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10月 30 2010

ゴルフトーナメントでの出来事⑥

10:33 AM ブログ

「前にも遼君と似たようなこと起こらなかったっけ」と私が思ったのは、多くの人がよく知っている、あの中日クラウンズでツアー最少スコアーの58を出した時のことです。

あのツアー最少の新記録となる58を遼君が出した時、私は目の前でそれを観ていました。あれは(遼君はおもしろくないかもしれませんが)天が力をかしたから、あのような奇跡の記録がでたのであり、決して遼君の実力だけでだした記録ではありませんでした。

あの時私は、何で私の目の前でこのようなことが起きたのだろうと不思議でした。あれは多くの人に、天が遼君のことを知らしめるために起こしたものではなく、天が私に何かを伝えたくて、あのようなことを起こしたようにも観えたからです。天が多くの人に遼君を知らしめるために起こしたのなら、私の前でわざわざそのような奇跡を起こさなくても、私が直接観てない大会で起こせばよいだけのことですし、そんなことを天がしなくても、もう十分遼君の名前は世の中の人が知っています。遼君の心がそこまで高まっていたからそのような奇跡が起きた、というのであればそういうことも起きてくるでしょうが、私はそこまで遼君の心が高く(如来級に)なっているとは思えませんでした。

なぜ天は、私の前で遼君を通してあんな奇跡を起こしたのだろう、と考えましたが、その時は分かりませんでした。分かりませんでしたが、何か心に引っかかるものを感じていました。

私はこのブログの中に何人かのプロスポーツ選手のことを書きましたが、名前を入れて書いたことはありません。本人の了解を得て書いているわけではないので、勝手に名前を入れて書くのもまずいと思ったからです。しかし、この時の遼君は何か非常に気になりましたので、この中日クラウンズの時だけは、遼君のことをはっきり名前入りでこのブログに書き、ツアー最少スコアーのことも書いておいたのです。

それは、遼君は今の心を変えてはいけないという警告もかね、遼君の心が今のまま変わらなければ、遼君と私の間に何か縁のようなものがあれば、天はまた私と遼君の間で何かを起こすであろうという思いもあったからです。(もし、遼君の心が極端に変わってしまうと、天は仮に私と遼君の間に何かあったとしても、何も起こさなくなります。それは、一方の心が極端に変わってしまうと、仮に今生会わなければならない縁があっても、会う方がマイナスが多いと天が判断した場合は、出会わなければならない縁を天が切ってしまうからです)

私は、その中日クラウンズのことを思い出して「それで今回遼君との間でこんなことが起きたのか(天が導いた)」と納得すると、遼君がなぜ、彗星のように我々の前に現れ、ツアー最年少優勝やら最年少賞金王やら起こしたのか、ということも理解できました。

それは遼君の実力と思っている人も多いでしょうが、ツアー最年少優勝をした時(例えばあのバンカーショットが入った時など)や最年少賞金王を取った時もそうですが、いくつかの奇跡が起きていたはずです。なぜ遼君に、そんな奇跡が起きたのか?ということです。

マァあまり遼君のことばかりいっていてもいけないでしょう。皆、この世に生まれてきた目的と使命は違います。そして、自分の生まれててきた目的は、自分自身で悟らなければならないことになっています。今自分は望んで今ある環境に生まれ、その中で悟れるように仕組まれています。ただ遼君に言えることは、遼君はゴルフをするためだけに生まれてきたわけではないということです。他にも大きなやらなければならないことがあるということです。

しかし、遼君だけではありませんが、今回の日本オープンを観に行って改めて思いました。なんと多くのプロゴルファーの皆さんが私に協力的なのだろうと。

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