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10月 07 2015

心を癒すのか、すさむのか

台風(23号)はやばそうですね。(何か今週に入り台風が日本よりにコースを変えたように感じます。先週までは、かなり日本からは遠い太平洋上を通るような予想でしたので)

あまりブログのじゃまはしない方がいいんですが、何せ、どこかの会社はやけくそ状態です。(もう、毎日何か起きているようですから)

だから、どうしようもないんですが、そのやけくそ状態のどこかの会社が今日はわりと静かです。昨日いろいろあったようで(いつも以上にです)それで静かなんでしょうが、マァ、そこはサラッと流しましょう。(あまり詳しく書いてもやばそうですし)

それで話題を変えますが、最近は庄内川によく行きます。人が少ないので気楽なのでそれで行くんですが、それだけではありません。面白いこともいろいろ起こるのです。

だからよく庄内川に行くのです。

昨日、一昨日も行ったんですが、前回書きましたが、あの何かいた水たまりはもう一昨日の時点で乾いていました。

それで思ったんですが、この庄内川の川岸に雨が降った時に出来る水たまりは、少し横にはカニがたくさんいる草むらがずっと続いているのです。

そうであるなら、その草むらからカニが出て来て、その水たまりに卵を産んでいるのかもしれないし、そのカニの小さな子供たちが出てきていて、その水たまりの中にいたのかもしれない、とにかく、あの川岸など小さな生物がたくさん行き来しているのです。

私たちはただそのことに気づいていないだけで、あのノーベル賞を受賞された方ではありませんが、微生物のような(微生物よりは大きいのでしょうが)生き物はそこらじゅうにたくさんいるのです。

だから、そのような小さな生き物が、雨が降った時だけに出来る水たまりにいても何ら不思議ではないのであって、私たちはこれまでそれに気づかなかっただけです。

気づかなかったことに気づいた、それだけのことだったのではないでしょうか。

よくよく考えれば、あの水たまりにいた生き物は、そこらにたくさんいる小さな生き物の中の一つがいただけで、単にその一つの生き物を知っただけの話なのではないでしょうか。

あのノーベル賞を取った方の(連日ですが先に取られた方の方です)微生物の話を聞いていて(微生物は土壌一グラムの中に一億個もいるという話ですから)そう思いました。

私たちの知らない小さな生き物などごまんといるのです。そこらの水たまりに何かいても別に不思議でもなんでもないのではないでしょうか。

マァ、それが何かまでは分かりませんが、雨が降った時にだけ出来る水たまりにも魚のような水の中を泳ぎ回る小さな生物はいます。それだけは確かなようです。(また水たまりの水面にたつさざ波など動画に撮ります)

そのような知らない生き物はまだたくさんいるようですが、そのような知らない(というか珍しい)生き物に一昨日庄内川で遭遇しました。それも目の前でです。(こういうことがあるから行きたくなるのです)

その生き物は前に少し動画に撮ったことがあるのですが、その動画は庄内川を泳いで行く後姿だけでした。しかし、今度は目の前でその生き物を撮ったのです。

私は、その生き物はカワウソではないかと思っていましたが、目の前で見ると違いました。その生き物は、あの山崎川で遭遇したあの動画に撮った生き物とそっくりであったのです。(あれカピバラじゃないですね。何でしょう。あの生き物は?)

その四、五日前にも川を挟んで目の前にその生き物は出てきたのです。それで動画には撮ったんですが、今度は私が歩いている川岸の草むらの中にいるのです。

そうして(あの山崎川にいた生き物同様)草を食べていました。

山崎川にいたのと同じ姿をしていますが、こちらの方が一回り小さいようです。しかし、草を食べる動作から仕草など同じなのです。

あの山崎川にいた生き物と同じ生き物ですが、これなんでしょう?

元々こういう川に生息しているのでしょうか?(山崎川の方はあの時一度きりでしたが、この庄内川の方はもう何度も見ています)

よく分かりませんが、数ヶ月前から見ていた生き物が、段々こちらの近くに現れるようになり、そうして今度は目の前にいて草を食べているのです。

その生き物をしっかり動画に撮りました。近くに行っても逃げないどころか、向こうからこちらに寄って来るくらいでした。(最初は三~四メートルくらい離れたところで撮っていたんですが〔あまり近くまで行って逃げてもいけないので〕そうしたら向こうの方から寄って来ました)

とにかく草を食べている仕草が可愛らしかったです。(それ以外でも可愛らしい仕草をしましたし。〔笑〕)

このように心が変わると、どんな動物であれ、それこそ、こちらが知らない生き物や珍しい生き物まで平気で近くに寄ってくるようになるのです。

本当に癒されますよ。これだけ生き物が寄ってくるとです。(虫まで寄って来ますからね。ちょっとそれはどうかと思いますが。〔笑〕)

それに引き換え、この辺りの人々の心のすさんでいることといったらありません。人の顔を見れば嫌がらせです。(大分減りましたけどね。しかし、そんな心だから奇跡も現れないのです。哀れです)

大丈夫ですか?どこかの会社も周りの人たちもです。(それでもどこかの会社の連中は何かかにかじゃまをしてきます。もうどうしようもないですね。恐ろしい現象は止まらないでしょう)

運転手連中も顔を引きつらせている人が多いんですが、まだその現象は始まったばかりです。(その現象はまだ一~二週間前に始まったばかりですよね)

激しい現象が起きるのはこれからです。大丈夫ですか?今からビビっていてです。

神の心を知るならば、毎日不思議なことが起こり癒されます。しかし、そのように神の心に逆らい続けるなら、毎日恐ろしいことが起こり心もすさむでしょう。(何度も書きますが、どこかの会社などもうやけくそ状態です。神相手にやけくそ状態なのですから本当に恐ろしいですね)

心を入れかえられてはどうでしょう。心さえ変えられるのなら、今のようないつ恐ろしいことが起きるのか分からない、ヒヤヒヤの人生から、毎日癒される幸せの毎日に変わるからです。

くだらない意地など早々に捨て去ることです。その方がよほどよい人生を送れるからです。

どちらの人生がいいのでしょうか?

考えるまでもないと思います。

(私のせいとかなんとかいっていますが、所詮この世の修行とはこのようなもので心を磨かなければ意味がないのです。本当によい〔分かりやすい〕心の勉強をしているのではないでしょうか。これだけ善と悪がはっきり分かる現象が現れているからです。あとは善に心を合わせるだけなのです。何でそんな簡単なことが出来ないんでしょうか?それが簡単に出来ないから心の勉強になるんですが、こういう状況になれば〔よい見本も悪い見本もたくさんあるのですから〕善に合わせるしかないのではないでしょうか。すでに答えは出ているからです)

追伸…ブログ内にも少し書きましたが、二日連続でノーベル賞の受賞者が出ました。

列島は大いに盛り上がっていますが、去年も三人の人がもらわれたようですが、最近は日本人が立て続けにノーベル賞をもらっていますね。

こうなると日本も世界からずいぶん注目を集めそうですが(オリンピックも来ますし)こういう時に、この法があることが分かれば、一変に法が世界に知られることになります。

ここ数年が法を世界に知られるチャンスということになりますが、残念ですが、未だこの辺りの人たちは法に逆らい続けています。

これから数年は日本は世界から注目を集めるのですから、法を実践して奇跡が起きる人が多ければ、黙っていても法は世界に伝わるはずなのにこのような状況は実に残念です。

何度もいいますが、いま皆さん方が立ち上がれば法は一変に世界に拡がります。

本当に世界を救いたいのであれば(もちろん自分も救われます)やるべきでしょう。(早く心を変えるべきでしょう。自分たちが少し心と行いを変えるだけで世界が救われるからです。それくらいの天の時が来ているということです。だからこれだけの現象が現れているのです)

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10月 04 2015

ちょっと不思議な話

最近は雨が多かったんですが、雨が降ると、そこらに水たまりが出来ます。あの水たまりに何かいると思いますか?

「雨が降って出来た水たまりになど何もいるはずがない」誰でもそう思うでしょう。私も最近までそう思っていました。

しかし、違うのです。あの水たまりには何か小さな生き物がいるようです。

それになぜ気づいたのか?

それは堀川に行って、あのいつも動画を撮っている堀川のすぐ脇の道を歩いている時に気づいたのです。

あの堀川の脇道は、川の水が満ちてくるといつも川の水で一杯になって通れなくなります。その水が引くとまた通れるようになるのですが、そういうことが頻繁に繰り返されるので、あの道は苔が生えたり、水たまりが出来たりしているのです。(その水たまりがなくなるということは、最近はまずありません。水たまりが乾かないうちにまた水が満ちてくるからです)

最近の話ですが、その脇道を歩きながらいつものように「お前ら元気か」と堀川に呼びかけていたのです。

しかし、堀川の方はあまり反応しません。「今日は魚も出て来ないな」と思いながら、歩いていました。

ところがです。その日は私が堀川に呼びかけていると堀川の魚は反応しないのですが、歩いている道にある水たまりの方が反応するのです。

私が声をかけると、水たまりの方にさざ波が立ったりスーと筋が入ったりします。

最初は、たまたまそのように水面が動いただけだろうと気にしませんでしたが、私が声を出すとあまりに反応するものですから、何かその水たまりにいるのかと、凝視して見ると、なんとその水たまりには細かい魚が一杯いたのです。

その小魚たちが私の声に反応して動き回っていたのです。

「ヘぇ、こんな水たまりにも魚がいるんだ」その時、初めてそのことに気づいたのです。

しかし、このような頻繁に満ちてくる川の脇道にある水たまりに、魚がいるということは考えられないこともないんですが、雨が降って出来る水たまり、そのような水たまりにも何かいるのです。

そんなところにまで生き物がいるとは(それも魚のような生き物です)さすがにそれは思いもしませんでした。(信じられますか皆さん。しかし本当にいるのです)

それが分かったのはつい三、四日前のことです。

その日、私はまたいつものように庄内川に行き川岸を歩いていました。その日は早朝まで雨が降っていたので(あの爆弾低気圧が通過した日です)川岸の所々に水たまりが出来ていました。

そういう時は、草むらに近いところの水たまりには必ずカニがいます。その日も何匹も水たまりの辺りでカニを見かけました。

そのカニに声をかけながら歩いていたのですが、少し草むらから離れた砂利道にある水たまりにはカニが来ないようで、そこは水たまりがあるだけでした。

最近は、あの堀川の水たまりにいる小魚の影響で、そのような水たまりにも「何かいるんじゃないか」とよく見るような癖がついていました。

それでその水たまりもジロジロ見ながら通ったのですが、さすがに、こんな砂利道にある水たまりには(下は土が見えてはいるんですが、その水たまりは三日、四日雨が降らないとすぐに干上がってしまうので)何もいないだろうなとスッと通りすぎました。

見た感じなにもいなかったんですが、行きはそんな感じで通りすぎたのですが、その帰りのことです。

同じところを帰ってきたのですが、その水たまりの少し手前くらいまで来ると、その水たまりが何か変なのです。

水面が、あの小魚がいる堀川の水たまりのような動きをしているのです。スーと筋が入ったり、わっかのようなものまで出来ています。

私は「うそー」と思いました。

堀川の水たまりはともかく、この砂利道にある水たまりは雨が降った時にだけ出来るものです。しかも数日で干上がってしまうのに、そんな水たまりにも魚のような生き物がいるというのでしょうか?

それで何回も声をかけたのですが、声をかけるとやはり堀川の小魚たちのような反応をするのです。筋が何本も入ったり、小さなわっかが出来たりさざ波が立ったりしています。(ということは、その水たまりには何匹もの生き物がいるということです。一匹や二匹ではこれだけ水面が動くことはないからです)

その日は風が強かったので、風の影響を受けてさざ波が立っているだけかと最初は思いましたが、違います。確実に何か小さな生き物が泳いでいるのです。(風の影響でのさざ波だけではなく、水面に不自然な筋やわっかも出来ていたからです)

しかし、近くに行って水たまりを見ると何もいません。声をかけても、あまり近いと反応しないのですが、少し離れた場所で声をかけると必ず反応するのです。

一応、それを動画にも撮りましたが、その水面の動きは動画では分かりにくいのです。分かりにくいのですが、目には見えませんが、確実にその水たまりには何か生き物がいるようです。

どこの水たまりにも生き物がいるのかどうかは分かりませんが(その庄内川の川岸の水たまりにだけいるのかもしれませんが)そのような雨が降った時だけに出来る水たまりにも何か魚のような生き物がいる、ちょっと不思議で夢のある話ではありませんか。

しかし、それは夢ではなく、そのような水たまりにも本当に生き物がいるのです。(目に見えないほど小さくて、そうして水があってもなくても生きられる両生類のような生き物なんでしょうが…どういう生き物なんでしょうか?)

私はそれをこの目で見ているからです。(それというか、その生き物の動きだけですが、またしっかりそれは動画に撮りたいと思います)

このように私たちの知らないことで不思議なことはまだいくつもあるのです。

また一つ不思議なことが、このブログで明らかになったと思うのですが(それとも知っている人いました?あのような雨が降った時だけに出来る水たまりに、魚のような生き物がいるなどということをです)そういう不思議なことを、すでにこのブログではいくつも明らかにしています。

それなのにずいぶん皆さん方、感謝が足りないようです。

どこかの会社が休みの今日は、どこかのマンションがバシバシやって、このブログを書くのをじゃましています。

しかし、このブログを読んでいる人は、このマンションの人たちの中にもいるのです。読んでいるのに書くじゃまはする、こういうことをしていてはよいことも起きないのではないでしょうか。(しかし、悪いことが起きると私のせいです)

昨日の話ではありませんが、私に協力してくれる人はごくわずかです。しかし、これもまた不思議なことですが、その協力してくれる人には奇跡が起きているのです。

そうしてまたまた不思議なことですが、そのようにこのブログをじゃましている人、私に非協力的な人たちには災いばかりが起きているのです。

私の周りでは、本当に不思議なことが次々に起きています。

なぜ、こんな不思議なことばかり起きるのでしょう?

本当の神の教えが出現した時には、このような不思議なことが次々に起きるものなのです。そうして、その本当の神の教えに従う者には奇跡が、逆らう者には災いが起きるのです。

それは聖書など見てもらえれば分かると思いますが、その聖書に書かれた現象と同じ現象がこの辺りには次々に現れているのです。

この辺りでは、その本当の神の教えに逆らう人が多いため(というか、協力者ゼロなんですが。〔苦笑〕)災いばかりが起きています。

この教えが現れた日本は平和国家です。(内戦など起きていないですし)しかし、そんな平和国家であろうと、神を思わなければこれほどの現象が現れるのです。

では、平和国家ではないところで、この教えが説かれたらそこに何が起きるのでしょう。

そこには日本以上の現象が現れるでしょう。そういう激しい現象が現れれば戦争どころではなくなるのです。(難病、奇病が多発し、突風〔竜巻〕が吹き荒れ考えられない豪雨が襲う、これくらいのこと日本でも起きています)

この教えが世界に伝われば、そのような激しい現象が現れ多くの人々が正しい道に導かれて行きます。

これほど不思議な現象が次々に現れる教えを、いつまで無視して(逆らって)いるのですか?

この教えを世界に拡げるなら、世界が救われて行くというのにです。

(しかも平和的にです。私は何の武器も持っていません。空手なのです。すべて私の周りで起きている不思議な現象は天が行っているのです。もっとも平和的に〔起きることはかなり危ない現象なのですが、この危ない現象は心を変えるならすぐにでも収まるのです〕世界を平和に導ける唯一の教え、それがここに書いている『法』なのです)

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10月 03 2015

今日も朝からハイテンションです。(昨夜もバタバタしていましたから)

一昨日の話です。夜うるさかったので、どこかの会社の社長と話をしていたと書いたのですが、その時のことです。

「なんであんな怒ったような態度で仕事をしているのですか。何か起きてるんじゃないの社長」と私が聞きました。

すると社長は「一切何も起きてませんよ」と答えます。そうして「周りとは出来るだけうまくやりたいから、静かにやります」というのですが、いっているだけでやっていることはまるで改まらないのです。

そういう話をしていたら、社長の奥さんが来ました。

「何かうるさいみたいで…」みたいなことをいっていますが悪びれた様子はありません。まるで仕事をしているのだから音が出るのは当たり前みたいな口調で「この仕事は音が出るから」とか「音がしないようにはやっている」みたいなことをいっています。

全然悪いという態度は見られません。

それで私が「物を叩き付けるような音が聞こえるけど、わざとでかい音を立てているんじゃないの」と聞くと「それは絶対ない、わざと大きな音を立てたことなど一度もない」としれっといっているのです。

あれだけでかい音を平気で立てていてです。(町中の人がそれは分かっていると思いますが…)

私は呆れてしまいました。この人、周りに迷惑をかけていると全然思っていないようです。

それで私が「神に誓って、わざとでかい音を立てていないといえますか?」と聞きました。すると「神に誓っていえます」とこの人、また平気で答えていました。

社長といい、社長の奥さんといい、平気で嘘をつくのです。(私は社長にも聞いていました。「神に誓って何も起きていないのですね」とです。すると「一切何も起きていない」と社長は答えていました)

私は「分かりました。でも、神にまで誓われたのです。嘘をいっているのなら罰が当たるかもしれませんよ」といっておきました。

そうしたら昨日、その罰が当たったようです。それは今日のハイテンションさでよく分かります。(昨日は、夜だけでなく昼前後にも何か起きていたようですから)

嘘などついてはいけないことは子供でも知っています。そういう悪いことを平気でしているのですから、それは罰も当たるでしょう。(それをみなこちらのせいにして怒っています。そこでまた罪をつくりますね)

このように嘘ばかりついて罰が当たっている哀れな人たちもいますが、その嘘に騙され、やはり罰が当っている哀れな人たちもいます。

嘘をつくのもいけませんが、嘘に騙されるのもまたいけないのです。

嘘に騙されている人はこの辺りにはたくさんいます。だから罰がたくさん当たるのです。(それもまた私のせいになっていますが)

嘘に騙されていると思いますよ。その何でもかんでも私のせいにしているところがです。

私が祈って悪いことをしているだの、人を病気にしているだの、嘘以外の何ものでもないからです。

その大嘘をそのまま信じているのですから、その人も悪人なのです。(善人なら、そんな人に濡れ衣を着せるような大嘘は信じないからです)

そんな話は濡れ衣以外の何ものでもありません。私が祈ったからその人は病気になったんですか?そんな証拠はどこにありますか?

証拠もないのに、その人を犯人に仕立て上げているのですから、それは濡れ衣以外の何ものでもないのです。(結局、私が悪いという証拠を見せてくれた人は一人もいませんでした)

それに私は、そんな人を病気にする祈りなど一度もしていないのです。

何で、病気になる祈りなどしていないのに、その人が病気になったことが私の祈りのせいになるのでしょう。

もし、私が祈ってその人が病気になったのだとしたら(私は病気になる祈りなどしていないのです。その人を正しくお導きくださいと天に祈っているだけなのですから)それはその人自身のせいなのではないのですか?

その人の行いが悪いため、そのような現象が現れたのです。私の祈りはそのきっかけにすぎません。

もし、私がそのような祈りをしなかったら、その人は、その自分の悪いところを改めようとはしないのです。

では、悪いことをしているのを、そのまま放置することはよいことなのでしょうか?

悪いところを悪いと教えてあげるのは悪いことなのでしょうか?

どちらにしても、その人の行いが悪いために、そのような(悪い)現象が現れたのですから、それは自分自身のせいなのではないでしょうか。

私は悪いことをされたから、その人がそういう悪いことをしないように祈っただけです。何で、自分たちのその悪い行いを飛び越して(まったくそんな祈りなどしていない)私の祈りで病気になっているなどといわれるのでしょう。それは責任転嫁以外の何ものでもないのではないでしょうか。(いってはいけませんが、その人は私にだけそのような悪いことをしたのではありません。普段からそのような〔嫌がらせや悪口などの〕悪いことをしているのです。だから、そのような悪い現象が現れるのであって〔それだけその人の心が汚れているということです。それは大人子供関係なくです〕その時だけの行いで悪いことが起きるわけではありません。その悪いことが起きた人の心を知らないといけないのです)

結局、これまでこういうことが起きなかった。だから、それを人のせいにしているだけなのですが、そうではないのです。

実際は前からこういうことは起きていたのです。それに気がつかなかった、それだけなのです。

だって昔話などによく出てくるでしょう。悪いことをしていた人に悪いことが起きたという話はです。

しかし、現代の人はそれをただの作り話と思いこんでいるのですが、実際は昔からこんなことは起きていたのです。(大なり小なりです)

それが顕著に現れだした、それだけのことなのです。

それと悪いことをしている人で罰が当たらない人もいます。それでそういうことは起こらないと思いこんでいる人もいますが、そうではなく罰は必ず当たるのです。

ただそれが生きている間か、死んでからかは分からないのです。その人の使命と役割が違うからです。(少々、人に迷惑をかけても、それでもこの世で生かされるという魂の勉強をする人はいます。そのような人の周りで生きる人たちもまた心の勉強になるからです)

それに我が強い人は(「憎まれっ子世にはばかる」という言葉もあるくらいですから)なかなか、その罰も現れません。(我が強いためよいことも悪いことも心が受け付けないのです)

そのように人によって現れ方が違うので、それで罰など当たらないと思いこんでいる人たちが多いのですが、罰は昔から当たっているのであり、その罰が顕著に現れだしただけなのです。

その自分の心と行いが悪いため現れた罰を、全部私のせいにして、そうして私に嫌がらせを続けているのです。自分をまったく省(かえり)みることなくです。

そういうことをしていたら、その人に天罰は当たるのです。(当たり前のことです)それが次々に当たりだしているだけで(何度もいいますが、そのような時代になったからです)このサイレンなど私のせいでも何でもなく、自分たちの心と行いが悪いせいなのです。

しかし、そのことが分からず、悪いことは全部私のせいという嘘に騙され、その嘘を信じて私の悪口や嫌がらせをする人が続出。そのせいで天罰も続出しているというのが、今のこの辺りの現状であるのです。

たった一人の者がこれだけのことをやれますか?

あまりに常識からかけ離れた嘘だと思いますが(このサイレンなど全国的に広がりつつあるようですが、そうするとそれも私のせいですか?…まったく凄まじいですね。凄まじい責任転嫁です)何でそんな大嘘話を皆信じるのでしょう?漫画でもそんな悪魔出てきませんよ。

では、どうしてそんな悪い者に鳥や魚などのたくさんの動物たちが寄ってくるのですか?(たったこれだけの質問に答えられた人が一人もいません)

そうして、そのような悪い者のいうことを聞いている人たちに(少数ではありますが、そのような人もいますので)奇跡が起きているのでしょう。

皆さんが信じていることと、その悪者の私に起きていることが逆のような気がしますが、そこはどのように考えるのですか?

昔話を思いだしてください。悪い人たちに罰が当たるという話はいくらでもありました。その話はおとぎ話でもなんでもなく本当の話であったのです。(悪い人とは行いが悪い人だけではありません。心が悪い人も悪い人なのです)

そうして、釈尊やキリストを思いだしてください。あのような方々に災いが起きたでしょうか?

釈尊やキリストに災いは起きませんでした。奇跡しか起きていないのです。釈尊やキリストは心がきれいであったからです。心が正しかったからです。

心がきれいで正しい人には奇跡が起き、心が悪い人(それは即ち正しくない人)には災いが起きる、これがこの世の道理なのです。

それをごまかすため多くの人たちは、責任転嫁して悪いことをみな私のせいにしているだけなのです。

ここに書いていることが本当で、回りから聞く話は嘘がたくさん混じっているのです。

だから私のいうことを聞く人には奇跡が起きているのです。本当の正しい話を素直に聞いているからです。

嘘はついてもいけいないし、その嘘に騙されてもいけません。

嘘をつくのも悪いことなら、その嘘に騙されるのも悪いことなのです。

嘘に騙されていませんか?

起きている現実をよく見てください。

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10月 02 2015

ピンチはチャンス

爆弾低気圧の影響で広い範囲で大荒れの天気となっているようですが、相変わらずこちらも大荒れです。

昨日の夜からおかしかったのです。(もちろんどこかの会社です)凄い怒りようで(八時~九時くらいからです。ちょうど社長が外に出てきたものですから「社長もう夜なんだから静かにしてよ」と十分ほど社長と外で立ち話をしていました)それが今日の朝まで続いているようです。(ブログが書きにくいったらありません。最悪ですね。これでは悪いことは続くでしょう)

昨日は、男子プロゴルフの東海クラシックを観に行ったんですが、やはり昼頃出てきました。

昨日は、特別他のギャラリーがうっとうしかったからということでもなかったのですが(少々はやられましたが)それよりもあまりにサイレンがしてきたから、それでいやらしくなって早めに出てきたのです。(東海クラシックをやっている三好カントリーは、愛知県みよし市黒笹町にあるのですが、その辺りでもよくサイレンが聞こえてきました)

サイレンがしてきたからと、私がいやらしくなることもないんですが、何せあのサイレンを私のせいにしている人が多いので、サイレンがしてくると「ううん」とか「ゴホゴホ」とか何かと反応するギャラリーも多いのです。(ゴルフをしているプロゴルファーの人たちまで反応しますので)

それでなんとなく居づらくなって早めに出てきたのですが、それにしても凄いことが広がり始めています。それなのに皆さんいつまでも態度を変えようとはしないのですね。(人のせいにしているだけでです)

本当に傲慢で頑なな人が多いようです。(命までかかっているのに、ある意味凄いです)

しかし、現実に起きていることが分かっているのでしょうか?

最近はどこに行ってもサイレンが聞こえてきます。だから必然的にそのことばかり書いているのですが、とりあえず名古屋だけを見てもです。

多くの人は、今の名古屋の現状をお分かりなのでしょうか?(まるで状況が理解されていないとしか思えませんが…)

今日もすでに何度かサイレンが聞こえてきていますが、現在の名古屋はこのサイレンに加え癌まで多発し出したのです。

あのサイレンの人たちが、どういう病気で運ばれているのか知りませんが、そのような病気の多発プラス癌の多発です。一体どれほど恐ろしいことが起きているのでしょうか。(もう運転手連中の態度は明らかにおかしいのです。それは昨日行ったみよし市の辺りでも同じでした)

どこかの会社も同じなのです。今日も何か確実に起きるのです。(もう毎日何か起きているのですから)毎日何か起きることが分かっていて、それでも神に頭を下げようとはしないのです。

「お前のせい」と私に八つ当たりしてでかい音をたてている人たちばかりなのです。(もちろん周りにも迷惑です)

名古屋の人たちの態度は明らかにおかしいのです。どれほど恐ろしいことを起こされても(しかも毎日です)それでも神に祈ることもしなければ、自分を謙虚に振り返えり反省することもない。

とにかくやることといえば、そういう恐ろし現象をみな人のせいにして怒って嫌がらせをしているだけ、大丈夫ですか?こういうバカなことをし続けていてです。

バカとしか思えないでしょう。これほどの現象が毎日起きているのです。(いろいろな病気になる人や癌になる人が続出している)

これほどの現象が毎日現れていて、やっていることは毎日怒って人に嫌がらせをしているだけで、それ以外は日常の生活を変えようとしない。

とてもじゃないですが、まともとは思えません。起きていることに対し、やっている態度が異常なのです。異常なほど神に対し不遜な態度を取り続けているのです。(もはや異常な態度というしかありませんね)

だってそうでしょう。これほどの現象が毎日現れてきたのです。

普通なら、畏れおののいて神に頭を下げ、自分が悪いところは直しますと、だから何とかこの現象を収めてくださいと、毎日でも反省して祈るのが人としては当たり前の行為であると思うんですが、なんと名古屋の人たちは、そのような行為などしようとも思わず、未だこの現象を人のせいにし続け怒っているだけなのです。

反省とお許しくださいという、神への祈りをしなければいけないところを、その正反対の神を無視して怒りと責任転嫁をしているというのですから、ゾッとしますね。(何をやってんでしょう、この人たち。これでは起きる現象に拍車をかけているだけです)

やっていることがめちゃくちゃなのです。だから私は名古屋の人たちはもはや異常な態度を取っているといっているのです。

神から、これほどの現象を現されている人たちは現在の世界ではいません。(人同士で恐ろしい戦争などしている国はいくつもありますが、神が直接これほどの天罰を下されている人々は〔過去はともかく現在は〕いません)

どれほど神に対し不遜な(異常な)態度を取り続けているのか、名古屋の人たちはよく理解するべきなのです。その理解が足りなければ滅ぼされることになるからです。(これほどの現象が毎日名古屋に起き続けているのです。そうしてこの現象は〔今のままなら〕激しくはなっても収まることはありません。「このままでは名古屋が滅ぼされる」決して絵空事ではないと思います)

昨日は大阪市長さんが新党(おおさか維新の会)を結成するという発表をされました。

そうして東京の一極集中を改め、大阪を副首都にしたいという構想まで発表されていました。

それが出来るか出来ないかはともかく、威勢がいいことです。そのような東京と大阪が話題となる中、その真ん中にある愛知、名古屋では、なんと神の業が現れまくって滅ぼされそうであるというのですから、えらい違いです。

東京が首都で大阪が副首都、では、その真ん中の愛知、名古屋はどうするのでしょう。(今のところ最悪ですが)

この神の教えを拡げることが、ここ愛知、名古屋から始まれば、この大名古屋は(めんどくさいんで愛知と名古屋を一つにまとめました)日本はおろか世界に影響を与えることになります。(日本の首都やら副首都やら日本を変えるやら、そんな小さな話ではありません。世界を変えるのです)

この大名古屋は滅ぼされるくらい神の業が現れているのです。

ということは、それほどの奇跡が現れているということになるのですから、では、この神の業が変わるなら(本当の奇跡にです)この大名古屋には(というか、三重でも岐阜でもすでサイレンは聞こえています。もうこの愛知、岐阜、三重の三県でも神の業が頻繁に現れているのです。ではまとまってしまってもいいわけです。神の業が頻繁に現れるということで道州制も一緒にやってしまってはどうでしょう)奇跡が次々に現れ、神の教えまで勉強することが出来るとなれば、世界中から人が集まってくるのです。

ピンチはチャンスです。

多くの人々の心が変わるなら、滅ぼされそうな大名古屋が一変に繁栄と奇跡が次々に起きる奇跡の場となるのです。

少し心と行いを変えるだけで、それは実現します。

それをされてはどうでしょう。そうすれば世界が救われるからです。

(世界で一番法が分かっている人たちがこの大名古屋の人たちです。私のいうことを知っていて、神の業まで頻繁に現れているのですから、法を知ることと、その法を実体験している、これだけ法の勉強をしている地域は他にありません。知らず知らずのうちに、この辺りの多くの人たちはたくさんの法の勉強をしているのです。その勉強した法を生かせるなら世界を変えることが出来ます。いつまでも小さなことにこだわっていないで、世界を変える奇跡の運動に協力されてはどうでしょうか。それが本当の人の道であるからです)

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9月 30 2015

奇跡と災い

昨日はずいぶん奇異でした。

昨日私は午後から名古屋港に行きました。そうして名古屋港で海に向かって呼びかけましたが、たいして魚も跳ねなかったものですから水族館に入りました。

水族館に入ると何か面白い態度を取る動物たちがいるからです。

昨日も、ベルーガやシャチ、小さい小魚たちが面白いことをやってくれました。イルカやペンギンたちも相変わらず可愛いんですが、似たような動画をあまり撮っても仕方ありません。

だから変わった動きをするものだけを動画に撮っているんですが、ある小魚たちで(ボラかなんかだと思うんですが)跳ねるのがいたものですから、それを動画に撮り(海や川なら跳ねる魚をたくさん見ていますが、水族館で跳ねるとは思いませんでしたので)ベルーガやシャチは面白い動きをしていたから動画に撮ったのです。

ベルーガやシャチは体が大きいですからね。少し変わったことをするだけで大騒ぎです。(笑)

ベルーガは、私が他のベルーガを撮っていたら(飼育員に調教されているベルーガがいたものですから、面白いんでそれを撮っていました)その画面に無理やり入ってくるのはいる、私の方に向かって泳いできてブッシュブシュ頭から水を出しているのはいると、なかなか面白い場面が撮れたのですが(ベルーガなど大きいものですから〔七、八メートルくらいあるみたいです〕何か近くに来るだけで迫力があり、恐竜を撮っているみたいでした)シャチはそれほど面白いような場面ではなかったのです。

ただ水中で止まって私たちをジッと見ているだけでしたから。(そういうところはもう撮りましたし)

ところが、そのシャチが水中に止まってこちらをジッと見ていたら、それを見ていた周りのお客さんがやたら騒ぎだしたのです。(シャチはわりと人気がありいつも何人かの人がシャチを見ています)

「何で」とか「凄い」とか、いいながらみなパチパチ写真を撮り始めました。

最初は何が珍しいんだろうと、その騒ぐ人たちを見ていた私でしたが、見ていた人たちがあまりに騒いで写真を撮っているので、段々私も「撮らないといけないのか?」と思えてきて、それでつられて動画を撮った次第です。(笑)

しかし、心が変わるならシャチたちはもっと面白い態度を私たちに見せてくれます。(現に私は、そのシャチが水中で逆立ちしたり、クルクル体を回したり、二頭で元気よく泳ぎ回ったりしているところを見ています。もちろん動画にも撮りましたが、その時も周りで見ていた他の人たちは「凄い」とかいって騒いでいました。私から見たら普通の風景ですが〔あまりにこういうことばかり見せられるので不思議とも思わなくなりました。それではいけませんね〕動物たちがこのような動きをするだけでも奇跡なのですね)

そういう楽しみが増えるという意味でも(それはどこにいる動物でも同じです。どこにでもいる〔すずめや魚などの〕動物たちであろうと、水族館、動物園にいる動物たちであろうとです)早く心を変えられた方がいいと思うんですが、奇異であったのはその帰りのことです。

水族館を出た私は、帰りは(よほど疲れていない限り)歩いて家まで帰ることにしているのです。(行きは地下鉄など乗って行きますが)

水族館から家まで歩いて一時間半くらいですので(だから五~六キロくらいだと思います)歩いて帰るにはちょうどいい距離だからです。

そうして歩き始めたのですが、三十分、四十分と歩いても妙に静かなのです。

私の横をもう何台かのトラックは走りにぬけて行きました。いつもならブシュブシュやられてもおかしくはないのですが、全然やっていきません。

「あれ?なんか変だな」と思いつつ歩いていました。

そのうちに広い通りに出ました。ここはバスからトラックからよく通るので、ここはうるさいだろうと思っていましたが静かなものです。

やはり変だなと思い、止まっているバス(そこらはバス停がたくさんありますので)などに「オイオイ、お前ら癌でも出たんじゃないのか」と声をかけていきました。

いつもなら、そんな声を聞けば、即座にバスの運転手にブシュとやられます。しかし、昨日は誰もしなかったのです。それどころか「癌」という言葉にやけにビクビクしています。

「本当に癌になる奴がたくさん出てきたんじゃないのか?」私は一人ブツブツいいながら歩いて行きました。

それにしても変です。私の横をバスだけではなくトラックも何台も走って行くのですが、誰も何もやっていきません。(そんな広い通りを歩いていたら、いつもならガンガンにやられています。それが普通なのかもしれませんが、私からしたら急に誰からも相手にされなくなったような〔そんなドラマたまにやっていますが〕そういう感覚でした。〔笑〕)

最後は「どうしたんだお前ら」「私はここにいます」とか、走って行くトラックに声をかけながら歩いていました。(逆に不安で。〔笑〕)

しかし、結局、一号線と太平通りが重なるかなり交通量の多い交差点では、二、三のトラックがブシュとやっていきましたが、それ以外の場所では、それらしいことを(音がしたかしなかったか微妙にやっていく運ちゃんは何人かいたようですが)されなかったのです。

一時間半も外を歩いていて、それでほとんどそういう嫌がらせをされなかったなど何年ぶりでしょう。(笑)

それくらい珍しいことが昨日起きたのです。(だから昨日は奇異であったと最初に書いたのです。まるで世にも奇妙な物語にでも出演しているようでした。〔笑〕)

それにしても変ですね。遠くを走るトラックは最近しなくなったのですが、私の近くを走るトラックなどみな意地になってブシュブシュやっていたはずですが、それまでやめてしまうとは一体どうしたのでしょう?

昨日はたまたまだったのかもしれませんが、まさか、そのような意地になってやっていた運転手連中にまで、癌が出たということではないでしょうね。(それもたくさんの人にです。一人や二人に出たというのならあれほどの態度は取らないと思うんですが〔それにそういうことでもなければ一変に態度が変わるなど考えられませんが〕…だとしたらかなり怖いんですが。〔汗〕)

そうとしか思えない態度ですが、もし、そのようなことまで起き出しているのなら悪いことはいいません。早く詫びを入れられた方がよいのではないでしょうか。自分が癌になってからでは遅いからです。

どこかの会社もそうでした。最初は月に一度くらい、それが週に一度くらい起きるようになり、最後には毎日何か起き出したのです。(昨夜も何か起きたようです。〔昨日の午前中もそうでしたが〕今日は妙に静かです。そうして所々で切れるのです。やってる態度が毎日変わります。情緒不安定そのものです)

とにかく起きる現象が激しくはなっても、収まることはないのです。

神の業とはそのようなもので、起きている人たちが反省しない限り収まることはないのです。もし、そんな激しい現象が現れてきたとしたら、かなり危ないからです。

もう聖書に書かれたことと同じようなことが起きているのです。(もしかしたら、それ以上のことが起きているかもしれません)

これが脅しでもなんでもないということは(他の地域の人は分からなくても)この辺りの人たちは分かるはずです。

悪いことをしているのはあなたたちなのです。

悪いことをしていないのに謝れといっているのではないのです。悪いことをしているから謝ったらどうですかといっているのです。

そうしないと収まらない現象が起きているからです。

神の教えに関わるとはこういうことなのです。(よいことをすれば奇跡が、悪いことをすれば災いが、必ず起きてくる)

最近は、挨拶をしてきたり(こんにちはとです)私を見て頭を下げる人たちが増えてきました。(急にそんなことされても、こちらも対応できず無視したり「ハァ」という顔をする時もあるかもしれませんが、そのような態度も、その対応になれるまではご了承ください)

私に何もしていない人たちはそれでも構いませんが、私に嫌がらせをした人たちは、そんなことをしたくらいで許されるものではありません。

嫌がらせをした小学生、中学生までは詫びを入れるだけで許されるでしょう。しかし、それ以上の人は詫びただけでは許されません。詫びて反省されるのと同時に何らかの協力はされないといけないでしょう。

そのような協力が集まり、神の教えがより説けるようになって初めて神はその罪を許され喜ばれるからです。

早くされた方がいいでしょう。今のままでは(今もまたサイレンがしていますが)災いは激しくはなっても収まることはないからです。

(奇跡と災い、この辺りは本当に極端な現象が現れています)

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