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6月 28 2014

辻説法の効果

11:18 AM ブログ

少し状況が変わってきたようです。今日は前の会社も休みですし、ちょっとブログを書きます。

ここ数日は、ずいぶん激しい雨が降ったようですが(埼玉で百ミリを超えるゲリラ豪雨とか。九州各地での大雨とかです)しかし、最近の気象庁の天気予報の外れっぷりは度を越しているようにも思えます。

外れという言い方もいい過ぎかもしれませんが、大きく見るなら外しているといってもおかしくはないでしょう。一日二日はともかく、少し先の予報など外れっぱなしだからです。

この六月でも、最初は雨が少ないといいながら、途中で平年並みといい、そうしてまたそれを平年以上に雨が多いといいなおしました。しかし、結局それも違っているのです。

たしかに今月は北海道や関東、九州などは雨が多かったのですが、東海や関西は極端に雨が少なかったのです。(平年の三割くらいしか降ってないそうです)ではまた外したということにならないでしょうか?

今月、こんなに極端な天気になるなど、気象庁は一言もいっていなかったのです。では、予報を二転三転させたにもかかわらず、それでも(正確にいえば)当たらなかったのですから、だから私は、最近の気象庁の天気の外しっぷりは度を越しているといっているのです。

しかし、そういう言い方もきついですかね。気象庁がこれだけ外しだしたのは、最近のことですし、それまではそうも外していなかったはずだからです。

ここ半月くらいですよね、気象庁が予報を外すようになったのも。そうして、それだけ気象が読みづらくなったのもです。

なぜ、気象がそうも読みづらくなったのかは知りませんが(心当たりがある人はあるのでしょうが)それはそれとして、名古屋の皆さんも少し変わってきたようです。

「神やあの世、人の生まれ変わりが分かったのは誰のお陰ですか?」「婆ちゃん、あの世で可愛い孫や子供とまた再会できるんだからよかったなぁ」「あの世や人の生まれ変わりまで教えてくれた人に感謝もせずに嫌がらせですか。それでは罰も当たるでしょう、その罰まで全部こちらのせいにしています。どこまで自分本位なんでしょうか」「悪いことは全部私のせい、そうして自分は何一つ悪くないだの、まさに責任転嫁の権化ですね」などなど、あちこちでいい回っているものですから、さすがにそのような話を聞いて、それでもまだ嫌がらせするという人も少ないですから、最近は私に嫌がらせをする人が劇的に減りました。(バスやトラックの運ちゃんは別ですけどね。そういう人の耳までは私の説法もなかなか届きませんので)

それでもする人はしますが、やはり少しは反省する人も出てきているように思います。

しかし、名古屋の人たちの考えの変わりっぷりには驚きますね。そういう話を道でしていても笑う人はまずいません。(十人に一人くらいです)ほとんどの人が、ビクッとするか、いやらしそうな(あるいは嫌な)顔をして足早にいってしまう人ばかりです。(怒る人もたまにいますけどね。あるオバちゃんなど「あの世のことや人の生まれ変わりを教えてくれたのは誰ですか?」と私がいったら、ムッとして「知らないわよ」と大声で怒鳴っていました。「それ私でーす」と後からいっておきましたが、完全に怒ってましたね、あのオバちゃん〔笑〕)

ということは、ほとんどの人が、すでに唯物無神論から唯心有神論に考えが変わっているということになります。

これが名古屋以外ならこうはいかないでしょう。そんな話を道端ですれば、ほとんどの人が笑うか、あるいは脱法ハーブでもやっているんじゃないかと疑われ、警察に通報されるでしょう。(笑)

しかし、名古屋ではそういうことはないのです。それに笑う人もいるにはいますが、私が「アレ、まだ唯物無神論なんですか?この辺りでは珍しいですね」とか突っ込むと、だいたいの人は顔を引きつらせます。(ということは無理して笑っているということになります)

もう名古屋のほとんどの人が唯心有神論なのです。他の地域の人は信じられないのではないでしょうか。しかし事実なのです。名古屋はそれだけ多くの人の意識が変わったのです。(もちろん大人から子供まで皆同じようにです。子供しか信じていないとか、年寄りしか信じていないではありません。ほぼ均等に多くの人が信じています)

名古屋の人たちはこれだけ考えが変わったのです。そうして、私が説法をして怒る人はいてもいい返す人はいません。誰一人いい返せないのです。いやらしそうに下を向いて行ってしまう人がほとんどなのです。

これは私が正しいことをいっている証拠なのではないでしょうか。そればかりか、私のいうことを聞いて救われたと思っている人も現実にいるのです。(実際私を見て、頭を下げていく人が最近は少し出てきたようです。それに「そういうこと聞いて救われただろオバちゃん」と私がいうと、ウンとうなずく人までいたのですから笑えます。〔笑〕)

私がいたから、唯心有神論という、これまでの日本の人々ではとても信じることができないことまで信じることができ、そうして心が軽くなった人もたくさんいるのです。(もちろん正しいことを知ったから心が軽くなったのです。この唯心有神論を信じることが出来ただけでも、心はかなり成長することになります。唯心有神論を知るのであれば、神のこととか、あの世のこと、人の輪廻転生など、唯物無神論の時よりもずっと考えが広がるからです。考えが広がるだけでも心は成長していきます)

そういう事実があり、そうして私の説法を聞いて反省する人も出てきているのなら、もう一歩その反省を進めて、私に報恩の行為をされてはどうでしょうか。

何度もいいますが、そのような感謝の心と報恩の行為、これがないから名古屋には恐ろしい現象が現れているのです。

このような、とても普通では信じることが出来なかったことを、多くの人が信じたのです。その多くの人が最初にやらなければいけなかったことは、まず感謝だったのです。その感謝しなければいけない、一番初めに多くの人が私に嫌がらせをしてしまったのです。

その最初にやることを間違えた、最初のボタンのかけ違いが、現在の名古屋にこのような恐ろしい現象を現しているのです。(その後はボタンをかけ違えたまま来ていますので、ずっと恐ろしい現象が現れ続けているということになります。そのボタンを正しくかけ直さないとよい現象は現れないのです)

どちらにしても、名古屋のこれだけ多くの人が考えを変えたのです。では、もう名古屋に現象は必ず現れるということになります。そのような時代になっているからです。(時代が変わっていなくても、これだけ多くの人が一変に心を変えたのなら現象は現れます。天の作用は必ずあるからです)

よい現象を現すも、悪い現象を現すも、名古屋の人々の心次第です。これまでのやり方では悪い現象しか現れなかったのです。では、それを反省し、やり方を変えるほかないのではないでしょうか。(私は多くの救いを名古屋の人々に与えたのです。〔このブログなども読んでです〕現実に〔心が〕救われたという人がいるのです。それは認めざるを得ないのではないでしょうか。では、少しくらいのお返しはしていただけないでしょうか)

最初に書いた、天気の件に戻りますが、ここ半月くらいの間になぜ気象庁が予測できないくらい、天気がコロコロ変わっているのでしょうか?

もう名古屋の多く人はお分かりだと思います。(もちろんこのブログを見ている他の地域の人々もです)

この教えを勉強すれば天さえも動かせるのです。これほどの教えが他にあるでしょうか?

この教えは本当の神の教えであり、正しい教えであるから、それを知って名古屋の多くの人たちの心が軽くなったのであり、救われたと思う人もたくさんいるのです。

では、この教えを名古屋の人だけが知ればそれでいいのでしょうか?

他の地域の人にも知ってもらおうとは誰も思わないのでしょうか?

皆様の考えを少し変えていただくだけで、この教えは日本は元より世界に拡がります。そうして災いも起こらなくなり、奇跡が起きるようになるのです。(もちろんこのブログを読んでいる他の地域の人も同じですけどね)

これだけ多くの人の意識が変ったのです。もう少しだけ意識を変えてはいただけないでしょうか。

2コメント

2 コメント to “辻説法の効果”

  1. ウナッシー2014/06/28 at 8:26 PM

    日本のメディアニュースは事件、事故などの取り上げが多いのですが、本当や事故が多いですね。また時期的にも熊が人に危害を加えることも多く聞くようになりました。私の近所では、泣く子を叱るやけ切れしているヒステリックママの声も聞くようになりました。一方では鳥の冴えずりにふと気付くこともあります。色々なことが見えてきた気がします。

  2. gtskokor2014/06/28 at 9:11 PM

    結局、法が拡がっているか、いないかで世の中良くも悪くもなるのです。
    現在は、その法がほとんど拡がっていないのです。そうすると天気一つ取っても安定しないし、おかしな事件、事故も多発するのです。
    高橋先生が前にいわれていましたが、法が拡がっていないと、たくさん家はあっても、問題がまったくない家庭はないそうです。
    どこの家庭であっても、何がしかの問題があるそうです。
    だから法を拡げないと、この世は調和しないし、当然各家庭も調和しないのです。(だから動物も調和しないのです。法を知って人が調和しだすと、動物もおかしな場所に現れることはなくなります。自分たちだけの調和した生活を送ることになるからです)
    すべての問題は法を知る人が増えれば増えるほど、順次解決されていくことになります。
    それだけ法は、この世に不可欠のものだということです。

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