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8月 08 2013

知るべきことを知らない罪

10:38 AM ブログ

やはり昨日は予想通り暑くなったようです。立秋を過ぎましたので、もう猛暑とはいわないのでしょうか?しかし、これからの数日(ですむかどうか分かりませんが)の暑さを残暑というのもおかしな言い方です。(かなり暑くなりそうですし)では酷暑とでもいえばいいのでしょうか。

言い方はともかく、いきなりの三十八度超えです。(高知でしたっけ?)この先が思いやられますね。

しかし、不幸なことがたくさん起きますね、現在の日本は。

もうこれまで異常気象はたくさん起きていますので、何回も書きませんが(というか、そんなの書いてたらそれだけでブログが終わってしまいます)一言でいうなら、現在起きている異常気象は極端である、ということです。(それも超がつくくらいのです)

大雨のところがあれば、極端に雨が降らない地域もあり、またその降る雨も集中豪雨ばかり、しかも、狭い地域に一気に降るものですから、何もいいことありません。そんな降り方をすれば、その一部の地域が洪水や土砂崩れの被害に遭うだけだからです。

そのせいで、どれだけ雨が降っても水不足の解消にはならず、大雨の被害だけは出るという最悪のパターンです。そうして雨が降らない地域は全然降らないのです。(沖縄など観測史上最少の雨しか降っていないらしいですし)

そうして暑くなればこれもまた極端に暑くなって、異常な酷暑となります。

よくこれだけ極端な天気になっているものです。

というより、そんな極端な天気にされているのですが、これをまた“温暖化”の一言で片付けようとしています。マァ、恐ろしいにもほどがあります。

このような“極端”というものは神の心ではありません。神の心は釈尊がいわれた“中道”なのです。ということは、このような(超)極端な天気になっているのは、もっとも神から遠い、そのような心を現されているということです。

ということは、現在の日本の人々は、神の心からもっとも遠い心をもっているということになります。

それを、このような天気は教えているのですが、多くの日本の人々はそれを少しも悟ろうとしないのです。

神の心から遠いということがどれだけ罪なことなのか、これだけの不幸が連続して起きているのですから、悟ってもよさそうなものなのですが、それが現在の日本の人々には、どうしても理解できないようです。

それはこの辺りの人でも同じで、どれだけ恐ろしい現象が起きても、それでもまだ、それを自分の罪とは認めず私のせいにしているのです。一体いつになったら、ご理解いただけるのでしょうか。

何かこの辺りいろいろ起きているようです。(皆さん妙に殺気立っていますし)

この辺りの人は、このブログを書くことの邪魔をし(法の流布の妨げ)私に散々嫌がらせをし(法を説いている者への冒涜)そうして何度も私のブログを読んでいるにもかかわらず、少しの布施も行おうとしません。(法を教えてもらっているにもかかわらず、少しの感謝の心も現そうとしないのは、もちろん罪です)

法など、この世で巡り合えるかどうかも分からないくらいの貴重な教えなのです。

その(超)貴重な教えの流布の邪魔をし、その法を説いて奇跡を現している者に嫌がらせをし、なおかつ、この世で聞けるかどうかも分からない教えを散々聞いておきながら、少しの布施もしない、これだけ悪いことを立て続けにやっていながら、この辺りの人たちまったく罪の意識がないのです。自分たちは一つも悪いことをしていないと、平然と思っているのです。

だから悪いことが起きても、それを全部私のせいにして平気でいられるのです。自分たちが悪いことをしているという罪の意識がないからです。

しかし、罪の意識があろうがなかろうが罪は罪なのです。

神から観たら、これだけ悪いことをしている人たちはいないのです。

だから、恐ろしいことがこの辺りで次々に起きているのです。この辺りの人たちは、神から観て、どれだけ悪いことをしているか分からないからです。(だから、そのような恐ろしいことが、ずっと続いて起きているのです。ずっと悪いことをし続けているからです)

それが悪いことかどうなのか、どれだけ議論しようとも、その答えはこの世の人たちだけでは出てきません。(それは、この世はいろいろなレベルの心の人たちが集まっているからです。心が低い人は理解できないことも多いからです。特に神の心を理解するには、心が低い人にはなかなか難しいのです)

しかし、このような時代(正法の世)となりますと、悪いことをしていると、それはいけないという現象がすぐに現れて参ります。

現在日本で起きている異常気象、同じくこの辺りで起きている異常現象は、すべてそれであるということです。

どれだけ罪の意識がなくても、悪は悪であり、それを知らずに犯し続けていれば、それは大きな罪となるのです。

釈尊がある人から「一番悪い人とはどのような人をいうのでしょうか」と質問を受けた時に「それは、知るべきことを知らない人である」と答えていられます。

自分がそうと思わなくても、神の心からすればそれは大きな悪である、と思われることはたくさんあるのです。だから、神の心を知らないといけない、と私は何度もいっているのです。

この世で一番悪い人とは、知るべきことを知らない人である、と釈尊はいわれました。

では、どれだけ自分は知らなかったと言い逃れをしようと、それは罪は罪と知らなかった人が悪いのです。(神の心は神の子の人間であるなら、当然、知るべきことであるからです。だから神から観て罪になるようなことなどやってはいけないと、知っていて当たり前だからです)

なぜ今、これだけ異常な現象が次々に起きているのか?それは知るべきことを(神の心)知らない人が多いからです。

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