11月 25 2013
古代文明
相変わらずサイレンは止まりませんが、これだけ聞こえてくると、おかしくなる人も出てくるのではないでしょうか?(すでにそのような人も出てきているようです)
法を知っている私でもサイレンを聞くと「ドキッ」とするのです。法を知らない人はさぞ辛いでしょう。お察しします。(としか書きようがありませんよね、誰も現状を変えようとしないのですから)
しかし、傷口に塩を塗り込むようで申し訳ありませんが、これだけのことが起きているのです。それでも怒って嫌がらせを続けるというのは、天罰に反抗し神に逆らい続けるということと同じです。そんなことを続けていれば当然のことですが、もっと恐ろしい現象が現れてきます。(当然ですよね、天に逆らい続けているのですから)
少し自重されてはいかがでしょうか?(そうはいっても前の会社の連中など、同じようなこと続けていますし、まったく反省しようとしません。もうやけくそなのかもしませんが)
このような現象が現れている時は、やはり謙虚に頭をたれ、自分が悪かったと神の業に従順になられた方がいいのです。
今日など各地、大気が不安定になり暴風雨の予報が出ています。この辺りの救急車のサイレンも止まりません。(今日も朝から何度聞いたか分かりません)大変恐ろしい現象が全国的に現れています。
もう少し多くの人が神の心を知られてもよいのではないでしょうか。(というか、もうしないとやばいと思うんですが、これだけ神に逆らい続けている人たちも前代未聞でしょう。あまりに現代の人たち神に疎〔うと〕いです)
そんなことばかり書いててもいけませんので、今日は話題を変えましょう。(さすがにこの件ばかり書いていられません)
先日、トルコにある一万一千年前の遺跡のことをテレビでやっていました。その遺跡には神殿まであり、人類最古の神殿とかいっていましたが、わずか一万一千年前の神殿が人類最古とは、あまりに狭量な見方ではないかと思えてなりません。
その神殿からは石柱も発見され、この時代に組織的な宗教があったのかということで、騒がれてもいるようです。
そうしてその石柱には、いろいろな動物や人間が彫られていたようですが、それを(この当時はまだ鉄などなかった時代といわれますので…しかし、その鉄も、いつごろ発見されたのかよく分からないのですが)同じ石(石器)で彫ったというのですから大変な作業です。(さぞ大変だったでしょう、同じ石で石を彫るというのですから…しかし石で石を正確に彫れるものでしょうか?)
しかし、この遺跡を発掘すればするほど、現代いわれている定説とは合わない事実が、たくさん発見されているそうです。では、現在いわれている定説は正しいのでしょうか?(という疑問が当然出ますよね)
正しくないんでしょうね、実際の証拠である遺跡を発掘している現場の物と、定説が合わないんでは、それは証拠がある方を信じるのが当たり前の話だからです。
現在いわれている定説など、所詮は仮説にしか過ぎないんですから、定説が違っていたことなどいくらでもあります。(覆された定説などごまんとあります)
では、そのようにいわれている定説が違っているだけなのであり、そのような古代遺跡をもっと徹底的に研究し、正しい説を早く出すべきだと思います。
だいたい現在の科学者がいう、何千年も何万年も前の地球に住む人々は、すべて原始的な生活をし、時が経つにつれて段々文化文明が発達して、そうして現代のような科学が発達した世の中になった、などいう説は、あまりに単純で大雑把な見方なのではないのでしょうか。
そのような見方をすれば辻褄が合わないことがたくさん出てきます。
もちろんオーパーツの存在もそうですが、例えば世界四大文明(メソポタミア、エジプト、インダス、黄河)などは、ではどのように説明されるのですか?
あの四大文明は、ほぼ同時期に発達しています。(紀元前三~四千年頃)もし、現在の科学者がいうように、時間をかけて文化文明が段々発達したのなら、同じような時期に、まったく別々の場所で、高い文明が発達したということは説明がつかないではないですか。
しかし、現実に今から五千年以上も前に、イラクやエジプト、あるいは中国などのそれぞれの場所で、同じような時期に同じような高い文明が存在したのです。
このような事実など、現在の科学者は一体どのように説明をされるのでしょうか?
それに昔の人の方が、現在の人より智慧がなくて劣っているなどということは、釈尊やキリストの存在を知るのであれば、いえるわけがないのです。
釈尊やキリストは数千年も前の方々です。では、釈尊やキリストは現在の人より智慧がないのでしょうか?劣っていられるのでしょうか?(では何でそのような方々の教えを、未だに私たちは知って、教えられることが多々あるのでしょう?)
現代の人で釈尊やキリストを、智慧がなくて劣っていると思う人は多分皆無でしょう。では、二千年、二千五百年前の人でも、現代の私たちより、優れていた人は存在するということになるのではないですか。
二千年前、二千五百年前に、現代の人々以上の優れた人物が存在していた事実があるのですから、それなら、何千年前であろうと何万年前であろうと、優秀な人は存在していたということは考えられることであるし、そのような人たちが文化文明を発達させた、と考えるのは、決して無茶な意見だと思えませんがそこはどうなのでしょうか。
そのような、何千年も何万年も前に文化文明が発達していたという証拠は、そこかしこに存在します。(そのような記録やオーバーツなど)
何千年前であろうと、何万年前であろうと、また何十万年前であろうと、文化文明が発達していた地域はあり、現代の我々のように進んだ人たちは存在していたのです。
しかし、そのような人たちも、長い年月を経るうちに途絶え滅びてしまったのです。(大天変地異なども起こってです)それには様々な理由があったのでしょうが、しかし、わずかな証拠でも残っている限り、その事実(古代に高い文明があった)は消えません。
確実に古代文明は存在したということです。(つまり現在の科学者がいっている定説が違っているということです)
しかし、そのような高度な文明もやがては滅び、その形骸もほとんどないまま現在に至っています。(ですから、私たちが知らない高度な文明も、まだたくさんあったのではないかと思われます)
高度な文明も滅びたと書きましたが、しかし、私たちはそうあってはならないと思います。この文明を受け継ぎ、次に託していかなければならないと思います。しかしそれも人々の心次第でしょう。
あまりに傲慢に不遜になるなら、その文明も滅ぼされることになります。(それは歴史が証明しています)
歴史は繰り返すといいます。では謙虚な心を忘れてはならないのではないでしょうか。
(何かずいぶん救急車のサイレンがしているようですが、大丈夫でしょうか?)



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