12月 05 2013
責任転嫁の罪
……変ですね、昨日また何かありましたかね?
昨夜など、家の近くまで来たら急に人が増えて、私の方に寄ってくる人が皆、嫌がらせのようなことをしていくのです。それに、いつもそんなところに人いないだろう、というようなところに人がいてこっちを見ていましたし、昨夜はこの辺り明らかに様子が違っていました。
それに、昨日あんなブログを書いたものですから(昨日でも昼から前の会社の連中、あのブログ見て怒ってガンガンやってたのいましたから…大分迫力はありませんでしたが)今日は朝から凄いだろうなと思いきや、全然たいしたことありません。(悪魔に憑かれたのが一人二人ガンガンやってるだけです)
どうもこれはまた何か起きましたね。前の会社に起きたのか、この近所で起きたのか分かりませんが、とにかく立て続けにこの近辺で何か起きているようです。
あれだけうるさかった前の会社の連中が、一変に静かになってしまうんですからね。ずいぶん恐ろしいことが(続けて)起きているようです。
それでも無視しますか?この法を。
昨日でもあんなブログを書いたのです。ずいぶん怒っている人がいました。(特にトラックの運ちゃんで…思いっきりブシュとやってったのが何人もいましたから。それにバカにして人を見てヘラヘラ笑っているのもいました。この大変な状況が分からないのでしょうか?〔サイレンガンガン響いているのに〕今の状況を理解できない人の方がよほどバカです。もちろんそういう人たち、特別にしっかり祈っておきました)
しかし、ではどこに間違いがあるのでしょうか?何か間違ったことを書いたのでしょうか?あのようなことをしている人がいるから、していると書いているのだし、恐ろしいことが起きているから、起きていると書いているのです。
別に間違ったことを書いているわけではないでしょう。だから、それに天が呼応するように恐ろしい現象がまた起きているのです。
私が正しいことを書いているから、その証明のような現象が起きるのであり(それもすぐにです。昨日も救急車のサイレンだけでなく、ウーウーウーウー、消防かパトカーか分かりませんが、ずいぶんサイレン鳴らして走っていました)皆さんが間違っているから、不幸な現象を起こされるのです。
これだけ分かりやすい結果が出ているではないですか(それも何回も何十回も何百回もです)何で自分たちが悪いということを認めようとしないのでしょうか。これでは駄々をこねている子供と同じではないですか。
今、私に嫌がらせをしている人たちなど、自分たちの間違いを認めたくないので、私に八つ当たりをしている、ただそれだけの人たちなのです。そういう小さな考えの人たちに何も起きないわけないでしょう。すでに時代は変わっているのですから。
私が祈っているから悪いことが起きている、などと思うのは大きな間違いなのです。だってそうでしょう、何度もいっているように、祈りは正しい祈りしかきかれないのです。(人を呪うような間違った祈りは別ですよ。そういう祈りは念の強い人が祈ればきかれますが、しかし、自分もその祈りを受けることになり、自分も大変な目に遭います)
では、私が祈って不幸になった人がいるとしたなら、それはその人の罪なのではないですか?私はその人を「正しくお導きください」としか祈っていないんですから。(私に何も悪いことが起きないのが、正しい祈りをしている証拠です)
私に間違ったことをしてくるから(例えば嫌がらせとかです)私はその人を「正しくお導きください」と天に祈っているだけであって、それでその人に悪いことが起きたのなら、それはその人が正しいことをしていないから、そのような現象を通して、その人は天に導かれているのであり、それなら悪いことが起きたのも、正しいことをしていないその人のせいではないですか。なんでそれが私のせいになるのでしょうか?
だから、責任転嫁ばかりしていると、私は何度もいっているのです。
不幸な現象がもう何度も起きています。いい加減理解されてはどうでしょう。神の業を。
何度もいいますが、私が祈り、このブログを書くことによって、この世界は浄化されているのです。(そうですよね、悪い心〔間違った思い〕の人たちに、次々に気づきが与えられているのですから)
もし私がブログを書かず祈らなければ(そうであるなら、汚い心の人は汚いままということになります。自分の心が悪いということに全然気づかないんですから)今頃日本は(目には見えませんが)大変な心のスモッグに覆われ(中国のPM2・5真っ青です)とっくに南海トラフ級の超大災害が起こされているのです。
そうであるから、私がここに書いたことがすぐに実現したり、祈ったことが現象化したりするのです。(それがよい証拠なのではないですか?南海トラフ級の大災害を、いつでも起こす準備が天にあるから、それより被害が少ない現象をすぐに天は起こすのです。そういう現象が自然に起きているのではない、ということに早く気づいてほしいからです。早く気づかないと、もっと大きな災害を起こさなければいけなくなるからです)
恐ろしい現象が次々に起こり始めました。しかし、それをいつまでたっても人のせいにして、自分を反省しようとしなければ、いつまでたっても事実は分からないのです。
起きている現象には必ず深い意味があります。それを自分で気づき、自分でよい方向に進まなければ、よい場所、安住の地には永遠に辿り着けないということです。



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