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9月 27 2013

親の愛

10:37 AM ブログ

あの大阪の、体罰問題で自殺した生徒が出た高校の先生に判決が出たようですが、その自殺した生徒の親は、百パーセント被害者という態度をとって、あの判決では納得できないようなことをいわれていました。

マスコミや世間は、親御さんの気持ちを考えると、とその一点張りで、そんな指導をした教師が悪いの大合唱でしょうが、私はその自殺した子の気持ちを考えると、そんな指導をした先生が悪いと一言ではとてもいえません。

自分の子供が、自殺するほど悩んでいたのに、その子の親はそれに気づかなかったんでしょうか?その子は特別先生から厳しい指導を受けたわけではありません。それまでの歴代のキャプテンは皆同じようにそんな指導を受けていたのです。それなのになぜ、それまでの子は誰も自殺などせずに、その子だけ自殺したのでしょう?

その自殺した子と、それまでのキャプテンを務めていた子では何が違うのでしょう。同じ先生から受けた指導方法は同じでも、育った環境と親が違います。では、そこに問題はなかったのでしょうか?

こういう教育問題(親子含めたです)やら何やら書きたいことは山ほどあるのですが、取りあえずは地元名古屋の異常現象問題です。これを解決しないとどうにもならないでしょう。

しかし、これだけサイレンがしているのに、その同じ地元の人たちはまるでうわの空ですね。何も感じないのでしょうか?

こんな現象が起きているのです。(毎日何度も救急車のサイレンが聞こえてくるんですよ)もう少し真剣に考える人がいてもよさそうなものですが、あまり態度を変えようとする人はいません。どうなっているのでしょうか?(ほんと不思議ですね)

その理由を一言でいうなら“愛のない人が多い”ということでしょう。

先ほどの問題でもそうです。親の愛を、あの自殺した子がもっと与えられていたのであれば、この子は自殺しなかったでしょう。(親にもっと励まされるなり、キャプテンをやめるなりして、必ず他の道がついていたからです)しかし、親の愛がこの子には足りなかった。だからこの子は自殺したのです。本当はこういう子が出たのであれば、そういう指導をした先生以上に、親がもっと反省しなければいけないのです。

ところが、世間はそれをいう人が誰もいません。では、親はまったく反省しないでしょう。自分たちに罪はないと、自殺した子の気持ちなど一切考えず、反省さえしようとしないのです。それでは自殺した子も浮かばれません。この親が自殺した子のことを反省するまで、この子は地獄で苦しむことになります。

このように親の愛が足りなければ、これからも、少しくらいのことですぐ自殺してしまう、そんな子が増えるでしょう。愛がなければ殺伐とした世の中にしかならないのです。

この辺りがまさにそれでしょう。今回は親の愛に絞って書きますが、このようなこと(救急車のサイレン)が起きているにもかかわらず、この辺りの子を持つ親の人たちはどういう考えでいるのでしょうか?そこらへんがまったく不思議でなりません。

だってそうでしょう。こんな異常なことがこの辺りで起きているのです。普通であるなら、子を持つ親はいてもたってもいられないはずです。自分の子供がいつ救急車で運ばれるか知れないのです。私にどうしたらいいのか聞きにくるなり、文句をいうなりしてきてもおかしくないですし、わが子だけでも何とかならないかと、その解決方法を必死で探すはずです。

とこらがこの辺りの親御さん、今起きていることを傍観しているか、私に嫌がらせすることくらいしかやらないのです。実に不思議ですね、親の愛がないのでしょうか?

そう考えざるを得ないでしょう。子供と一緒に私の悪口をいって、それでどうにかなる問題なのでしょうか?そんなことをしていれば、当然その子は私を見れば嫌がらせをしてくるのです。そうなればよけい子供が危ないとは考えないのでしょうか?そういう発想もなく、子供と一緒になって私の悪口をいっているなど、それでは親子の会話とはとてもいえません。まるで子供と子供の会話のようですね。

こういう部分一つとってもそうです。愛がないのです。(マァ、愛がないから人に嫌がらせもできるんでしょうが)もし子に対する愛が深いのであれば、とてもそのような態度は取らないはずです。この子が助かるならと、それこそ大嫌いな私のいうことでも、少しは聞いてみようと思うのではないですか?(親の愛は、そのような人に対する憎しみなど超越しているはずですから)

ところがそういう人皆無です。では、自分がどうなろうが、子供がどうなろうが知ったことではないということでしょうか?

本当に親子の愛がありません。もう少し(自分はどうでも)子供さんのことを考えられてはいかがでしょうか?(親子の愛が神の愛なのですから。それでは全然神の愛になっていません)

そうして、もし子供さんのことを思うのであれば、私への態度を少し考えられたらいかがでしょうか?(今の名古屋の状況を考えるのであれば、それが一番大事なことなのではないですか)

甘やかすばかりが親の愛ではありません。本当に自分の子が可愛いのなら、大事であるなら、自分のプライドなど捨てることです。そうして、自分の子がどうしたら無事でいられるのか、私に聞きに来ることです。昨日も書きましたが、それ以外の手などもうないでしょう。ダメもいやもありません。そんなことよりわが子への愛の方がよほど勝るのではないですか?それが子に対する親の当たり前の気持ちであると思うし、また、それがそんな気も起きないというのであれば、その人は親としての愛がないのでしょう。

そのような人は、もう少し子供への愛をもたれてはいかがでしょうか。

もし、親の愛を本当に持ち合わせているのであれば、今の名古屋の状況に平気でいられるわけがありません。

そういう態度に出られる人が一人もいないということは、あまりに子への愛がない人が多い、そう思わざるをえません。

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