3月 22 2014
菩薩たちの使命の重さ
やはり昨日は北日本など大荒れの天気になったようです。
爆弾低気圧の影響で、北海道は暴風雪、東北も大雪になり(岩手など、三月としては観測史上最高の雪になったところもあるそうですが)その雪の重みで木が倒れて、あちこちの電線を切断し停電になったところまであったとか。
この大雪で、ただでさえ大変なところに停電まで起きて、気の毒なことといったらありません。(大震災で被災され仮設住宅に住んでいる人たちまで、停電の被害に遭われたそうですが)三月ももう終わりだというのに、それでもまだ大雪の被害に悩まされるのです。
どこまで悪いことが続けば気がすむのでしょうか。
しかし、皆様方が神の心に気がつくまでこの現象は続きます。気づいてもらうしかありませんね。
多くの人が神の心に気づくには、やはり法を拡げる使命を持った人たちが、その使命を果たさなければ法は拡がるわけがありません。法に縁が深い人たちの目を覚まさせるためにも、もうそのような人たちを祈るより他ないと思います。
釈尊やキリストがたった一人で法を説いて、それで世界中に法が拡がったでしょうか?
釈尊の弟子でいえば、シャリー・プトラー、モンガラナー、カシャパー、キリストの弟子でいえば、ペテロ、ヨハネ、パウロといった菩薩たちが、釈尊やキリストの教えを、より分かりやすく多くの人々に伝えたから、そこから大きく法は拡がっていったのであり、そのような菩薩たちが多くの人に法を伝えていなければ、これほど世界中に仏教やキリスト教は伝わっていなかったのです。
このようなことを知るのであれば、如来とともに、その弟子たちの使命もまことに大きいといわざるを得ません。
しかるに今生は、その如来の弟子たちのほとんどが失敗してしまったのです。そのため、如来が出世されたにもかかわらず、その如来の存在をほとんどの人が知らず、その教えまでも世に伝わらない、というこれまでの宗教史上ありえないことが日本で起きたのです。
そうして、今現在も、そのありえない(如来の教えを誰も知らないという)状態が続いているのです。そのため日本は、数々の異常気象が起こり、疫病が流行り(主要な場所の火事などの)異常現象まで次々に起きだしています。
それもこれも、一番大事な神との約束(如来の存在を知り、その教えを世に伝える)を日本の多くの人々が果たそうとしないためです。
しかし、その約束を知らせるべき菩薩たちが、その使命を果たそうとしなければ、多くの人は、その約束を知ることはありません。そのような意味で、菩薩(法に縁が深い人)の使命はまことに重要なのです。
全国的には知られていませんが、私の周りでは、次々に異常なことが起きています。それは日に何度も聞こえてくるサイレンを知れば分かります。(最近は減りましたが、それでも一日十回くらいは聞こえてくるのではないでしょうか)
それ以外でも何か起きているはずなのですが(多くの人が、急に怒り出したり、急に静かになったりと、極端なことを繰り返していますので)その起きていることを、私に報告する人すらいません。
しかし、私の周りでは、そのような神の業と思われる現象が、毎日起きているのです。(もう一年以上にわたり、サイレンが聞こえてこない日はないからです)そのことを、この辺りの人は皆知っているのです。
そうしてこのような現象を、すべて私のせいにしているのです。ほとんどの人が自分たちの罪を認めようとしないからです。
しかし、自分の罪は認めなくても、これだけ毎日現象が出続けているのです。その現象に怒りはしても、自分のこれまでの考えを変えないわけにはいきません。
わずか、この一、二年の間に、この辺りの多くの人の考え(心)が変わったのは事実でしょう。この辺りの多くの人が、現在は、神を信じ、あの世を信じ、人の輪廻転生を信じているのです。(他の地域で、このことを信じている人はほとんどいないのではないでしょうか。こんなことを他の地域でいえば笑う人が多いでしょう。しかし、この辺りの人のほとんどはもうこのことを信じています)
では、この辺りの人がこれほど考えが変わったのは(唯物無神論から唯心有神論にです)一体誰のお陰なのでしょう。もし、私がいなければ、この辺りの多くの人が、神やあの世の存在、人の永遠の生命を知ることが出来たでしょうか?
まず出来なかったでしょう。私がいなければ、この辺りの多くの人が、神やあの世の存在、人の輪廻転生を信じたということは、ありえなかったのです。
つまり(心だけを観るならば)多くの人が、私が説く教え(法)によって救われたのです。(そこは誰も認めないんでしょうが)
しかし、考えられないスピードで、百八十度の考えの転換を、多くの人が調和のうちに行ったという、考えられない奇跡が名古屋で起きたのは事実なのです。
パラダイムシフトが、これほどの速さで起きるということは普通は考えられません。何十年、何百年単位で人の常識とは段々変わっていくものであり、多くの人が常識と考えていたことが、わずか一~二年で一変に変わるなどありえないのです。そればかりか、このような極端な考えの変化を大きな争いもなく行ったのです。(私、誰ともけんかしていません。〔だいたい一人でやっているんですから、大勢とけんかしても勝てっこありませんし〕皆さん方が、勝手に怒っているだけです。私はそれがどのようなことに対し怒っているのか、まるで分かりません。私はただブログを書いているだけなんですから)こういうこともまたありえないのです。
前回のパラダイムシフトの時は(天動説から地動説に変わった時)多くの宗教家を中心とした人々から、激しい反発がありましたし、ガリレオを宗教裁判にかけ死刑にしようとまでしたのです。
しかし、今回は私に対し激しい反発など起きていないし(激しい怒りは起きているかもしれませんが)私が裁判にかけられることもありません。
表面的に見れば、一切の争いもなく、調和と安らぎのうちに大勢の人が、一変に常識を変えてしまったのです。(あくまで表面的にはです。内面的にはどうか知りませんが)
こういうことを奇跡といわずして、一体何を奇跡というのでしょうか?
このようなことが名古屋で起きている(現象にしても、多くの人々の考えの変化にしても)ということを、全国の多くの人は知らないのですが、これが事実であるなら、これこそが、神の業であり、法が出現したときに起きる、奇跡の現象であると思われないでしょうか?
しかし、ここに書いたことは事実であり、だからこそ、このような事実を多くの人々に知らせる菩薩(法に縁の深い人)は必要であり、だから、菩薩がやる気にならないと、多くの人に法や、その法により起きている奇跡は伝わらないといっているのです。(私一人では、この事実は名古屋の人だけしか分かりません)
菩薩たちの使命の大きさを少しはご理解いただけたでしょうか。
これほどの奇跡が次々に現れています。後は多くの菩薩たちが、その使命を果たすだけなのです。
菩薩の使命の重さを、菩薩たちは知らないといけないのです。



人目の訪問者です。

最近は心の内にも変化が感じられるようになりました。
上手く表現はできませんが、一日の反省の中で心に向かって感謝の言葉を「有り難う御座います」と言うと安心感が広がり、その感謝の言葉を繰り返すごとに安心感、安堵感が一層ますように感じられます。昨日は祝日休みで午前中の空き時間に庭の掃除をしましたが、あまりの風の強さにびっくりしました。普段は頑丈な工場の中での仕事なので寒いの強風だの豪雨は分かりませんが、肌で感じる感覚が身に染みます。
それだけ心が変わられたのは、法を知ったからではないですか?
ウナッシーさんほどではありませんが、名古屋も多くの人が、すでに唯物無神論から唯心有神論に心が変わっているのです。
だからこそ、この事実を、日本中に、世界中に伝えないといけないのです。そうすれば日本中の人が、そうして世界中の人が、唯物無神論から唯心有神論に変わるからです。
このような事実を、多くの人に伝えてくれる人を求めてやみません。