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5月 11 2014

地獄にいる自覚

11:00 AM ブログ

今日は、集団的自衛権のことを書こうと思ったのですが、昨日あれだけ聞こえてはねぇ、サイレンが。(今日もすでに何度も聞こえてきます)

そちらをほっとくわけにもいきません。昨日家に帰ってくると、もう薄暗いというのに、やたら「ザッザッ」大きな音を立てて、庭を掃いている近所の人がいました。(明らかに)私に文句タラタラのようですが、何が起きているのか知りませんが、これほどサイレンがしているのです。それは何か起きる家もあるでしょう。

「だから仕方ない」とはいいませんが、何か起きるのが嫌なら、私のいうことを少しは聞くことです。

私のいうことを一切無視し、それで私のせいにされるのは、あまりに都合がよいと思われないでしょうか?何度でもいいますが、少しはこの法を勉強し実践されることです。そうすれば守られます。これほどの現象が起きているのです。もう少し、この法の偉大さを理解されてはどうでしょうか。

昨日でもそうですが、私が道を歩いていれば、もうすずめがあちこちで「ピーピー」「ジージー」にぎやかなことです。(少々うるさいのが玉に瑕〔たまにきず〕ですが)

私の頭上を飛び回っているすずめもいれば、足元まで降りてくるすずめもいます。どこかに座っていれば、まず私の近辺にすずめはいますね。近くに来たり、少し離れたところで「ピーピー」鳴いていたり、近くを飛び回ったり、やることはまちまちですが可愛いものです。

そのようなすずめを見ていると、当然ではありますが心は安らぎます。私の周りは、天上界の情景そのままなのではないでしょうか。(もちろん法を知っているからです)

それに引き換え、それを遠くから苦々しくながめている(そういう人たくさんいます。すごい顔で見ている婆ちゃんなどもいますから)人たちの周りで起きていることはどうでしょう。鳥など寄ってくるわけでもなく、次々に病人、けが人が救急車で運ばれているのです。

そのような光景を見ていると、当然ではありますが不安な心にしかなりません。まるで地獄の情景そのままだからです。(おまけに、そのようなことをすべて私のせいにして、怒りの心で私の悪口をいい、私への嫌がらせをしているのです。やってることも地獄の住人そのままです)

私に起きていることと、その周りの人に起きていること、あまりに違いすぎているのではないでしょうか?

法を知っているか、知らないかで、こうも起きていることが違うのです。その違いは天と地ほどあるのです。(起きていることが、天上界で起きているようなことと、地獄界で起きているようなことなのですから、本当に天と地の差があります)法を知ろうとしない人の不幸といったらないでしょう。

その周りで起きていることは、そのままその人の心のあり方、そうして死後の世界を現しているのです。では、私はすでに天上界にいて、私の周りの人たちは、すでに地獄界にいるということになります。

地獄界にいる人たちが、天上界にいる者のいうことを聞かなくてよいのでしょうか?

「お前のいうことなど聞けるか」ではないのです。地獄界にいる人が、天上界にいる者のいうことを聞かなくて、その地獄界から出られるのですか?ということをいっているのです。

意識の世界とは、まさにそのような世界なのです。地獄界は、今の名古屋のような恐ろしいことが周りで次々に起こります。しかし、その周りで起きている恐ろしいことの止め方が分からないのです。

周りの人が皆同じような考えで、同じようなことしかいわないからです。そこで、堂々巡りをして、その先に進めないのです。

まさにこれも、現在の名古屋の人々そのままなのではないでしょうか。ほとんどの人が、今起きている現象は、私のせいだと思っているのです。だから、皆で、私の悪口を言い合い(昨日、どこそこの人が病院に運ばれた、それもあいつのせい。今日は隣の人が癌になった、これもあいつのせい。また、サイレンが響いている、それもあいつのせい、とこのようにです)そこで思考が停止しているのです。

そうして、私の顔を見れば嫌がらせです。では、その先どうするのか、どうしたらこの現象は止まるのか、とは誰も考えないのです。ずっと同じことをし続けているだけなのです。

これが、地獄界での思想そのままなのです。地獄に堕ちるとなかなか抜け出せないということは、このような名古屋の人たちを見ても、よく分かることなのではないでしょうか。

名古屋の人たちを例にして書いていますが、これは全国の人たちも同じなのです。異常気象がずっと続いていても、温暖化だから仕方ないと、一切自分の考えを変えようとしません。これは名古屋の人たちが、私のせいにしていることを、全国の人たちは温暖化のせいにしいるに過ぎません。名古屋の人たちも全国の人たちもさほど考えに違いはないのです。

つまり、現在日本に住む多くの人は、すでに地獄界にいて、そこから抜け出すことが出来なくなっている、ということです。

皆がまだ肉体の世界にいますので、その実感がないだけです。

あの世の意識界は、天国と地獄がはっきり分かれていますので分かりやすいのですが、この世である物質界は、天国と地獄がミックスされた世界なのです。だから、地獄にいるという自覚が持ちにくいのですが(悪いことだけでなく、よいことも起きるからです)今起きているよいことを(例えば、家族の団欒や遊びに行ったりするようなことです。酒を飲んで騒ぐことなどもそうでしょう)すべて抜いて、今起きている悪いことだけが起きる、それが地獄界であり、それだけでなく、そのような雰囲気そのままの世界が地獄界なのです。(怖い夢を観た時のことを思いだしてください。あの恐ろしくて気持ちが悪い、あの感覚そのままです)

「今自分たちは地獄にいる」そういう自覚を早く持たないと、心を変えることなど出来ないでしょう。(ということは、地獄から抜け出せないということです。死ねば確実に地獄に行くということになります)

前に少し、芥川龍之介の短編小説「蜘蛛の糸」の話を書いたことがあります。

「お前のいうことなど聞けるか」ではなく、私のいうことは、極楽からお釈迦様がたらした蜘蛛の糸と同じなのです。(その糸を拒否するのであれば、地獄から抜け出ることは容易ではありません)

起きていることがあまりに違うのです。そうして、これまで書いてきましたように、法を勉強し実践するなら、天上界で起きていることが次々に実際に起きることになります。

法を知らなければいけない実感は、現在の自分たちに起きていることを正確に把握して、はじめてその必要性が分かるのです。

「今の自分たちは地獄にいる」その自覚を早く持たなければいけないのです。

2コメント

2 コメント to “地獄にいる自覚”

  1. ウナッシー2014/05/11 at 12:23 PM

    今朝は久しぶりに庭の手入れをやりました。何か気になると思ったら鳥のさえずりが聞こえていました。もちろん私など先生の足元にも及びませんので私のところへ来たわけではないですが、きっと先生はこのように聞かれているのだろうと心地よく聴きながら手入れをしていました。折角なので、その事を見せて頂けたことに感謝すると、やっぱいりどこか行ってしまいました。現実を知らされました。

  2. gtskokor2014/05/11 at 1:56 PM

    私も庭の草むしりをよくやっています。(笑)
    そうしているところに、ちょこちょこすずめがやってきます。屋根の上からこちらを見て「チュンチュン」鳴いていたり、私の近くに降りてくるすずめもいますが可愛いですよ。
    最近は、家の屋根や近くの電線に止まり「ジージー」「ピィピィ」鳴いているすずめもいますからね。家の辺りでは、あまり騒がないでほしいとは思っています。(何せ私の家の周り、ただでさえ、ガンガンでかい音を立てる会社があったり、ヘリやセスナの音がよくしていて、うるさいものですから〔笑〕)
    ウナッサーさんも、近いうちに同じ体験をするようになるでしょう。法の証明を、ご自身で体現できるよう頑張ってください。

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