3月 18 2014
善因善果 悪因悪果
昨日は久しぶりに金山に行ったんですが、思ったより静かでしたね。
というのも、私の家の近辺の人は、ずいぶん感情的に怒っている人が多いからです。(何を怒っているのか知りませんが、私が近くを通ると、ガンガンやってくる会社などたくさんあります)
それから思うと、昨日の金山は電車もバスもずいぶん静かでした。(もっとガンガンやられるかと思ったものですから)
何か必要以上に起きているのか、いないのか、それとも反省した人が多いのか(これはないかもしれませんが)分かりませんが、とにかく名古屋の人たちは極端に態度が変わる人が多いようです。(大丈夫ですか、情緒不安定の人が多そうですが?)
何が起きているかは知りませんが(何せ、多くの人が怒っているだけで口をきいてくれませんので)悪いことが起きているなら、その起きている人が何か悪いことをしているから、悪いことが起きているのであり、何度も説明しているとおり、それが私のせいではありません。
悪いことが起きている人たちは、何か悪いことをしているのではないでしょうか?(自分が悪いと気づいていないだけで)昨日も説明しているように、日本の人たちは、すでに大変な悪いことをしているからです。
日本の人たちは、如来が日本に出世されたにもかかわらず、その如来が誰か知ろうともせず、その如来の教えを勉強しようともしないのです。自分たちが、この時代に日本に生まれた最大の果たすべき使命を放棄しているのです。
これ以上の悪いことがあるでしょうか?
世界の宗教史上、ありえないことが現在の日本で起きているのです。
それが、如来がその国に生まれたにもかかわらず、その国の人たちが、如来の存在を知ろうともしなければ、その教えを勉強しようともしなかった、という神も子の人間としてありえない行為です。
もしこのまま、如来と如来の教えを誰も勉強しようとせず、如来と如来の教えが消えてしまうようなら、日本は、世界の宗教史上初の信じられないほどの汚点を残すことになるのです。
それほど大変なことを、現在の日本の人々はしているのですが、その自覚があまりにありません。この自覚のなさも前代未聞です。(いかに神から心が離れてしまったか、ということでしょう)というより、もうそういうレベルの話ではありません。絶対にしてはいけないことを日本の人々は平気でやっているのです。天の怒りはいかばかりでしょう。
そんな神の子の人間が、絶対にやっていけないことを「やってはいけない」と私は注意しているだけなのに(そんなことをしている人たちに、当然天は次々に現象を現します。当然です、その人たちは、最大の罪を犯そうとしているのですから)それを逆恨みし、この辺りの人たちは私に嫌がらせを続けているのです。(それもずっとです。年寄りから小さな子供までです)
世界初の、信じられないような汚点を残すかもしれない行為を注意している者に、嫌がらせをしているのです。ということは、そのような最大の罪を犯しているにもかかわらず、その最大の罪に輪をかけるような大罪を、その人たちは行っているということになります。
そうなると最大最凶の罪を、その人たちは犯しているということになり、そうであるなら、それはそれは恐ろしい現象が現れて来てもおかしくはありません。それだけ計り知れない大きな罪を、その人たちは犯しているからです。
そうであるなら、今私の周りで起きているであろう恐ろしい現象、それが起きている原因は、私にあるのでしょうか、それとも私に嫌がらせをしている人たちにあるのでしょうか?
善因善果、悪因悪果は神理です。
神理とは正しい法則をいうのであり、この法則とは絶対に例外のない、必ず、こうするとこうなるという正しい順序をいっているのです。(例えば、酸素と水素を化合すると水になります。これは誰がやってもそうなるのです。同じことを心の暗い人がやったら火になって燃えた、などということはありません。こうしたら必ずこうなる。これが法則です)
悪いことが起き続けている人たちは、それでもまだそれを私のせいにされるのですか?自分が反省しようとは思わないのでしょうか?
次々に、恐ろしい現象が現れているところもあるようですが、ことはもうそのような自分たちだけの話ではなくなっているのです。
日本の多くの人々が、いつまでたっても自分の本当の使命を果たそうとしないからです。
何度もいいますが、皆さん本当の自分の使命に早く気がつき、早くその使命を果たしてください。
そうしないと日本は元より、世界中の異常現象は止まりません。
如来と同時代に同じ国に生まれるなど、そのような人々は生まれる前に、如来の法を勉強し、それを多くの人々に伝えてまいりますと、どれほど強く神と約束してきたか知れない人たちばかりなのです。
その人たちの熱意と過去の縁によって、神は如来と共に、この日本に生まれることを許されたのであり、その人たちは、その神との約束を果たそうとしなければ、どのような大きな罪を負うか分からないのです。(神との最大の約束を反故にするからです)
だから私は、いつまでもこの世のことだけにうつつを抜かしていてはいけない、といっているのです。
現在日本に出ている多くの人たちは、自分の栄耀栄華を望んでいるだけで、如来のことなどうわの空です。しかし如来と共に同じ国に生まれた人たちはそれではいけないのです。
必ず、如来を知って、その教えを多くの人たちに伝えてこなければいけないのです。
その最大の使命を誰も果たそうとしないのです。これ以上大きな悪の罪はないのではないでしょうか。
現在の日本に次々に異常現象が起きている、その原因は、そのように多くの人が大きな悪の原因をつくっているからです。(名古屋もまたしかりです)
悪の原因を取り除かなければ、悪いことは起こり続けます。
善因善果、悪因悪果は神理だからです。



人目の訪問者です。

今日は周りの人との意識の違いを知らされました。仕事仲間のAさんは経験年数の割りにスキルが低く頼まれた仕事も新人と変わらない位なのです。このAさんに対し同僚から「直属のリーダーさんから何時間掛かってるのか?」と愚痴を聞いたことを話してくれました。私が「Aさんは何が分かんないのかね?」と返したら、優しいね。そんなこと新人に掛ける言葉だよ位に言われました。
出来ないものは出来ない原因が有るのだからそこを考えて上げれば良いのにと感じました。
そうですね、そういう慈悲の心は大事でしょう。