2月 16 2014
愛のない行為
昨夜は珍しく寝つきが悪かったです。(いつもなら十二時前には寝てしまいますが、昨夜は二時過ぎまで寝られませんでした)
その二時過ぎまで、よくサイレンが聞こえてきました。今日も朝から凄いです。(火事か何かあったんでしょうか?)
昨夜、寝られなかったのにはわけがありました。父がもう長くないとのことで、昨日顔を見に行ってきたからです。
デイサービスに預けわずか二ヶ月のことです。やはり家を出たのが寂しかったのでしょうか、顔を見せたくても、すぐ顔を見せてはまた家に戻ると暴れるとのことで、少し様子を見ることになり、二ヶ月が過ぎたのですが、ここ一~二週間で食事をしなくなり、あっという間に衰弱してしまったそうです。
そのやせた父の顔を見て、父とのことがいろいろ思い出され、寝られなくなったのです。
八十を過ぎボケてしまった父親でも、もう亡くなると思うと悲しくて仕方がないのです。
では、これだけ救急車のサイレンが聞こえて、その救急車で運ばれていく人たちの家族はどうなのでしょう。
どういう人が運ばれているのか知りませんが、これだけ毎日、日に何度も救急のサイレンが聞こえてくるのです。それこそ年寄りばかりではなく、大人から子供まで、いろいろな人が運ばれているのではないでしょうか。
では、その救急車で運ばれていく人を見る、家族の心配と悲しみはいかばかりでしょう。私の悲しみなど、はるかに超えているのではないでしょうか。
そういう人が続々と出ているのに、この名古屋の人たちは誰一人、心を変えようとしないのです。いつまでも、人に罪をかぶせ怒っているだけなのです。
どういう人たちなのでしょう。自分の親や子が、どういう病気を発症してもかまわないというのでしょうか。
私が原因であるというなら、なぜ、その者のいうことを聞こうとしないのでしょう?自分はどうでも、親や子を救いたいとは誰も思わないのでしょうか?
このまま、私に嫌がらせを続けても、この現象が止まらないのはもう分かっているはずです。(それとも、このままそのようなことを続けていれば、この現象が止まるとでも思いますか?)
どれだけ嫌な奴であろうと、その者のいうとおりにすれば、この現象が止まるかもしれないのです。では、親のため子のため、あるいは孫のために自分が頭を下げ、その者のいうとおりにしようと、なぜ思わないのでしょうか?
まったく愛がありません。
これだけの現象が、これだけの期間(ソロソロ一年半近くなります)出続けているのです。
普通であるなら、自分の事はさておいても、子のため、親のため、自分が頭を下げて、それでこの現象が収まるのであれば、自分の頭などいくらでも下げようと、思うものではないのでしょうか?金や物ですむならいくらでも出そうと、思うものではないのでしょうか?
年寄りであるなら、それこそ自分はもうどうなってもいいから、子や孫を救ってくれと頼まれたっておかしくはないはずです。
それがどうでしょう。名古屋の人たちなど、それこそ、そんな年寄りから小さな子供にいたるまで、私の顔を見れば嫌がらせです。
自分の親がどうなろうと、子がどうなろうと、孫がどうなろうと、知ったことではない、とにかくお前が悪いと、人を目の敵にして嫌がらせをしていきます。
何と、どの人も愛がないのでしょうか。
愛がないから、人のことなど考えないのです。愛がないから、人がどれだけ困っていても自分は平然としていられるのです。愛がないから、人がどういう境遇であろうと、自分は平気でよい生活ができるのです。
その対象が、親であろうが夫婦であろうが、子であろうが孫であろうが、恋人であろうが友人であろうが同じなのです。
そういう人のことより、自分がよければそれでいい、自分の感情さえ満足させればそれでいいと、自分のことしか考えないのです。
多くの人は、そのような自覚がないのかもしれませんが、このような人を愛のない人というのです。
そんなことはない、自分は人のことをよく思っている、その証拠に大災害などの被災地を見れば、心が痛むし、被災された人には寄付もしている、という人もいるかもしれませんが、人は第三者の立場になれば、そのようなことができる人はいくらでもいるのです。(結局、テレビドラマを観て、感情的にかわいそうと思うのと同じです)
しかし、いざ自分がそのような立場に立った時、その時に愛が出せるかどうか、それでその人の価値が決まるのです。
自分が苦しい立場に立った時、その時に人のことをどれくらい思えるのか?それが本当の愛を出すということなのです。
あるいは、自分が調子がいい時でも(自分の都合で、調子の悪い人を思うことはいくらでもできますので)調子の悪い人をどれくらい本気で思えるのか、それが本当の愛を出すということなのです。
そのようなことを考えれば、世間に本当の愛を出している人が、果たしてどれくらいいるのでしょうか?
いませんね、ほとんど。それがこのような異常現象が日本に起き続けている理由です。
愛のないところには災いが起きます。(その愛のなさに気づかせるためにです)
名古屋の人だけではなく、日本に住む人々は、もう少し本当の愛を出されてはいかがでしょうか。
そうしなければ、この災いは止まらないのです。
追伸…ウナッシーさんから次々にコメントが届きます。ウナッシーさんは、このブログが気になって仕方がなくなったようですが、過去世で法を学んだ人は皆そうです。
法が書かれてあるものを読むと、もうそれが気になって気になって仕方がなくなるのです。その法との縁が深ければ深いほどそうなります。(私もそうでした。高橋先生、園頭先生のご本などもう何十回〔何百回?〕読んだか分からないくらいです)
なんでもないことでも気づきがあるそうですが、それはそうです。この世のすべてのものは神がつくられたのです。ということは、そこかしこに神の息吹が流れているのであり、だから心のあり方によって、いろいろな気づきが与えられるのです。
そのような思いを深められれば、もっともっといろいろなことに気づかれるでしょう。心も落ち着いてこられているとのこと、その調子で頑張ってください。
それに引き換え……いつまでたっても何も気づかない人は残念です。



人目の訪問者です。

今年に入り継続して産んでくれた両親への感謝を継続してます。
昨夜、13年振りに父に会うことが出来ました。夢の中で父は笑っていましたので寝起きはすごく気分が良かったです。
更に気分が良かったことは、今の婿先は嫁の両親と同居なのですが初めて義父が(もう定年して家にいます)仕事に出掛ける私に「気をつけて!」と声をかけてくれました。
産みの親父と義父に1日の始めに喜びを与えて頂きました。