3月 23 2014
唯物無神論、唯心有神論から真の唯心有神論へ
名古屋で起きている奇跡を、なんとしても(日本は元より)世界中に伝えないといけないのです。
この事実を、世界の多くの人が知ることになれば、本当の唯心有神論に世界中の人々が目覚めるからです。
現在の世界の人々が信じている唯心有神論は、本当の唯心有神論ではありません。神の存在を認めているだけで、あの世の存在も、人の輪廻転生も認めているわけではないからです。
それに今起きている異常気象も、温暖化などのせいにして、自然現象だから仕方がないですませています。
これは、真の唯心有神論を知らない証拠でもあるのです。(本当の唯心有神論を知っているなら、全知全能の神の存在はもちろん、あの世の存在も、人の輪廻転生も認めるはずですし、自然現象と思われている出来事も、人の心でどうにかなると知っているはずだからです)
この辺りの人は、神もあの世も人の輪廻転生もすべて認め、自然現象も人の心でどうにかなることまで知っています。地震や大雨を私のせいにしていた人もたくさんいるからです。
唯物無神論であった名古屋の人たちが、ずいぶん変わったと思われないでしょうか。
しかし、この考えが正しいのです。これが真の唯心有神論です。(あっという間に名古屋の多くの人たちは、唯物無神論から本当の唯心有神論に考えが変わったのです。多くの人々の意識を一変に変えるほどの神の業が、現在の名古屋には起きているからです)
わずか一、二年で、唯物無神論から唯心有神論に、名古屋の多くの人の考えが変わったという事実は、現在このことを知っている人々が思っているほど軽いことではなく、この事実を世界中の人々に知らせるならば、世界の人々の心が大きく変わる、そのきっかけに十分なるということです。
それほど名古屋の多くの人々の大きな意識の変化は、世界に衝撃を与える出来事であるということです。
昨日のようなことを書けば、すぐに、ねたみやらひがみやら持って、何とかこのブログに書いてあることを嘘にしてしまおうと、私にやたらけんかを売るようなことをしたり、嫌がらせをよりいっそうしてくる連中もあります。
そのような心の狭い、悪魔に憑かれているような行為を、平気でしてくる連中も多くいるのです。もし、そのような連中の誘いに乗って、私がけんかやら悪いことやらしてしまい、私の信用や、このブログの信用が一変に落ちてしまったらどうなるでしょう。
その時は本気で天に日本は潰されるのです。(もう法が拡がる目がなくなるからです)
そういう現象が何度となく起こり、そうして、そのようなくだらないことをしている連中には、次々に災いが起きているにもかかわらず、そのような事実を知っていても、それでも私を何とか潰したいと思っている連中は、私の周りにごまんといるのです。(それだけ私の周りは悪魔の跳梁〔ちょうりょう〕が激しいということです)
しかし、私に協力しようとする人はごくわずかです。(わずかではあっても、そのような人々には確実に奇跡が起きています)
名古屋だけではなく日本中に、これほどの奇跡(よいことも悪いことも含めてです)が起きているのです。なぜそれをもっと多くの人々に伝えようとしないのですか?
この法による奇跡の出来事は、世界の人々、そうして後世の人々にまで伝えないといけないことなのです。
世界の人々だけでなく後世の人々まで救う、そのような現象が、名古屋をはじめとして日本中に起きているのです。なぜ、その現象の起きている意味を知っている人たちが、いつまでも口をつぐんでいるのでしょうか?
それは今だけではなく、後世にまで残るほどの大きな罪となるのです。
現在、日本に起きている現象の意味を知っている人たち(それはこのブログを熱心に見ている人たち)は、法に縁が深い人たちなのです。そのような人たちが立ち上がり、この法を学び、そうしてこの法により起こされている奇跡を、世界中に伝えることをしなければ、この事実は世界に伝わりません。(それでは後世にも遺せないということになります)
日本にある唯物無神論、外国にある、これまでのような(偽の)唯心有神論から、真の唯心有神論に変わる時が現在来ています。それは即ち、世界中の人々の心が大きく変わる時が来ているということです。
世界を、そうして後世の人たちまで救えるのは、現在法を知っている人たちだけです。
法に対し自分がやれることに全力を尽くす、それが今なのです。



人目の訪問者です。

昨夜は友達の誘いがあってカラオケに行きました。こんな事?って心半分でいたのですが、ここでも自分なりに感謝して共にこの時間を過ごす方々の幸せを祈りました。(効果は知りません) ここのところ、そのその様にして行く先々で感謝して祈りを心掛けています。
私もそうです。名古屋の人たちを片っ端から祈っています。
名古屋の人たちは天上界から観たら、この地球上で一番最先端の(進んだ)心になっているというのに、それに感謝するどころか、悪意を持っているくらいだからです。(あまりに勘違いが過ぎるでしょう、それでは)
自分たちの考えが、考えられないくらい進んでいるのに、私に嫌がらせを繰り返しているのです。ですから、そのような勘違いが過ぎる人たちを「正しくお導きください」と天上界に頼んでいるのに、その祈りにさえ怒っているのです。
しかし、祈られた人の思いにかかわらず、正しい祈りは、ご自身に正しく帰ってきます。そのような祈りは続けられた方がいいでしょう。(その祈りが人のためだけでなく自分のためにもなるからです)
正しい祈りは、どのような現象が祈られた人に現れようと、それはその人のためにもなるし、自分のためにもなります。
これからも、そのような正しい祈りは続けられた方がいいでしょう。(もちろん私の続けます。正しい祈りが一番、自分のためにも、その祈られた人のためにもなるからです)