>>ブログトップへ

1月 14 2011

酒極まれば乱れ、楽しみ極まれば悲しむ②

10:41 AM ブログ

斉(せい)が楚(そ)に攻め込まれ、その楚の大軍を斉は趙(ちょう)の援軍を得て撤退させ、その戦勝祝いの宴会の席でのことです。

司馬遷著 史記Ⅵ 歴史の底流 村山孚+竹内良雄=訳 より抜粋します。

<酒極まれば乱れ、楽しみ極まれば悲しむ

威王はたいへん喜び、後宮で酒宴を催し、 淳千こんを招いて酒を賜(たま)わった。席上、王はたずねた。

「先生は、どのくらい飲めば酔うのかな」

こんはこたえた。

「一斗でも酔い、一石でも酔います」

「一斗で酔うくらいなら、なんで一石も飲めるのか。そのわけを教えてくれ」

「大王の御前で酒を頂戴するとします。そばには司法官がおり、うしろには監察官がひかえているので、わたしは、びくびくして一斗もやらぬうちに酔ってしまいます。

親のところに大事な客がみえたとします。わたしは衣服をととのえ、礼儀作法どうりにお相手せねばなりません。ときにはお流れを頂戴し、また尊客の長寿を祝ってしばしば立ち上がりますから、わたしは、二斗もやらぬうちに酔ってしまいます。

久しぶりで、ばったり友人と出会ったとします。思い出話に興じたり、気のおけぬおしゃべりをしながらですから、まあ、五、六斗はかたいですな。

村の無礼講で飲むとします。この日は男女が思い思いの席につき、互いに相手を引きとめて、杯をやりとりします。しまいにはすごろくや投壺(なげや)まで持ち出してあいかたを決めるのです。こうなれば手を握ろうが流し目をくれようが、だれもとがめだてしません。そちこちに耳環やかんざしが散らばる賑やかさ。わたしもつい愉快になって酒がすすみ、八斗くらいで、三度に一度は酔いつぶれます。

さらに日が暮れて宴たけなわとなったとします。残った酒樽が寄せ集められ、互いに声をかけあって、男も女も同じ場所に集まってきます。履物はばらばら、皿・杯は乱れ散ったままで、ほどなくあかりが消えます。最後にわたしだけが主人に引きとめられ、ふと闇のなかに手を伸ばしてみますと、はだけた襟(えり)に触れ、そこから柔肌のほのかな香り……。このころには、わたしもすっかり酩酊(めいてい)し、一石は飲んでいます。

“酒極まれば乱れ、楽しみ極まれば悲しむ”と申しますが、まこと、万事そのようでございますな」

物事は極めてはならぬ、極めてはかならず衰えるーーー淳千こんはこの道理を述べて、それとなく、王をたしなめたのである。

王は言った。

「よくぞ申してくれた」

いらい、連日連夜の宴会はとりやめになった。淳千こんは、諸侯の接待役を命ぜられ、王室の宴会にはいつも王のそばに侍(はべ)ることとなった。>

この中国の戦国時代同様現代の日本も、酒を飲んでは乱れ、遊びすぎては乱れています。最近は遊びの延長で子供をつくり、結局はできちゃった結婚などしている夫婦がいますが、このようなやり方は当然正しくありません。

こんな順序も何もなくできてしまった子などは、その夫婦がよほど愛情を持ってしっかり育てないと、将来その子に泣かされることになります。

「酒極まれば乱れ、楽しみ極まれば悲しむ」という故事は、現代の人々にも大いに言えることなのではないでしょうか。

(いつも言っていますが、別に勝ち負けで人のいい悪いが決まるわけではないので、日本代表の三選手がゴルフのロイヤル杯で勝とうが負けようが関係ないのですが、ただ日本チームが活躍し、勝ってくれた方が法のことを書きやすかったのは確かで、アジアのチームが負けてそれができなくなってしまい、ブログの内容もまったく変えなければならなくなってしまったものですから、腹が立って日本人三選手を少々いじってしまいました〔笑〕。あしからず……。しかし、よく考えてみれば日本代表の三選手は若手とはいえ実力のある選手ばかりです。仮に日本選手が活躍しロイヤル杯でアジア勢が勝っていたとしても、日本勢が勝ったのは実力だろうと誰もが思い、別に法のお陰でよい結果がでた、とはほとんどの人が思わなかったでしょう。私のブログ的にはコッチのほうがよかったのかもしれません〔笑〕)

0コメント

Trackback URI | Comments RSS

コメント記入

Spam Protection by WP-SpamFree


あなたは人目の訪問者です。