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10月 12 2015

悪の自覚

やはり何かおかしいですね。この辺りは。(いろいろ怒っている人がたくさんいるようですが)

何が起きているのか知りませんが悪いことが起きているのなら、それは天罰であって、天罰であるなら人が悪いわけではなく自分が悪いのです。

いつまでも責任転嫁しているのではなく少しは反省されてはどうでしょうか?そうしなければ、その悪いことはもっと起きてくることになるからです。

私が悪いという人が多いようですが、その悪いはずの私には奇跡しか起きていないのです。

なぜ、そんな悪い奴に奇跡が起きるのですか?

そうして悪くないはずの人たちに悪いことばかり起きるのでしょう。

もう理解されている人も多いと思いますが、本当に悪い人たちとはそのような悪いことが起きる人たちなのです。そのような人たちは、悪いことをしているという自覚が自分たちにないだけで、実際は多くの悪いことをしているのです。

悪いことが起きている人たちは、人の悪口をいってはいないのでしょうか?平気で人への嫌がらせを続けてはいないのでしょうか?心の中で嫌いな人に死ねばいいとか、ひどい目に遭えばいいとか思っていないのでしょうか?そのようなことも十分悪いことなのです。

犯罪を犯さなければ悪ではないなど、とんでもない間違いなのです。

普段の心の在り方、そうして行いで、実は悪いことをしている人はたくさんいるのです。その悪の自覚が多くの人にないだけなのです。

そのような悪を犯している人に対する天罰が早く現れるようになったのです。これまでは、そのような天罰が自分に現れるのがもっと遅かった、それだけのことなのです。

自分が行っている善にしても悪にしても、その反動(原因・結果、作用反作用の法則といわれるものです。釈尊がいわれた善因善果 悪因悪果です)が早く現れるようになった、それが今のような災いが増えた理由であり、そのような災いはすべて皆様方の心が現しているのです。

その早く現れだした反動を多くの人が私のせいにしているだけであり、だから、この現象は止まらないのです。むしろ激しくなる一方なのです。(全国で起きている天変地変も、もちろんそうですが)

自分たちの悪い心が現れているという自覚が誰もないからです。すべて責任転嫁しているからです。

しかし、早く責任転嫁の間違いに気づかなければいけないのです。そうしなければ、この起きている現象は激しくはなっても収まることはないからです。

心のよい人には奇跡が起きています。(それは私だけではなく私のいうことを聞いている人たちにもです)

そのような悪の心と行いを直すのなら奇跡は誰にでも起きてくるのです。(人の悪口をいわないようにする、人に対する嫌がらせをやめる、人のことを悪く思わないようにする、そのようなことを一人一人が実践するだけで、いま起きている災いはずいぶん減るのです)

その奇跡の証明である動物の不思議の動画が、また出来てきましたので公開します。

今回は長良川と木曽川に行ってきた時のものですが、近鉄の長島駅で降りると、もうそこらの川や池にいる魚たちが騒いでいました。もちろん、すずめやムクドリなどの鳥たちも大騒ぎしてずいぶんうるさかったです。(二、三ヶ所でそのような場面も撮りました)

そうして長良川に行くと最初は静かなものでした。(どこの川でもそうなのでしょうが)

ところが私が声をかけると小魚がたくさん岸に寄ってきたのです。しかし、たくさんはたくさんでも、そのたくさんのレベルがちょっと違うと思います。

だって長良川の何キロにもわたって、多くの小魚が岸のすぐ近くまで寄ってきていたからです。

さすがに全部その小魚たちを撮るわけにもいきませんので、いくつかの場所だけ撮りましたが、撮っていない場所にもたくさんの小魚たちが寄ってきていたのです。

それだけでも奇跡だと思いますが、その長良川から木曽川に行くとまた不思議なことが起きました。

木曽川は長良川とは対照的に大きな魚があちこちで跳ねたのです。あまりに広範囲で跳ねましたので(近くではあまり跳ねなかったものですから)その魚たちを全部撮ることは出来ませんでしたが、その跳ねた一部の魚は撮れています。

映っている魚たちはあくまで一部でしかありません。実際は木曽川のあちこちで多くの魚が跳ねたのです。

このような不思議な奇跡が私には次々と起きています。(そんな木曽川や長良川までヘリが飛んできていました。それもまた奇跡です。〔笑〕)

自分たちの心の悪をもう少し自覚されてはどうでしょう。心に善が多い人には実際にこのような奇跡が起きているからです。

そのような奇跡の映像をまた公開したいと思います。

そのような映像を観られ、少しでも自分の心を省みてもらえるのであれば幸いです。

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10月 11 2015

時代遅れの人々

先週は(も、ですかね)大騒ぎでしたね。どこかの会社です。

ずいぶん次から次に何か起き出しているようです。(それはこの辺りの人たちも同じなんでしょうが)

これだけ多くの神の業が現れたことはこれまでありません。もう七百五十年後の真のユートピアの実現に向けて天上界は大きく動き始めているのです。

ついてこれない人たちはあの世に帰され、モタモタしている人たちはドンドン遅れていきます。責任転嫁している暇などないのです。(人のせいばかりにしていて、本当に「甘えるな」といいたいです)

それはそうと中国がまた引くようなことをしているようですね。

南京大虐殺を世界記憶遺産に登録したそうですが(歴史事実が定まっていないとかいっていますが)あれはでっち上げですよね。

他の歴史事実がはっきりしていることはともかく、でっち上げまで世界遺産に登録し事実のようにいわれては濡れ衣もいいとこです。取り下げられてはどうでしょうか?(ソロソロ南京大虐殺などということが本当に行われたのか?はっきりさせてはどうでしょう)

このようなことをしていては中国もいいこと起きません。最近の中国は経済も失速しつつあり、台風や地震、竜巻など(あの竜巻凄かったですね。五つも六つも同時に現れていましたから)天変地変もよく起きています。

もう少しされていることを反省されてはどうでしょう。そうしないとこれからいいことは起きなくなるからです。

もう自国のために他国を陥れたり、武力で他国を奪い取る時代ではありません。ソロソロ考えの転換を図られてはいかがでしょう。そうしないといくら大国といえども天罰は下るからです。(日本など下りっぱなしですが。〔苦笑〕)

いくら大国とはいえ神とケンカしていては勝てません。少し方向転換されてはいかがでしょうか。(天変地変だけではなく、いろいろな難病、奇病が流行りだし、経済もドンドン悪い方向に行くなら人が多いだけによけい難儀でしょう。あまり神の心に逆らうようなことは、これからはされない方がよいと思います。中国の人々の心と行い次第で、そのような現象が次々に現れるようになるからです)

そういう意味ではロシアもそうです。特にロシアは核まで持ちだして脅しています。

あれはやめた方がいいでしょう。核は天上界が一番神経をとがらせている問題であるからです。

高橋先生があれほど早く(高橋先生は四十八歳で亡くなられました)帰天されたのも、ソ連の核問題が一番の原因といわれているくらいです。(ですから、ソ連〔現在のロシア〕の指導者たちは本当に核爆弾のスイッチを押しかねなかったということです。高橋先生が亡くなられる前から「ソ連の指導者たちを天上界から指導しなければいけない」という話をよくされていたからです。だからソ連の指導者たちが、核爆弾のスイッチを押さなかったのは高橋先生のお蔭であると私は思っています。エリツィンでしたっけ?一度核爆弾のスイッチを押しかけたことが本当にありましたから)

だからいくら脅しとはいえ、核をあまりに出されると最悪、天上界がそのような指導者をあの世に引き上げてしまうかもしれません。今ロシアの大統領が亡くなられてもロシアが混乱するだけでしょう。

ですから、核を脅しに使うのだけはやめた方がよいのです。(そういう意味では北朝鮮もそうですが)

現在の日本に、これだけの天変地変が起きているのは神を思わない人が多いからです。(正しい教えが出ていることを知っているのに、その教えを勉強して拡げようともしない、このような態度こそ神を思おうとしない最たるものです)

平和国家日本でもこのようなことが起きているのです。

では、力ずくで国を治め、他国まで侵略しようとしている、そのような国々に神の力がいつまでも及ばないとでもお思いでしょうか?

いつまでも、そのようなことを続けていれば、いずれ日本以上の現象がそのような国々にも現れることになるのです。何度も書いていますが、そのような時代となっているからです。

その国の事情はもちろんありますが、軍事力ではなく話し合いで、調和出来る努力をされてはどうでしょうか?

それが国を治めて、繁栄させることが出来る一番の方法であるからです。

アジアが調和すれば世界が調和します。そうすれば本当の世界平和が実現するのです。

また、そのような時代にこれから嫌でもなるのです。(人の力だけではなく神の力が大きく現れてです)では、出来るだけ早くその方向に持っていった方がよいこと(奇跡)が起きるということになります。(何せ神の力が大きく現れるのですから)

他国を力で奪い取れば、それに匹敵する同じような現象が自分の国にも返ってきます。他国を陥れれば、またそれも同じ現象が自国に返ってくるのです。(作用反作用の法則)

どの国の指導者も、この(釈尊やキリストが説かれた)法は学ばなければいけないのです。

これまでと同じことをしていては、これからの時代、多くの自国民が不幸になるからです。

いつまで時代遅れのことをしていられるのですか?

指導者がもっとも早く、この法に気づかなければいけないのです。

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10月 10 2015

誰を手本とするのか

昨日はまた庄内川に行ったのですが、私がいつも休んでいる橋の下は(上に23号線が走っている)庄内新川橋ではありませんでした。

そのもう一つ手前にある南陽大橋でした。

なんとなく、昨日書いたことが違っているような気がしたので確認しに行ったのですが、やはり違っていました。(奇跡が起きた場所を間違えてはいけませんから。〔笑〕)

それで昨日もそこで休憩していると、さすがにまた大量の鵜は現れませんでしたが、カニやムツゴロウのような魚(あれ、どういう魚ですかね。小さな魚ですが水面や地面をピョンピョン跳ねて進む魚がいるのです)が何匹も出て来て、その連中をかまっていたら、なんと庄助まで現れ目の前をスーと泳いで行きました。

「オイ庄助、こっちに来い」と何度か呼びかけながら動画を撮っていましたが、まるで無視です。しかし、無視しているわりにはこの珍獣、私の前によく出てきます。

四、五日前には(前に書きましたように)私が歩いていた先の草むらで草を食べていましたし、その四、五日前にもやはりこの場所で同じように私の前を泳いで行きました。

無視しているようで実はこちらをしっかり見ている、そんな感じです。それはそれで可愛いものです。(笑)

何度も書いていますが、庄内川の川岸はずっと海まで歩けるところが続いているのですが、そのほとんどが草むらです。しかし、これだけ自然が残っているといろいろな動物がいます。

その川岸にいる動物の多くが、私の前に顔を出しているようです。

おなじみのすずめや鳩やカラス、ムクドリはもちろんのこと名前の分からない鳥たちもたくさん私の近くに飛んできます。(何羽かは動画に撮りました)季節によりたくさんのツバメや一昨日の大量の鵜なども見れば、もっと大量のカニを見たこともあります。(あれは凄かったです。何キロにもわたり多くのカニたちが出てきていたのですから、何万匹、何十万匹のカニがいたか分かりません)

多くの魚たちはもちろんですが変わったところでは、庄助もそうですが(ちょっと動画に撮りましたが)キジも見たことがありますし、蛇も見たことがあります。(蛇は三、四回見ています。だから動画に撮りました)

まだ知らない動物があの辺りにいるのかもしれませんが、またそのうち顔を出すかもしれません。

とにかく少し自然が多いところは(知多の海でもそうですが、トビやエイも見ましたし、マテ貝まで顔を出したくらいですから。〔笑〕)いろいろな動物がたくさん寄ってきて、本当に面白いので今度は山にでも行こうかとも思っています。

人里離れた山の中に私が入って行ったら、どんな動物に遭遇するのか、イノシシや熊まで出てきたら、それはそれで命懸けですが(笑)マァ、しかし、そのような野生の動物たちとも仲良くやれるというところを証明したいとは思っています。(だって動物園にいる猛獣たちも可愛らしい態度を取りますからね。それは私の動画を観てくだされば分かると思います)

とにかく、心が変わるなら起きてくることは劇的に変わるのです。(それは私が証明しています)

周りにいる、どんな動物たちとも自分になついてきて楽しくやれる、ずいぶん癒される幸せな人生だとは思いませんか?(この前東山動物園に行ってきたのですが、東山動物園にはヤギやウサギをさわれるところがあります。そこに行くと、ヤギが私に近づいてきて顔や体をひっつけてきたり私のベルトにかみついたりしてじゃれてきました。頭をなでてやると嬉しそうにしていましたが、私の横にいてそれを見ていた人が「ヤギが人になついている」と驚いていました。私がその場所に行ったのは二回目ですが、前回行った時はヤギをさわりませんでした。だから、その時初めてそこにいるヤギをさわったのですが〔だから実質は初めてそのヤギと会ったのと同じです〕それでもヤギはなついてくるのです。このように何度も人と会っているからなつく、餌を与えているからなつくのではなく、何もしていなくても初めて会ってもすべての動物は人になつくのです)

そういう人生をすぐにでも送ることが出来るのです。少し心を変えるだけでです。

それなのに、まだ私に嫌がらせしてくる人はいる、昨日あんなブログを書けば、私がいる橋の下にわざわざ来てブシュブシュ嫌がらせをしていく人はいる(昨日はそういうトラックもいたんじゃないですか、ずいぶんあの場所でブシュブシュやられましたから)そんなことをしていては、そういう楽しい人生を送れるわけがないのです。

それどころか、そんなくだらないことをしていたら不幸な人生しか送れないのです。そのような時代となったからです。(そんなくだらないことをしている人は百パーセント癌ですね。癌になってもいいなら、そのようなくだらないことを続けてください)

釈尊やキリストが人に嫌がらせをしたでしょうか?釈尊やキリストが人の悪口ばかりをいっていたのでしょうか?

私たちが、いつも手本としなければいけないのはあのような方々なのです。(誰を手本にするより釈尊やキリストを手本とした方がいいでしょう。あのような方々は悟りを開いていられるからです。悟りを開いていられるということは、神の心そのままの方々だからです)

釈尊やキリストに恥じない人となることが、一番の幸せの道なのです。

そのような道を進んでいる人は、一体どれくらいいるのでしょう。ほとんどいないでしょうね。そんな人がたくさんいるのなら、こんな天変地変が激しく起きる、このような世の中にはなってはいないからです。

今のままでよい、とはただ自分がそう思っているだけで、その人生は大変不幸な人生かもしれないのです。

それが分かる時代となりました。(間違ったことをしている人には不幸なことが次々に起きるからです)

不幸な人生にいつ気づかれるのですか?

それに気づくのがあの世に帰ってからでは遅いのです。

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10月 09 2015

奇跡と天災

また起きましたね。奇跡がです。本当に毎日のように奇跡が起きるのです。これではその反対の災いも激しくなるでしょう。

このような現象は、それだけ神の心が現世に顕著に現れだした証拠でもあるからです。

昨日私は午後から庄内川に行ったのです。そうしていつものように川岸を歩いていました。

昨日はわりと静かで(相変わらず、すずめなどはギャーギャー騒いで飛び回っていましたが。〔笑〕)魚も跳ねなかったしカニもあまり出て来ませんでした。

今日は静かだなと思いながら歩いていたのです。

そうして数十分ほど歩き、23号線の橋(庄内新川橋)の下で休んでいました。その辺りは草むらがきれていて庄内川がすぐ近くまで流れてきています。その場所は土がむき出しになっているので、そこにいるとよくカニがあちこちから出てくるのです。(カニの巣穴がそこらにたくさんありますから)

そればかりか、前に流れている川で小魚がよく跳ねますし、四、五メートル向こうは中州のようになっていて草もたくさん生えているのですが、その草の間から子ガモをたくさん連れたカモが出てきた時もあれば、あのこの前、私の目の前で草を食べていた(動画に撮った)あの珍獣も出てきたことがあります。(庄内川にいるので庄助と勝手に命名しました。〔笑〕)

そこにいるだけでも、いろいろな動物が見られて楽しいので、そこは私のお気に入りの休憩スポットなんですが、昨日は、そのカニたちも一匹、二匹出てきたくらいで、川に呼びかけても小魚たちは跳ねませんでした。

「今日は静かだな」と、ブツブツいいながらそこで休憩していたのです。

しばらく休憩していたのですが、ふと前を見ると中州の向こうを流れる庄内川の上空をたくさんの鵜が飛んで行きました。

「凄いな」と思いながら、その鵜たちを動画に撮っていました。

たくさんの鵜が通りすぎて行ったのですが、しばらくするとその鵜たちが戻ってきました。

また庄内川の上空をたくさんの鵜が飛んでいます。何かさっきより数が増えたみたいで「お前らどんだけおんねん」とかいいながらその鵜たちを撮っていたのですが、こちらがそんな感じでその鵜の大群に声をかけていると、なんとその鵜の大群が段々こちらに向かってくるではありませんか。

「あれ、声をかけてたのがやばかったかな」と思ったのも後の祭でした。

そのたくさんの鵜が、私の方に飛んできて私の上空は鵜だらけになりました。(笑)橋の下にいた私でしたが、最後にはその橋の右側も左側も、たくさんの鵜が飛んでいる凄まじい場面を動画に撮ることが出来たのです。(あの時、私が橋の下にいなかったら鵜のフンだらけになっていたかもしれません。〔笑〕それだけ凄い数の鵜がこちらに飛んできたからです)

鵜が数百羽はいたと思います。その鵜の大群が私の方に向かって飛んできて、私の上空が鵜だらけになる、そんな奇跡が昨日起きたのです。(橋の上の23号線は車もトラックもたくさん走っています。昨日〔の夕方四時頃だと思います〕その鵜の大群を見たドライバーはたくさんいたと思います。その庄内川の横の道路を走るトラックの運ちゃんが、ギョッとしてその光景を見ていたくらいですから)

こういうことが毎日のように起きます。とにかく動物たちがちょっと考えられない行動を取るのです。

このような動物たちの行動を生物学者はどう説明するのでしょう。

多分、説明のしようがないと思いますが、科学ばかりにそうも頼っていて大丈夫なんでしょうか?

北海道が台風二十三号の影響で大荒れとなっていますが、あの台風は超大型なので、その被害も大きくなるのでしょうが、あの台風が超大型に発達したのは日本近海ででした。

台風が発達するのは海水温が高いからだと気象予報士はいいますが、では、今回の二十三号はなぜ急に日本近海でああも超大型に発達したのでしょう。

これほど超大型に台風が発達するのであれば(ここ一、二年でもずいぶん大きな台風が来ていたように感じますが、こんな超大型の台風は四年ぶりだそうです)よほどのエネルギーがかからないとしないはずです。

そのエネルギーはどこからきたのですか?日本近海がそれほど海水温が高かったというのでしょうか?(本州の横の辺りの太平洋の海水温がそれほど高いとは思えませんが)

この前のここ十年は平均気温が変わっていないことといい(ということは、温暖化で起きる現象が激しくなっているというのは間違いなのではないでしょうか?平均気温が変わっていないのですから)今回の日本近海で急に超大型に発達した台風といい、本当に科学者がいっていることは正しいのでしょうか?

正しい部分はもちろんあるのでしょうが、すべて信じてしまうのは間違いでしょう。現に辻褄が合わない部分がたくさんあるからです。

科学を鵜呑みにするより、まず神を一にされたらどうでしょう。

その神を一にしている私には、これほどの奇跡が起き、そうしていっていることも起きる現象と一致しているからです。(ここに書いていることで当たっていることはたくさんありますよね)

まず、神の心をよく知り、それを実践されることです。

そうすれば起きる災いも減り、そのような災いがなぜ起きるのか?その事実も分かってくるからです。

科学がすべて正しいわけではないのです。本当に正しいものは本当の神の教えの中にあるのです。

追伸…北海道はまた大変な被害が出ているようですね。(大雨、強風、高潮など)去年も同じようなことが起きていますが、これでは今年の冬もまた去年と同じように大雪の被害まで出るのではないでしょうか。(このままではまた何らかの異常気象は必ず起きます)

あれほど異常な大雨被害に苦しんでいた鹿児島は、最近はそのようなことを聞かなくなりました。

私がいっていた原発の再稼働とともにです。

北海道もそうされたらどうでしょう。北海道にすぐに法を拡げることは出来ないからです。(法を拡げることが出来れば北海道を救うことが出来るのですが)

法を拡げることが出来なければ、そのような異常気象を止めることが出来るのは原発再稼働しかありません。

原発再稼働を急がれたらどうでしょう。それが日本の進むべき道であるからです。(その進むべき道を行くなら、とりあえず、その異常気象は収まるのです。何回もいいますが鹿児島がそのよい例です)

科学だけでは説明しきれないものはたくさんあるのです。

この神の教えをもう少し信じられてはどうでしょうか。(どこかの会社もです。何かもう次々に災いが起き出しているようですが)

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10月 08 2015

悪魔の言葉に騙されるな

昨日はまた不思議なことが起きましたね。(本当にそんなことが毎日起きます。〔笑〕)悪魔軍団がじゃましてきますが、それでも書いておきましょう。(さっき悪魔軍団がうるさかったので、ブログを書くのをやめて祈ろうと思いましたが、祈り始めると天が相当怒っているようなので祈るのをやめました。〔心にガンガン怒りが響いてくるのです〕悪魔軍団のせいでこちらが怒られそうです。〔怖〕)

昨日は午後から名古屋港に行きました。

台風の影響で多少波が高かったのですが、海に向かって叫ぶと魚が跳ね出して、しばらくするともう凄い勢いで次々に魚が跳ねているのです。

凄いなと思いながら少し動画を撮りましたが、すぐにやめました。

なぜ、やめたのか?

それは魚が跳ねるには跳ねるのですが、ずいぶん遠くで跳ねていたからです。それで撮るのをやめたのです。

陸からかなり離れた沖の方で跳ねています。

「何であんな遠くで跳ねてんだ?」少しそれを見ていましたが、いくら呼びかけても近くではほとんど跳ねません。(何匹かは跳ねましたが)

それで場所を変えて呼びかけましたが、それでも遠くでは何十匹も跳ねるのですが、近くではほとんど跳ねません。マァ、こういう日もあるのだろうと、その遠くで跳ねる魚たちを撮っていましたが、それにしてもよく跳ねていました。

沖のあちこちでこれでもかというくらい跳ねています。あれもまた一つの奇跡ですね。そこは動画に撮りましたので近いうちに公開したいと思います。

本当に毎日変わったことが起きるなと、自分のことながら感心しますが、それにしても、次々に現象が現れています。それだけ神の業が周りに現れ続けているのでしょう。

その神の業といえばです。昨日の帰り道です。また名古屋港から歩いて帰ったのですが、広い道路に出るともう(運転手の)皆さん引きたくっていましたね。(苦笑)

少し前までは、昨日のようなブログを書いたら怒りたくっていたはずですが、ここ一週間ほどでずいぶん雰囲気が変わりました。(本当に驚くくらいですね)

そんなに現れているんでしょうか?神の業がです。

それに怒る人もいるみたいですが、ほとんどの人は怒っていません。引いているのです。(雰囲気全然違いますから)それでもやる人はやってきます。哀れなものです。

本気で怒っている人たちは仕方ありませんが(こういう人たちはまだ心が低い人たちだからです。起きていることの意味がよく理解出来ないのです。自分に何か起きないと理解出来ない人たちです)しかし、引いているのにまだ嫌がらせをやっている人、または全然やらなくなった人たちはどうでしょう。

少し考えられたらいかがですか。

そんな態度を取り続けても一つも益にならないからです。それどころか、そのままでもいずれ災いは起きてきます。早めに謝られたらどうでしょう。

神の業とはそれほど偉大であるからです。しっかり反省しない人たちには必ず現れるからです。(悪いことをそのままにしておかない、それが神の愛であり慈悲であるからです)

気づいている人たちなら、許されるのも早いと思うからです。(分かっていてもぐずぐずしているようなら、よほど反省しないと許されなくなります。傷は浅いうちの方が早く治るのです。傷口が深く大きくなれば治るのに時間がかかり、下手をすれば命取りになります。心の過ち〔心の傷〕もそれと同じです。早い方が早く許される〔治る〕のです)

私は毎日のように奇跡が起きているのです。どうして、皆さん方が思っているような悪者にそんな奇跡が起きるのですか?

そのような者でないから奇跡が毎日のように起きているのであり、その奇跡が悪者でない証明なのです。(それは天が証明しているのです。奇跡は天が起こすからです)

多くの人が騙されているのです。私を悪者に仕立て上げている悪魔に憑かれた人たちがたくさんいるからです。その悪魔の言葉に騙され、私を悪者と思いこみ、そうして私に嫌がらせをし続けているばかりに多くの人たちが不幸になっているのです。

結果的に、そのようなことをしたばかりに不幸になっている人が多いのです。その結果を見てもどちらがいいのか悪いのかは分かるはずです。

その(私の悪口をいう)人たちのいうことを聞いていると災いが起きるのです。

しかし、私のいうことを聞いている人たちはみな奇跡が起きているのです。

どうしてこんな違いが出るのですか?

普通であるなら、そんな悪者のいうことを聞いている人たちに奇跡が起きるわけがありません。しかし、実際に奇跡は起きているのです。

なぜ、そんな悪者のいうことを聞いている人たちに奇跡が起きるのですか?そうして、その悪者に逆らっている人たちに災いが起きるのでしょう?

逆でないとおかしいのではないですか?それは歴史を見ても分かるはずです。

釈尊やキリストのいうことを素直に聞いた人たちには奇跡が起きています。(釈尊やキリストの弟子たちがそのいい例です)しかし、それに逆らった人たちには災いが起きているのです。

今起きていることと同じではないですか。

これほど分かりやすい現象が現れているのです。もはやどちらが悪いかは一目瞭然なのではないでしょうか。誰が見ても明らかなのではないでしょうか。

それなのになぜ、いつまでも自分の間違いを認めないのですか?

その間違いを多くの人たちが認めようとしないため、より恐ろしい現象が現れてきたのです。

それなのにまだ意地をはるつもりなのでしょうか?(その意地は私にはっているのではないのです。神にはっているのです。それでもそのような〔くだらない〕意地をはり続けるつもりなのですか?)

間違っているのは、そちらの方であるとこれほど明らかであるにもかかわらずです。(私は黒を白といえといっているのではないのです。白を黒と間違えているから、それは間違いです、といっているだけなのです)

いま私のせいで起きているという災いも、私の話をしっかり聞くなら私のせいではないと納得していただけるはずです。悪いことが起きている人たちは、必ず自分たちに悪いところがあるからです。

その自分の悪いところを、ただ自分が自覚していないだけなのです。その悪いところを素直に認め、それを直せば奇跡が起きてくるのです。

現に私のいうことを聞いている人たちには、その奇跡が起きているのです。これ以上の証明もまたないのではないでしょうか。(私は口だけではありません。必ず、そのような現象が現れるのです)

悪魔の言葉に騙されている間は不幸が続きます。悪魔の言葉から早く目覚めてください。

それが幸せになれる道であるからです。

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