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3月 29 2010

釈尊出世の予言の検証③

1:54 PM ブログ

高橋先生の著書「心に法ありて」より抜粋します。

<ジャブドーバー

ある方からこんな質問が来たので今回はそれに答えることにしよう。

質問の要旨は、ゴーダマ・ブッダは、なぜ日本を再生の地としたか、どうしてアメリカや他国を選ばなかったか、というのである。

一口でいえば、仏教ーーー正法が伝えられやすいからであった。

二千五百有余年前に釈迦は、ジャブドーバー(東方の国)の、ケントマティー(都会)において、ふたたび正法流布を行うと弟子たちに宣言した。

どうしてこのような宣言になったかというと、今日の世界事情がどのように動き、人類の意識がどうかわっていくか、ということが、ブッダには理解されていたからである。まずこのことが第一点。

第二点は、正法を再興する場合の地理的条件が加味されたのである。世界の交流がはじまったのは、せいぜいここ百年ぐらいの間である。それまではごく一部の要人、商人を除いては、ほとんど他国との交渉を持つことがなかった。また持てなかった。正法が流布されていくには、言語や地理的条件が当然考慮されてくる。仏教がインドからチベットに、そして中国に伝わり、日本に渡って来たのも、こうした環境的理由があって、必然の過程を通ってきたのである。

第三点は、正法を理解するにはそれを受け入れる基礎的土壌が必要である。伝統や風習が異なり、ものの考え方に大きなへだたりがある場合は、正法を突然持ち込んでも、これを咀嚼するのにかなりの時間が要るだろう。

しかし、日本における仏教の歴史は古く、そして伝教大師が法華経を中国から持ち込むことによって、仏教は定着したのである。その後、仏教は形を変え、他力にかわっていったが、形だけとはいえ仏教が日本人の生活の中にとけこんだことは事実であり、正法の真意を伝えるのに、理解しやすい条件を生み出している。一方また、日本人の勤勉さ、進取の気性、他国の文化を受け入れる柔軟な素質などは、今日の経済発展なり、科学や文化の進歩を見れば釈然としてくるであろう。

このように、正法を流布するという前提で、日本という国が選ばれ、今日、具体的な活動となっているのであり、そうして、ここにくるまでには、現象界の状況が絶えず見守られ、実在界で計画されてきた。それゆえ、ブッダの公約は、必然の形をとって現在に至っているわけである。

第三者から見るとアメリカやヨーロッパでも、と思われるのであろうが、右の事情を参酌すればおのずと理解されてくるであろう。

正法流布は、こうした計画性の下に進められてきている。>

この高橋先生の本の中に、釈尊は日本を再生の地としたことと、その理由が書かれてあります。

キリストもそうですが、ブッダと呼ばれる方々は人の現在過去未来はもちろん、この世界のことも一瞬で見通してしまいます。観自在菩薩といわれる所以ですが、釈尊は二千五百年後の日本がどのようになっているのか、すでに知っていました。当然その国民性や地理的条件も加味され必然の形をとって、二千五百年後ジャブドウバー(東方の国)のケントマティー(都会)に生まれ法を説くという予言をされたのです。

二千五百年前といえば、神武天皇が日本を建国される前のことですので、釈尊がジャブドウバーのケントマティー(東の国の都会)という言い方をされたのも、仕方がなかったといえますが、注目すべきは、この釈尊が言われたジャブドウバーが、日本であったと分かったのはなぜかということです。

それは高橋先生がいられたからでした。(その理由は後述するとして)

高橋先生のおかげで釈尊が再生された国が日本と分かり、それで高橋先生の周りにいた誰かが、高橋先生に「釈尊はなぜ日本を再生の地にされたのですか、アメリカやヨーロッパではいけなかったのですか」という質問をされ、それが上記のような答えとなったと思われます。

では、なぜジャブドウバーが日本で、そこに釈尊が再生されたと分かったのでしょう? それには次のような理由がありました。

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