3月 20 2014
菩薩界から生まれてきている人たち
どうしたんでしょう、よほどのことが起きているんでしょうか?前の会社など私が横を通っただけで、もう尋常じゃない騒ぎ方です。(何人もの人が物を投げつけたり、でかい音を立てたりで)いくら何でもやりすぎでしょう。(そうかと思うと急に静かになったり)
本当に情緒不安定の人が何人もいるようです。何が起きているのか知りませんが、そのような態度を続けていても、その現象は止まりません。その現象を止める唯一の手段は反省し詫びられることしかありません。
もし続けて、恐ろしい現象が起きているようなら、反省を急がれた方がいいでしょう。そうしないと、取り返しがつかないことになりかねないからです。
昨日の話しの続きになりますが、この世に出てきた以上、すべてのことは自分で判断し、自分で行わないと自分の点数になりません。自分の点数にならなければ、自分の心は成長しないのです。
私のことを少し書いてみましょう。
私は祖母が亡くなることにより人生とはなにか?死とはなにか?ということに疑問を持つようになりました。そうして、いろいろな本を読みあさるうちに高橋先生の本と出会い(これが私と法との出会いです。二十五、六歳の時ではなかったでしょうか)その後、園頭先生とお出会いしたのです。
園頭先生の元(正法会)十年間法の勉強をし、そうして園頭先生が倒れられ亡くなられた後も、法の勉強を続け、そうしてある時、この法を説いて生活しようと決めます。(多分この時も心の内から、そのような思いが次々に上がってきていたと思います。心の内なる声は、正法会にいた時から聞こえていましたので)
しかし、一度それに失敗し(正確にいえば、現在もまだ成功している状況ではありませんが)そうして、これからどうしようと思っている時に、不思議な夢を観て(その夢は前に書きましたので、ここで詳しく書きません)私が高橋先生、園頭先生の後を継ぐことになったことを知ります。
そうして四十日の断食をすることになり、その後、家で細々と法の流布を始めることになります。そうしたら、私が祈ると次々に現象(奇跡)が現れ始めたのです。
今のように、祈ると次々に現象が現れ始めたこの状況を見ますと、自分の人生は、ほとんど自分で決めてここまで来ましたが、やってきたことに間違いはなかった、と改めて思います。
きつい状況ではありますが、しかし、それも私が自分で決めてきた使命であるなら、そのような状況になるのも、また致し方なく、自分の判断でここまで来て、その判断が間違っていたのであれば、これほどの現象が現れることはなかったのであるし、これだけ天から協力を得ているのです。
この現象が証拠となり、唯一私が高橋先生、園頭先生が説かれた法(神理)を受け継ぎ説いているのであり、そうであるなら、何があっても、自分が高橋先生、園頭先生のご意志を継ぐという強い気持ちを持ってやっていくのであれば、天の協力は与えられ続け、次々に奇跡が現れるということになり、その法の流布が私の生涯の仕事である、ということになります。
その考えに間違いがないと思われるように、現在においても、奇跡の現象は続いています。
私は前に、しばらくするとこの日本に菩薩界が出現することになります、と書いたことがあります。(高橋先生の予言です)
菩薩界から出てきた人たちは、この法を知ると即座にこの教えが正しいと分かります。そうして、自らこの教えを実践すると次々に奇跡が起きるのです。
菩薩界の人たちはすでに過去世で法を学んでいます。(その人たちにその実感はありませんが)もう法の実践の仕方を知っていますので、そのような魂の人たちが法を実践すると、普通の人(菩薩界以下の魂の持ち主)以上に奇跡を起こすことができるのです。
その菩薩界の人たちは、自ら悟り名乗り出ることになっています。
その悟り名乗り出るということは、自ら法と出会い、自らこの法が正しいと理解して、それを実践し、次々に奇跡を起こして、私の元に来ることになっているという意味なのです。(法の指導者に協力するということです。それが菩薩の本当の使命だからです。現在の法の指導者は私です。だから、菩薩界から出てきた人は、皆私に協力しないといけないのです)
この日本を、菩薩界にするために生まれてきている人たちは、すでに肉体を持っていると思います。
例えばウナッシーさんでも、私が説いている法が正しいとすぐに分かり、それをすぐに実践されました。すると次々に奇跡が起き、現在においても自分の心がみるみる変わっていくのが分かり、それによって周りの人々の状況も変わってきているようです。
この方が、菩薩界から出てきた人かどうかはまだ分かりませんが、この方が法を知ることにより、次々に奇跡が起きたのは事実です。こういう現象が現れている以上、この方は、それなりの法の流布の使命があることだけは確かなようです。
だからといって、ウナッシーさんは決して無理をなさらず、今のペースで法の実践を続けていかれるなら、その自分の努力に応じ、また自分の心の広さに応じて、奇跡が現れてきます。今は、法の実践を地道に続ける、それが大事でしょう。そうすれば、その起きる奇跡の度合いにより、自分がどの辺りの心の持ち主かは、いずれご自身で悟られることになるからです。
そうして、この法を知ることにより、次々に奇跡が起きた、という人は、まだ他にもいるはずです。そのような人たちも、法の流布の使命を持って生まれた人たちであり、その人たちもウナッシーさん同様、やはり法を自分で勉強し、私の元にくることになっています。(そのような約束をして生まれてきている人たちなのです)
菩薩界から生まれてきている人たちは、どのような業種に生まれても、そこで法と出会い、その場所で悟って名乗り出る(私〔法の指導者〕に協力する)順序をもらって、この現象界に生まれているのです。
したがって、その約束を果たさなければ、その菩薩はまったく自分の使命を果たしたことにならないのです。その自分の本当の使命を悟るのも自分の判断(自力)であるなら、名乗り出るのも自分の判断です。
すべてのことにおいて、自分が一人で判断し、自分が一人で行うのです。しかし、菩薩界から生まれてきた人は、それをするために生まれてきているのであり、それを行うことがどれほど難しい境遇に生まれていようと、それをしなければ自分の本当の使命は果たせません。
菩薩は、どのような境遇であろうと、自分の使命を果たさなければいけないのです。(それが菩薩として自分が決めてきた使命であるからです)
現在、多くの菩薩たちが日本に生まれ、その使命を果たす時が来ているにもかかわらず、ほとんどの菩薩たちが、その使命を果たそうとしません。
それでは、このような異常現象を次々に日本に起こされるのも、仕方がない話でしょう。菩薩の使命はそれほど重いからです。
菩薩が菩薩としての使命を果たさなければ、日本に起きている異常現象は収まりません。
この異常現象を収めるには、菩薩が菩薩としての使命に目覚める、もうそれしかないのです。
追伸…今回のブログに書いた菩薩たち、すなわち心の高い人たちでないと、この法の価値も、それを説いている私の価値も分からないのです。現在はその菩薩たち(心の高い人たち)が後ろに下がり、心の低い人たち(まだ高い境地にまで心が到達していない人たち)が前面に出ています。だから、私に平気で嫌がらせが出来るのです。(心が低いから、私の価値が分からないのです)
その私に、嫌がらせを繰り返しているため、現在の名古屋は大変恐ろしい現象が現れています。
しかし、この嫌がらせをやめさせないと、この名古屋の恐ろしい現象は収まりません。今私に平気で嫌がらせをしている人たちは、まだ心が低い人たちなのです。
私を悪く思わない、という人たちも名古屋にはいるはずです。(そういう人たちは比較的心が高い人たちで、その人たちの中に菩薩界から出てきた人もいます)そのような人たちが立ち上がって、心が低い人たちが行っている愚かな行為をやめさせないと、名古屋に起きている異常現象は収まりません。
今日も愚かな行為を続け、自分で自分の首を絞めている人たちがいます。(このような人たちでは、正しい判断が出来ないのです。感情的にしか物事を見れないからです)もう名古屋にいる心の高い人たちが立ち上がるしか、この恐ろしい現象を収める手立てはないのです。



人目の訪問者です。

今日のブログを読ませて頂きま不思議だと思えることがありました。
本当に心に動揺が無いのです。以前の私だとややもすると勘違いして力んだりしたりしたものでした。ご指摘して頂きましたように今はしっかりと足場を固めていこうと思います。また偶然にも昨夜今回このブログで書かれた以前のページを見ていました。
ウナッシーさんはドンドン心が変わられているようです。(いろいろ実践されるからでしょう)その調子でいきましょう。