4月 27 2014
天国と地獄
昨日は、普段あまり歩かないような場所を歩いたのですが、すると、その周辺にいるすずめまで騒いでいました。(私の近くに飛んでくるすずめも何羽もいましたし)
何で私ことを知らないはずのすずめまで、私を見て騒いでいるのでしょう?不思議なものです。やはり百匹目の猿の現象はありますね。
この前など、私が歩いていると、例の「ジジジ」(今流行りのジェジェジェとも聞こえますが)というすずめとは思えない鳴き方で、鳴きながら私の方に向かって飛んできたすずめがありました。
いきなり私の方に向かって、そんな鳴き方で飛んできたものですから、私はすずめではなく、何かでかい虫でも飛んできたのではないかと思い「うゎっ」と驚いたのですが、そのすずめが私の近くで急上昇して電線にとまりました。
そうして上から目線で(すずめは電線にとまり、私を見下ろしていたのですから、それは上から目線でしょう)私の方を見て、今度はピイピイ鳴いていました。
「何だすずめか」と思ったのですが、何か、その鳴き方が笑っているように見えて「コイツ、俺を驚かせたんじゃないか?」と思い、腹が立って「お前、ちょっと降りてこい」とすずめに文句をいっていました。(私もすずめには強いです〔笑〕)
すずめと真剣にけんかしているのも私くらいでしょう。(笑)
一体どの辺りのすずめまで、私のことを知っているのか調べてみたいものですが、GWで休みの会社が多く、絶好のチャンスではありますね。(会社がやってるところが多いと、その会社の連中に嫌がらせされますからね。昨日でも、私が近くを通ると、やたらでかい音を立てたところがありましたし…しっかり祈っておきました)
しかし、昨日の話ではありませんが、私は電車やバスも落ち着いて乗れません。どうしたものかとは思っています。(その電車やバスの運転手にまで嫌がらせされるくらいですから)
名古屋の人も、いい加減理解してもらえないんでしょうか?自分たちが悪いと。(こちらも動きにくくてかないませんし)
しかし、まだまだしないでしょうね。昨日でもずいぶんサイレンが聞こえてきました。このような現象が、激しく現れているということは、やはりまだ反発している人が多いからでしょう。
いつになったら分かるのでしょうか。このようなことが起きている原因は、自分たちの心にあると。
園頭先生が、ある時の講演会で「この前の東京駅でも感じたことですが、この名古屋の名古屋駅も人がたくさんいます。あのように人がたくさんいる場所に行くと『お前たちいい加減目を覚ませ』と怒鳴りたくなる」という話をされたことがあります。
せっかく法が出ているというのに、それに気づいていない人があまりに多かったからです。
園頭先生は、あまりに法に気づかない人が多かったため、怒鳴りたくなったのですが、私の場合、法に気づいた人が多いにもかかわらず、責任転嫁ばかりして一向に法を勉強しようとする人が出てきません。
このような場合は怒鳴っても仕方ないでしょう。(すでに法に気づいているんですから)では、どうすればいいのか?ということになります。
法に気づいても、それでも自分の心も行いも、何も変えようとしないのです。名古屋にこのような恐ろしい現象が、次々に現れるのも致し方ないといわざるをえません。(もちろん名古屋だけではありませんが)
そのような現象が現れる以外、この法の正しさ、大事さが分からないからです。(何も起きなかったら、誰もこの法が本物の神の教えと気づかないでしょうし)
では、このような現象が名古屋に現れているその原因は、私にあるのでしょうか?それとも、法を知りながら、一切自分の生活を変えようとしない名古屋の人たちにあるのでしょうか?
答えは明らかでしょう。
こればかりは、名古屋の人たちが考えを変えてもらう以外やりようがありません。(名古屋の多くの人の心が変わる以外、このサイレンを収える方法はないということです)
私に現れていることと(私が歩いているだけで、鳥たちが騒ぐということは、もうこの辺りの多くの人が知っているはずです)私以外の人に現れていることでは、あまりに現れる現象が違いすぎるのではないでしょうか。その違いを自覚してもらう以外ないですね。
これだけ違う現象が現れていても、それでもまだ、私に一生懸命嫌がらせをしている人が多いのです。それでは救いようがありません。
今日も朝から、すずめが元気にピイピイ外では鳴いています。(最近は家の近くでも「ジジジ」とすずめとは思えない鳴き方をしているのもいますし)
そうかと思えば、救急車のサイレンも聞こえてきます。この辺りは、まるで天国と地獄が同居しているかのようです。
天国とは、ちょうど今のような気候で、大自然と大都会が共生している中、鳥たちが元気よく飛び回ってピイピイ鳴いているのでしょう。
そのような大自然の中で腰を下ろすと、鳥たちが集まってきて、にぎやかなことでしょう。ちょうど私が今している生活そのままです。
では、地獄とはどういうところでしょう。
どんより曇った天気で、寒いところもあれば、蒸し暑いところもあり、病人、けが人が続出している場所であり(争いばかりしているのですから、それはそうです)まるで、現在の名古屋のようです。(これだけサイレンが聞こえてくれば、それもまたそうです)
現在の名古屋は、私の周りでは天国で起きることと同じようなことが起き、私以外の人の周りでは、地獄で起きていることと同じようなことが起きています。
自分の心が周りに現れているのです。では、そのような人たちが死ねば、それと同じ世界に行くことになります。(そうなると私は天国で、それ以外の人たちは地獄ということになりますが…)
天国に行くのも、地獄に行くのも、自分の心次第です。死後どちらの世界に行くのも自由ですが、地獄ほど苦しい世界はありませんし、天国ほど幸福な世界もありません。(もちろん、どちらの世界も現世以上のです)
責任転嫁をしていても、自分の心は変わることはないのです。
自分が悪いのを自分が悪いと自覚して、その心を反省しなければ、自分の心は変わりません。
周りで起きている現象が、自分がよいか悪いかを物語っています。その起きている現象で、判断してもらうしかないのです。
悪い現象が周りに起きているのであれば、自分の心を反省する以外、その周りで起きている悪い現象を収める手立てはありません。
いつ自分が死ぬかは分からないのです。悪い現象が現れている人は、一刻も早く反省されることです。
そうしないと死後の世界は地獄だからです。(現在もすでに地獄にいるのと同じでしょうが)



人目の訪問者です。

出張帰りで東京駅で東海道新幹線に乗り換えでホームで待っていると目の前に喫煙ルームがあり周りはガラス張りなので中が見えて6人いました。よく見ると男性は独りで後は女性の方でした。余り見たくない光景でしたがその後も喫煙ルームに入るのは女性が多かったです。前ならスーツ姿のオヤジの定番だったような覚えがあり時代の変わりとはいえ禁煙化が進んでいるなかで目につきました。
女性は出産などもありますので、子供のことを考えるなら、あまり喫煙はしない方がいいと思いますが、それも昨今は個人の自由ということになります。
煙草を吸う女性を、あまり好きな男性はいないでしょう。女性が煙草を吸うのも、個人的な欲求などから吸う人もいれば、自分の体や将来生む子供のことも考え、吸わない人もいるでしょう。
この前のブログのような話になりますが、このようなことでも、個人のことだけ考えるか、それとも将来の夫や自分、そうして生まれて来る子供のことまで考えるか、その違いであると思います。
何でもそうですが、人に対する思いやりや先のことも考え、出来るだけ大きく物事を考えることが出来るか、それとも、今のことだけ自分のことだけ考え、物事を小さく考えることしかできないかで、その人の人生も変わってくるでしょう。
どちらが良いと考えるかは、その人の自由ですが、ただ法は、出来るだけ広く大きく考えることを教えています。