11月 18 2013
恐ろしい現象の原因
今日も朝早くから、ウーウーウーウー大変な騒ぎでした。(あれパトカーか消防か何か知りませんが…もちろん救急車のサイレンも聞こえています)それにしても何が起きているのでしょう、毎日、毎日。(本当に現実とは思えません)
これではそういう人たちからも嫌われますよね。(実際、消防車にまでブシュとやられたことありますから〔苦笑〕)
「私は自分の神通力で、この一年の間に数万という人々を病院送りにした」という人が、もしいたとしたら、こいつは頭がおかしいと思う人は大勢いると思います。
ところが名古屋では、この逆のことを思っている人が大勢いるのです。(本人がそんなこと思っていないのに、周りが勝手にそう思っているという意味です)なんと、このようなことすべて、私のせいにしている人がごまんといるということです。
考えられますか、他地域の皆さん。現在名古屋で大騒ぎしている事件を、皆私一人のせいにしているのです。(ある爺さんに「事件ばかり起こして何をいっとるか」と怒鳴られたこともありますし)
まったく自分たちには責任がないと思っているようです。自分に責任がない悪いことを、私が一人で起こしていると思っているようです。(釈尊がいわれた「善因善果、悪因悪果」の法則まるで無視です)
何度いっても、理解してもらえないのには呆れますが、理解してもらうまでいうほかないでしょう。それ以外助かる道はないのですから。(私もいい加減、こんな人としての初歩の初歩のこと、何度も書くのは勘弁してほしいです)
空気や水や太陽の光など、皆さんただでいただいていますが、これは誰のお陰でただでもらえているのですか?
このどれ一つなくても私たちは生きられないのです。(もちろんこの大地も含めてですが)日が照って、空気があって、雨が降って、そうしてはじめて私たちは生きることができるのです。
ではそれを誰が与えてくれているのでしょうか?自分の父や母でしょうか?それとも会社の社長さんですか?それとも総理大臣でしょうか?このどの人も、空気や水や太陽光をただで与えてくれるわけではありません。人がそれをしてくれるわけでは決してないのです。
では、誰がそれをしてくれるのでしょうか?
神でしょう。(他にいますか?そのようなものは、すべて私が与えているという人がいたら名乗り出てください)
では、その神に対し感謝するのは当然のことではないのでしょうか。
その感謝が足りないといっているのです。(ほとんどない人もいますし)
だから、こういうことが起きているのです。(特別名古屋だけではありません。日本全体にです)
これまで起きなかったではないか、と思われる人もいるでしょう。だから、それも何度もいっています。そのような時代、末法から正法の時代に変わりましたよ、と。
釈尊やキリストの時代にも様々な奇跡(現象)は現れています。今だけ特別なことが起きているわけではありません。ただ、そのような奇跡の現象を、現代の人は実際に起きたのではないと、または、そんなことが本当に起きたのかと半信半疑でしか知らないから、そういうことが実際に起きると、その現象の意味が理解できず、心を変えることができないのです。
だから、神の業を人の業だと勘違いしているのです。神のせいにできないから人のせいにしているということです。(本当は自分自身のせいなんですが)
現実に、私のせいにしていても何も変わらないではないですか。それが私のせいではないという証拠なのではないですか?(でも、それは認めないんですよね)
どれだけ仕事がしたいと思っても、またもっと遊びたいと思っても、病気になってしまえばそれもできなくなるのです。たとえ自分は平和に暮らしたいだけだといったところで、そういうことができなくなる状況に今の名古屋はあるのです。神の心に逆らい続けているということはそういうことなのです。
将来こうしたい、ああなりたいと、どれだけ思おうが、それさえも奪われてしまうのです。一番根本である神を一としないからです。そうして正しい信仰をしようとしないからです。(間違った信仰をどれだけしていても同じです。だから、このような現象が収まらないのです。皆、正しい信仰をしていないからです)
それをしなければ、それをしなければいけないという現象が現れてきます。それが正法の世なのです。
それを多くの人は知らないのです。今までこれでやれたのだからこれからもそれでいける、と漠然と思っているだけで、そんなことは自分たちの仕事でもそうは行かないのではないですか。めまぐるしく世の中が変わっている時代に、何で自分の生活態度だけ変えなくてもよいと思われるのでしょうか?それこそ自分が進歩していない証拠です。
自分たちの心を変えようとせず、自分たちが何かしたところで、名古屋の状況は何も変わらないのです。(むしろ悪くなる一方です)では、すべて私のせいにしている、その私のいうことを少し聞いてはどうでしょうか?(というか、もうそれしか道はないと思いますが、他に道がありますか?)
名古屋だけ見ても、すでに一年以上もこんな(サイレンがあちこちから響くという)異常な現象が続いているのです。では何かを、どこかを、変えるしかないのではないでしょうか。
今日も相変わらず、前の会社など私に嫌がらせを続けています。もし私が、本物の神の使いなら、その本物の神の使いに嫌がらせをし続けているのです。では、名古屋にどのようなことが起きるか想像がつくはずです。
今起きている名古屋の異常な現象は、そのような人たちが、神の使いに嫌がらせをし続けている結果なのではないですか?
釈尊やキリストのいうことを一つも聞こうとせず、その釈尊やキリストに嫌がらせをし続けていれば、この名古屋に起きている同じ現象が現れると思わないでしょうか?(病気になる人が続出するということです)
本物の神の使いのいうことを少しも聞こうとせず、嫌がらせを続けた結果が、現在の名古屋に恐ろしい現象を現している、その原因に思えてなりません。
何度もいいますが、少し考え方を変え、心を変えてみてはどうでしょうか?
どちらにしても名古屋の人々が、今のまま何一つ心も行いも変えようとしなければ、名古屋は滅ぶことになります。(そうですよね、だって何か変えないことにはこの現象は止まらないのですから)
いつまでも怒っているのも個人の自由ですが、考えを変えてみるのも個人の自由です。今までの考え方(怒っているだけ)では何も変わらないのです。
では、他の考え方をするしかないのではないでしょうか。



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