5月 18 2014
再び現れた奇跡の現象
迦葉(かしょう)は、マガダ国の南の辺りに弟子と共に伝道に出ていて、釈尊が竹林精舎を出られたことを知ります。
釈尊は前年に舎利弗(シャリー・プトラー)が亡くなってから、急に体が弱くなっていられました。その釈尊が、竹林精舎を出られたことを知って、迦葉は釈尊の後を追ったのです。
迦葉が、クシナガラの近くまで来ると、向こうから一人の老比丘(ろうぴく)が、手に花束を持ってそれを大きく振りながら来るのに出会いました。
不思議に思った迦葉が、その老比丘にどうしたのかと尋ねると「大沙門(釈尊)は死んだ。自分は自由になった。大沙門が生きている間は、神通力で心の中を見通されるので何もすることが出来なかったが、もはやその大沙門が死んだので、自分は大沙門から解放された。もう何をいい、何をしても自由になった」と答えました。
それを聞いて迦葉は「釈尊の教えを聞いた比丘の仲間から、すでに釈尊の教えを否定する者が現れた。これをこのまま放置しておけば、釈尊の教えは否定され歪(ゆが)められ、後世に正しく伝わらなくなる。今のうちに弟子たちで結集し、釈尊の教えはこうであったと皆で確認しておかなければ、大変なことになる」と考えます。
そうして釈尊の荼毘(だび)が終わると、弟子たちに結集することを図り、釈尊滅後九十日目に竹林精舎の南にあった洞窟(七葉窟・しちようくつ)に五百羅漢(ごひゃくらかん)を集めて、結集したのです。
この時集められた五百人(実際はもう少し少なかったそうですが)の釈尊の弟子たちは、それぞれ何か(過去世を思い出したり、霊視や霊聴、幽体離脱などの)神通力を持っていた弟子たちばかりであり、釈尊の弟子の中でも選りすぐりの弟子たちでした。(この五百羅漢の中に文殊も普賢もいません。いかにこの連中がたいしたことなかったか、このことからもよく分かります)
法を勉強していて、何か神通力を得られるということは、それは法をよく勉強している証拠であるのであり、だから、そういう基準で迦葉は弟子たちを集め、釈尊の法の確認を行ったのです。(これが法をまったく知らないのに、それらしい力が現れてきた時は、百パーセント悪魔がかかってきた魔の力です。悪魔の力である魔力と神の力である神通力は全然違うのです)
つまり、法をよく理解している者たちは、何らかの形で天上界の力が周りに現れるということです。(このブログを見ていて何も現れない人、本当に残念です)
また前の会社に何か起きたようですね。(昨日の話しですが、わざわざ教えてくれるようです。急に態度が変わりますから)何度も確認しましたが誰かまた癌になったようです。(「また癌になったのか」と大きな声を出すと、少し「シーン」となる、あの独特の間がゾッとしますね)
それにしても最近のこの会社の態度の急変ぶり、少し激しすぎるのではないでしょうか?
よほど恐ろしいことが立て続けに起きているのか、怒り方に段々迫力がなくなり、最近の元気のなさといったらありません。
私には何もいいませんが、もうこのような態度を見れば分かります。かなり激しく起き始めたようです。ずいぶん恐ろしい現象がです。
起きるでしょう。私はそれを聞いていますし、先ほども書きましたように、法を理解している者の周りには何らかの天上界の力(それはすなわち神の力)が現れます。法の流布の邪魔を毎日のようにしているのです。そのような者たちに、神の力が現れないはずがないのです。
それは名古屋中の人にいえるのではないですか?だから、このようなサイレンがよくしているんでしょう。皆様方が法に逆らい、唯一法を説いている者に嫌がらせを続けているからです。
しかし、どれだけいってもそれを直そうとしません。では、この恐ろしい現象は止まりませんし、より以上の恐ろしい現象が現れます。それが、サイレンとは別の(癌になるなどの)恐ろしい現象でしょう。
ですから、この現象、このままだと次々に現れることになるでしょう。これが現代版の「過ぎ越しの祭り」だと思うからです。
モーゼは、頑なな王をはじめとしたエジプトの人々に、次々に不思議な奇跡を現し、本当の神の教えが出ていることを知らせます。
そうして、エジプトの人々の間違いを最後に知らしめた奇跡として「過ぎ越しの祭り」(エジプトのすべての長子を殺す)を現します。
この過ぎ越しの祭りを現すことにより、エジプト王には奴隷の解放を決意させ、そうしてエジプトの民たちには、これまでの信仰の間違いを知らしめるのです。
その三千年前に起きた同じ奇跡の現象が、現代の日本に現れています。
いつまで、その奇跡を無視されますか?いつまで、その奇跡に逆らわれるのでしょうか?
そのような愚かな行為は、すでに三千年前にエジプトの多くの人々が行っているのです。
現代の私たちが、同じ愚をいつまでも犯していてはいけません。
これほどの奇跡が次々に現れています。即座にこの法に従ってください。



人目の訪問者です。

昨日は癌で亡くなった兄弟の法要でした。その場で叔母から相談事をもちかけられました。以前話した私の母が関係した内容でした。
まだこれから詳細を確認していくため何がどうなのかわかりませんが、このブログに出会い初の親戚一同との顔合わせとなるなかでのことで、神に対し感謝し、以前先生に教えて頂いたように「調和と安らぎのうちにこの事が解決しますように」祈り、丁寧に対応していくつもりです。
どのような難問であろうと、それを乗り越えることによりご自身の心は成長していきます。
私も今大変ですが、周りに次々に奇跡が起き、問題が解決されつつあります。
神を信じ、神に感謝して祈り、ことを進めるならば解決の道は必ずついてきます。共々に頑張りましょう。