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6月 25 2014

知るべきことを知らない愚かさ

10:53 AM ブログ

昨日の東京は凄い天気でしたね。ゲリラ豪雨も凄かったんですが、ヒョウが凄い降り方をしたところもあったようです。

三鷹市や調布市でしたか、大粒のヒョウが凄い勢いで降り続いたそうですが(住宅街が真っ白でした。かなりヒョウが積もっていたところもあったようですが、まったく夏とは思えない光景です)聖書に出てくるモーゼの奇跡そのままですね。いよいよ聖書に書かれてある、モーゼの大奇跡が起こり始めたのではないでしょうか。(東京の皆さん、あまりに聞き分けがないからです)

今日は高橋先生が亡くなられた日なのですが、それでブログを書くということでもありませんが、ちょっと大変なことが分かりましたので、急遽書くことにしました。

前の会社の件ですが、その前にこのブログを書かなかった間に、昨日の東京ではありませんが何が日本に起きていたのか簡単に書いてみます。

六月十六日(ブログをやめることを報告した日です)夕方から関東の大気が不安定になり、栃木で一時間に八十六ミリのゲリラ豪雨、避難勧告も出ました。

十七日「しばらく雨は降らない、梅雨の中休み」といわれていましたが(一週間ほどはよい天気が続くと気象庁はいっていました)急に梅雨前線が上がってきて九州南部大雨。

十八日、梅雨のない北海道に長雨が続く。札幌十三日連続の雨、五十八年ぶり。

十九日、小田急電鉄回送電車脱線。札幌十四日連続の雨、1956年の最長記録に並ぶ。

二十日、札幌十五日連続の雨、六月としては最長記録更新。北海道では異例の長雨。九州南部大雨。

二十一日、九州南部大雨。その大雨で鹿児島で列車が脱線事故。

二十二日、九州南部大雨、土砂崩れも。

二十三日、栃木県足利市で一時間に百十ミリのゲリラ豪雨。

そうして昨日の東京のゲリラ豪雨です。ザッと書いただけですが、それでもこのように毎日、何か日本のどこかに異常現象が現れていたようです。

昨夜は、その東京の池袋で脱法ハーブを吸った運転手の車の暴走もありましたし、本当にろくなこと起きません。

そのろくなことが起きていない日本なのですが、こちら名古屋もろくなことというより、ずいぶん恐ろしいことが起きているようです。

どうも前の会社、癌になる人が続出しているようです。なぜ分かったかといえば、昨日の様子があまりに変であったからです。

昨日は前の会社、朝から元気がいまいちだったので(それでもこちらに嫌がらせだけはしていますからね、呆れます)「また癌にでもなったか」とか「まさか癌になる奴が続出しているんじゃないだろうな」とかいっていたら、前の会社が一変にシーンとなってしまいました。

「…?なんか変だな」と思い「本当に癌になる奴が次々に出ているのか」とか「お前らいい加減にしないと全員癌だぞ」とかいっていたら益々シーンとなり、その後もそのような発言を続けましたが、ほとんど反応らしい反応がありませんでした。

そんなことを少しでもいえば、いつもなら、烈火のごとく怒り、大暴れする者もその会社の中にいるんですが、昨日はまったくそんなことはありませんでした。(午前中だけでしたけどね。午後からは人が変わったように、でかい音を立てる奴が何人もいましたが、まるで午前と午後では違う会社のようでした。本当に情緒不安定の人が多いみたいです。最近こういう極端な態度が多いのです。この会社)

どうも、本当に癌になる人が続出しているようで、私が「前の会社癌になる人が続出しているようです。皆さん大丈夫ですか?」などと呼びかけても、それでも反応がありませんでした。

何か先週もその前も、態度がおかしい日が二、三日ありました。このような態度を知るなら、やはりあの態度がおかしかった日に何か起きたのではないかと思われます。(その会社の従業員にしろ、その家族にしろ誰か癌にでもなった人が出ているのでないかと思われます)

この会社の連中、私に何もいいませんのではっきり分かりませんが、日に極端に変わる態度など見ても想像できるのですが、やはりよほどのことがこの会社内で起きていると思われます。

もし、週に何人もの癌になる人がいるのなら、そんな現象は高橋先生の時にも園頭先生の時にも起きなかったのです。(同じ現象があの未来に起きた時でも、月に二、三人でした。それが週に二、三人も現れているなら、もう相当やばい現象が現れているということになります。下手すると、その会社の者全員が癌になるかもしれません)

それほどの現象が、その会社には現れていると予想されるのです。その現象に怒り、嫌がらせをしている場合でしょうか?そのような態度はあまりに愚かといわざるを得ません。

戦前の小学校には「讀本」(どくほん)というものがありました。

「讀本」とは、日本の国の方針として、日本人が生きていくためには、最低これだけのことは知っておかなければいけない、これ以上は各人の要望によっていくら勉強してもよい、それは各人の自由だけれども、最低これだけの知識は持っていないと生きていけませんよ、ということを教えた、その基礎知識を書いたものを「讀本」といったのです。

現在の日本の人たちは「神」に対し、あまりに無知であります。(唯物無神論などという説を長く信じていたためです)

だから、現在起きている神の業の意味が全然分からないのです。

だから、この名古屋の人たちにせよ、東京の人たちにせよ、神の心を無視したり逆らったりという大変恐ろしい行為を平気でしているのですが、そのような意味でいえばこのブログは、神に対する「讀本」なのであり、最低ここに書いた知識は、神に対し持っていないと生きていけませんよ、ということを教えた、神に対する基礎的な心と行いを書いた「讀本」なのです。

ここに書いたことに平気で逆らい、今日もこのブログを書くのを、前の会社の連中は邪魔していますが、そのような行為が、次々に従業員に癌が現れるという恐ろしい現象を現している原因なのであり、このブログを邪魔する行為(それはすなわち法の流布を邪魔する行為)はそれほど人として、やってはいけない恐ろしい行為であるということです。

また東京をはじめとした、日本中で起きている異常現象も同じであり、ここに書いたことを無視するという行為は、それだけやってはいけない行為であるということです。

本当の神の教えをいろいろ聞いているのです。それを聞かれた人は、最低限の報恩の行為くらいはされるべきでしょう。

これが神の教えでなくても、いろいろ教えてくれた人に、何のお返しもしないというのは不義理なのではないですか?それが、この世に生まれても聞けるかどうかも分からない、それだけ貴重な神の教えを教えられたのです。尚のことお返しはしなければいけないでしょう。

まして、その教えの流布を邪魔する行為など、ありえない行為です。だからありえない現象がそんなことをしている会社に現れているのです。(したがって前の会社に癌になる人が続出しているということも起きていると思います。それほどの神に対する悪をこの会社の従業員はしているからです)

神に対し、無知な日本の人々はそのような現象を、さも私が起こしているかのように錯覚していますが、とんでもありません。自分たちのそのような神の心を何も知ろうとしない愚かな心と行いが、日本にこのような恐ろしい現象を現して(現されて)いるのです。

本当の神の教えを伝えてくれた、神の使いには心より感謝して、それにふさわしい態度を取らないといけないし(不遜な態度を取る人ばかりです。子供でも平気で嫌がらせとかしてきます。自分の知らないことをいろいろ教えてもらったはずなのにです。これでは恐ろしい現象ばかり名古屋に起きるはずです)その行為に対し、報恩の行為は当然しなければいけません。

その最低限の行為さえ行おうとしない、逆に嫌がらせなどというとんでもない行為をしている、今起きている異常現象のすべての原因は、やはりそこにあるのです。

神の教えを聞いた人は、最低限の取るべき態度があります。その態度があまりに悪いため、このような異常現象が起き続けているのです。では、そのあまりに悪い態度を直すより他にこの異常現象を収める手立てはありません。

このブログは神に対する「讀本」です。あまりここに書いたことを、軽く見ない方がいいでしょう。

追伸…ブログを書いていない間、他の宗教団体のホームページを見ていたのですが、やたら小難しく書いているものもあり、あまり意味がないものもあり、間違っているものもあり、意味不明のものもあり、教団内だけの奇妙な言葉もあり、とにかくいろいろなのですが、その部分だけ見ても、万人を救うという神の心に反しているように思えます。

正しい教えは一つであり分かりやすくないといけません。(小さな子から年寄りにまで分かるようにです)したがっていくつも宗教があり、説いていることが違うということ自体間違いなのです。

正しい教えはこの法だけです。だからすべての宗教団体がこの法を説くよう、宗教統一をしないといけないとつくづく思いました。しかし、それも決して夢物語ではないでしょう。

本当の神の教えが説かれるところには、次々に神の奇跡が現れます。それほどの奇跡が現れているところは、現在は正しい法を説いている私のところしかないからです。これほどの現象が現れている教団は皆無だからです。(そんな教団があったら今頃大騒ぎです)

必然的に、それを私がしなければいけないわけであり、他の宗教団体に所属している人々も、この名古屋ではそれを認めざるを得ないと思います。

後は大きな宗教団体に所属している人々が、それに気づいて動いてくれるかどうか、それだけです。この名古屋にいる人は、他の宗教をやっていようと、その宗教を改革する、そのような使命があるのです。

さてそのことを誰が最初に気づかれるのでしょうか?

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