1月 07 2011
愛ある企業と報道のあり方
今年の一月三日付の中日新聞の一面に「誰も犠牲にしない企業」という題で、業績より“正しさ”追求、と大きく書かれ、いくつかの企業を紹介するシンポジウムの記事が載っていました。
その紹介されていた中のある会社は、香川県にある会社で“転ばない靴”を作られているということでした。その靴は体が不自由な人がはいても(足が十分に上がらなくても)、つまずかないように工夫してあり、体の不自由な方や年をとった方たちには感謝されているそうです。しかも靴の色もピンク色まであって、老人施設のおばあちゃんたちには「ピンク色の靴を履いてみたかった」と大変評判がいいそうです。
いくつになっても女は女です。「ピンク色の靴が履いてみたかった」という心はあって当然ですし、そのような心を持っていたほうが気も若かくてよいと思います。
この会社は靴の評判がいいだけでなく、業績も右肩上がりだそうです。
この中日新聞の記事の最後には次のようにくくられていました。
<シンポの最前列に招かれた法政大大学院教授の坂本光司(六三)は、思わず目頭を押さえた。全国を巡って追い求める「誰も犠牲にしない会社」が、ここにも輝いていた。
師走。福井市の染色加工メーカー、ウエマツ。社長の上松信行は「人件費を上げるのが経営者の使命。頑張るのは社員だから」と言ってのけた。
別の企業に勤める夫が病気になった社員に、夫の稼ぎ分を一年間にわたって支給。子供が生まれて生活費に困った社員には、月二万円の手当てを出した。新素材の審査会などで次々と受賞を重ねる社員たち。その力の源を明かす社長に坂本は「背中が震えた」
行く先々で目の当たりにするのは、業績より“正しさ”を大事にする経営者の姿だ。>
以前は企業といえばバカの一つ覚えのように「業績を上げる」ことが一番よいと言われておりましたが、最近は上記の記事のように愛のある企業が一面で取り上げられています。このような記事の書き方は正しいと思います。まさにこのような企業が“正しい企業”といえるでしょう。
自分のことを二の次にして社員を思いお客様のことを思う、そのような人が社長をやっている会社はよいことが起きてくるのです。それはお客様のことを思って利益をあまり考えずよい製品を作ったり、富を必要に応じて分配する、愛のある会社には天も力を貸してくれます、ですからよい結果が次々に出てきて、必然的に業績も上がるということになるのです。
神は利益を上げる会社が一番いいとは思っておりません。前にも言いましたが神の心は集中より分配です。上記の会社のように利益をあまり考えずよい製品を作ったり、困っている社員には会社の利益を分配する、ということは神の心にかなっています。当然このような会社は天が協力しますのでよい結果が出てくるのです。
このような愛のある企業を紹介するということはよいことで、これも神の心にかなっています。ですからこのような記事をたくさん新聞に載せれば、その新聞社はやはり天が協力してくれますので部数も自然に増えていくということになります。(もちろんよい記事を書いた記者も自分自身の徳となります)
だいたい今までの新聞やテレビのニュースなどの報道の仕方は、あまりにおかしいのです。いろいろなニュースを流すことはいいのですが、そのほとんどが悪いニュースです。(企業も利益を上げるのが第一のような書き方でしたし)
どこどこで殺人事件があった。どこどこで大事故が起きたなど、あまり聞きたくないようなニュースがほとんどで、先ほどのようなよいニュースはごくわずかです。なぜ、逆にしないのでしょうか?
悪いニュースばかり聞いていると、悪いことが起きるのが普通のように感じてきて、特に若者などは「皆がしているのなら自分も」という気にもなってしまいます。
逆によいニュースをたくさん流せば、自分もそのようにしなければならないと、そのニュースを見ただけでよいことをする人が増えます。テレビや新聞のニュースだけでも十分人を善導できるのです。
今までのように殺人事件や大事故など、そんな事件の記事は最小限にとどめ、先ほどの中日新聞の記事のように、周りの人のことを考える思いやりのある愛のある会社や、出来事などをたくさん記事で伝えるようになれば、世の中はほおっておいてもよい方向に変わっていくでしょう。(それだけテレビや新聞は多くの人々に影響がある、ということです)
これからはテレビや新聞の報道のあり方も、変わっていかなければならないと思います。そのような自覚を一人でも多くの報道関係者がもたれるならば、世の中は大きくよい方に変わっていくことになるでしょう。



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