>>ブログトップへ

4月 16 2014

人の目と鳥の目

11:04 AM ブログ

今度は、はしかが流行っているそうですが(すでに去年の患者数を超えてるらしいですね。まだ四月です)このブログを読んでいる人が、ここに書いたことを無視するのであれば、このような異常現象はまだまだ続きます。

昨夜は、こちらもサイレンがよくしていましたが、昨日でもバスやトラックの運ちゃんが、人の顔を見ればブシュブシュやってきました。(歩いている人たちも同様ですが)異常現象が止まらないのも無理のない話でしょう。

今日も朝からよくサイレンが聞こえてきます。自分たちの罪を認めたくないのは分かりますが、皆さんの罪は罪です。(その事実は、遅かれ早かれ分かります)

「自分たちの心と行いが悪いせいでこういうことが起きている」異常現象が起きるたびに自分の責任を自覚してください。

とはいっても、どうも、その自覚が持てない人も多いと思いますので、この辺りの人限定の話題で、私がいっていることが事実かどうかを、分かりやすく書いてみましょう。

私など、昨日でも歩いていて、何羽のすずめにかまわれたか分かりませんが、私に嫌がらせをしている人で、そんなことが起きている人がいるのでしょうか?

あまり私以外で、それだけすずめにかまわれる人を見たことないんですが、だとしたら不思議な話です。

だって、私に嫌がらせをしてくる人たちは、私が悪いことをしている、こいつは悪い奴だと思っているから、嫌がらせをしてくるんですよね。まさか、ひがみやねたみから、そういうことをしてくる人も少ないでしょう。

ということは、当然自分たちは善人で、私は悪人だから皆に嫌がらせをされても仕方がない、と思っている人が多いんでしょうが、では、何でそんな悪人にすずめがこうもなつくのでしょうか?

そうして、私に嫌がらせをしている善人に(善人が人に嫌がらせをするというのもおかしな話ですが)すずめが興味を示さないというのは、どういうことなのでしょうか?

普通であれば、私は悪人なんですから、すずめから何から嫌われないといけないはずです。

しかし、実際は逆の現象が起きています。悪人と思われている私が異常なほどすずめになつかれ、善人だと思われている、私に嫌がらせをしている人たちにすずめはなつかないのです。

何でこんなことが起きているのでしょうか?

この現象だけを見るなら、私がすごい善人で(すずめたちにこれだけなつかれるのですから)他の人たちが悪人のように見えますが、この現象をどのように説明したらいいのでしょうか?

すずめの目など当てになるか、という人もいますが、すずめほど臆病な鳥はいません。私が危害を加えると少しでも思うなら、そんな人間には寄ってもこないでしょう。それこそ人以上に、すずめは人を観る目があるのではないでしょうか。

私を悪人と思っているのは人だけであり、不思議なことにすずめは、そのような人たち以上に私のことを善人と思っているようです。

この差はどこから来るのでしょうか?

もう大分前から、すずめは私に寄って来ていましたので分かりますが、すずめは人の心が分かるようです。しかし、人は人の心の中が分かりません。その違いでしょう。

私が他の人より心がよいから、喜んですずめが寄ってくるのであり、他の人は、心が私より悪いからすずめは寄っていかないのです。

至極簡単です、それだけの差です。(特別私は、すずめが寄ってくるだけではありません。他の鳥も寄ってきます。そのような鳥たちは、人の心が分かるからです。だから、私に寄ってくるのです)

だとしたら、本当に悪い人は、私なのでしょうか?それとも私に嫌がらせをしている人たちなのでしょうか?

人は人の心の中が分かりませんし、仲のいい人が、あいつは悪い奴で、あいつのせいでこういうことが起きているといわれれば、自分でそれをしっかり確かめもせず、その話を信じてしまう人も多いでしょう。同じ人に対するねたみやひがみの心もあるでしょう。お金をもらったり、その人の世話にでもなっているなら、どうしても、そのようにいう人の側に立って、決して相手の側に立って(第三者の立場に立って)冷静に何が起きているか見る人も少ないでしょう。

つまり、両方の側に立って冷静に物事を見られる人など、ほとんどいないのです。近くにいればいるほど、そのような正しい見方は出来なくなります。(どうしても偏った見方になってしまうということです。それだけ回りに影響されるからです)

しかし、そういうことに一切影響されず、心の中を見ることが出来る人がもしいたとしたら、はたして、このようなことが起きている名古屋で、本当に悪いことをしているのは、私と見るでしょうか?それとも、それ以外の人と見るのでしょうか?

そういう釈尊やキリストのような、常に第三者の立場に立って、冷静に相手の心の中まで観られるような人など、現在の名古屋に存在しません。所詮はないものねだりに過ぎませんが、しかし、そのような冷静な判断を鳥たちはしているのではないかと思えます。(鳥は人とのしがらみはないですからね。正直に態度に表すでしょう)

人間ほど鳥たちは、人を理解しないでしょうが、しかし、人の心を鳥たちは本能的に知ることが出来るのではないでしょうか。

もちろん、これは私の憶測に過ぎませんが、鳥たちなど、もしその見方を間違えたら自分の生死にかかわってくるのです。(そうでよね、おかしな人間に平気で近づいていったら、自分たちが何をされるか分からないのです。よほど自分たちが安心できるような人しか近づかないでしょう)

では、私たち人間以上に人を観る目はあるのではないかと思えます。

もし、人間以上に人間を観る目がすずめなどの鳥たちにあるとしたら、本当の善人は、私なのでしょうか?それとも私に嫌がらせをしている人たちなのでしょうか?

その正しい答えを、鳥たちが出してくれているように思えてなりません。

2コメント

2 コメント to “人の目と鳥の目”

  1. ウナッシー2014/04/16 at 12:55 PM

    今日も朝から静態し神へ感謝して出勤しました。不思議とストレスなく、しかもライフサイクルの一環になっていることに気付きました。
    本当に有り難く感謝にたえません。普通は3日坊主と言われるように継続することが難しいことが楽に続けることができていることに不思議と思います。

  2. gtskokor2014/04/16 at 1:33 PM

    それが神の子として、人としての当たり前の行為だからです。
    人のことを悪くいったり、嫌がらせしたりしていることが、人としておかしな(異常な)行為なのですが、それに気づかない人が多いのです。
    だから名古屋には、おかしな(異常な)現象が現れているのです。
    そのおかしな現象は、自分たちの心と行為が現れているだけなのに、名古屋の人たちは、それをすべて私のせいしているのです。
    特別、名古屋の人たちだけ、ということでもありません。日本にこれだけ異常現象が起きているのは、日本中のほとんどの人たちが、自分の心と行為のおかしさに気づいていないからです。

Trackback URI | Comments RSS

コメント記入

Spam Protection by WP-SpamFree


あなたは人目の訪問者です。