1月 14 2014
正しい基準
まだいくつか新興宗教批判はできますが(創価学会、霊友会、立正佼成会、GLA、阿含宗など)取りあえずこれくらいにしておきます。
あまり一変に書いても、これまで宗教とはそういうものと思い込んでいた人たちには、理解できないことも多々あるでしょうし、いろいろ支障が出てもいけません。(もう出てますかね?)
また間をおいて書きたいと思います。
それで、間違った教えはよく分かったはずですが、では、正しい教えとはどのようなものなのか?その基準を少し書いておきましょう。(そうしないと比較できませんからね)
正しい教えは、この世には神がつくられた次の五つの法則があることを、必ず説きます。
一、原因・結果の法則
物理学でいう動・反動、作用反作用の法則です。
釈尊がいわれた「善因善果 悪因悪果」「因果応報」のことで、悪いことをすれば、悪いことが、よいことをすればよいことが自分に返ってくる。一つの作用に対し、それに等しい力の反作用が必ずあり、この反作用のない力は存在しないということです。(この世に単独で存在する力はないのです。つまり自分が悪いことの原因をつくらなければ、自分に悪いことが起きるわけがないということです。では、名古屋で起きている現象を、名古屋の人たちはどのように考えるのでしょうか?)
二、慣性の法則
スピードを出している車が、急ブレーキをかけてもすぐには止まりません。(何メートルかは必ず走ります)これは慣性の法則が働いているからです。
ある物体が一定の方向に力を加えられると、その物体はその方向に進もうとします。これを慣性といいます。この物理の法則が精神の世界でも同じように作用しています。それをカルマ(業)というのです。
心がある一定の傾向性を持つと、無意識にそのことを行ってしまう、心の習慣性、一般にいわれるクセというものです。
このクセというものは人には必ずあるのですが、それが人それぞれの性格を作り出しているのです。業というと何か悪い意味のように感じますが、業には善業もあれば悪業もあります。どのような業を持つかは、自分自身の心が決めるのです。
三、循環の法則
地球は自転しながら公転しています。水も水蒸気となって蒸発し、それがまた雨となって降ってくるのであり、これも循環しているのです。空気も同じで、私たち人間や動物が吐き出した炭酸ガスを、植物が吸って酸素を出します。これも空気の循環なのです。
これと同じように私たち人間も循環しています。それを「輪廻転生」といいます。私たちは、あの世の意識界とこの世の物質界を循環し魂を磨いていくのです。
四、波長共鳴の法則
昔から「類は友を呼ぶ」といいます。
ラジオやテレビなど、電波の波長が合わないと、そのラジオを聞くこともできないし、テレビも観ることができません。
これと同じように、人も心の波長が合うもの同士が寄り集まってくるのです。類をもって集まる、それはそこに波長共鳴の法則が働いているからです。
五、エネルギー保存の法則
物理学でいうエネルギー保存の法則とは、この世のエネルギーは、いろいろな形態に移り変わるが、その総量は変化しない一定である、ということです。この地球上のエネルギーは、増えることも減ることもなく、ただある形から別の形に変わるだけなのです。
この法則は私たち人間にもあてはまります。
この物質界で、生活している時の私たちの肉体は、時が過ぎればその姿を変え、他のエネルギーに変換されますが、私たちの生命(霊魂)は消えることなく、現在・過去・未来の三世を循環し、永遠不滅なのです。
正しい教えとは、この五つの法則が物質面だけでなく、心の(精神の)法則としても働いていることを説き、そうして次の二つの条件が揃っていなければいけないのです。
その二つの条件とは、
一、永遠不変性
何万年、何十万年前であろうと、あるいは何万年、何十万年後であろうと、永遠に変わらない。
二、普遍妥当性
日本であろうが、アメリカであろうが、中国であろうが、ヨーロッパであろうが、もし、他の天体に人が住んでいるならば、その天体に住む人間も正しいといえる、どこでも正しく当てはまる。
この条件に当てはまるものが、本当の神の教えである『神理』(しんり)というものなのです。
したがって、アメリカやヨーロッパでは、あげもしないお経を上げている宗教も正しいとはいえず、一貫性のないくるくる変わる教えを説いている宗教も、正しいとはいえないのです。
五つの法則を説いて、二つの条件が揃っているものこそ、本当の正しい教えといえるのです。
この正しい教えを、分かりやすく(あるいは人々の生活に即して)説いているのが、釈尊の教えであり、キリストの教えであり、高橋先生、園頭先生が説かれました、この法なのです。
間違った教えをいくら勉強し実践しても、それが功徳になるわけではありませんし、それで救われるわけでもありません。(当然、悟りも開けません)
正しい教えをしっかり勉強し実践して、はじめて功徳も得られ救われもするのです。正しい教えを勉強していかれるのであれば、その証明として、それなりの神通力も備わってきます。(それは釈尊の弟子たち、キリストの弟子たちを知るのであれば、お分かりいただけると思います。悪魔が起こす現象と本当の神通力は全く別なのです)
そうして正しい教えを勉強し続けるのであれば、それが私たち人間の究極の目的である“宇宙即我”(悟り)の境地に到達できるのです。
正しい教えを勉強するのと、間違った教えを勉強するのとでは、後々、天と地ほどの差が出てきます。
正しい基準、正しい教えを知るということは、本当に大事なことであるといえるのです。



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