>>ブログトップへ

9月 14 2010

ゴルフトーナメントを観に行って⑤

10:26 AM ブログ

富が分配されなければならない人に、富が分配されないということは、必要以上に富が分配されている人が周りにいるということです。なぜ、富の分配がちゃんと行われず、ある人には多く富がいき、またある人には富がいかないという現象が起きてくるのでしょうか?

この世は、ある程度この世に生まれてきた人たちの考えが優先されます。(ある程度です。その考えの度が過ぎれば天より気づきが与えられます)そうしてこの世に生まれてきた人たちが「人には絶対負けたくない」「自分さえ勝てればいい」と考える人が多いと、そのような人たちの中で、その考えの一番強い人に勝ちが集中します。それが、富が分配されなければならない人に富が分配されない理由です。強い思いは弱い思いを吸収(支配)してしまいます。皆が同じような考えを持った人の中では、そのことを一番強く思った人の願いがきかれるのです。

たとえばゴルフならゴルフで、生活しようと決めてこの世に出てきた人が百人いたとします。ところがその百人がこの世の間違った思いに流されて、皆が皆、負けず嫌いで自分さえ勝てればいいと思ったとします。すると、その百人が正しい思いをしていれば、全員に(もちろん多く貰う人と少なく貰う人に分かれますが)うまく富が分配されたのに、間違った思いを持ってしまったがため、自分が貰う以上に富を貰う人と、自分が貰わなければならなかった富をもらえなくなる人が出てくるのです。

私はなにも多く貰っている人がいけない、といっているわけではありません。ある人はゴルフでたくさん稼いで恵まれない人に寄付します、といってこの世にでてきた人もあるでしょうし、またある人は、ゴルフでたくさんお金を稼ぐことにより、自分の心を磨いてそのお金を多方面に回して、いろいろな人の助けをしたいと思ってでてきた人もいるでしょう。人によって生まれてきた条件が違っているので、一概にたくさん貰っている人がいけない、とはいえないのです。私がいっているのは、自分が貰う以上に貰っている人がいるので、それはいけないといっているのです。

では、必要以上に貰っている人は誰で、それをどうしたら貰わなければならない人に、分配することができるのかということですが……それができるのが法なのです。

間違った考えを持った人が法を知って正しい考えに変わったとします。すると、どれだけ強い負けず嫌いの心や、自分さえ勝てればいいという考えを持った人でも、この法を知っている人の考えには勝てなくなります。それは、この法が天より一番優先される(強い)考えであるからです。つまりどれだけ強い念を持っている人がいたとしても、その考えに間違いがあるならば、法を知った人のほうが強いということです。(もちろん法を知った人がどこまで法を理解できるか、ということにも比重がかかってきますが)

そうなると今まで念の強い人のところにいっていた富が、行くべき人のところに行くようになり、富の分配が正常になるということです。

つまり、さほど深く考えなくても法を知る人が多くでてくれば、富の分配が正常に戻りみんなが幸せになれるということです。そんなうまい話があるか、と思われる人もいるでしょうが、それは間違った考えに支配され、不平等な分配をされた世の中に慣れてしまい、それが当たり前と思っているからです。

そうではなく、この世は皆がそれぞれ分にあった、幸せな生活をするのが当たり前で、そのように仕組まれているのです。

その当たり前の幸せな生活ができる方法を教えているのが、釈尊やキリストが説かれた法(神理)なのです。だから、私は法を一人でも多くの人に伝えたいと言っているのです。

では、釈尊やキリストが説かれた法とはどのようなものなのか、ということですが、なにも釈尊やキリストが特別なことを話されたわけではありません。

0コメント

Trackback URI | Comments RSS

コメント記入

Spam Protection by WP-SpamFree


あなたは人目の訪問者です。