1月 22 2014
病気と反省
ここ何回か、ノロウイルスのことを書いていたのですが、そうしたらノロウイルスばかりか、インフルエンザになる人も先週辺りから急増しているらしいですね。
ノロウイルスにしても、インフルエンザにしても、まだまだ流行期が続きます。気をつけなければいけませんが、名古屋などひどいものです。昨日激しい現象と書いていたら、本当に昨日は(も、と書いた方がいいのでしょうか)サイレンが激しかったです。
名古屋の現象に流行期などありません。この恐ろしい現象は、一体いつまで続くのでしょうか。(もうパニくってる人もいますからね)
このような病気などそうですが、この病気という現象は、全く意味もなく現れるわけではありません。その病気になった人に反省を促す意味で現れているのです。
ですから、その病気になる人は、何か反省すべき点があるのですから、それを反省しないといけないのです。
これは如来でさえ例外ではありません。病気という現象が現れた人は、よくよく自分の心と行いを反省すべきなのです。
高橋先生があれだけ早く亡くなられたのも(高橋先生は四十九歳で亡くなられました)また園頭先生が最後に寝たきりになられたのも、すべてお身体の酷使が原因だったのです。
その警告は、お二方が法を説いていられた時から何度も出ていたのです。(高橋先生は、一度心臓が止まられたことがありますし、園頭先生は何度も倒れられました)それを無視されたため(まったく無視されたわけではありませんが、やはりご自身の肉体への気遣いが、少し足らなかったのは事実のようです)身体の酷使が肉体の限界を超え、そのような残念な結果となったのです。
如来といえども、病気が現れた時にしっかり反省されないと、そのような結果になります。如来以外の人はなおさらでしょう。(ですから、今度肉体を持たれた時には、ぜひ、無理をなさらないでいただきたいと切に思いますが、それでも自分の身体など二の次にして、人のためにされてしまうのが如来です。私の願いも届きませんね)
病気をしたら、どこか自分が間違っていたところがあるのではないか?(人に対する態度や思い、あるいはしっかり自分の身体を休めていたか、などです)それをしっかり反省することです。そうしないと、また病気という現象が現れます。
病気で身体を休めている時は、落ちついて反省の期間としないといけないのです。(ただし、すべて自分が悪いということでもありません。親を反省させるために、子供に病気が現れる時もあるからです。〔小さな子が病気になった場合はほとんどそうです〕だからそのような例外もありますが、大方は自分が悪いのです)
ところが、ほとんどの人は病気になっても自分の反省などしません。何度も同じような病気になる人がいますが、それは自分のことを反省しようとしないからです。よく反省ができたのであれば、その病気がその人に現れることはありません。
何度も同じような病気になる人は、自分の悪いところをよく反省し、自分を変えることです。そうすれば病弱な人も健康になれるのです。
よく、そういうのは体質もあるといわれますが、病気という字は“気の病”と書きます。体質ではなく、性質を変えれば、その病はよくなるのです。(胃腸の弱い人、風邪をひきやすい人など、たしかに人により、身体の強いところや弱いところはありますが、それも、その人自身が身体の弱い部分に気遣って生活するなら、その人は一生健康でいられるはずです。なんでもそうです。心が変わればよくなるのです)
ここ最近のインフルエンザや風疹、ノロウイルスなどの異常発生、名古屋の急病人の急増など、この現象は一体何を意味しているのでしょうか?
病気は人の反省を促す、ということを知るのであれば分かるはずです。
現在日本に住む多くの人々は、神から(天から)反省を促されているということです。
(ここまでくると猛省といった方がいいかもしれません。それほどの現象が、現在の日本には現れているのではないでしょうか)



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