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1月 17 2011

天に聴け

10:50 AM ブログ

名古屋は数年ぶりの大雪になりました。しかも昨日は最高気温も0.5度で二十七年ぶりの低さだったとか、まあ名古屋も河村市長が出てきて議会が大騒ぎしていますので、こんな天気も仕方がないかとも思いましたが、それにしても昨日は一日雪が降り続いていましたし、今日も今だに雪が降っています。なんぼなんでも少しおかしいですねこの天気は……マァ心当たりがないこともありませんが……。

というのも先にも書きましたが、今生はあまりに自分の使命に気づかない人、果たさない人が多く仕事も出てきそうもないので、はっきり言いまして、これ以上このGTS心の研究所をやっていても仕方ないのではないかと思い、もうやめようかとも思っていたからです。

そう思っていた矢先にこの天気です。天は一体何を考えているのでしょうか?私一人で今の状況では、どちらにしても長く続けられるわけではないのに、やめてはいけないのでしょうか……マァ今週一杯よく考えてみます。

それはともかく最近は知事選が近いこともあり、新聞に連日知事候補の記事が載っています。

一週間ほど前でしたか、熱田神宮の裏にある図書館に行っていて、その帰り道熱田神宮の方からマイクの声が聞こえてきました。

誰か街頭演説をしているのかな、と思い声のする方に歩いていくと、知事選に立候補している大村秀章氏の車があり、その大村氏の応援で河村市長が話しているところでした。大村氏は、正月にも熱田神宮で初詣にきた人たちに挨拶をしていて、その何日か後にも、熱田神宮で街頭演説をしていたと新聞に書いてありました。

「この人よく熱田神宮にきてんな」と思い、その日は一月十日ころでしたか「もう初詣の人も少ないのに何でこんなとこで演説してんだろ、もっと人の多い名古屋駅や栄でも行ってやればいいのに」とも思って、少し河村市長の話を聞いていました。

熱田神宮は三種の神器の一つの剣が祀られています。大村氏はその剣にあやかって、バッタバッタと悪人を切り倒し正しい政治を貫く、みたいな感じで熱田神宮に来て街頭演説をしているのでしょうか(笑)。

マァどちらにしても私は河村ー大村ラインでいこうと思っていますが…。

最近はよく政治家の皆さんから“民主主義”という言葉を耳にします。

名古屋でも河村市長は「私が言うのが本当の民主主義だ」と言われるし、市議会議員の人たちは「私たちの方こそ本当の民主主義だ」と言われるし、一体どちらが本当の民主主義なのかよく分かりません。

民主主義、民主主義といわれますが、本当の民主主義とは何なんでしょう?民衆の意見をよく聞いてそれを政治に反映するということでしょうか?それとも民衆におもねるということでしょうか?

民衆の意見を聞くと言われても、民衆の中で大所高所から論ずる人は少ないでしょうし、ほとんどの人は自分の都合のいいことしか言わないので、その人たちの意見をいちいち聞いていても、なかなか政策もまとまらないのではないでしょうか。もちろん民衆におもねっていていい政治ができるわけありません。

だからと言って民衆の意見をまったく無視しても、よい世の中にはなりません。このように考えると政治というのも難しいものですね、あっちを立てればこっちが立たず、こっちを立てればあっちが立たずで。

別に茶化していっているわけではありません。政治家というのは大所高所から物事を判断しなければならず(そうしないと多くの人が不幸になります)、大変だと言っているのです。

では、このような時どうしたら一番いいのか?ということになりますが、それはもちろん先人の智慧に頼ればいいのです。(先人の誰を選ぶかは大いに問題ですが)

私はもちろん西郷さんをお勧めします。

西郷さんは「敬天愛人」や「人をお相手とせず天を相手とせよ」と言われています。

つまり西郷さんは「天を相手に政治を行え」と言われているのです。(これは法なのですが、何で西郷さんが法を語っているのかと言うことは、また機会があれば書きます)

西郷さんは政治を行う時、常に天と向き合って、天に問いながら政治をされたのです。だから西郷さんのされることは正しかったし、またあれほど民衆からの支持を得られたのです。(西郷さんは亡くなられた後、星になったと多くの人々に言われました。歴史上亡くなられた後、星になったと言われた人は西郷さんが一人です。どれだけ多くの人に西郷さんが慕われていたのか、このような事実を見てもそれが分かります)

自分が出している政策は正しいのかどうか、常に天に問いながら政治を行うならば、天は心の中より直感と言う形で教えてくれます。その直感を信じ政策を行っていけば、あちらの人にもよいが、こちらの人にもよいという政治ができるのです。(これこそ本当の民主主義です)

そんな都合のいい話があるか、と多くの人は思うかもしれませんが、そのように言う人は法を知らないのです。頭であれこれ考え、あれをしようこれをしようとするから、あっちを立てればこっちが立たず、こっちを立てればあっちが立たず、という政治になるのです。心で考え直感として与えられたものは、天が導いてくれているので、その導きに素直に従いそれを行えば、神の心がこの世に現れる、そのような政治ができるのです。

神の心がこの世に現れた政治なら誰も文句は言いません(皆神につくられた神の子であるのですから)。

現実にそのような政治をされた西郷さんは多くの人々に慕われ、信頼もされました。その西郷さんを裏切り、悪者に仕立て上げたのは岩倉具視や大久保利通です。

岩倉や大久保が西郷さんを追い出し、今のような私利私欲をむさぼり、国のことなど考えない欲に凝り固まった政治をつくったのです。(だから現在のほとんどの政治家が、自分が政治家を辞めたくないという保身ばかり考え、自分の票取りのためだけの地元優先の政策ばかり言うため、大所高所に立ったよい政策がなかなか出てこないのです)

西郷さんは違いました。今のような政治を目指されたのではありません。徳の政治を目指されたのです。しかし、西郷さんの政治を理解する政治家は(現在もそうですが)当時ほとんどいませんでした。それを西郷さんは分かっていましたので、自分の思っている政治をするのは、これ以上は無理だと思われ下野されたのです。

どちらにしてもどのような政治を行うかで、そこに住む人々の生活が決まります。知事選にせよ統一地方選にせよ、どのような政治家を選ぶかは本当に大事なことといえるでしょう。

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