1月 08 2025
本当にある地獄の世界
これから今季一番の寒気が入ってくるそうですが、これだけ冷えているというのにです。
昨日でも熱いのがいましたね。というか、熱い工事現場がありました。これだけ寒い時には逆に助かりますね。暖かくてです。(苦笑)
二つくらいありましたかね。そんな「やたら怒っている」ところがです。しかし、あそこになんかしましたかね。もうまったく覚えていないんですけどね。そんなところはそこらじゅうにあるからです。
しかし、まあ、そんなところに「おいおい、いい加減にしとかないともっと出るぞ」などといった日にはよけい怒ります。(昨日もそんなようなこといったんでよけい怒っていました。〔苦笑〕)
それで「こっちは歩いていただけなんだけどな」「それなのに仕事にかこつけて一方的に嫌がらせをしてきたのはそっちの方だよな」「なのに悪いことが起きたらこっちのせいか」などと立て続けにいうとです。
だいたいは静かになります。さすがにそんな図星を突かれてはどちらが悪いかは子供でも分かるからです。
そこの現場を私が祈ったかどうかなど忘れましたが、しかし、どこも同じです。いつもそのパターンですので、どこでもそういっておけばまず静かになるのです。
こちらからなにかしたことなど一度もないからです。100%天罰がくだっているところが先に嫌がらせをしてきているからです。
だから、そこの現場にもそういったのですが、そうしたらやはりシーンです。もう呆れますね。全部自分たちが悪いのにです。それなのに、それをいちいちいわないと分からない。また、いってもすぐに忘れる。(次回通るとまた同じことしてきますから。〔苦笑〕)
なんでこうなんでしょう。現代の人たちはです。それで神理を通して神のことを散々教えてもらい、心まで救われているというのにまったく感謝もしない。
これでどうやって天罰が止まるというのでしょう。これでは降りてもくるでしょう。こうなにもかもが足りなくてはです。感謝は足りない、悪いことをしているという自覚は足りない、反省は足りない、こんなではです。
そのような知るべきことを知らないことも(バカも)悪だからです。
もう少し考えましょう。この正法神理は善悪の基準を法律に置いているわけではないからです。善悪の基準は良心であるからです。
元々、それが本当の基準ですから文句はないはずです。それも神理を知ったから分かったことですが。(有難い、有難い。〔笑〕)
それが嘘ではないということは、その起きてくる天罰で分かるはずです。別に私に嫌がらせをしている人たちは法律を犯しているわけではないからです。しかし、良心を基準に考えるならそれは悪いことであるからです。
だから天罰がくだっているのです。それがなによりの証拠なのです。そのことが悪だというです。
そのような、それが悪だと教える現象まで現れてくるのです。これほど分かりやすい、そうして正しい話もないではないですか。口でいっているだけではないからです。ちゃんと現象に現れてくることであるからです。私がいっていることはです。
だから、それを否定するというなら、私以上の現象を見せてください。そうしたら私も認めるからです。そちらのいっていることが正しいとです。しかし、口だけではダメなのです。
そんな口だけでは、そちらのいっていることが正しいかどうかなど分からないからです。口ではどうとでもいえるからです。そんなことより根拠なのです。証拠なのです。私にはそれがちゃんと現れています。
いつまでも見苦しく嫌がらせなど続けて負けを認めぬよりもです。自分が間違っていました、これからは神理を勉強しますと潔く頭を下げませんか。それこそ正しい態度であるからです。
正しいことがいくつもあるわけではありません。正しい態度は一つなのです。そのたった一つの正しい態度を取らない限りは、その起きている天罰は絶対に止まりません。
どこかの会社などもう10年以上も天罰がくだり続けています。止まらないからです。天罰がです。止まらないどころか、どんどんひどくなっているからです。天罰がです。
このようになるのです。ひとたび神理と縁を持つなら、もう一生、教え続けられるのです。そのように神が導いてくださるからです。正しい行いを神理に対しするまではです。
そんな神理と縁を持ちたくないというのであれば、さっさと嫌がらせしたことを私に詫びて布施をし、もう二度とこの神理にはかかわらないことです。(もうこのブログは見ないことです)
そうすればまた元の人生に戻ることが出来るからです。よいことも悪いことも起きる(実際は悪いことしか起きていないんですが)そんな普通の人生にです。
どちらにしても神理を説いている私に嫌がらせをして、それでそのままではすみません。頭を下げるのが嫌なら、その天罰は一生続くことになります。一生というより死んだ後まで続くことになるのです。その苦しみはです。
そのような人は前回も書きましたが、死んで地獄に堕ちて、そこで苦しい目に遭うことになるからです。神理に逆らったまま死んでいくならです。
そうして、その地獄の苦しみは並ではないそうです。高橋先生がそういわれているのですから、間違いないでしょう。
様々な地獄の世界がある中で、血の池地獄やら(実際にそういう地獄に堕ちている霊たちがいるようです。その霊に憑かれてしまった人の話が高橋先生のご著書の中に書かれてありますが、その人は女性の方で生理が近くなってくると身体が苦しくて仕方なかったそうです。その人を高橋先生が霊視すると、そんな霊が憑いていたそうです。血の池地獄で苦しんでいる霊がです。だから生理が近くなるとその人の身体が苦しくなってきたのです。その生理の血にその霊が苦しめられていたからです)火炎地獄やらも(これは放火などしていた人がいく地獄です。そうして焼身自殺などした人もです)本当にあって、そんな地獄に堕ちると、その苦しみは想像を絶するほどだそうです。
そりゃそうでしょう。血の池でずっとおぼれ続けていたら気持ち悪いし苦しいし、火炎地獄など堕ちれば、自分の身体がずっと燃え続けているのです。(火炎地獄は生きたまま身体が焼かれる、そんな苦しみがずっと続くそうです)
もうゾッとしませんか。そんな地獄に堕ちるならです。しかし、そういう体験をしている人たちは実際にいるのです。高橋先生が(お釈迦様が)そういわれているのですから間違いないでしょう。
高橋先生はお釈迦様であった時は、その地獄の光景を多くの弟子たちの前に現わし、それで弟子たちを戒めたといわれます。自分たちも間違った行いなどすればこうなるとです。
「それを今回もやりますよ」と高橋先生はいわれていたそうですが、しかし、今回は、そのような神通力を現わされる前に昇天されました。
もし、高橋先生が、そのようなすさまじい現象を今回も現わされていたとしたら、地獄界はもっとリアルに世に伝えられていたと思いますが(GLAの弟子たちによって。そのようなすさまじい現象はより大げさに伝えられますので)残念ではありますが、今回はその前に高橋先生は亡くなられました。
しかし、そのような地獄の存在を高橋先生がはっきりいわれていたのは事実ですし、その地獄に堕ちている地獄霊たちに憑かれた人たちを書いた「悪霊」というご著書も出版されています。
そういう地獄の世界があることだけは確かでしょう。そうしてこの世で悪をたくさん犯した人たちがいく世界であることも確かです。(もちろん良心が基準の)
そのこの世の悪の中で神理に逆らうくらいの悪はありません。(くどいくらいいっていますが。だからそれほどの天罰もくだるのです。この世で一番の悪を犯し続けているからです。良心から観たらです)だから、そんな嫌がらせをするだけでなく、このブログを見ているのに感謝もせず死んでいった人たちは地獄に堕ちていますよ、とも私はいっているのです。
それもまたそれほどの悪もないからです。(神理を散々教えてもらっていながら感謝もしない。どれほど恩知らずでしょう。〔親の恩より神理の恩は深いというのにです〕良心に照らし合わせて考えるならこれほどの悪もありません)
神理を読むならもう少し真剣に読みませんか。そうしないと読む意味がないのです。
ここには大事なことが書かれてあるからです。それこそ死んだ後まで影響する、そんな本当に大事なことがです。



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