5月 08 2014
人としての道
だから起きていないわけがないのです。このブログを書くのを邪魔しているところに、ひどい現象がです。
前の会社がパニッくって、ガンガンでかい音を立てていた時も、この会社は恐ろしい現象が、それこそ、ここの従業員がパニックになるほど現れたのでしょう。(それまでも現れていたはずですが、その時は、驚くくらい立て続けに現れたのではないでしょうか)だからそのような態度を取ったのです。
それほどこの会社は、大きな罪を自らつくっているからです。毎日のように、このブログを書くのを邪魔しているからです。
私が法の流布をやめたのなら、日本は潰されるのです。その日本を潰すようなことを毎日のように行っているのです。それでは恐ろしい現象が起きないわけがありません。
また、それほどの現象が現れているなら、自分たちのやっていることの罪の大きさが、いい加減分かりそうなものですが、それを一切認めようとせず「自分たちは何一つ悪いことはなく、悪いのはすべてお前」と、どれだけ恐ろしい現象が現れても、法の流布を邪魔し続けているのです。
日本を潰すほどの危ないことを散々していて、それが原因で、恐ろしい現象を天から起こされているにもかかわらず、それを逆恨みし、私を目の敵にして意地になって、よけいブログを書くのを邪魔しているのですから、一体どれだけ恐ろしいことをし続け、どれだけ恐ろしいことが起き続ければ、自分たちがしていることの恐ろしさが分かるのでしょうか。
しかし、どれだけ悪いことが起きるのを私のせいにしても、この会社のやっていることは、日本を潰そうとしていることに変わりはないのです。その罪の深さ大きさを自覚するまで、恐ろしい現象は続くでしょう。
哀れなものですが、特別それはこの会社だけではないでしょう。名古屋だけ見ても、どれだけ救急車のサイレンが響こうと、そのサイレンを聞いて反省する人はいないのです。それをすべて私のせいにして、嫌がらせを続けているからです。
私が日本を救っているというのに、そういうことは少しも考えようとせず、ただ表面だけ見て「そういうことをしているから、こいつは悪い奴」と思い込んでいるのです。
では、その表面上だけであれ、私と同じことができる人が他にいるのでしょうか?
私と同じような状況になって、それでもやるという人が果たして何人いるのでしょう?
私は、皆に嫌がらせをされるだけではないのです。こういうことが起きれば、どこでどういう恨みを買っているか分からないのです。では、どこで殺されるかも知れないのです。
嫌がらせだけではなく、命まで狙われているかもしれないのに、そういう状況で、それでも同じことを続けるという人が、私に嫌がらせをしている人の中で、どれくらいいるのでしょうか?
まずいないと思いますが、それに、私と同じように祈って大きな現象が現れる人がいるのでしょうか?
その現象でも、私がそれをただ自慢したいためだけに、たいして意味もなくやっていたとでも思っているのでしょうか?
だとしたら、本当に浅い見方しか出来ないんですね。そんな心が少しでもあるなら、祈って大きな現象など起せるはずがないのです。そのような自慢する心、怒り、ねたみ、ひがみなどの思いは自分の心を曇らすからです。
そんな思いが少しでもあるなら、自分の心に曇りが生じ、その祈りは即座に天に届かなくなります。起す現象が大きければ大きいほど、自分の心をよりきれいにしないと、高い世界に祈りが届かなくなり、より高い世界に祈りが届かなければ、大きな現象も現れなくなるということです。
大きな現象を現したいのであれば、心をよりきれいにしなければいけないのです。(小さな祈りなら、少々心が汚れていてもきかれますが)
つまり、私が祈ると大きな現象が現れて、他の人が祈っても大きな現象が現れないのは、それは、私の心がそのような人たちよりもきれいなのであり、祈って何の現象も現れない人たちは、それだけ心が汚れているということです。
私のいっていることが違うというなら、違うというだけの根拠と証拠を示してください。そんなことができる人がいるとは思えませんが、何でそんな心のきれいな男が、人より悪い奴なんでしょうか?
私が大きな現象を現していたのは、一にも二にも法の正しさの証明のためであり、その法を多くの人に伝えなければいけなかったからです。
だから、やっていたのです。それをあえてやらなければ(多くの人がこの法を信じなければ)より多くの人の命がなくなることを知っていたからです。(日本の滅亡)
そういうことを少しも考えようとせず、こういう祈りをして、多くの人が不幸になっているから、そんなことをしているこいつは悪い奴と、ただそう思い、だから、自分のしていることはよいことと思い込み(悪いことをしている奴に嫌がらせをしているのですから)実際は考えられないくらい悪いことをし続けているのが、名古屋の人なのです。
だから、名古屋に恐ろしい現象が次々に現れているのです。だから、この法の流布を邪魔しているところに、パニックになるような恐ろしい現象が連続して起きるのです。
それだけ大きな悪を、そのような人たちは犯しているからです。
そのような人たちは、あまりに物事を浅く見すぎて、本当の正しいことが分からないのです。
私が一番よいことをしているのです。だから、私が祈れば次々に奇跡が起き、鳥たちも寄ってきてくれるのです。
私が、私に嫌がらせをしている、誰よりも心がきれいで、高いことを鳥たちは知っているからです。
このような、起きている現象に嘘はありません。よい人によいことが起き、悪い人に悪いことが起きるのです。こればかりはごまかしようがないのです。
いつまで悪いことを続けるつもりですか?
少しは、よいことをしている人によいことを行ってはいかがですか?(その人は日本を救っているのですから)
これまで自分がしてきたことを、少しは反省されてはどうでしょう。
それが人としての当たり前の道だからです。



人目の訪問者です。

国際正法時代のことで思い出しました事があるのですが、「フーチャン」と呼ばれたその人は、どうなったのでしょうか?
いつの間にか話が頓挫してましたね。
フーちゃんは、もう当てにされない方がいいでしょう、出てこられるかどうか分からないからです。
される時が来たらされるかもしれないし、されないかもしれないからです。
人を当てにするより、まず自分がどれだけ出来るかです。
法の流布にベストを尽くす。それのみです。