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9月 10 2017

心を見直す

今日の中日新聞の一面など、陸上男子百メートルの日本人選手が十秒の壁を破る(九秒九八)という記事がデカデカと載っています。(これでもかというくらいの大きな記事です。〔笑〕)

しかし、私は前からいっています。

このくらいのトップの選手は、その十秒の壁とやらを破るのは後わずか0.0何秒のことなのです。

そのくらいのタイムを縮めることは神の力を借りれば(心を変えれば)簡単に出来ますよ、とです。

このようなスポーツ選手などいまだ体を鍛えることばかりに集中し、心を鍛えようとしません。

それが大きな誤りなのです。

体を鍛えたのなら、それと同じくらい心も鍛えないといけないのです。そうすれば心と体のバランスも取れ、最高のパフォーマンスも出来るのに、その心を鍛えることはあまりしないで、体を鍛える方ばかりに比重を置いています。

だから心と体がアンバランスになり、自分の能力もあまり出せないでいるのです。

だって実際にそうでしょう。今回九秒台を出したこの選手、今回のレースなど足のけがなどもあってコンディションは万全には程遠く、このレースに出るかどうかも迷っていたそうではないですか。

それくらいの最悪のコンディションであったにもかかわらず、強行出場したら、こんな好タイムが出てしまったというのです。(では、体のケアってなに、ということになります。〔苦笑〕)

これまでは体のコンディションが万全の時が何度もあったのに、そういう時には十秒が切れず、万全でない時に限って、こういう好タイムが出てしまったというのですから皮肉なものです。

では、何が違っていたのか?ということになります。

体の調子が悪いにもかかわらず、その体の調子を凌駕(りょうが)する大きな(よい)原因があったから、この選手はそのようなよい成績を上げたのです。

では、体の調子以上によい成績を上げることが出来た、その原因はどこにあったのか、ということになりますが、どこだと思いますか?

このブログを読んでいる人たちならみな分かるでしょう。

それが心であるということです。

心に原因があったのです。その心がよかったがため、この選手はこのような好タイムを出すことが出来たのです。

体の調子がよくないのに何で心がよくなるのか?体のコンディションが悪ければ、心も落ち込むだろう、と普通は考えるのですが、この選手は落ち込まなかったのではないでしょうか。

私の推測ではありますが、この選手はダメ元でこのレースに挑んだのではないでしょうか。

ダメ元などというと何かやけくそのような感じですがそうではなく、ダメで元々と考えるなら、そのレースに余裕も出来ます。(ダメで普通なんですから。よければラッキーなのですから)

そういう余裕ある心で、そのレースに挑んだ、そうしたら、そのような好結果が現われた、これが真相なのではないでしょうか。

これまでこの選手が行ってきたレースは、どれも心が一杯一杯だったのではないでしょうか。

この選手はすでに高校の時に、この百メートルで好タイムを出し(日本歴代二位かなんかのタイムを出したんですよね)それがプレッシャーとなり、これまでは、どのレースも心を一杯一杯にして走っていたのではないでしょうか。

そういう心ではよいタイムも出ないのです。目一杯の心では体も堅くなり、自分の力も十分出すことが出来ないからです。

何でもそうですが(体も心も同じですが)腹八分目くらいが一番いいのであって、そういう少々余裕がある心の時が一番自分の力を出せるのです。

しかし、この選手は、その高校の時に出したタイムが足かせとなり、それからのレースは、そのような余裕のある心になったことがなかったのではないでしょうか。

いつもプレッシャーで一杯の心で走っていたのではないでしょうか。

それが今回は足のけがなどあってコンディションは最悪、その体の調子が悪いことが幸いし、心に余裕を持てた、その結果が、これほどのタイムに出たというわけです。

と、そのように私は考えられるのですが、このブログを読んでいる人たちはどう思われるでしょうか。

体の調子が悪いのであれば、後は心の問題としか考えられないのですが、他にどういう理由があるのでしょう。(その会場での好条件〔追い風1・8メートル〕とかもあるのでしょうが、そういう好条件はこれまでもあったでしょうし)

こういう点から考えましても、心のあり方がいかに大事であるかということが分かります。(ということはこの選手、体が万全になり心が整うなら〔心に余裕が出来るなら〕もっとよい成績が出せるということになります)

心をもっと整えれば、スポーツ選手はもっともっと成績が上がるのです。それを体を鍛える方にばかりいっているから故障などするのです。(あまりに体を鍛えすぎてです。やり方が偏っているのです)

法はそれ(心を整える)プラス祈り(神の力)まではいっています。

ここまですれば、当然神がかった成績は出るのです。(そういう成績を出した選手が現にいますし)

もう少し、心の面を見直してみませんか。

そうすれば、もっともっと成績は上がるからです。

追伸…昨日から前のマンションなどでもやたら怒っている人がいますが、また出ましたか?恐ろしい病がです。

しかし、私はこのブログをただで見ている人や私に嫌がらせをしている人などには、そのような恐ろしい現象が現れますと何度も断っているのです。

それを無視していて、恐ろしい現象が現れたからと私に怒るのもお門違いでしょう。

そういう現象が現れてほしくなければ、反省して私のいうことをきけばいいのです。そうすれば、そのような現象は現れなくなるからです。(恐ろしい現象どころか、私のいうことをきいて〔法を実践して〕奇跡が現われている人たちなどたくさんいるのですから)

結局、癌など前からこの辺りにはたくさん出ていたのでしょう。だから、あちこちの人が私に対し烈火のごとく怒っていたのです。

その癌をすべて私のせいにしていたからです。

しかし、よく考えてみれば、この辺りの多くの人が私のブログを読んでいながら、それには少しも感謝せず、嫌がらせをし続けていた。

そんな悪いことを続けていれば当然自分たちに罰は当たるのです。

そういう自分たちの行いをまったく考えようともせず、そのような人たちは、ただ悪いことを全部私のせいにしていた。

だから私に対して怒っている人がたくさんいたのです。そのような人たちはみな自分が悪いことをしているという自覚がなく、悪いことが起きているのはすべて私のせいと思い込んでいたからです。

しかし、そういう自覚があろうとなかろうと、悪いことをしているのは自分たちの方なのです。

では、自分たちが全部悪いのであって、そのような悪い行いをいつまでも直そうとしないから、引くほどの現象まで現れてきた。

だから最近は、怒っている人と引いている人が半々くらいになったのです。

起きている現象が激しさを増しているからです。

罰が当たっているのに、その罰が当たっている態度を直そうとしなければ、その罰はもっとひどくなります。

罰とは自分たちがしている間違った行いに対しての気づきの現象であるからです。

この辺りの人たちもいい加減(自分が悪いと自覚され)心を見直されませんか?

そうしない限り、その災いは止まらないからです。

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9月 09 2017

法に従う

今日は少年、少女合唱団は休みのようですね。

この連中、今週も凄かったです。(でかい音を立てたり、窓を開けたり閉めたりと、何か大騒ぎでした。今週だけでも数十人は出ていそうです)いい加減、自分たちが悪いと気づかないんでしょうか。

これだけ天罰を食らっていてです。(それは少年、少女合唱団だけではありませんが)

本当に哀れなものです。自分が癌になり苦しんで死なないと分からないというのですから。

法に逆らうなら(その逆らい方がひどければひどいほど)悪いことが起きてきます。

だから法には逆らってはいけないのです。それなのにどれだけいっても従おうとしない人たちばかりです。

これでは悪いことは起きるのです。(法に従えば従うだけ奇跡が起きているというのに、一体いつになったらそれが分かるのでしょう)

その悪いことが起きているといえばです。昨日は秋田で震度5の地震が起きたようですね。

昨日は、気持ちのよい秋空が広がったところが多かったようですが(ゲリラ豪雨などなかったようですが)天気がよければよいでこれです。

悪いことが起きっぱなしなのはどこも同じなようです。

今日も天気はいいのですが、今度は北朝鮮のミサイルでも飛んでこないかと心配になります。(ずいぶん今日は危ないといわれていますから。〔九月九日は北朝鮮の建国記念日ですから〕)

とにかく法に従わない人が多ければ悪いことばかりが起されるのです。(天災、人災、問わずです)

だから早く(このブログを見ている人たちなど)反省してもらいたいものですが、そういう点でいえば子供は気づいたら早いですね。

一部ですが、すでに反省しつつある子供たちも出てきたようだからです。

この辺りは、昨日書いたブログを読んだ子供も多かったんでしょう。

昨日は、ずいぶんよそよそしい小学生はいる、人の顔を見て集団で逃げていく小学生はいる、頭を下げていく中学生はいる、最後は小学生の子供二人が自転車に乗ってきたんですが、その小学生が二人とも私に向かい「こんにちわ」と挨拶をしていくではありませんか。(こういうことはこれまで皆無でした)

その二人の小学生が挨拶してきた時「ガンガンガンガン」とかやっていたおっさんがいて、そのおっさんに向かって「なんだなんだ、人のブログを読んで心が救われているくせに感謝もしないで嫌がらせしてるのか」とか、いっていた時でしたので、ちょうどいいと思い「おっちゃん、子供の方が早く反省しているぜ。それなのに大人がそんなことしていてどうするんだ」といってやりました。

すると一変にそのおっさんは静かになりました。さすがにばつが悪かったのでしょう。(苦笑)

大人が子供の手本にならなければいけないのに、逆だというのですから情けない話です。

そういう子供らがいるかと思えば、やはりその子供らも私のブログを読んでいたのでしょう。私が歩いているとわざとちょっかいをかけてきて、私が「お前ら俺のブログを読んでいたんだってな」と声をかけると、ニヤニヤ笑い出して「人のブログを読んで神のことや心のことを教えてもらっていながら嫌がらせするのか」というと、笑いながら逃げていくのです。

同じ子供で(挨拶してきた子供も、そのような嫌がらせをしてきた子供も小学校の三~四年生くらいでした)同じブログを読んでいても態度がずいぶん違います。

しかし、残念ですね。挨拶してきた小学生たちはともかく自分たちが悪いと分かったのに、それでもそれを認めようとせず、嫌がらせを仕掛けてくるような小学生など確実に癌になります。

悪いことはいいません。昨日そんなことをした小学生は今日のこのブログも読んでいるはずです。では、すぐにでも詫びを入れた方がいいでしょう。(メールでも何でもいいですから)

そうしないと手遅れになるからです。(そのようなあからさまに神の心に逆らうような行いをすれば必ず癌が現れるからです。それだけ不遜な行為もないからです)

大人は自己責任ですが(大人は癌になっても自業自得であるということです。私は、再三、このブログをただで読んでいる人は癌になるといっているのですから。それを無視するもしないも自由ですが、そのかわり癌になっても自分の判断が悪かったとご了承ください)しかし、子供はそれではかわいそうでしょう。

だから子供(中学生以下)はこのブログをただで見ていてもかまいませんが、しかし、見るなら見るで、ここに書かれたことに素直に従うことです。

そうするのであれば、別に悪いことなど起きないからです。(むしろよい事が起こります。法を実践するなら奇跡が起きるからです)

それを、こんなわけがあるかとか、こいつの書いてることは違っているとか、私の顔を見ると嫌がらせするとか、そういうことをしているから悪いことが起きるのです。

法に逆らうなら、その反動は必ず現われるからです。それは大人も子供も関係ないからです。

だからこのブログを読むなら読むでかまわないんですが(それはむしろよいことです。小さい時から法を知ることになるからです)しかし、心のあり方だけは間違ってはならないということです。(しっかり感謝しなければいけないところは感謝しないといけないということです)

その心のあり方を間違えたばかりに、このブログを読んでいて(または私の悪口などいっていて)そのような(悪い)病気になってしまった人はたくさんいるからです。(それは大人だけではなく子供も同じでしょう。だから子供も怒っているんでしょう。癌になった子もいるからです)

それだけ本当の神の教えとは大きな影響を与えるということです。様々な面にです。

だからこの教えに(法に)従わないといけないといっているのです。そうすれば奇跡が起きるからです。(そういう実績はすでにたくさんあります)

しかし、その法に逆らう人があまりに多いから、これだけの悪いことが日本中に起きているのです。

そのような子供たちが大人になった時に「自分たちの親が今の自分たちの年くらいの時に、多くの人が法に逆らったばかりに、今の日本はこれだけグチャグチャになっているのだ」といわれないようにしたいものです。(このままだとそうなりかねませんから。天変地変は激しくなり、ミサイルまで飛んできかねない状況ですから)

高橋先生は「これからは子供が大人を指導する世の中になる」といわれていました。(キリストも「後の者が先になり、先の者が後になる」といわれていました。同じ意味です)

これから法に従う子供がたくさん出てきます。(前から私はいっていますが、後から生まれてきている人たちの方が、先に生まれている人たちよりも心が高い人が多いからです。〔日本にはこれから菩薩界が出来る〕だから法がよく理解できる子供が多いのです)

しかし、現在いる大人たちがしっかりしなければ、その(心の高い)子供たちの活躍の場がなくなるのです。(先ほども書きましたが、あまりに法に逆らうなら日本がグチャグチャにされるからです)

大人が手本にならなければいけないのに、何で子供が先に反省しているのですか?

大人たちはもう少し恥を知ってください。

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9月 08 2017

法の偉大さ

昨日は福岡や高知、大阪などで激しい雨が降ったそうですね。

福岡など九州北部豪雨があった朝倉でも激しい雨となり川が氾濫しかけたとか。ずいぶん地元の人たちは不安であったでしょう。

そういう状況を見ても何とも思わないのでしょうか。このブログを読んでいる人たちはです。本当に冷たい人たちです。(ほんとそうです。全部このブログを読んでいる人たちのせいでそうなっているのにです)

今年の日本近海では黒潮まで蛇行して(もう数週間、この状態が続けば大蛇行となって十数年ぶりのことだそうですね)シラスなどもあまり取れないそうではないですか。

天を怒らせている人たちが多いと本当によいことが起きません。

マァ、布施をしてくれないならくれないで結構ですが、そうすると天を怒らせたままということになります。

それではよいことが起きて来ませんが、それでもよろしいのですか?

それもあまり関係なさそうな人たちばかりのようですが、死んでも(癌になっても)布施するのは嫌だという人はともかく、そこまでは思っていないという人は、した方がいいと思います。

このブログを読んでいる、そのような不遜な人たちが凄い勢いで癌になっているのだけは確かであるからです。(別に脅しているわけではありません。事実を書いているだけです。そうですよね。この近所の皆さん。昨日も凄かったですから。〔夕方、帰って来ると窓を開け放ってお怒りでしたから。少年、少女合唱団の人たちがです・苦笑〕周り〔この近所〕の人たちもずいぶん出ているようです。だって医療関係の人たちまで顔を引きつらせているくらいですから。どこの病院とはいいませんが)

マァ最近はテレビで、政治家や芸能人が子供でも分かるような嘘ばかりついています。(苦笑)

だから私も嘘をついているとは思わない方がいいでしょう。嘘をつく者に奇跡など現れないからです。(だから、あのような人たちに奇跡など現れないでしょう。嘘をついて間違ったことをしているからです)

しかし、政治家などがテレビでいけしゃあしゃあと嘘などついていると、子供の教育に悪いですよね。

だから最近は子供でも平気で嘘をつく者が増えたのでしょうか?

子供と接する機会が多い私は(ほんと、嫌がらせをしにわざわざ私の近くに寄って来ますから)最近の子供の嘘つきぶりにはつくづく呆れます。(私のことを知らないなどと平気でいっていますから。知らないおっさんによく近づいてきて嫌がらせをしていくものです)

しかし、そのような嘘つき子供も、ここ数日は嘘をつくことが出来ないようです。それどころか、顔を青くして逃げ出す子供までいるようです。

なぜ、そういう子供が増えたのか?

それは、そういう子供らがすべて、私のブログを読んでいると分かったからです。

ここ数日はそれが分かったものですから、小学生が近づいてくるとこちらから声をかけます。

「お前ら俺のブログを散々読んでいるらしいな。それで心が救われているくせに嫌がらせをしているのか」とです。

するとだいたいの小学生は顔を引きつらせます。(中にはウンと返事をする小学生までいます。正直です。〔笑〕)

「何だお前ら、俺のブログを読んで親や学校の先生にも教えてもらえなかった神のことや心のことを散々教えてもらっていながら、感謝もせんで嫌がらせしていたのか。それは正しいことなのか?どう考えても間違っているだろう。お前らそんな間違ったことを平気でやっているくせに、自分たちが病気をしたり、あのサイレンを全部、俺のせいにして怒って嫌がらせをしていたのか?お前らよくそんなことを平気でしていたな。そういう悪いことが起きたのは自分たちのせいとは少しも思わなかったのか」

と、畳み掛けると、もうほとんどの小学生は身体が固まってしまうか、後は逃げ出すかのどちらかです。

逃げ出す小学生はほっとくのですが、身体が固まった小学生には懇々(こんこん)と自分たちのこれまでしていたことの間違いと、私の正しさを説きます。

すると、まず分かりますね。自分たちがしていた間違いがです。ほとんどの小学生が、自分が間違っていたと反省するわけです。(中には頭を下げる小学生もいますし「ありがとうございました」といって帰って行く小学生もいますから)

実際、どこまでそういう小学生たちが理解して反省しているのかは分かりませんが、反省してもらわないと困るのです。そのままの心でいては、その小学生たちは必ず不幸になるからです。(法を説いている人をずっと恨んでいてはです)

ということで、こちらはこれから少しずつ(小学生からでもいいですので)反撃ののろしをあげていこうと思っています。

私を支持する人が増えてくれば、布施も集まるだろうし、この法も正しく拡がっていくであろうと思うからです。

少しではありますが、反転する兆しが見えてきました。(事実が分かりましたので。そうして私のブログを読んでいる人が予想以上に多いということも分かりましたので。ということは、法に縁のある人たちがたくさんいるということになります。では、話もしやすいでしょう。法に縁があるということは私に縁があるということにもなりますので)

法を知ったのに、いつまでもモタモタしていてはいいことが起きてきません。(実際、起きていません)

しかし、法の正しさを知り、実践する人が増えてくれば、そこかしこで奇跡が起きてくるのです。

私はその法を伝えるだけで、後は神が奇跡を現してくれます。

早くこの法の偉大さを多くの人に理解してもらいたいものです。そうすれば、この法から離れることなど出来なくなるからです。

そうなれば非協力的な態度など誰も取れなくなるからです。

追伸…民進党は新体制になったとたん、また大揉めですね。

こちら(有権者)からすると「またやってるよ」といった感じですが(苦笑)これでは人心は離れる一方ですね。

もう民進党には運がないように思えますが(これでまた離党する議員も出てくるでしょうし)いつまでやるのかといった感じですね。

その運がないといえばです。

稀勢の里も運がありません。横綱になったとたんこれですから。

秋場所も休場するそうですね。これで三場所連続の休場ですか。

何度もいいますが、夏場所(五月)にしっかり休んでいれば、これだけ長引きましたかね。(もっというなら三月の春場所の最後の二番は取らない方がよかったのです。前と同じことを書いていますが。〔苦笑〕)

あの時、私のいうことを素直にきいてしっかり休んで布施でもしていれば(そうすれば私も稀勢の里の腕を祈りましたし)神も運も味方して、今頃、元気に横綱相撲が取れていたのに、それを思うとあまりの違いに愕然としてしまいます。

誰であろうと法を無視していてはいいことは起きてこないのです。

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9月 07 2017

布施の大事さ

朝から凄まじい怒りようです。(少年、少女合唱団です)

今日も朝一で電話がかかってきたようですが、それから次から次に電話がかかってきています。もしかして凄まじい現象が現れ始めたのかもしれません。(今日中に滅ぼされませんように)

悪いことをすべてこちらのせいにして怒りまくっています。本当に子供のようですね。(だから最近は少年、少女合唱団と、どこかの会社のことを書いているのです)

そうして、そのような行いをすることでこちらがどれだけ困ろうが、それはまったく関係ないのです。(私だけでなく周りじゅう迷惑でしょうが)

マァ、はっきりいうならこの連中は子供以下といっても間違いではないでしょう。相手のことなど(周りのことなど)まるで考えていないからです。

今日は日本海側など、激しい雷雨となるところがあるそうですが(すでに九州〔福岡、大分〕など激しい雨が降っているようですが)このようなことが次々に起きているのも、なぜだかこのブログを読んでいる人たちならお分かりでしょう。

それだけ天が怒っているということです。

ウナッシーさん、このブログを見ている人たちはどうあっても(自分たちに何が起ころうが、日本に何が起ころうが)神に協力する気はないようです。

参りましたね。これだけ法に協力する気がない人たちばかりがこのブログを読んでいてはです。(もう天を怒らせるばかりです)

癌がどれだけ現れても、天変地変がどれだけ現れても、そうしてミサイルまで飛ばされても、それでも頑として神を思わないというのですから、これではどうにもなりません。

天もお手上げでしょうね。

これではもうやりようがないからです。死んでも(癌になっても)布施など出来るかという人たちから布施をもらうことなど出来ないからです。

しかし、凄まじいまでの自分本位さです。これでは天も頭が痛いでしょう。

こういう人たちも含めてです。いま現在日本に出てきている人たちは、皆この法を世界に拡めてきますといさんで出てきた人たちばかりであるからです。(そうでなければ日本に生まれて、このブログを読む縁などもてないのです。この世で法に巡り合うだけでも、これまでの〔過去世からの〕法との深い縁があるからです)

それがこの世に出てきてしまうと、死んでも法の流布などに協力できるかです。

本当に笑うしかありません。(苦笑)

これだからこの世の修行は難しいのですが、そういう泣き言をいっていても仕方ありません。

無駄とは思いつつも布施の大事さを書くだけ書きましょう。そのうちに心を入れかえる(自分の本当の使命に気づく)人も出てくると思うからです。

本当に布施が出来ないのであれば(それほど生活が苦しいのであれば)それはしなくていいです。やはり自分の生活が第一であるからです。(この世の生活が出来なくなってしまっては、法の流布も何もありませんから)

しかし、例えば毎月布施してくださるウナッシーさんでも、決して楽な生活をしていられるとは思えないのです。

ご自身で、ご家族も養わなければいけないでしょうし(子供さんとご両親もご健在のようですし)自分でやりたいこともあるでしょう。

しかし、ウナッシーさんは、その自分のしたいことを少しずつ我慢され、そうして、その我慢されたお金を、毎月、毎月、私に布施されているのです。

我慢するというより自分がしたいことに金を使うより、私に布施した方がよいと(法の流布に協力した方がよいと)そういう思いからそのお金を布施されているのです。

そのような心を当然天は知っています。だからウナッシーさんには次々に奇跡が起きているのです。

そのような心と行いが何より尊いからです。そのようなよい行いは当然自分自身に返ってくるからです。

布施とはそういう尊い行いなのであり、だからやった方がいいですよと、また、やらなければいけませんよと、私は(くどいくらい)いっているのです。

別に布施はやった方がいいから、やらなければいけないと私はいっているわけではありません。

なぜ布施をしなければいけないのか、これもまたちゃんとした理由があるからです。

例えば、良い話をきかせてもらっている人などに何のお返しもしないということは、それを別の例に例えるなら、おいしいものを自分が食べるだけ食べて、一切、大小便を出さないということと同じなのです。

どれだけおいしくて体にいいものでも、それを食べるだけ食べて、一切出さなかったらどうなるでしょう。

食べている最初のうちはいいのですが、そのうちに腹が満杯になり、苦しくなって体を壊してしまいます。

よい話をきくだけきき、一切、布施しようとしない人はこれと同じことをしているのです。

だから私は「布施をしないといけない」といっているのです。そのままではそのような人たちは、最後には体を壊してしまうからです。(最後には罰が当たるということです)

当然しなければいけない順序を(よいことをしてもらったことに対する報恩の行為)そのような人たちはしていないからです。(だから私は何度もいっているのです。このブログをただで見ている人たちは最後には不幸になりますよとです。すでにそういう不幸は起きているでしょう。天気などが悪くなってです)

布施は自分が出来る範囲でやってもらえればいいのです。

法を伝えてもらい、その伝えてもらった人たちが、法を伝えてくれた人に布施する行為は当たり前のことなのです。(それはもう数百年も数千年も、もっと前の人たちからしている当たり前の行為です。釈尊やキリストから名もない坊さんにいたるまで、よい話をきかせてもらった人たちには、その当時の人たちは必ず布施していたからです。それを考えるなら、このブログを見ている人たちの態度は前代未聞の異常な態度なのです)

しかし、それを頑なに拒むのであれば、そのような人たちは最後には不幸になるのです。

もう何年も前からこのブログを読んでいる人たちは布施してください。

それは私のためではなく、自分自身のためであるからです。

(実際にそれを頑なに拒否し、逆の行い〔法の流布のじゃま〕ばかりしている人たちがこの辺りにはたくさんいます。その人たちの悲惨さは本当に目も当てられません。〔今日の少年、少女合唱団など朝から凄まじい電話の数です。これは本当にレベルが違ってきましたね〕このようになってはいけないと、天はこのような人たちを通して多くの人たちに教えているのです。そのようなことも理解しないといけないのです)

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9月 06 2017

世界平和への道筋

昨日は東京の空港や鉄道が大混乱したそうですね。

空港は羽田にJAL(日本航空)の航空機がエンジントラブルで引き返して緊急着陸。鉄道の方は首都圏のJRが停電のため止まってしまい、大混乱を起こしたとのこと。

東京の人たちがさっさと布施しないからじゃないですか。(天罰ですね。天罰。〔苦笑〕)

何年も前からこのブログを読んでいる人はさっさと布施してもらえませんか。これ以上、悪いことが起きてもかなわないからです。

実際に北朝鮮などやる気満々なんでしょう。

アメリカに対し「プレゼントを贈る」と挑発し、弾道ミサイルも移動させているとのこと。ということは、また近いうちに確実に弾道ミサイルを撃つということですよね。

しかし、大丈夫なんでしょうか。北朝鮮はです。いくらアメリカは絶対に北朝鮮を攻撃できないと高をくくっているとはいえ、アメリカの選択肢には武力攻撃も入っているといいます。(しかもその武力攻撃も十種類くらいのパターンがあるんでしょう)

アメリカが韓国を使い北朝鮮の内情を調べに調べ、金正恩氏さえ潰せば北朝鮮は反撃してこないと確信できたらやるんではないですか。

どれだけの軍事力を持っていようと、それを使うのは人間ですから。その人間のやる気がなくなれば、その軍事力は使われることはないのですから。(だって裸の王様なんでしょう。正恩氏は。では、正恩氏さえ潰せば北朝鮮は反撃してこないと分かったらアメリカはやりますよね。ピンポイント爆撃くらいです)

マァ、北朝鮮の内情までは分からないので、よく分かりませんが、北朝鮮のことはともかくです。

日本の人々がいつまでも無神論のままでいればいいことは起きてきません。(昨日は屋久島で五十年に一度の大雨が降ったそうですが)とりあえず、このブログを読んでいる人たちだけでも反省してもらえませんか。(無神論をです。そうして早く神に協力してもらえませんか。神は存在するからです)

そうすれば、このような最悪の状況も少しずつでもよい方に向かっていくからです。

悟りや正しい祈り、正しい信仰や人の永遠の生命、あの世の存在、縁生、過去世などなど、自分たちがまったく理解していなかったことを(信じていなかったことを)多くの人がこのブログを読み、様々な現象が現れたお陰で理解できたのです。

そういう話をするだけでもダメだし、現象が現れるだけでもダメ、両方が同時に現われたから、そのような(筋金入りの)唯物無神論の人たちでも、唯心有神論を信じることが出来たのです。

つまり、このブログと私がいなかったら、日本の人々はいまだ無神論の人たちばかりで、今頃はとっくに滅ぼされていたということになります。(本当ですよ。あの東日本大震災をきっかけとしてです。あの後、立て続けに天変地変が起きましたから。もし、あの東日本大震災の後、私がいて多くの人の心を変えなかったら、あのあと起きた天変地変は〔神の怒りは〕さらに激しいものとなり、今頃は日本はグチャグチャにされて滅びていたでしょう)

何か、私が災いばかりを起こしているとこの辺りの人たちは誤解していまるようですが、とんでもありません。

もし私がいなかったら(そうしてこの辺りの〔東海三県の〕多くの人が心を変えなかったら)南海トラフ大地震はとっくに起されていたのです。

それが、この辺りの(東海三県の)人たちの心が大きく変ったがため起きていないのです。(だから南海トラフは起きないということではありません。この辺りの人々の心次第ということです)

別にそれは嘘でも何でもありません。嘘をつく者に奇跡など起きないからです。私は嘘をついていないから、ずっと奇跡が起き続けているのです。

このブログを見ている人々は、ただ、そのような事実を知らない(信じない)だけなのです。(本当に命の恩人にひどい仕打ちをしています。このブログを見ている多くの人たちはです)

だから適当なことばかり書いているとは思わない方がいいでしょう。そういう人にはすぐ罰が当たるからです。

そういう人たちがこの近所にはたくさんいるからです。

とにかくです。私のいうことに従ってください。そうすれば、悪いことが起きた人でも(例えば、癌になどなった人でもです)その悪いことがよくなる(癌が完治する)という奇跡も起きてくるからです。

しかし、私のいうことに(法に)逆らい続けるというのであれば、仮に癌になり治った人がいたとしても、いずれはその癌がどこかに転移して再発し、最終的には癌で苦しんで死んでいかなければいけなくなるのです。(この法に逆らえば逆らうだけ、その苦しみは大きくなるのです。つまり体中に癌が転移して、苦しんで、苦しんで、死んでいかなければいけなくなるということです。それくらいの悪い順序はつけられるということです。法に逆らうとは神に逆らうことであるからです)

何度もいいますが、いい加減なことを書く者に奇跡など起きないのです。

しかし、私は祈りの奇跡から、鳥や魚が寄って来るうような愛ある奇跡まで、毎日のように起きているのです。

いい加減、私のいうことを信じ行ってもらえませんか。そうすれば必ず奇跡は起きるからです。

すぐにでも布施してください。(こちらはもう何年待っているのか分からないくらいですから。〔苦笑〕)

その布施する人が多ければ多いほど、日本の置かれている最悪の状況はよい方に変わってくるからです。

その布施をいつまでもしようとしないから(神に協力をしようとしないから)ドンドン悪い方向に行くのです。

では、大いに神への協力をするのであれば、日本はドンドンよい方に行くということになります。

これは日本だけの問題ではないのです。世界の問題なのです。

法は世界の人たちのものであるからです。日本とか、このブログを読んでいる人たちだけとか、そういう小さな問題ではないからです。

その世界の問題である法を拡げようとしないから、世界的な大問題が起きてくるのです。(北朝鮮のミサイルや核実験)

やる、やらないではなく、やるしかないのです。

日本の人たちが法の流布を行わなければ世界が平和になることはないからです。

真の世界平和はこの法を世界中に拡げることでしか実現できないのです。

その真の世界平和への道筋を日本の人々が閉ざしてはならないのです。

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