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6月 06 2014

法と巡り合えた幸運

10:45 AM ブログ

昨日フッと、教育研究会未来のことを思い出して、未来のページを見たのですが、未来のホームページの下に、未来主宰の北村氏のことをボロカス書いてあるページを見つけました。

そのページを読むと、現在の北村氏は自分のことを神といっているようです。

本当にそうなのかどうかは分かりませんが、マァ、それくらいのことはいっているのかもしれません。私がいた十年前くらいは自分のことを大日如来だの、救世観音(ぐぜかんのん)だのいっていたくらいですから。

救世観音(聖徳太子の等身像といわれる秘仏です)はともかく、大日如来(ベルシャナーといわれた方で、釈尊より二十数年あとにインドに生まれ愛を説かれた方です。この方は如来界の方で、釈尊が慈悲を重点的に説かれたので、その後に同じインドに出られ、釈尊があまり説かれなたかった愛を重点的に説かれたそうです)は男だろうと思い、この人、女なのに何いってんだろうと、当時不思議でしたが、適当なことをいっているんですから辻褄が合わないことも平気でいうわけです。(それに救世観音も女性といわれていますが、実在の人物ではありません。よく考えてみれば、昔の名前の有名な人を羅列しているだけで、いってることハチャメチャです〔笑〕)

地獄霊に憑かれると自分の格をドンドン上げていって、最後は神になるそうですので、現在北村氏が自分のことを神といっていても決して不思議ではないわけです。

ずいぶんこの人、会員から金をむしりとっているようですが(地獄霊の典型ですね)こんな人のいうことを簡単に信じてしまい、騙される方も騙される方です。どちらにしても哀れなものです。

騙され続けて金をむしりとられる人も哀れですが、本当の神の教えを聞いているにもかかわらず、いつまでも私に協力しようとせず罰が当たりたっくている人たちも哀れです。

もう前の会社の連中など、ちょっとしたことで切れています。(このブログを邪魔することしか出来ないようです…ずいぶんこの会社人が減ったようです)反省することも出来ず詫びることも出来ず、私に嫌がらせをするだけで、自分たちに罰が当たるのをただ待っているだけです。

哀れとしかいいようがありませんが、もう怖くて仕方がないのでしょう。しかし、何をいっても聞こうとしないのです。これではどうしようもありません。このようになる前に周りの人たちは気づいてほしいものです。

しかし、誰も布施してくれませんが大丈夫でしょうか?(前の会社のような人たちが全国で出始めないか心配です)それとも何年も前からこのブログを黙ってみていたのを反省して、いくらくらい布施しようかと考えている人が多いのでしょうか?

それなら、いくら長い間黙って見ていただけとはいえ、そんな百万も二百万も寄付してくれとはいいません。お気持ちだけで結構ですから、そんな心配はご無用に願います。

しかし、どうしてもといわれるなら、そのような愛の心は大切であり、こちらはその愛の心を受け取らないわけにはいきません。一千万であろうと、二千万であろうと、それ以上であろうと金額は気にしません。いくらでも結構ですからどうぞ布施してください。(笑)

冗談はともかく、そのような気持ちが大事であり(感謝の心と報恩の行為)それをするとしないとでは雲泥の差がでるのです。(もちろん心の部分にです)このブログを前から読んでいる人は、いくらかの寄付なり何なりはしていただきたいと思います。

ちょっと具体例を書きますが、私がこのブログを書き始めた最初からこのブログを見ている人が(再開前の一番はじめから読んでいる人という意味です)何人もいるのですが、その中の一人が、このホームページをつくってもらった会社の社長さんです。(社長、最初から見ていますよね、このブログ〔笑〕)

こういう方など、やはり私と縁が深い方であり、その過去の縁に従って私はこの方の会社でホームページをつくってもらい、現在、多くの人に神の教えを伝えることが出来ているのです。

ですから、私がこの方に感謝するのは当然ですが、この方は、知らず知らずのうちに世界に法を拡げる手助けをしているのですから(ということは、どれだけ自分の徳になっているか知れないのです。知らない間に自分の徳がドンドン増えているのです)そのような手伝いをさせてもらえることに感謝し(法も知らされているのですから)やはり私に布施などはした方がいいのです。

そうすれば、自分の徳は何倍にもなって計り知れないものとなるからです。(それは死ねば分かります)

逆に、ただ私のブログを読んでいるだけで、それ以上何もしようとしないと、せっかくたまりにたまった徳も尻切れトンボとなり、下手をすると死ぬ前におじゃんとなる可能性もなきにしもあらずなのです。(よほど悪いことをしなければ大丈夫だとは思いますが、人生何があるか分かりませんから)

なんでもそうですが、継続は力で、よいことは継続した方がいいですし、悪いことは(悪いと気づいた時点で)即止めた方がいいのです。

このブログを読んでいる皆さんは、せっかくこれ以上ないという幸運に恵まれたのです。(この世で法に巡り合うことの難しさ、それは過去の仏典など読めばいくらでも書いてあります)

では、その幸運を完璧なものとしなければいけませんし、そうするには、この法への協力は欠かせないのです。

それをしようとしないため(または逆の態度を取り続けているため)大変なことが名古屋をはじめ日本中で起きているのです。

これ以上ない幸運に恵まれた人は、その反面、これ以上ない不幸も隣りあわせで持ち合わせているのであり、よいことは継続してやらないと、それ以上の悪い面が現れてくることになるということです。

とにかく、このブログを読んでいる人の足らないのは、まず法への協力です。縁あってこのブログを読んだ人は(自分のできることで結構ですので)何かしてください。

それをしないと、この世で法と巡り合った意味がないからです。

せっかくこの世で、法に巡り合った幸運を生かすも殺すも自分次第です。しかし、その幸運を殺す人が多ければ、世の不幸は大きく広がることになるのです。

追伸…日本維新の会が分党しましたね。(最初から無理があったように感じましたが)

自民一強でもいけませんが、しかし、野党にしても昔の社会党のように、ただ反対するだけみたいな党もかなり減ってきました。(まだあるにはありますが)

自民党が独走状態ですが、ここから野党がどう盛り返すかは見ものですね。野党にしてもそれぞれ進む道は違います。その特性は生かしていただきたいと思っています。(石原新党には期待していますが、やはり石原新党の狙いは、公明党に取って代わる、そこですかね?)

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