しかし、人間は必ず死にます。

この正法神理は、そんな死が必ずしも不幸ではないということも教えるのです。

この世の生と死は輪廻しているものであり、あの世は確実に存在し、この世を去るなら、今度はあの世で生活し、またこの世に生まれ変わってくる、ということは神が決められた節理(せつり)であり、神の子である人間は、そのような輪廻転生を永遠に繰り返しているのです。

だから人間は(霊は)永遠不滅であるのです。神が永遠不滅のようにです。その神の子である人間も永遠不滅であるのです。

しかし、もちろん往生際が悪い人はそんな永遠不滅も(輪廻転生も)不幸ですが。死んですぐ地獄に堕とされる人もいるからです。

そうしてその地獄でも自分の罪を浄化しきれなかった人たちは、その次にこの世に生まれてきても、まだその罪の浄化を自ら行わなくてはいけないものであるからです。

自分がつくった罪は自分自身で返すのが法則であるからです。その法則が変わることは永遠にないからです。

だから、最初から最後まで不幸な人生を送る人や、他国で爆撃や餓死など苦しんで死んでいく人たちなど、そういう人がいるからです。(皆が皆とはいいませんが。自分でやり方を間違えた人もいるからです)

前世の罪を消化しきれていない、それで今生は苦しい人生を送らないといけない、そのような人もです。

だから、どこかの怒りの軍団で天罰を食らって死んでいく人などです。それこそどれほど大きな罪をつくって死んでいっているかしれないのです。人に殺されるのではなく、神に殺されるなど、もはやすさまじい罪をつくらなければ、そんなことは起きないからです。

だから、それほど罪が大きいということです。すさまじいということです。神理流布をじゃまする罪はです。

その自覚があまりにないということが本当に哀れなんですが、そんな大きな罪を背負ってしまった人でもです。その罪を自覚し、心からその大きな罪を反省し、神理に帰依するなら、そのすさまじいまでの罪も消えていきます。

神理に感謝し、帰依されませんか。そうしないと、もはやすさまじいまでの罪を負っていることになるからです。

神理の無視をし続けている人たちはです。(これまで日本に起きていることを分かっていますよね。すさまじいまでの天変地変に最近はクマの問題まで出てきた。こんなことはどこの国にも起きていません。なんで日本にだけこんな異常なことが次々に起きるのですか?)

ここに書いていることが嘘でも脅しでもないということは、私に起きてくる奇跡で証明されています。

素直にききませんか。この正法神理をです。そうすれば多くの人が幸せになるからです。

それは、生きている時だけでなく死んだあとまでです。

0コメント

« Prev - Next »


あなたは人目の訪問者です。