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5月 22 2014

歴史に学ぶ反省の仕方

11:00 AM ブログ

昨日の話なんですが、一人の中学生が私の方を見てペコリと頭を下げました。

ところが私、これだけ嫌がらせをされていると、そのような行為も嫌がらせに見えてしまい「何コイツ頭下げながら嫌がらせしてるんだ」と思って、最初はその中学生をにらんでいました。(もうほとんど病気ですね。〔笑〕)

しばらくして「頭下げてるんだから別に嫌がらせじゃないのか」と思い、こちらも少し頭を下げましたが、その時にはもう中学生は歩いていってしまっていました。(これでまた私の評判が落ちます「あいつこっちが頭下げてるのに、にらんでいた」とかいわれて〔涙〕)

しかし、いきなりそういう態度を取られてもこちらも対応できません。(何せ、ほとんどの人が私に嫌がらせをしていきますので)少々の無礼な態度はご容赦ください。(私など、もっと無礼な態度をたくさん取られていますから。それも小さな子供から年寄りに至るまでです)

そう考えると、昨日は比較的嫌がらせされたのも少なかったですかね。もしかすると皆さん、ソロソロ反省する人も出てきているんじゃないですか。

もし、そうであるならモタモタせず、さっさっとされた方がいいでしょう。この辺りの多くの人が分かっていると思いますが、ガンガンサイレンがしています。(それ以外の病気も、かなり現れているんじゃないですか?どこかの会社なんかまた態度変だし)過ぎ越しの祭りは続いているからです。

何をするよりも、私に対する反省、これを優先した方がいいでしょう。それをまずしないと最悪、天に引き上げられるからです。(縁起でもありませんが、死ぬということです)

もう非常事態ですのではっきり書きますが(死ということもです)名古屋の人はそれくらいの悪は犯しているからです。何度もいいますが、私がいたお陰で唯物無神論という狭い考えから、唯心有神論という広い考えに変わることが出来たのです。

これは皆様方が受ける、どのような恩よりも恩のあることであり、名古屋の人は、それを仇で返しているのです。これほど愚かで恐ろしい行為があるでしょうか。

それほどの悪の行為を犯しているのですから、天の怒りは相当なものです。名古屋に、これほどの恐ろしい現象が出続けているのが(そうして拍車がかかっているのが)そのよい証拠でしょう。

これほどの災いが現れていても、それでも意地になって、そんな愚かで恐ろしい行為をし続けているところもあります。(何かそこは今日も態度が変です。恐ろしい現象が出続けているのではないでしょうか)もうこのような人たちが悪いということは、これほどの現象が出続けている以上明白なのです。(私とそのような人たちでは、言い逃れが出来ないくらい、現れる現象に差があります)

自分たちの間違いが明白なのですから、これまでの私に対する間違った態度を、反省できる人は即座にしてください。

そうして、反省したのであれば、学生はよく学校の勉強をし、この法の勉強もすることです。(高橋先生の本など本屋に売っています。高橋先生の本を買って、何度もよく読んで、法をよく知って、それを自分たちの生活の中で実践してください)それが報恩の行為となるからです。

社会人の人も、このブログを読んで、どこへ行っても学べないことを学ばれたのです。そのような知識だけではなく、これまででは経験できないようなことも経験されたはずです。(恐ろしいことも含めてです)

では、普通では学べないことを学ばれ、経験できないことも経験されたのですから、私に対し感謝の心を持つのは当然のこととして、何らかの形で報恩の行為もしていただかねばなりません。(それで初めて感謝したことになるからです)

それが寄付することであろうと、法の流布の手助けになることであろうと、私が助かることであれば何でもかまいせん。報恩の行為はしていただきたいと思います。

そのような心と行いをされるのであれば、この過ぎ越しの祭りは許されるでしょう。(少なくとも、天がその人に災いを与えるということはなくなります。ただ、自分が暴飲暴食とか、体を壊すようなことをしていて、私に感謝したのに病気になったとかはいわないでくださいね。それは自分の行いが悪いのですから。私は、天に関する災いはなくなるといっているだけです)

しかしどうしても、そのような考えは持たず、悪いのはすべてお前、というのであれば、それはそれで結構です。ただ、その人に起きてくる災いまでは責任持てませんが。

先ほどもサイレンがしていましたが、名古屋はこのような状況がずっと続いているのです。なぜでしょうか?それは名古屋の多くの人々が、どれだけ恐ろしい現象が現れても、考えや行いを少しも変えようとしないからです。

しかし、昨日頭を下げた中学生のように、少しでも自分が悪い、私一人が悪いのではない、そう思える人がいるのなら、即座に反省してください。それがその人のために一番なるからです。そうして名古屋のためにも一番なるからです。(そのような心の人が増えれば、この過ぎ越しの祭りを終わらせることができるからです)

どれだけ平和な生活がしたくても、楽しい遊びがしたくても、現在の名古屋の状況はそれを許しません。

お金がたくさんあり平和な生活を続けていたとしても、現在の名古屋の状況では、家族がいつ病気になるかしれないからです。自分がいつけがをするかしれないからです。それほどの恐ろしい現象が、名古屋には出続けているのです。

では、何をおいても先に、この現象を終わらせるべきではないでしょうか。仕事よりも勉強よりも遊びよりも、この現象を終わらせることを優先させるべきではないでしょうか。今のままでは、その仕事も勉強も遊びも、いつ出来なくなるか分からないからです。

反省され、感謝と報恩の行為をされる人が増えれば、過ぎ越しの祭りが終わるだけではありません。

今度は、天からの奇跡が次々に与えられ、自分が思ってもみない、幸運が与えられることになるのです。これほどの不運が与えられているのです。その逆のことをすれば(私に対する善の行為)思ってもみない幸運が与えられることは自明でしょう。

現にそのようなことが起きた人は(野球やゴルフの選手なども合わせれば)たくさんいるのです。

私に対し悪の行為をすれば災いが、善の行為をすれば幸運が現れています。

何でこれだけ現れる現象が違うのでしょう。どれだけ名古屋の多くの人が認めなくても、それこそ私が神の使いである証拠であり、普通の人とは違う証拠でもあるのです。

キリストに嫌がらせを繰り返せば何が起こりますか?釈尊の説法を邪魔すれば何が起こるでしょう。そのような偉大な人に悪の行為をした時に起きる災いと、同じ現象が私にそのようなことをしている人たちに起きているのです。

キリストや釈尊に食べ物やお金を布施して、そのような偉大な方々のいわれること(法)を素直に聞き、実践された人に何が起きるでしょう。そのような偉大な人に善の行為をした時に起きる奇跡と、同じ現象が私にそのようなことをした人たちに起きているのです。

釈尊やキリストに起きることと、私に起きていることは同じなのです。これは私も釈尊やキリストと同じ使命役割を持っている証拠であり、であるならば、そのような方々に過去の人が取っていた、同じ態度を取る方がよいのではないでしょうか。

私にどのような態度を取ればいいのか、それは歴史が教えています。

釈尊やキリストのことが書かれているものを読み、ご自身の態度を反省されてはいかがでしょうか。

そうすれば、名古屋で起きている恐ろしい現象も、そうして日本中で起きている恐ろしい現象も、収まることになるからです。

2コメント

2 コメント to “歴史に学ぶ反省の仕方”

  1. ウナッシー2014/05/22 at 12:44 PM

    今朝は朝から仕事が忙しく段取りをとって順序よくやってましたが、昨日品揃えされた部品で不具合がありその事を書いて出した書類が分かりにくかったようで
    、ダメ出しをされました。持ってきたタイミングが悪く、頭の中は現場作業の段取りで整理がついてない状況だったものだから「ったく!」、「分かるだろ!」くらいの勢いで気を紛らわしました。でも、読み返すうちに「やっぱりここが分かりにくいな」と反省しながら一連の挙動を見つめ直し、心が納得するまでまた反省をしました。
    まだまだ駆け出し程度の反省ですが、反省できてよかったと思いました。

  2. gtskokor2014/05/22 at 1:14 PM

    少しでも反省することが大事なのであり、それをまったくしようとしないとどうなるのか?
    いずれ名古屋で起きている、恐ろしい現象が明らかになります。
    その時、多くの人が反省の大事さを理解されるのではないでしょうか。

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